[SKIP-F] 大切なこと

 翌朝。機動六課の屋外演習場で、私となのはは向き合っていた。
 硬い表情を崩すことなく、自分のデバイスを赤い宝石から杖の形に起動させるなのは。

「――それでは、今から模擬戦を始めます」
「待って……な、なのは。昨夜のことだけど」
「忘れよう?」

 まるきり温度を感じさせない手短な一言が、私が紡ぎかけた言葉を摘み取った。
 言い訳なんか聞きたくない――。言外にそう告げられたような気がした。
 もっとも、言い訳の機会を与えられたところであの行動の理由を説明できる自信はなかったけれど。

「お互い……ううん、多分わたしが間違ってるんだと思う。まだ、現実を受け入れられてない」

 現実――私が、なのはの知る「フェイトちゃん」ではなくなってしまったこと。
 なのはにそんな台詞を言わせてしまったことに、胸が締めつけられる思いだった。
 だって、なのはは何も間違っていない。この時間軸を基準に見れば、私のほうが闖入者なのだから。

「だけど、今はそれよりも優先しなくちゃいけないことがあるから」
「…わかってる。私が教導に復帰すること、だね」
「そう。……フェイトちゃんの実力を確かめるためだから、全力で向かってきて」

 インテリジェントデバイスの柄を両手でしっかり握って、なのはは勝ち気な笑みを私に向けた。
 気を許したわけではない、と思う。あくまで、模擬戦を前にした高ぶりから浮かんだ笑顔。
 ……そんなものを含めてカウントしても、なのはが今日笑ったのはこれが初めてだった。
 彼女が「忘れよう」と言っている以上、私もそれに努めよう。過去の話は、もう持ち出さないように。

「レイジングハート、最初からエクシードでお願い……!」
《All right, my master》

 なのはがデバイスに命じた。
 刹那のまばゆい閃光が全身を包んだかと思うと、次の瞬間にはバリアジャケットを身にまとっていた。
 肩が大きく張り出した上着にロングスカート。純白を基調とした、強さと可憐さを併せ持った防護服。

「……フェイトちゃんは? 格好、そのまんまでいいの?」
「ああっ、そっか。……バルディッシュ」

 右手に握られていた金色の宝石に視線を落とし、言葉をかけた。
 この時間に飛ばされてきた当初から持っていたもので、名前もバルディッシュというらしい。
 しかし、これが本当に私がリニスから受け取ったバルディッシュと同一のものなのかはわからない。
 私があれやこれや尋ねても、何も答えを返してくれなかった。……寡黙なところはそっくりだけれど。

「えっと……私にもジャケットを。――セットアップ」
《Yes sir》

 ものは試しと命じてみると、初めてバルディッシュが受け答えをした。
 そして全身が金色に光る。まぶしさに目を閉じ、次にゆっくり開けると、私もジャケット姿だった。
 長袖で両腕を覆う上着、丈の短いスカートに膝上まで伸びたソックス、それに大きな白いマント。
 ……私の知るバルディッシュがいつも用意してくれるバリアジャケットとは、まるで形状が異なる。

「どうかした? フェイトちゃん」
「こんなの見覚えが――ううん、何でもない」

 言いかけた言葉を打ち消す。慌てたような私の反応に、なのはは不思議そうな顔をした。
 いけない、過去を匂わせる話題は避けようと決めたばかりだったのに。
 ――どうして、なのはの機嫌を窺うような、そんな保身的なことばかり考えるのだろう。
 私は心のどこかで、元の時間に戻る方法なんてもう見つからないのではと思い始めていた。
 腹をくくってこの時代で生きていくとしたら、私の事情を知るなのはを敵には回せない。

 逆に……なのはに認めてもらうには、この模擬戦で結果を出すしかない。

「それじゃ、わたしの合図でスタート。準備はいい?」
「うん。いつでも来て……なのは」
「……オーケー。レディー……、ファイッ!」

 叫んだ瞬間、なのはの姿が視界から消えた。

「えっ……? な……なに?」

 高速移動か。しかし、私もスピードには自信がある。この動体視力で捉えられないなんて。
 ――いきなり本気で仕掛けてくるとは思わなかった、という油断もたしかにあったけれど。
 その直後。

