[むかしのなぞ] 2003/12

2003/12/01

大事な人には無様な姿を見せられないという気持ちと。
大事な人には弱い部分も知ってほしいという気持ちと。

踏みこまないでいてくれる優しさと。
過保護なまでにドアを叩く宣教師と。

遠方の身近な冠者への迫害と。
近所の疎遠な調律への信頼と。

血を見るのが怖いからというだけの理屈で争いを嫌う王道と。
同調と同情ばかり覚え世相に屈する人生を貫いて守った骸と。

ぼくの私生活は、口外できない話題のほうが多くなってきた。

誰にも言わない。教えてあげない。
誰にも言えない。打ち明けられない。

すべての享楽を、喜びを、自分が生きながらえていられる要因を。
ありとあらゆる境遇を、不条理を、押し殺さねばならない激昂を。

幸福の色。不幸の味。小雨の匂い。死神の足音。
訪れる日々のひとつひとつを、五感で受容する。

変わらない自分をまたひとつ見つけたから、見つけてくれたから。
ひとまず安心して、たおやかな気持ちで、ここに立っていられる。

ぼくの生きかたは間違っていなかった。そう、実感する。

木枯らしに転がる落葉と併走する朝の散歩道。
夕茜と夜闇が混ざった狭間を捉えられない空。

友人と過ごす日がある。
記憶を辿れる日がある。

言葉の定義を決めるよりやるべきことがたくさんあるから。
筆を執る時間に優先される感動がこの心々に湧くだなんて。

だから願う。この瞬間が果てぬように。今あるものが消えてゆかぬようにと。
不安と懐疑が先んずるあまり、誰かを殺してしまわなければいいのだけれど。

どんなに不便でもひもじくても、ぼくは最適な手段で自己を現す。

2003/12/02

それはきっと、自分自身のもどかしさに腹立たしかったのだろう。
過去の自分と同じ愚行でつまずいている人間を見つけてはイライラする。

自分の理解が及ばない対象を認容せず排斥しようとする狭量さ、とか。
議論ではなく威圧で、果ては暴力で、他人を順う横暴さ、とか。
ありったけのドレッシングやスパイスで素材の味を無にする味覚異常、とか。
正論を振りかざしつづける間は罪状不問となるなどという誤解、とか。
くだらない自己主張、とか。
言いわけがましい保身、とか。
世の中のすべてを悟ったかのような厚顔無恥な態度で説教すること、とか。
不遇や厭世観や自殺願望で自分を被害者に祀り上げて懇願すること、とか。

それはきっと、写し鏡の向こう側にいる自分に牙を剥いていたのだろう。
言い返されたとき抗えないと知ったから、ぼくは離脱しただけだった。

2003/12/03

明と暗があって、それはわかりきったことだったはずなのに。

どちらが主格であるかを確認する気はもうなくなっても。
それでも、対比させたり隠したり、別の側面としては見てしまう。
自分の背中はよく見えないから。その影に、人知れず脅える。
強くて見栄えのよい自分と弱くてみすぼらしい自分との、隔絶。

すべてを受け入れてくれることを、望んではいなかったのに。

家でくつろぐ格好と余所行きの格好と、実際はそれくらいの差なのに。
見せなくて当たりまえ。だから、きれいに畳んだ上で箪笥にしまう。
時には湿気を逃したり虫干しをしたり、それも必要なことで。
そして季節が巡れば装いは一変するだろう。次なる巡りあいのため。

恣意的とはいえ作為的に、この人格は自演され捻られた。

根が明るいのか暗いのか、もしくは明るかったのか暗かったのか、探る。
のめり込んだときに表出する感情が、それを物語っていよう。
他者を惹きつけ、または巻き添えて。深い深い世界へと導く。
進退をいまだ足止めしているのは、ぼくの執拗な懐疑論かもしれなかった。

この期に及んで自分の一面性と向き合うことすら躊躇しているくせに。

2003/12/04

すれ違うたびに、つい振り返ってしまう。

犬は、どうやってあんなに見るからに楽しそうな動きをするのだろう。
全身で感情を表現できるのだろう。
力を抜いて頬をたるませて。
大あくびをしたり、体毛を舐めたり。
つねに自然体で生きて、それでいて主人に忠実であることを旨とする。
人間が苦手としているものばかりだ、と思う。
妬ましい。
退化してしまったものは尻尾だけではなかった。

