抱かれた記憶も曖昧な、母さんの腕の中。どこか懐かしい温かさを覚え、私は目を開けた。
「ん……」
「おはよう、フェイトちゃん。……あ、ヴィヴィオは起こさないであげて?」
すでに起床していたなのはの言葉に、右に視線を倒すと、そこに温かさの正体があった。
昨晩遅くまで私に付き添っていたヴィヴィオ。腕にしがみついて、静かな寝息を立てていた。
袖を掴む指を一本ずつ注意深く解いて、そっとベッドから抜け出す。
なのははというと、パジャマから昨日とは違う茶色の制服に着替えている最中だった。
私の目の前で平然と下着姿を晒しているけれど、見ている私には気恥ずかしいものがある。
「わたしはそろそろ仕事の時間だけど……、フェイトちゃんはどうしよっか」
「私……? 私も、仕事してるの?」
当然ながら聞き返す。なのはから返ってきた回答は、驚くべきものだった。
十年後の私は、時空管理局の次元航行部隊に所属し、執務官として働いているのだという。
さらにややこしいことに、現在はなのはとともに機動六課という部署に出向中なのだとか。
機動六課。ロストロギアを管理し、関連する事案の調査や解決を専門とする特務部隊。
――何の因果、いや何の皮肉だろう。
ジュエルシード強奪を企てていた私自身を取り締まる立場の人間に、なっていたなんて。
「……行きたくない。仕事って言われても、私、何したらいいか全然わからないし」
「大丈夫、わたしや周りの人がちゃんとフォローするから。すぐに感覚を思い出すよ」
「思い出さないってば! 私はこの時代の人間じゃないもんっ! 仕事なんか知らない……!」
「……っ。フェイトちゃん……」
結局、私は体調不良のためしばらく休む、ということにしてもらった。
なぜこんな面倒な話に巻き込まれているのだろう。早く元の時間に帰りたかった。
母さんと私が死ん――何かの間違いだ。この未来も、今ここにいる自分も、きっと偽物。
なのはが出掛けた後、起床したヴィヴィオと一緒に朝食を取ったり洗濯や掃除をした。
ハウスキーパーの人も来ないように頼んでもらったから、という理由もあるけれど。
体を動かしていないと憂鬱になる一方だったし、この家のことを把握する手助けにもなる。
十年前に戻る方法を探すのが最優先課題だが、当面はここでの生活を余儀なくされるから。
「きょうはフェイトママがいっぱいあそんでくれるから、うれしい!」
「そ、そう。……どういたしまして」
絵本を読み聞かせていると、ヴィヴィオが笑顔を輝かせた。意味不明な受け答えをする私。
……絵本なんて私には珍しかったから、ヴィヴィオより夢中で読んでいたかもしれない。
この日はヴィヴィオと留守番。外出は禁止ではなかったけれど、私自身の体が拒否した。
知らない人に出くわすのを恐れた。しかも向こうは顔見知り、という関係が一番つらい。
本当は無限書庫で調べ物をしたいのに、司書の男性の顔を思い出すと足が重くなった。
沈んだ気持ちも、ヴィヴィオとふれあう間は忘れられた。彼女のあどけなさに救われている。
本当にいい子だ。明るく素直で、気配りもでき、誰とでも仲良くなれそうなタイプ。
無口で愛想がなく、人と接することも苦手な私とは正反対で、少し羨ましくもあった。
「ヴィヴィオ。ヴィヴィオから見て、私ってどんな人?」
「んーと……、すごくつよくて、かっこよくて、やさしい人!」
「どれも私には当てはまらないと思うけど……。とくに、優しくなんか全然ないよ」
「そんなことない……! やさしいから、ヴィヴィオのママになってくれたんでしょ?」
「えっ、それって……」
ロストロギアにまつわる事件の渦中に、機動六課が保護した少女。それがヴィヴィオ。
正式な親が決まるまで、なのはが身元引受人、『私』が後見人となって面倒を見ている。
「あ……マ、ママってそういう意味ね……」