《Load Cartridge》

 頭上から――はるか上空から、デバイスのクリアなコール音がかすかに耳に入った。
 見上げた先には、豆粒よりも小さくなったなのはの姿。一瞬であの高さまで飛翔したというのか。

「一撃で決める――ッッ」
「!」

 瞬きするよりも早く。巨大な光の柱が、地面に突き立てられた。
 質量を伴わない純粋な魔力放射だったけれど、すさまじい風圧が大地を揺らし、爆音を轟かせた。

「きゃああああっ……!」

 防御する間もなく直撃を受けた私は、魔力の濁流をかき分けるように必死で光柱から抜け出した。
 巻き上がる土煙の中、自分の体を浮揚させ、何とか発生効果を受けない高さまで避難する。

「はあっ、はあっ……。……え」

 空中に浮かんでいるものを目にして、ギョッと目を見開いた。
 四方八方から私を取り囲む、魚雷のように配置された桜色の光球。その数、ざっと百……いや二百。
 こんな数の魔力弾、一人の人間が同時に操れるわけがない。しかも、あんな砲撃を放った直後に。
 あまりに反則的ななのはの魔力……!

《Divine Shooter》
「……っっ!」

 中心にいる私に向かって、一斉に光弾が襲う。
 寸前でバリアを展開したが、これほどの数を防ぎきれるはずもなく、やがて防御は砕かれた。
 前後左右から殴られるようなシューターの応酬を、身をじっと縮めてただ耐えるのみ。

「……うっ、うう……ぐ……」

 魔力を削られ、殺虫剤を浴びた蚊のようにふらふらと地面に落ち、そして片膝をついた。
 上空から、なのはの怒号がかかる。

「フェイトちゃん……! どうしたの? 全然体が動いてないじゃない」
「そ、そんなこと言ったって……」
「『十年前から来た』んでしょ? 九歳のフェイトちゃんだって、もっと強かったよ……!」
「十年前の、私……? なのは、知ってるの?」

 水色の空に映えるなのはのシルエットは、しかし、険しい表情のまま何も答えなかった。
 九歳の私はなのはに会っていない。現在の大人の姿にも、九歳の――もっと幼くした姿にも。
 それとも、記憶が混乱しているのか。記憶の一部が失われているのか。

「くっ……!」

 歯を食いしばり、私は立ち上がった。
 九歳の私……私本来の戦い方ができていれば、魔力の差以上に水をあけられはしなかったはずだ。
 私本来の――、リニスから習った魔法や戦法のすべてを発揮できていれば。
 人を襲いジュエルシードを奪うために教わっていたなんて知らなかったけれど、それでも。
 母さんが契約を解除し、もういない私の師。リニスの顔に、自分で泥を塗るなんてごめんだ。

 再起した私に向けて驚いた顔をしているなのはと、同じ目線の高さまで浮かんだ。
 そして、惑星と衛星の関係のように周囲を旋回する。そのスピードを徐々に速めた。

「……そうそう。フェイトちゃんはそうでなくっちゃ」
「切り裂けッ! アークセーバーッ!」

 なのはとの距離を詰めたり空けたり、不規則な移動で撹乱しながら、隙を見て攻撃を放つ。
 スピードと反射神経を生かした、私が最も得意とする戦い方だった。
 なのはは空中でほぼ足止めの状態。私を視界から外さないように、クルクル体の向きを変えるだけ。
 ソニックムーブを織り交ぜれば、割と簡単にバックを取れる。

「次っ! フォトンランサー……!」
《Photon Lancer》
「ファイアっ!」

 なのはの死角から、一直線に飛んでいく黄金の矢。
 捕らえた、と確信したが、なのははくるりと向きを変えると、真正面でランサーを受け止めた。
 片手で。素手で。まるで紙飛行機をキャッチするように。

「なっ……」
「まだシールドも出してないんだけど……。射撃魔法ってのは、こう撃たないと」

 ガシュッ。
 なのはのデバイス――レイジングハートが何やら音を立てると、足元に魔法陣が花開いた。
 一段と強い魔力が、なのはの体から湯気が立つように発せられているのを感じる。
 ――何かしたんだ。デバイスを使って、一時的に魔力を高める何かを。

《Buster》

 その増大させた魔力を乗せて、鋭い光線が私を襲う。

《Defenser》
「ぐうぅっ……! お、重い……っ!」

 ディフェンサーごと吹き飛ばされそうな重圧を両腕に受け、苦しさに表情がゆがんだ。
 何とか後方にそらし、なのはのほうを見る。不敵に笑うその顔は涼しげで、余裕を感じさせた。

