[むかしのなぞ] 2003/10

2003/10/02

許しを得られなければ、生を取り留めることも叶わないと思っていた。

痛い。
毎日降りかかる厄災。両輪に繋がれた鎖を引きずって、歩いている。
それをもたらすのは自然の猛威でも天変地異でもない。
人間は、恨みあう。罵りあう。騙しあう。そして喰らう。
好意さえも自己目的のための巧妙な殺し文句の材料にしかならない。
血を見ずに生きることなんてできないのに。
傷つくことも。多くの命を奪うことも。それらに無責任であることも。
人生は苦痛で満ちている。

だから、美しくも格好よくも、ましてきれいでなんてあるはずもない。
それをまず知ることが肝要なんだ。
自分の気持ちも。他人の気持ちも。
感じられる、察せられる人間になろう。
そして、どんなに痛くても自分の足で歩いていこう。
目を逸らさずに。耳を塞がずに。鼻をつままずに。
隠すべきもののほうが多くて、しかし現に隠されたものがひしめく世界。
その中でうごめいている小さな咎人として。

許されなくたっていいから。影を伴わない光なんて、どうか求めないで。

2003/10/04

こんなにも距離を感じたことはない。

何が体感温度に差を生じさせるのか。
亀裂が走った断壁のようなギャップ。
集約するならば理想と現実とのそれ。
角度の開いたベクトルの合力のよう。
狭間で迷うのはさも苦しげだけれど。
それはただ不当に苛立っているだけ。
自分の望みどおりいかない値踏みに。
横柄な主張に相手を従わせたいだけ。

幻想なんてないと誰もが言い放って。
現実を見ろとのお節介を勧告されて。
だけど胸のどこかで思い描いたまま。
夢から目覚めなければならないのに。
甘えた素振りで次は誰を陥れるのか。
正義が暴力の口実であるのと同様に。
他者に指向する思慮はみな背馳の刃。
自己を護ることしか頭にないくせに。

そうと悟られるのを嫌うが故の距離。

2003/10/05

どうして放っておいてくれないのか、などと依然思うこともある。

ひとつひとつ裁決が下って、疑念が晴れようと、不安は拭えきらない。
白でも黒でもない宙ぶらりんな身分であることが、最も神経を細らせる。
自分は見限られて当然の存在だという諦観が根底にあるからだろうか。
少しでも気を抜いたら、誇張でなくこの身は消えてしまうだろう。
弱いから。しかもそれに自己陶酔さえして怠けている愚物だから。
臆病で、わがままで、手を煩わせることを嫌って、そのくせ依存して。
たくさんの人がぼくを生かしている。生殺与奪のスイッチを握っている。
その状況を本当に理解しているのか。感謝の意を述べたことがあるのか。

自分の存在や言動がこれほど重荷になってしまうことも、あるのだと。

2003/10/06

この空は、どこへ続いているのだろう。

何らかの目標が人生には必要である。
そうでなければ毎日の生活にそれなりの重みを感じられなくなってしまうから。
目標といっても人それぞれで、大抵は個人相応の到達点を設定する。
とても手が届かないようなものにはわざわざ挑むことはしない。
得られると信じられるに足る根拠が、抱負には求められる。
それは自己分析だったり、テストの点数だったり、その日の天候だったりするが。
見据える先の目的地点、それと現在位置とを結ぶ経路を見出せるかどうか。
その確かさの度合いを、可能性や希望という言葉で表すことがある。

おぞましすぎて誰にも見せられない、心のビジョンがある。
それはぼくが夢見る未来。
欲のもとに、すべてが思いどおりになる世界。
自分に他人と同じ権限が付与されているのならそれはひとつの幸せのありかたであるかもしれないそれ。
跪き、従遵し、なびき、咥える。
そんなものを心のどこかで求めている自分が、妄念を巡らせる自分が悔しくなる。
さっさと絶望を手渡されて、地の果てに堕ちてしまえばいいのに。
空っぽになったって、どす黒い醜心をを抱えて生きるよりずっといい。

冷たく澄んだ奥深き海の色を投影し、そこへ招いているものと信じたい。

2003/10/07

今から築き直せるものは一部にはあるかもしれない。しかし。

大人になんてちっともなっていない。
自分自身が育つことだけで精一杯だったから。
この身に備わっているもの、振る舞うべき立場、求められている行動、そういうものをすこしもわかっていなかった。
周囲に頼らず自分の力だけで生きているのだと、天狗になっていた童心。

自分のせいで崩壊したのだと、今も疑わない。
慕うことができなかった。繋ぎとめられなかった。
期待に背き、私欲にまみれ、心身は荒廃し、そして騙し、裏切った。
ぼくがどれほどの愛情に包まれていたのかも、ついには知ることがないまま。