「……フェイトママ?」
ヴィヴィオからの説明を聞いて、今まで果てしなく勘違いをしていたことに気づいた。
両手で覆っても隠しきれないくらい、顔が真っ赤になっていた。
「ねえフェイトちゃん。エリオとキャロ、今日も来てるんだけど……」
状況に進展がないまま数日が経過した夜。
玄関先で来客に応じていたなのはが、一旦寝室に戻ってきて二人の人物の名を告げた。
毎日のように耳にしている名前だった。私を見舞いたいからと、夜ごと訪ねてくる。
「お願い、なのは。また追い返して」
「そう言わないで、一回くらい顔見せよう? あの子たちの気持ちも考えてあげないと」
「……気持ちって? どうせ私には関係ない……」
「あるよ。――フェイトちゃんは、エリオたちの保護責任者なんだから」
――まただ。また保護者。
ヴィヴィオのことと言い、こちらの私はなぜ進んで厄介ごとを背負いたがるのだろう。
あの子たちの気持ちも考えて――。ヴィヴィオ同様、その二人も私を慕っているのだろうか。
だとしたら。母親に邪険にされたら、どんなにか寂しいだろう。
母さんに満足に甘えさせてもらえなかった自分の姿に重なった。
「わかったよ。だけど、その前に……」
いきなり会っては確実にぼろが出る。
二人には時間を改めてまた来てもらうことにし、なのはから「予習」を受けることにした。
エリオ・モンディアルという男の子と、キャロ・ル・ルシエという女の子。
モニター上に映し出されたパーソナルデータを見て、まずは名前と顔写真を頭に入れる。
「二人とも十歳なんだ……」
「うん。だけど実年齢よりずっとしっかりしてる」
管理局員だと言うからもっと年上かと思っていたが、私と一歳しか違わない。
それでいて実力者だ。エリオはすでに魔導師ランクを保有し、キャロは召喚魔法の使い手。
明らかに私より格が上の二人が、機動六課では私の下についているなんて信じられない。
なのはいわく私はもっと強いらしい。なにせ分隊の隊長である。ますます信じられない。
やがて面会の時間がやって来た。プロフィール通りの男の子と女の子が、私の前にいる。
「今までなかなか顔見せられなくてごめんね。……エリオ、キャロ」
「いいえっ、僕たちこそ何度も押しかけてすみません」
「フェイトさん、お体は大丈夫ですか……?」
しまった。今は体調不良ということになっているんだった。
少し具合の悪い振りでもすればよかったけれど、もう遅い。適当な生返事を返した。
はきはきと話し、本当にしっかりしている二人。私への熱い視線もひしひしと感じる。
第一印象よりも年齢相応にそわそわして見えるのは、保護者の前だからか。
「訓練のほうは……どうしてる? 私が抜けて困ってたりとか……」
「何とかやってます。シグナム副隊長のほかに、なのはさんたちにも見てもらってますし」
「わたしとエリオくんで、自主トレーニング用の練習メニューも考えてみたんですよ」
「へえ、見せてくれる?」
メモ用紙にびっしりと書き込まれた小さな字。それだけで二人の勤勉さが見て取れる。
私なんか、リニスが教えてくれるのを待つだけで、自分から学ぼうとしなかったのに。
「今回、痛感したんです。――いつまでもフェイトさんに頼りっきりじゃだめだって」
「えっ。どうしたのエリオ、いきなり……」
「自分で努力する気持ちが足りなかったから、レリック事件でも力になれなかったし」
「キャロまで……! ま、待ってよ……二人ともすごく頑張ってたじゃない!」
私は二人の前に膝をつくと、両腕を伸ばして頭を胸元に抱き寄せた。
エリオが恥ずかしがって赤面していたけれど、構うことなくきつく腕に力をこめた。
口から出任せじゃなく、このコンビが先の事件で活躍したことを私は知っている。
……直前になのはから見せてもらった報告書で読んだだけだけど。嘘はついていない。