 続いて、自分の右手に握られているバルディッシュに目をやった。漆黒の「斧」の刃が鈍く光る。
 その刃の付け根についている、見慣れないリボルバー。
 中には「弾丸」が込められている。模擬戦が始まる前に、なのはから渡されたものだった。
 何となく、想像はつく。弾丸をバルディッシュに読み込ませれば、魔力が得られるのだろう。
 けれど――。私のバルディッシュにはそんな機構ついていなかった。フレームすら異なっている。

「……バルディッシュ。おまえは本当にバルディッシュなの……?」

 この段になっても頑なに口を開かない。
 そんなわかりきったこと訊いてくれるな、という意思表示なのか、それとも。
 いや、今は考えている場合ではない。インテリジェントデバイスの使用者として、命じなければ。

「カートリッジ……ロードっ」

 主人が恐る恐る口にした初めての命令に――バルディッシュは忠実に従った。
 リボルバーが弾丸一発分ほど回転し、柄の中でごく小さな爆発が起きた。吐き出される薬きょう。
 と同時に、足元からせり上がってくる膨大な量の魔力。全身に受け、思わず身震いした。

「わっ、すごい……! これなら!」
「……ふうん?」

 戦闘中だというのにはしゃいだ声を上げる私。
 すぐに気持ちを締め直し、あふれんばかりの魔力をたぎらせるバルディッシュを高々と掲げた。

「サンダー――」

 サンダーレイジ、と詠唱しようとして、しかし思い留まった。
 サンダーレイジは広域攻撃が可能だが、その反面、相手の防御を打ち抜く突破力には難がある。
 一瞬の機転で、バルディッシュをなのはに向かって突きつけるように構え直す。
 そして、雷光を一本に束ねて一方向に飛ばすイメージで、帯電していた魔力を一気に解放した。

「――スマッシャー!」
《Prasma Smasher》

 なのはの射撃魔法にも匹敵する極太の電気の柱が、戦斧から一直線にターゲットに放たれた。

《Round Shield》

 なのはが展開したシールドに直撃し、少しずつじりじりと押し込む。
 だが、そこまでだった。なのはが踏ん張ると、雷撃は鏡に反射するようにきれいに弾かれた。

「……うん、やっとそれらしい攻撃が来たね。だけどバレバレ」
「だ、ダメか……」

 カートリッジで威力を高め、かつスピードでなのはの裏をかかなければ攻撃は通らない。
 どちらか一方なら今の私にも可能だけれど、両方いっぺんにとなると途端に難しくなる。
 攻撃を仕掛けては跳ね返されて、の試行錯誤が続く。

「はぁ……はぁ……」
「さあ、考えてフェイトちゃん。相手のガードを崩して攻撃を当てるにはどうするか――」

 ――途中から気づいていた。これは、模擬戦という名目の、なのはからの戦技指導なのだと。
 もちろん攻撃も防御も本気。けれど、戦闘を通して私に何かを気づかせようとしている。
 そんな状況に、私も胸躍るような高揚を感じていた。リニスから魔法を教わっていた頃を思い出す。
 魔法を一つ覚え、知恵を身につけるごとに、自分の成長を実感していくことが何より楽しかった。

 きっと今の戦況も、何か打開策があるはず。それを見つけられれば、私はまた一歩成長できる。
 もっと速く、もっと速く、もっと速く……!
 なのはの周囲を高速旋回しながら、半ば無意識のうちにカートリッジロードを繰り返した。

「何してるの……? 魔力ロードしたってスピードが上がるわけじゃ……」
「バルディッシュ! ――疾(はし)れ、音速の翼!」

 バルディッシュの宝玉部分がまばゆく閃き、私の体が再び光に包まれた。
 光が消えると、バリアジャケットが別のデザインに置き換わっていた。

「こ、これって……」
「真ソニック……か。どうやら、やっと本気になったみたいだね……!」

 ソニックフォームと言うらしい。偶然か、私が今まで着ていたジャケットにだいぶ近かった。
 もとよりマントやスカートでは動きづらいと感じていたから、これなら文句なしに速く飛べる。
 大人の体型だと肌の露出やボディラインが目立ってしまうが、戦闘中に気にしていられない。
 これでスピードと突破力の両方を高められる。……しかし。

