[むかしのなぞ] 2004/05

2004/05/01

幸せそうに笑えないことは、不幸だろうか。

長い長い、空白の時間があった。
口をつぐんでいたよりも、もっと長い時間。
すべての罪から逃れたぼくが、何をしていたか。
大切なものをどれだけ失ったか。
それほどの犠牲を払っても、手に入れてしまうこと、満たされてしまうことの恐怖を必死で回避しようとしたこと。
堰き止められて濁った血流で、潤そうとしたもの。
後悔や羞恥をなかったことにして、積み上げた関係を踏破して、新たな領域ばかり求めた。
誰も知らない暗黒があった。

絶対的な醜さ。
汚れた心から抽出された内なる感情は、みな汚いものだ。
そういうものを他人に振りかざしてはいけない。
ぼくとはそういう生き物なのだと、常にどこかで思っている。
これほど身体と心が隔離されている状態があろうか。
自己完結しうる世界は、なんて好都合で理想的で、なんて甘いのだろう。
現実として降りかかることが、みな他人事のように感じられて。
この身を取り巻く事象や自分の愛着が発覚することを、こうも怖れている。

豊肥と節制。モグラ叩きのように延々繰り返す。
否定して否定して否定して、似つかわしくないことと投げだしたがる。
これは結論の先送りによる応急処置ではない。
ありもしない責任に固執しているから。
安堵に浸ることの両面性、危険性を知っているから。
この距離を埋められない原因は、ひとえに臆病さだけなんだ。
だから、ぼくはもう、そうなのかもしれない。
幸せになれない体質なのかもしれない。

寒から暖へ。季節は巡っているのに。
どうしようもないほど、この時間は動かない。
凍結して保冷されて地中深くに堆積する、古の思い出のように。
拮抗した停滞状態を、もどかしいと苛立つのか、それとも内心願ってさえいたのか。
ハンドルを回して過去の契約書を裁断したいのか。
それとも、一枚の静止画にはめこんで飾り立てたいのか。
自分の気持ちがわからなくて、わだかまりを持て余している。
肌はどんどん鈍くなっていく。温度差を感知できなくなるまでに。

こんなに充足された境遇を、なぜ苦しまねばならないのだろう。

2004/05/02

猶予を与えられていたような気になっていた。この日までずっと。

自分はものすごく生意気な口をきいているのだと思った。
実体験や学習の範疇にないことを、さも知ったふうに言ってのける。
適温に差しかかっていようと、どこかで自分だけは例外だと疑わなくて。
みっともない真似をさらして、権限を持たない領域に触れようとする。
ぼくは何を聞き出すつもりでいたのだろう。
自分の無力さをもう一度知るだけの徒労に。
そこにいるだけで何もしない、そんな行為は無益だと思っていたけれど。
それしかできない場合も、それだけをすべき場合も、確かにあり得て。

時間をかけて手に入れた適正距離。
求めるでも避けるでもなく、程よくおたがいを認識しあえていた。
一度はそれを壊した、という前科があるから。
ぼくには権利がないとか、許されないことだとか、すぐに思ってしまう。
施術せられる策もなく、庇護すべき人格もなく。
何も変わっていない、と信じこんでいるのは、道理に背いている自分だけ。
手をこまねくばかりで無駄にしてきた時間の長さの分だけ熟する心情もあるだなんて、会わないでいる時間が満たされているだなんて、そんな理論は正常な感覚から生み出されはしない。
だから誰も、正にも邪にも導かない。ぼくも肯定も否定もしない。

また、逸らしてしまった。進歩の片鱗もない自分。

2004/05/03

喉まで出かかった、破滅の呪詞。

しきりに天候を気にしては、足を止めてばかりいた。
泣き出しそうな曇空。低い雲。生温い風。場違いではないかという、錯覚。
流暢に物事を進められないのは今に始まったことではないにしても。
決断に迷ったり他人の顔色を窺っているようでは牽引には程遠くて。
どうにもならない短所は嘆いてもしかたがないから、問い質さない。
しかし、それで見逃してくれるほど世間は甘くもないから。
不釣り合いな部分がたくさんある自分が受け入れられるだなんて。
身勝手な世界しか描けない胸中で、ひたすらに巡らせている。

見下していた、のだろうか。
ぼくたちは同じものである、という理解は、共通のものではなかった。
立場や経歴や、あるいは信条。それだけでは同類項に括れない。
一方的な情愛など、ただの憐れみでしかなくて。
精神面での自立なんてしていないのに。勝手に大人だと思いこんで。
一人で眠れるようになったって、飯が食えたって、何も偉くないのに。
上下関係。横の繋がりではなく縦の繋がりだった、としたら。
縮められない絶対的な対立が、障壁として立ちはだかるだろう。

だから、集中なんてできなくて。
それがぼくの感覚を衰退させているし、突飛な奇行の引き金にもなっている。
目の前の現象をないがしろにして、議論の流ればかりを追いかけているから。
夢見がちな絵描きの性は改まらないし、実務的な話題にも移れない。
少なくともこんな態度は真摯ではないし、不誠実だと思った。
打算的な自分、疑念が先に立って行動に移せない自分は、よくないと思った。
もっと純粋に、頭を空にして今日に没頭できるようになりたい。
身近にあるものを、素直に愛しめるようになりたい。

