「なあ、ちょっときみ」
「はい? 僕ですか?」
「あんたさっきから私のことジロジロ見てたやろ」
「えっ、あっすみません」
「まったく若いのに、私みたいなおばちゃんにその気になられても困るんやけど」
「いえあの、けっしてそういうつもりじゃ」
「気持ちはわからんでもないけどな。こう見えても学生時代はすごかったんやで、私。下駄箱に恋文とかぎょうさん入っとったし」
「知りませんよそんなこと。…恋文ってずいぶん古いな」
「だからな? こんな歳になっても男子の視線集めるなんて、まあ悪い気はせんのやけどね」
「だから勘違いですってば。そういうつもりで見てたんじゃありません」
「あら、違うの? いやー早とちりしたわ」
「まったく、そんなことで疑われたらたまったもんじゃないですよ」
「ほんまそうやね、おばちゃんてっきり一目惚れされたんかと。えろいすんませんなー」
「……」
「ちょっと、今『えらい』と『えろい』をかけたんやで? ちゃんとつっこまな」
「気づいたけど無視しただけです。どうして見ず知らずの人につっこまなくちゃいけないんですか。しかも下ネタって」
「きみ頭固いなあ。そんなんじゃもてへんよ?」
「よけいなお世話です」
「それに生まれ大阪と違うみたいやし。そんな東京もんのしゃべりで大阪の人と張り合えるなんて思いなや」
「だれも張り合うつもりはありませんって。それに僕大阪出身ですから」
「へーえ、全然そうは見えへんけどね」
「ああ。両親は神奈川なもので。家じゃ関西弁使いませんから」
「なんや、やっぱり東京もんか」
「人の話聞いてましたか? それともこっちの人は関東一円をひっくるめて東京って呼ぶんですか?」
「なんか文句あるんかい。それよりきみ、大阪のどこ?」
「どこって、門真です」
「門真ぁ! いやーあんた見直したわ。いいとこ住んでるやないの」
「…なんだこの変わり様は」
「私も門真好きやねんて。弟が門真住んでてな、そこの家の嫁がな、まあ私の義理の妹にあたるんやけど、その嫁がめっちゃいい人やねんか?」
「いや、僕に聞かれましても」
「いけすかん弟をよう支えてくれとるみたいやし、あんな人なかなかおらんで。女の子もおってな、もう高校生になるんやけど今どきの感じと違ってな、大人しゅうて礼儀正しくてな」
「ただの身内自慢じゃないですか。それだけの理由で門真が好きって」
「それだけちゃうって! 弟の家の近くにごっつい公園あるしな、あとジャスコもあるやんか」
「ジャスコが評価対象かよ!」
「おおー、ようやっとつっこんでくれたわ(ニヤリ)」
「しまった…。っていうか今まで僕をはめるためにこんな話…」
「いやいや、でも作り話ちがうで。あそこのジャスコ店広いしな、駐車場もこーんな」
「だからもうジャスコの話はいいですから」
「そうか? 東京の子はノリが悪いなあ。それやったら話戻すけど、なんで私のこと見てたん?」
「いちおう本題覚えてたんですね。えっと、僕の知り合いに似てたからですよ」
「似てた? ひょっとして長谷川さんか?」
「…長谷川さんのこと知ってるんですか?」
「いいや、これっぽっちも知らんよ」
「なんだそれ! わかわかんねえよ」
「いやな、私もなんでかわからんのやけど、よく長谷川さんって人に似てる言われんねん」
「へえ、変わったこともあるもんですね。たしかに似てますよ、あらためて見てやっぱりそう思います」
「なあなあ、長谷川さんってどんな人? 赤の他人やけど興味あるわ」
「同じスーパーでアルバイトしてたんですけど、ああ長谷川さんはパートか、見た目細いんですけど若い子に負けないくらい元気で」
「あれ、それ前聞いた人と違う。ほかの人から聞いたのは農協の職員さんやったで。窓口なのに愛想がないって」
「そうなんですか? それじゃ人違いかな」
「でもな、聞いた人聞いた人みんなバラバラやねん。だからおそらく全員違う長谷川さんやと思うわ」
「ものすごく奇妙な偶然ですね。まあ長谷川って苗字は多いですから」
「それもあるやろけど、私の顔がなんとなくハセガワっていう顔なんやろな、きっと」
「どんな顔ですかそれ…。ちなみに奥さんの名前は」
「私? 板倉」
「ああ、全然違うんですね」
「でも電話番号は教えへんよ! ダンナもおるし」
「聞きたくもありませんって!」
という脳内会話を(以下略
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