「――捕らえたッ!」
《Scythe Slash》
《Protection》
「くっ! これもダメっ……!」

 豊富な魔力量に物言わせて張られる分厚い障壁を、なかなか切り崩せない。
 ……私のスピードに翻弄されて身動きが取れないからでも、レクチャーだからというわけでもない。
 なのはがその場から動かない理由。攻撃を全部受けきる自信があるから、最初から避けないんだ。

 バルディッシュの起動形態は三つ。
 斧のデバイスフォーム、「鎌」のサイズフォーム、それから射撃に特化したシーリングフォーム。
 ……どれも弱い。なのはのバリアを打ち砕くに足る、もっと突破力の高い攻撃手段がなければ。
 いや――、見方を変えてみたらどうだろうか。
 これが私の知らないバルディッシュならば、私の知らない別のフォームを持っているのではないか。
 カートリッジシステムがそうだったように。もっと強力な何かが。

「はああああっ……!」
「正面から突っ込んでくるなんて……。本当にちゃんと考えてる?」

 呆れたようになのはは言って、手をかざしてスフィアを形成した。攻撃はあっけなく止められる。
 しかし私はあきらめず、バルディッシュを振り回して魔力の刃を何度も障壁に打ちつけた。
 ……この手にもっと力があれば。目の前の壁を打ち破り、状況を打開できる強い力があれば。
 もっと強い――大剣のイメージを!

「きゃっ……!」

 ガラスが割れるような音がして、なのはを匿っていた魔力のドームが砕け散った。
 私の手には――イメージした通りの巨大な光の剣が握られていた。やはりあった、新しいフォーム。
 ともあれ、これでなのははノーガード。態勢を立て直される前にもう一発撃ち込めば――。

 急にめまいが襲い、天地がひっくり返った。

「……ぁ……」
「! フェイトちゃん……!」

 意識が朦朧として地面に落ちていく私の体を、すんでのところでなのはの両腕が抱き止めた。
 俗に言うお姫様だっこの体勢で、なのはと目が合う。

「あ……っと、私……」
「魔力が尽きちゃったんだね、きっと。模擬戦はこれで終了ってことで」
「えっ、それじゃ……」

 ダウンした私の負け。なのはには、勝てなかった。ということは……?

「……最初こそどうしようかと思ったけど。うん、やっぱり強かったよ、フェイトちゃん」
「そ、そんなこと……」
「だから――。ライトニングの教導、任せちゃって問題なさそうだね」

 至近距離で見つめあう私にスッキリした笑顔を向け、「合格」の太鼓判を押した。
 ――なのはが私を認めてくれた。なのはが私に、笑ってくれた。
 それだけで十分だった。

「なのは……、う……っう……」

 胸に顔を押しつけ涙ぐむ私に、なのはは少しくすぐったそうに目を細めて温かいまなざしを送っていた。

 

 明けて翌日、私の訓練復帰初日を迎えた。
 ライトニング分隊の副隊長であるシグナムとともに演習場に向かう。

「シグナム……。その、この間は大変失礼しました」
「ああ――別に構わん。むしろ、過ぎた話を蒸し返されるほうが迷惑だ。水に流せ」
「はい、わかりました。そうします」

 嫌われてはいないようだったので、ほっと肩を撫で下ろした。
 なのはだけじゃない。これからは人間関係の一つひとつ、丁寧に築き直していかなければ。
 ――なのはとの模擬戦を経て、私は十九歳の私として生きていくことに前向きになり始めていた。

 演習場に着くと、エリオとキャロの二人が先にいた。私を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってくる。

「おはよう、二人とも。長いことお休みもらっちゃって、ごめんね」
「いいえっ……! でも戻ってきてくれてよかったです」
「またご指導よろしくお願いします、フェイトさん!」
「うん。……ところで、もうアップ始めちゃったの? 私が来るまで待ってればよかったのに」
「それが……今日からまたフェイトさんと一緒だって思ったら、居てもたってもいられなくて……」

 顔を赤くして、けれど私の目を見てはっきり答えるエリオ。キャロも「わたしもです」と頷いた。
 私が立ち直ることを、現場復帰をこんなに待ち望んでいたなんて。よい教え子に恵まれたものだ。

