[むかしのなぞ] 2006/06

2006/06/01

1461。振り返る暇もないほどに喧噪は。

水が静かにせせらぐ、夜の川面。芝生の上に寝そべってみる。
どこからか火薬の匂いが漂った。花火だろうか。もう、そんな季節なのか。
鼻が利く、というのは大切なことだと思った。
普段はそれが顔についていることも意識しないが。
水や、草や、土や、薄暗いとばり。それぞれにちゃんと匂いがある。
目で見ただけではわからない、嗅覚という重要な情報をもたらしている。
きれいな空気を嗅ぎ分けられる。鼻の利き具合がひとつのバロメータだ。
こんなところで立ち止まって、時間を潰して。それでよかったと思えた。

凍結した冬の舗道を自転車で抜けた。つんざくような夜の闇の中。
顔面すら凍ってほとんど感覚がないのに、どうしてかはっきりと匂った。
雨上がりの朝のように、気持ちよく澄んだ空気。その匂いだった。
voidを咀嚼する音を、バリバリと氷雪を踏むタイヤが代弁した。
おいしかった。その道のりだけで、報われたような気がしていたんだ。
はしゃいでいた。汗ばむ季節になった今でも、目をつぶれば思い出せる。
これからは、蒸し暑い大雪がしんしんと降り積もる中、この道を進む。
ひとつ息を吸って吐くたびに、粉塵は除去されて純然たる冬を取り戻すだろう。

地の底のような暗く怯えた世界であっても。

2006/06/03

これ以上、無関係を装ってなどいられなかった。

憑き物が落ちたかのように、足取り軽く樹海の奥。
どこまでも青かった。緑色を見て青いと言い放った。
漫画のコマ割りさながらに直線的に隔てられた空間。
その一つ一つから顔を出す。躍動、陰影、デフォルメ。
顔面がくり抜かれた観光地の看板にそうするように。
自分はいくつ表情を持っているだろう。気になって試す。
さまざまな顔を作ろうとするが、筋肉が硬く強張る。
ぎこちない頬の動きが、さぞ滑稽に映ったことだろう。

自分が悪いとか落ち度があったとか、また無意味な議論。
問題はそこではない。内省に終始するのはよそう。
知らんぷりな態度が、解決を後回しにし悪化させてきた。
そのことに気づくべきだ。関係ないなどと思わずに。
こうしている間にも、時間は流れて。蝕まれていく。
あらゆる問題が、そうやってどんどん手遅れになる。
だから、何もしないことは最も罪が重い。最悪の悪だ。
後悔しないために。ずっとそれを掲げてきたつもり。

雑言はすべて右の耳から入り右の耳から出て行った。
脳まで達することはない。浸されない。冒されない。
人体は思った以上に自分に都合よく機能するものだ。
それを可能にするのも、もちろん朗らかであればこそ。
全身が軽い。服を着ていないかのような開放感。
このまま飛び立とうと思う。誰にも捕まえられないで。
自由になる。大空を舞う。子供の喧嘩には付き合わない。
鳥は、地上の生物に腹を見せて飛び回る。それが流儀。

ただの結果論。それがたとえ結果オーライだとしても。

2006/06/09

こんなふうに会いに行くことになるとは、自分でも予想していなかったけれど。

きっと寂しいのだろう。恵まれた環境にいることをわかっていないのだろう。
自分以外の全員が、悩みも苦労もなく生活していると思い込んでしまう。
可愛がってほしいから。饒舌にもなるし、情にも訴える。そんな常套手段。
胸を打つ言葉も瞳に映した素顔も共通の認容も。ただわめいていただけ。
もう遠い昔のことにしか思えないが、それでも一考を余儀なくされる。
自分のことを語る場合には、その相手を慎重に選ぶことが重要なのだと。
値打ちがあるとは思えないが、だからと言って無闇にばら撒くこともない。
たとえば、その道の先駆者や。その思いはより一層磐石なものになった。

切り替えが早すぎる。少しは落胆した方がよいのでは、と自問するほどに。
完成されすぎていることに対する嫉妬。そういうものと思って、喫すればよい。
どんな思念にも寄らず、どんなジャンルにも属さない、そんな時間が必要で。
個すら捨てて。満員電車から雪崩れ出す朝の風景の一ピースとなるように。
ただの参加者、ただのエキストラ。そう実感できる瞬間が、たまらなく快い。
たとえば個人名も含めて、表に出ることは精神衛生上よろしくはあるまい。
平安を護る術はそこにある。もっとも原初的で健全な、自らへの投資として。
もう遠慮も出し惜しみもいらない。この腹で鉄球をも受け止めてみせよう。

ひとつの目標をクリアしたら、次はもっと高みへ。朽ち果てるまで挑むのみ。

2006/06/12

叱られるだろうか。どうしたわけか、そんな心配事が頭をよぎる。

星を見つめる仕事。最初に与えられた任務だった。
スターダストに紛れて、呪詛が吹き込んできていないか。
汚れて、かすんで、危険だらけのあの黒天へと馳せる。
宇宙は地球人だけのものではない。だから監視体制を敷く。
輝き、瞬き、煌めき。手の届かない存在だからこそ美しい。
そうでも思わないことには、羨ましすぎて身を切られる。
イカロスの翼でも、最新鋭の宇宙船でも、辿り着けやしない。
見上げた先に同じ星空が広がっていること。ただ守ることが使命。

存在も知らぬ生命体との、テリトリーを賭けた戦いだった。
異物は排斥せよ。異形は抹消せよ。わかりやすい行動原理。
好都合か不都合か、周りは息のかかった人間ばかり。
四面楚歌のディスクロージャーは政策として施行される。
ここにいてはならない。どこにも行かせてはならない。
孤立というお寒い状況を、一向に自認しないのであれば。
時空の裂け目に落ちて這い出せずにいる三年寝太郎。
切り落とすための腕一本くらい、安価な代償ではないか。

逆を唱えれば、痛みはその一時。それだけで無限の彼方まで照らす。

2006/06/18

初日だから、なのではない。何日目から始めようと結果は同じこと。

ただ、のどかであるはずだった。ただ、平和であるはずだった。
あらゆる難儀を避けて、たどり着いたはずの静かな佇まい。久遠。
それが音を立てて崩れてゆく。金属の棒で打つような、乾いた足音。
どうして彼女は豹変してしまったのだろうか。考えるべくもない。
軽はずみな発言だった。小さな冒険心が知らずのうちに招いた失策。
表面的な行動の裏に隠された真意。こんな関係ではだめだということ。
それも、奇しくもこの時期に。そう、あらゆることが「奇」へとシフトする。
日常が乱されていく。そして時間は巻き戻る。そしてまた次なる生贄を。

山道を歩き。木々の間を抜け。石段を登り。その上に祀られている厄災の元凶。
寄りつかないようにしていた。かつての血を浴びて錆びついた重く黒い鍵で。
壊れるきっかけならいつでもあった。それでも耐えて、気づかない振りをした。
知らないことなど何もないという顔をして。実際は知らないことばかりなのに。
いや、違う。教えてくれなかったじゃないか。明らかに悪意を含む隠蔽だ。
そればかりか、不必要に焦燥を掻き立てる脅迫じみた狂言。気でも触れたのか。
ただ生きたいだけなのに。自分という生命を。罠になどはめられてなるものか。
逆恨み、呪縛、絞首台、自分が被害者だという思い込み。このシナリオを、拒否する。

口を滑らせた。絶対に何かを掴んでいよう確信。最後の夜、刺される。

« むかしのなぞ

ソーシャル/購読

このブログを検索

コメント

ブログ アーカイブ