ぼくは自分を追いつめるために手札を切ったのではないのだから。

2004/05/04

服喪。

唐突に、何でもないことのように告げられる終わり。
一瞬だけスパッと切られたような、時間の断面に挟まれ。
たったひとつの出来事が起こった、という事実が静かに刻まれ。
俯瞰図のような他者の視点で、それをじっと見ている。
言葉が浮かばない。
儀礼的な挨拶ではなく、感情の表現が。
どう汲み取れというのだろう。
同情なんて安いものと軽蔑しているくせに、いざとなると頼ろうとする。

ふと思う。
ぼくは、ぼくの不謹慎な言動で、どれだけの心を傷つけただろうと。
悲しみに暮れる人たちを、非情にも追い込んだのだろうと。
場合や空気を考えずに軽はずみに言ってしまうことは多いけれど。
それを重大なことと認識できない鈍さは、重篤ではないか。
身勝手な心の狭さ、腹黒さを、虚偽の温厚さで覆い隠している自分。
きっと、こういうときにこそ人間の本性が出るものなのだろう。
嘘泣きだけが、また上手くなった。

わかちあえないという絶対的不可侵。
相手の気持ちに立って物事を考えられない。
自分の時間、自分の思念、自分の領域。固執しすぎる。
こんな中身のない自分なんて信奉してどうなると言うのだろう。
弱さから脱却したかった。強くなりたかったはずなのに。
感情を押しやって、喜怒哀楽や痛みを感じなくなって。弱みを見せなくなって。
それでよかったのだろうか。こんなのは強さではないはずだ。
悲しさを忘れてしまうのは、とても悲しいことだと思った。

心ここにあらず。

2004/05/08

あってないような時間。

生きていることの重み、充足度や密度を考えないわけではないけれど。
どうにも体が怠けてしまう。
日が暮れるまで、ただひたすら息をしながら、無為に潰されていくものの贅沢さを思う。
後悔の鉛が、またひとつ積み上がる。
眠りに落ちていくように。
潤いが涸れていくように。
地平が果てていくように。
そういう毎日であり、生であるのだと。

居てもたってもいられなくなる。
こうしている間にも、猶予が刻々と削られているのだと考えると。
無駄に手をこまねいているのではない。
事の運び行きを見定めたいだけ。
それなのに、焦燥は拭えない。
なんだかひどく惜しいことをしているような気持ちに駆られてならない。
どうしてそっとしておいてくれないのだろう。
ぼくは自らの足で自らの進む道を選ぼうとしているだけなのに。

限りなく虚空に近い天国へ向かって、今日も夢の中。

2004/05/13

ぼくを沈んだ気持ちにさせるのは、いつもこんな出来事だ。

恨みの言葉を残して、去っていく。
表情を窺い知ることのできない状況にあっては、真意を推測するのは容易ではないが。
強い念で刻みつけられた呪文のように思えた。
そこから嗅ぎ取れる、心の奥底、深淵に渦巻く瘴気。
留守番電話や手紙やメールやホームページ。
一方的に自分の言い分だけを投げつけるのは、姑息だ。
でも、誰もがそんな自己主張の方法にすがってしまいたくなることがある。
それは他者との対話による関係を拒否し、破棄しようとする手段だから。

何かに夢中になっていた自分からふと醒めたときの、あの冷淡さ。
平静を装おうとして動転し取り乱しならが、自分の痕跡を消して回る、あの不自然さ。
そして、懇意にしていた相手に声の限り浴びせる、憎悪にまみれたあの言葉の刃。
人は最も醜くみっともない姿をさらす。
けっして見せるべきでない、狂い猛った本性をむき出したその顔を。
人間はこうも節度を欠き、暴力的に、そして惨くなれる存在であるという示唆。
争うべくして争うのだと、よどみなく納得できてしまうほどに。
目の当たりにするたびに、胸の中の小さなかけらがひとつずつ砕けていくみたいに、きしんで痛む。

そして知らずのうちに、ぼくも人の恨みを買っているのだろう。

2004/05/15

言い返せないから弱いんだ。そう思っていた。

自分の罪悪を振り返ったところで、何が解決するでもないのに。
味わった苦々しいみじめな思いをいまだ引きずったままでいる。
気づくこと、反省すべきことはたくさんある。
だがそれは、今になって思い返してみてようやく認識できたにすぎない。
不条理に振り下ろされた一撃で、やはり喉は掻っ切られた。
裏切られた悲しみと、無力な自分への悔しさが、ずっと心を縛った。
激しい屈辱と非難の中、何度絶望に飲み込まれる恐怖と格闘したか。
悪魔に魂を売って不死を得たかのように、ぼくの心は人形と化した。