「二人はもう……立派な魔導師だよ。私がついてなくても、もう心配ない」
「ありがとうございます……。だけど、僕とキャロ、合わせてやっと一人前ですし」
「……そう。だったら私もすぐに復帰して、また二人に稽古つけてあげなくちゃ」
「はいっ、待ってます。やっぱり、フェイトさんが一緒のほうが楽しいですから」
未来にワープしてきて初めて、自分が大人の体型に変わったことに感謝した。
小さな体で抱きしめたところで、二人に安らぎを与えることはできなかっただろう。
「……いいのかなー? すぐに復帰する、なんて安請け合いしちゃってたけど」
エリオとキャロが帰った後、なのはが現れて意地悪そうに言った。
大方、隣の部屋で聞き耳を立てていたのだろう。別に聞かれて困る話でもなかったけれど。
「こ、これでも本気だよ。あの二人だって頑張ってるんだから、私だって……」
「そっかー。それじゃあ手始めに――」
私がやる気を覗かせた瞬間をここぞとばかりに押さえて、なのははにんまりと笑った。
「明日、隊長チームの定例会議があるんだけど……出席でいいよね?」
古代ベルカ。かつてミッドチルダと覇権を争った魔法体系の一大勢力。
時代の盛衰にもまれて廃頽した太古の文明が、永い時を越えて目の前に蘇っていた。
八神はやて。純粋な古代ベルカ継承者にして現役の魔導師。機動六課のトップでもある。
シグナムとヴィータ。主であるはやてを守護する魔法生命体。実力はなのはたちと伯仲。
リインフォースⅡ。はやてのユニゾンデバイス。術者と融合してその能力を発揮する。
さながら博物館のような光景に、私は目を輝かせ、歴史の生き証人たちに見入っていた。
「……どないしたん? えらいニコニコしてるけど」
「あ……ごめん、はやて。久しぶりにみんなに会えたのが嬉しくて」
「たった数日やん……。ま、私らも嬉しいよ? フェイトちゃんが思ったより元気そうで」
とっさのごまかしに内心どきどきしつつ、人懐っこく笑うはやてに微笑みを返す。
ベルカの騎士なんてどんな人たちかと身構えたが案外普通だった。しかし、油断は禁物。
捜査官のキャリアを持つはやては妙に勘が鋭い。なのはが要注意人物に挙げていた。
「いつまでもつっ立ってねえで席着けよ。なのはも。始めらんねーだろ?」
「ごめーん、ヴィータちゃん。それじゃ座ろっか。フェイトちゃんはそっち」
「フッ、今日の会議はテスタロッサが主役だからな」
「はは……お手柔らかに」
口は悪いけれど面倒見のよいヴィータと、口数は少ないけれど一本気なシグナム。
なのはから二人の性格について事前情報がなければ、ここで萎縮していたかもしれない。
「ほなさっそく始めよか。フォワード隊の訓練担当のシフトの件やけど――」
シグナムの宣告通りだった。私が休養で抜けた穴をどう埋めるか、の議論が続いた。
「今まで通り、あたしとなのはがライトニングのほうもカバーするってことでいいだろ?」
「なのはちゃんには負担なんと違う? 体のこともあるし、スターズにはギンガもおるし」
「どうってことないよ。それより、卒業までに教えなくちゃいけないこと山ほどあるし……」
「エリオたちも自主的に頑張ってるですが、やっぱりちゃんとした指導が必要ですね」
「またシスター・シャッハを頼る手もあるが、我々で回せるうちは回すのが一番だろうな」
じっと話を聞いていた私はいたたまれなくなった。
自分の都合だけで仕事を休んでいる私のために、他のみんなに迷惑がかかっている。
どうなろうと知ったことではないと思っていたけれど、目の前でこんなの見せられたら――。
「……みんなごめん! 私のせいでこんな……っ」
「フェ、フェイトちゃん……?」
次の瞬間、私は立ち上がって叫んでいた。
ぽかんと見上げる一同。なのはも、私の行動が予想外だったらしく目を丸くしている。