甘えるだけ甘えて、吸うだけ吸って、そして何も返さずにのうのうと。
自分だけをかわいがり、そのために多くの人間を利用してきた。
社会の害虫にこそなれ、これからだって何を与えられるというのだろう。
気味が悪い。近寄りたくない。まず当人がそう思っているのだから。

だから、今さらになって安い芝居をしようなんて思わない。
表向き微笑ましい友情ごっこも、家族ごっこも、恋愛ごっこも。
これまでだってひたすら貪る一辺倒だったのだから。もう貫くしかない。
差し向けられる厚意にせいぜい浸ってやるとするよ。

あらゆる関係を切ってしまったのは、ぼくの心の中でだけのものだったのかもしれなかった。

2003/10/08

知恵の輪のような、ぼくたちだった。

こんなにも強固な絆と、信じて疑わなかった。
絡めた指も、交わされた言葉も、混じりあう息も。
みな錠や檻や鎖となって、ふたつをひとつにした。
金属が触れて甲高い摩擦音が響く。
折衝のための慟哭か、あるいは快楽に悶える嬌声か。
何もない堅牢の中で、それらだけがこだまする。
運命などというものを崇めずとも、離れることはなかった。
体温さえも、高い熱伝導率で共有していた。

それは、一息にも満たないきっかけで。
あるときふっと、すべてを繋ぐ糸がほつれる。
完成された理論体系ほど例外にはあっけなく脆弱で。
激昂した感情が知性を凌駕する瞬間。
気づいたら、片方の手には何も握られていなかった。
なぜ外れたのか。どうやれば元に戻せるのか。
追跡も分析もままならないまま、すでに別個の存在となった両片はただ錆びゆくのみ。
どちらが「元の形」であったのかも思い出せなくなるまで。

なんでか過去形。

2003/10/10

それは嘆願書。
重油を最後の一滴まで搾り出すような、身の毛もよだつ、ただ沈痛な文書。
誅殺を覚悟するしかなかった。
去りゆく腕にすがりつき。消えゆく幻影に固執し。
あのとき、自分の中にあったものが真にどれだけ汚れたものか知った。
何度自らに言い聞かせても納得できずにいた、わかりきった教示。
脳内に潜む野獣。それが牙を剥いた。もう神通力も何もなかった。
冷静な判断を忘れ自己を見失った人間がどれだけ脆く浅ましくなるか。

そんなものでこの身を救ってもらおうなどと、本気で思っていた。
結果として弱さをさらけただけだった。そのまま潰れていきそうな。
ひとつのことしか見えなくなったとき、露呈することも厭わなくなって。
だからこそ許せなかった。自分の存在が。他人に向ける心情が。
どうしようもできなくなって。
恐ろしかったけれど。怖かったけれど。
他に案も浮かばず、死んで償うしかないと心に決めたこともあった。
それもただ自分が逃げたい気持ちが導いた結論でしかなかったのだけれど。

そして今。
手が震えて何にも挑めない、ただの弱虫が出来上がった。
どうしてこんな気持ちでいなければならないのだろう。
それを意気地のなさと思うか。あるいは護身と思うか。
あげつらったのではない。
内面と向きあった結果。生とも死とも、真剣に対峙した上での真理。
ぼくは一生この自分とつきあっていかなければならないのだから。
自分を変えるなんてできない。変えたくもない。曲がっていて結構。

これは、自信があるかどうかや、自分を嫌いかどうかに関わらず。
またどれだけ罪深かろうと。どれだけ恥辱として思い知ろうと。
途切れた記憶の隙を縫うように赤く腫れ白く膿んだ抜糸の痕となって。
この身に刻まれるのだから。
無論、輝かしい栄光でも誇らしい勲章でもない。絶叫の中の自傷。
隠したい痣ならいくらでもあって、けれど身を覆う幌はひとつもないから。
もう誤らない。
みんなみんな、切り刻んでやる。ぼくにまとわり仇なす何もかもを。

2003/10/12

恵まれすぎていた。
あまりにも多くのものを、あって当然のものと思って、見過ごしてきた。
こんなに幸福な毎日を、悔やんだり呪ったりするなんて、なんて罰当たりな。
何もなくても生きていける、なんてどうして口にしてしまったのだろう。
ぼくはずっと弱いままなのに。
こんなに恋しいのに。
同情でもなく慰めでもなく、傷口を舐めあうのでもなく、解りあいたいのに。
どうして知った顔ばかりするのだろう。

2003/10/13

否定してほしいんだろう?
そんなことないって、おまえは間違っていないんだって、言ってほしいんだろう?
そんな未熟で稚拙なふりをして。蔑まされて苦悩するふりなんてして。
自分だけが不幸を被っているという妄想自体が厚かましいんだよ。

共鳴の言葉などかけてやらない。
一瞬の気休めにしかならない甘い迎合は、何を修繕することも進展させることもないから。
身が切られそうなほど痛くても、辛辣でも、実利のある助言こそ必要であって。
自分が嫌われ役を買おうともそういう発言をなせる人間になりたいものだ。

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