どうして傷つかねばならなかったのだろう。
痛みとして残った敗北感。そう、ぼくは負けたのだ。至らなさと弱さを悟った。
頭が悪いから、いいように弄ばれ陥れられたのだと。
疑うことを知らないから、見え透いた演技にも気づかなかったのだと。
話術や機転に欠けていたから、意思も伝えられず一方的に論破され言い包められたのだと。
どこまでそのとおりなのだろう。単なる負け惜しみかもしれない。
ただ、度重なる失敗や思い込みが招いた結果だということは自明である。
出来の悪い人間にはそれなりの報奨しか与えられない。それなりの人生しか待っていない。

対等な目線ですら、まだ話し合えていないのかもしれない。

2004/05/21

難しいことだけれど。

自分の甲斐甲斐しさがたまらなく嫌になることがある。
体外に振りまける余力などないのに。上からものを見る立場にもないのに。
自分自身は執拗に怯え避けていることを、どうして他者にしてしまえるのか。
触れられること。心を、舐め回されること。
よく思えたものだ。相手の心情をわかろうだなんて。
実際にはそのつもりになった自分に陶酔しているだけ。否、つもりにすらなれていない。
ぼくの発言や、激励や、あるいは存在など、歓迎されていないのだということを。
何の効力も衷心も含有しないのだということを、もっと思い知るべきだ。

どのような言動が人の心をえぐるか。もしくは癒すか。
誰よりも敏感でなければならないのに。注意して選定しなければならないのに。
忘れていく。悲しいほど。薄情にも。
右から左へ通り抜けていった表層的なダメージなんて。
痛覚が鈍ってきている。衰えを見せている。感動や感情が、削がれていく。
自分の中の規範でしか、物事を判断したり他者の行動を評価したり推測できない。
だから、何も知らないふりで傍らに立ち、何もかも知っているような口ぶりで諭す。
そんな胡散臭さから捻り出された迷惑行為に、ぼくは何を託しているのか。

難しい、の一言で諦めてしまいたくはない。

2004/05/22

原因はひとえにぼくの心の問題。

双方が傷ついて終わった。痛み分け、と言ってもいいだろう。
あとはひたすら清算に没頭するばかり。
コーヒーの染みが一向に消えないから、いっそシャツごと捨ててしまおうか。
そうすれば、もう辛いことを思い出さなくてすむから。
何も与えられなかった自分。何も与えたはずのなかった自分。
恵みも、育みも、慈しみも。語りあうことはなく。先読みの応酬。
お互いがお互いに、勝手に理想を抱いていただけ。
紡いではならなかった恋情。

人が人を慕う感情は、必ずしも美しいものばかりではないことを。
この心の中にあるものが、いかに汚れきっているかということを。
凝り固まった観念に縛られ、今日も身動きがとれないまま。
正解なんてないのに。どうしても迷信に振り回されてしまう。
きっとまた失敗するんだ、そう、心のどこかで怖れていて。
そうしたら、もう二度と立ち上がれないほどの痛手を負うだろうと。
こんなもの自分には似合わないからって、思っていられたほうがいいんだ。
決めつけるから、逃げ場所がどんどん奪われて苦しくなるだけだというのに。

焦がれているのは。焦がしているのは、他ならぬぼくではないのか?

2004/05/24

もしも、なんて考えている。

もしも、今とは違う進路を選んでいたら。
もしも、この鍵であの部屋の扉を開けたら。
もしも、再び言葉を交わせる機会があるのなら。
もしも、持て余している気持ちを察してくれたら。
もしも、時計の針を一度だけどこかに戻せるのなら。
もしも、自分の感情を誤解することなく付き合えていたら。
もしも、海の底でも空の彼方でもこの姿を消し飛ばせるなら。
もしも、独りで悩んでいることにもっと早く気づいてあげられたら。

究極の責任放棄だ。

2004/05/29

寂しさを埋めようとする行為は、なんとみっともないものか。

短い生涯の、そのサイクルを棒に振っているようなものだ。
体力が衰える。胸が高鳴らなくなる。軽い諦めを抱く。
自分の存在や行動に意味なんて見出したこともないけれど。
こんなことは、その中でも飛び抜けて卑下されるべきものであって。
つまらない。何もかもが。楽しめることなんてどこにもない。
人生のすべてに絶望した者が辿り着くような場所に、もう片足を突っ込んでいる。
夢を見たり憧れたり、無駄な空想に呆ける自分が、ただ悔しくてならない。
このエネルギーを本来差し向ける対象があったはずだとでも言いたげに。

心に空いた穴。そこに手をやって、何もない空隙を撫ぜる。
しかし思うに、それは本当に破局から生じたものなのか。
理不尽な不遇を体よく表現するための喩えではないのか。
何も失われてはいない。挿入されていたものが体内から引き抜かれた。
腰をくねらせ、その異物感に身悶えているような状態でいるだけだ。
疼きは誤解を生む。
肉体の欲求と精神の充足を混同させる、不条理きわまりない便利な公式。
溺れているかぎりは、その差異に気づくことも、這い上がる可能性もない。

寂しくなんてない、という強情のほうがかえってみっともない。

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