「……いやいや。まあ落ち着きぃ。誰もフェイトちゃんのせいなんて思ってへんし」
「えっ」
「JS事件終結まで、ずっと先陣切って戦った功労者や。今はゆっくり休んだらええよ?」
「は、はやて……。その……でもごめん、わがまま言って」
はやてになだめられて、すごすごと着席する。
他のメンバーも、私を見つめる目線は温かかった。
「ちったあ仲間を頼れよな……。困ったときはお互いさまだろ?」
「そうだね。恩に着るよ、ヴィータ。この借りは返すから」
「雑務はロングアーチで分担しますし、何にも心配ないですよー」
「それじゃお言葉に甘えるね、リインフォース。助かった」
「そう気に病むな、誰にでも調子の波はある。明けない夜はない」
「うんっ。おかげで元気出たよ。ありがとう、シグナム!」
突然シグナムがゴホゴホとむせ込んだ。
「ちょっ……シグナムどうしたの? どこか苦しい?」
「い、いらぬ世話だ。何も気にする必要……って顔が近いわ! 寄るな、いいから離れろ」
「でも、具合悪いなら休んだほうが……。それに赤くなってるよ? 熱があるんじゃ……?」
「だから触るなと……! くっ……今日はなぜそんなに馴れ馴れしいのだ、テスタロッサ……」
額の熱を測ろうとした私の手を弾き、ソファの端っこまで退いて身を縮めるシグナム。
言葉の端もきつかった。どうやら、シグナムには避けられているらしい。
彼女とは仲良しだと聞いていたから普通に接したのに、これではなのはの話と違う。
「おいおい……何やってんだあいつら」
「シグナムってば照れてるですねー。わかりやすいですぅ」
「なんやフェイトちゃん、言動が子どもっぽうなってへん?」
「あは、あははは……」
はやての目ざとい指摘に、なのはは終始苦笑い。とぼけるしかないという様子だった。
「……仲がいいのは本当だけど、フェイトちゃんは普段シグナムさんに敬語で話してるよ」
「それならちゃんと教えてほしかったな……。でもそうか、それで機嫌損ねちゃったんだ」
「いや……損ねてないと思うけど」
打ち合わせを終えて家に戻る途中、なのはが種明かしをした。要はなのはの説明不足。
だけど私は気分がよかった。これといったピンチもなく、最初の仕事を切り抜けられたから。
何も恐れることなんてなかったんだ。今まで逃げ回ってばかりいた自分を恥じた。
「それより……なのは。『体のこと』って何」
話し合いの中で、なのはの体への影響を案じる声があった。とても聞き捨てならない。
なのはは正直に話してくれた。戦闘で限界を超える魔力を放出し、後遺症が残ったこと。
「もう絶対に無茶なことしないで……!」
なのはの手を握りしめて、訴えていた。
自分でも不思議だった。数日前に初めて会った人のことを、こんなにも案じるなんて。
けれど、出会った最初からずっと私のそばにいたこの人に、悲しい思いをしてほしくない。
「……よかった、よかったよ……」
「な、なのは?」
「いつものフェイトちゃんだぁ。いつだって自分のことよりわたしの心配ばっかりする、
わたしの知ってる優しいフェイトちゃんのまんまだ……」
目に涙を浮かべて、私の手を強く握り返すなのは。触れた掌から熱い気持ちが流れ込む。
君の手はとても温かいね――。そう言いかけたのをやめ、今伝えるべき用件を伝えた。
「なのはの負担が増えないように、私が仕事に戻るから。私が……頑張るから」
だから教えてほしい、ライトニングの訓練を指導するにはどうすればいいか――と。
「簡単だよ。すごく簡単。フェイトちゃんが持ってるすべてを、伝えればいいの」
「ごめん……それすらわからないんだ。自分がどれだけ魔法が使えるのか」
「だったら、フェイトちゃんの今の実力を測るために一回やろっか? ふたりで模擬戦」
スッキリした笑顔を振りまいて、なのはが言う。やはりなのはには笑った顔が一番似合う。