ぼくは、この歳まで生きて。
この時代を生きて。
何を失ってきたのだろう。
何を忘れてきたのだろう。
激動するものなんて、どれひとつとしてなかったはずなのに。
捕らわれて、目を回して、そして流されてばかりいた。
衰枯して恥辱を味わう前に、すべてを凍結してしまいたかった。
幼く無垢な、自分を好きか嫌いかも考えないままの心で。

未練という名の、縮れた後ろ髪。

2003/12/05

台詞だけ書き換えれば茶番が再開されるとでも思ったのか。
とっくに破滅した世界になんて付きあっていられないんだ。

2003/12/07

抜いてもへし折っても、棘はまた生えてくる。

力を持つことなど望んではいけない。
力を持っているなどと自惚れてはいけない。

言葉が傷つけるものにしかならないのなら。
封印してしまおうと、何度も。

同情が、こんなに痛いものだったなんて。
温もりが、こんなに冷酷なものだったなんて。

身ぐるみ脱ぎ捨てて、戦争を放棄して。
それでも、染みついた腫物は剥がせないのだろう。

率先してこの檻に入ったのだから。

孤独になることなんて、誰も願っていない。
だけれど、必要としたり頼ったりするのとは違う。

ぼくは強いんだ。賢いんだ。独りで生存できるんだ。
薄弱な虚言が幾度裏切ったか。まだわからないのか。

差し伸べられた手をはねのける権利なんて、なかった。
そこにあるものを大切にできなかった罪。

もう、心の中身を言葉にしたりしないから。
この唇を針金で縫い合わせたっていいから。

どうしたら、ぼくのそばを離れないでくれるの?

2003/12/08

ぼくは今でも、後悔することがある。

熱血というものが廃れて久しい。
自分のことが見えていない人間ほど、自分なんてものを語りたがる。
リサイクルが普及してもゴミは増えつづけている矛盾。
正義を禁止する条約があれば、正義を黙認する国際法もある。
危険行為、毒舌、落伍。法外なもの、不快なものが、広く支持される時代。
誰もが孤立を怖れて異を唱えられない。
金に踊らされ、性に溺れなければ、生活は持続せず、何も得られない。
現実という名の唯一神を狂信している。

こんな世の中にさっさと見切りをつけてしまえなかったことを。

2003/12/09

崩壊期までのカウントダウンはすでに始まっている。

こんなに弱いなんて。
辛抱のない人間だったなんて。自分に呆れ失望する。
激しい痛みや、悲観予測による不安に対する、脆さ。
傷つく前に。もしくは、恐ろしいことが起こる前に。
見ないように目を閉じてしまおう。壊れてしまおう。
失態をさらけるくらいなら。汚点の経歴を遺すなら。
いっそこの場で、それまで生きてきた時間を断とう。
自滅ばかり繰り返す。

あるいはすでにタイムリミットを超過していたのか。

2003/12/10

ぼくが、ぼくのままでいるにはどうしたらいいのだろう。

目的ってあるんだろうか。
ただ何となく過ぎていく毎日、追われるように走り去っていく毎日、会話もメールもない毎日。
このまま、どうなるのか。これが日常なのか。不安に苛まれずにいられない。
充実しているから。楽しいから。本当にそうなのか。
逃げているだけだろう。
本当は何もない、薄っぺらな人生だと気づいてしまうことから。
自分が現在抱えているものはそんなに重いのか。
自分で自分に足枷して、どうしようもなくなっていやしないか。

かけがえのないもの、と人は言う。
一度きりの、自分だけの人生だと。
せっかく生きているのだから。この瞬間は今しかないのだから。
そこまでは意見が一致しているのに、次に出てくる一言が人によっててんでばらばらなのはどういうことだろう。
ぼくは自分らしさを追求する。
大衆に埋もれたり平凡に落ち着くことなく、誰にも真似のできない人物でありたい。
劣っていようと羞恥にまみれようと。目立たなくても抜きん出なくても。
自分自身を騙さないように。願わくば、自分だけでも自分を誇れるように。

ずっと、そう思ってきたのに。
角ばった岩石も、下流へと流されるにつれて研がれていくのだろうか。
日を追うごとに変質な部分が削がれている気がしてならない。
影が、自らがidentityだと信じていたものが、薄れつつある。
話題でも興味でも、人と同じものに目がいくようになった。
そして。人並みの幸せを、なんてことを。
これまで築き上げた自分を破砕してまで、現世に取り入ろうとしているだなんて。
これまで馬鹿にしてきた人間性に、自らが取って代わろうとしているだなんて。

やっぱり。心を揺さぶられると、いとも簡単に腑抜けてしまう。

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