「それに僕たち、自主トレの成果を早くフェイトさんに見てもらいたくて。――ほら、どうですか?
ストラーダのサードモード、こんなに軽々振れるようになったんですよ。今ならどんな敵も――」
「わたしは、アルケミックチェーンを改良して捕らえた対象を弱体化するストラグルバインドの効果が
つけられるようになったのと、ヴォルテールも思い通りにコントロールできるように……」
「え……」

 充実した晴れ渡った顔で各々の上達ぶりを口にする二人に、私はなぜだか薄ら寒いものを感じた。
 こんな新しいことを覚えたとか、これができるようになったと、子どもが親に報告するような。
 いや……私はエリオとキャロの保護者だから、師弟以前に実際の「親子」なのであって。
 こんなありふれた、微笑ましいやりとりがあったって何らおかしくない。おかしくないのに。

 二人の姿が、無邪気にリニスから魔法を教わっていた頃の私自身を見ているようだったから。
 母さんから真実――私に魔法を授けた目的――を聞かされる前の、私自身を。

「ちょっ……ちょっと待って二人とも」

 思わず、口をついて出てしまった。
 エリオ、キャロはもちろん、傍らで私たちの会話を聞いていたシグナムまでもが表情を強ばらせた。

「――今日の訓練を始める前に、ひとつだけ、話しておきたいことがあります」

 朝礼のような形で、改めて整列したエリオとキャロを前に私は語り始めた。

「エリオ。独力でストラーダをそこまで使いこなせるようになったのは立派だね。すごいと思う。
……だけど、サードモードは出力が大きすぎる。そんな力で、いったい誰と戦おうとしてるのかな」
「えっ……。いえっ、別に誰っていうことじゃ……」
「キャロ。自分で課題を見つけて改善したり、難しいことにも取り組む姿勢はいい心がけだよ。
でも、拘束した相手にそこまでする必要あるかな。召喚にしたって、むやみに発動したら危険だし」
「……すみません、そこまで考えてませんでした」
「ほう……?」

 隣で聞いていたシグナムが、眉の端を上げる。
 エリオとキャロの顔つきも真剣なものになる。私が言いたいこと、少しわかってくれたみたいだ。

「それじゃ……聞いて」
「は、はいっ」
「魔法の力は、とても強力だから。訓練を積んだ魔導師が使えば、なおのこと。――だから忘れないで。
私たちの力は、大切なものを守るためにあるんだって。けして、人を傷つけるための力じゃない」

 しばらく、誰も口を開かなかった。エリオもキャロもただ黙って、じっと私の言葉を反芻していた。

「……なんて。ごめんね、私も半人前なのに偉そうなこと言って」
「そんなことないです……っ!」

 声を荒げたのは、エリオだった。固く拳を握り、肩を震わせていた。

「僕……、忘れてました。僕を医療施設から引き取りに来たフェイトさんが、言ってくれた言葉。
『悲しい気持ちで、人を傷つけたりしないで』って……。大事なこと、ずっと前に教わってたのに」
「――思い出してくれたのなら、それで十分だよ」
「エリオくん……、フェイトさん……っ」

 私は、ちょっとだけ嘘をついた。エリオにそんな言葉かけた記憶ないのに、知ったかぶりをした。
 エリオの前で膝をつき、まだ小さな手を取る。私たちの様子を見て、キャロも声が上擦っていた。

 

「今朝のおまえの訓示、あれはよかったぞ。若者にはいい薬になったようだな」

 一日の訓練メニューを無事にすべてやり終えた。その帰り道、再びシグナムと並んで歩く。
 こんな私にも、人に教えられることがあった。人に伝えたいと願う、強い気持ちがあった。

「あーっ、それひどいですっ。私だって若いのに」
「いやそういう意味ではない……。成長の早い時期ほど、己の力に溺れて初心を忘れがちだからな」
「あの二人なら大丈夫ですよ。しっかりしてるし、私が言ったこともすぐ理解してくれたし」
「テスタロッサも――、病み上がりだがまるでブランクを感じさせなかった。よくやってくれた」
「シグナム……。あ、ありがとうございます!」
「こら……! だからひっつくでない!」

 夕焼けの茜色が、私とシグナムの顔を照らしていた。――大丈夫、きっと私はやっていける。

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