模擬戦なら、リニスが用意した仮想敵と何度もした。技量を見極めるにはもってこいだ。
「あっ、でもあれ以来一度もやってなかったよね。フェイトちゃんまだ気にしてる……?」
「何を?」
地雷を踏んだ、と気づいたのは発言した直後だった。なのはの表情が瞬時にかげる。
「……やっぱり、何にも覚えてないんだ。毎日お見舞いに来て、励ましてくれたことも」
「なのは……? いったい何言って――」
「わたしっ……、フェイトちゃんのこと信じていいかわからないよ……!」
それから、なのははずっと言葉少なだった。ヴィヴィオが話しかけても力なく笑うだけ。
重苦しい雰囲気のまま就寝する三人。私ひとり、なのはの態度が気になり眠れなかった。
心だけ十年前から飛ばされてきた私に理解を示す一方で、本心では信じようとしていない。
無理もない話だと思うけれど。もし逆の立場だったら、私も受け入れられたかどうか。
大きなベッドの中、私の両側でなのはもヴィヴィオも気持ちよさそうに眠っている。
私の状況を鑑みて、小さなヴィヴィオではなく私が真ん中で寝るのが習慣になっていた。
昼間の毅然とした態度とはかけ離れた、なのはの幼い寝顔。その唇に、ふと目が行った。
触れたらとても柔らかそうな、ふっくらとした美しい形。かすかに口が開いている。
……キスをしたらどんな感じだろう。なのはは、どう思うだろう。
ヴィヴィオのことは私の誤解だったとしても、やはりなのはとはそういう間柄なのだろう。
しかし今は、初日に胸を触ったのを私が嫌がったからスキンシップもご無沙汰だった。
私に『私』の面影を見つけて涙したなのは。私を信じていいのかと思い悩んでいたなのは。
――信じさせてあげたい。なのはを、不安から解き放ちたい。
日頃の感謝とか、機嫌直してくれるかなとか、さまざまな思いが去来して顔を近づけた。
寝息がかかるほどの至近距離で、なのはの目がぱちりと開いた。突然のことに硬直する私。
「……?」
「あ……っ」
ビデオを逆再生するようになのはから離れ、何事もなかったように元の姿勢に戻る。
なのはは眠気の残った不思議そうな顔をしたまま、ひそひそ声で私に尋ねた。
「どうかしたの? フェイトちゃん」
「えっ、う……ううん、何でもない……」
「――キス、しようとしてたよね」
しっかりばれていた。
「それはその……。なのはは私のこと好きみたいだから、したら喜んでくれるかなって」
「好きだよ? フェイトちゃんのこと、今でも、誰よりも。だけど……そんなの違う」
照明の落ちた室内で、なのはの丸い瞳だけが険しく光り、私の視線を吸い寄せていた。
「最初の出会いから十年。ぶつかりあって、すれ違って、でもわかりあって、友達になって。
二人で同じ時間を積み重ねてきたから……だから、わたしはフェイトちゃんが好きなの」
「…………」
「思い出を共有してないフェイトちゃんとそういうことしたって、嬉しくなんかない」
言葉を失ったまま途方に暮れる私を見限るように、プイッと背を向けてしまった。
無言の圧力。なのはの後頭部をただ見つめる私の心に、一陣の冷たい風が吹き抜ける。
思い出なんてどう共有すれば。忘れたのではなく、最初から記憶を持っていない私が。
居心地がよくてつい失念していたが、やはりここは私のいるべき世界なんかじゃなかった。
なのはが好きな十九歳のフェイトはどこへ消えたのか。この体を返せるなら返したかった。
「ごめん、なのは……。ごめん」
「……そうやってすぐ謝る癖は、私の知ってるフェイトちゃんと何にも変わらないのにね」
そんなこと言われても。なのはの知っている私とやらを、当の私本人が知らないというのに。
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