[むかしのなぞ] 2003/04

2003/04/01

03/31
よけいなことばなんていらないから。
ただぬくもりが、そこにあればいいから。

ぼくはレアキャラじゃないよ。
もっと合わそう。もっとドキドキしよう。

04/01
比較すれば比較するほど自分の抱えているものが思ったほど大したことではないと感じるようになる。心の枷が解かれ荷が軽くなっていく。絶対量はいかばかりも変化していないはずなのに不思議なものだ。それは比較対象として他者を利己的に利用しているという行為なのだけれど、その犠牲の上で自分の過失や恥を減ぜられるのならむしろ合理的であると言えよう。

ひとつの生命を生かすために、無数の生命を食いものにする。
人間関係を信頼を切り売りして、名誉をばらまいて、それで風雨をしのぎ生計を立てている。
善でも悪でもなく、生きることとはそういうものであると、ふたつの面において認めなければならない。
自分がそうやって生きているということと、他人が同じようにそうやって生きているということを。

ぼくはとりわけ前科多き人間だから、いずれしかるべき制裁を受けなければならないだろう。
誰かに自分の存在を拒絶されたらきっともう立ち上がれないくらいの深い絶望に突き落とされるかもしれない。誰かに死ねと言われたらその場で自分の息の根を止めてしまうかもしれない。
それはぼくにとってしかたのないことで。そのときが来た、と自分の中では思うだけで。罪滅ぼしの具体的な方術を呈示されたら黙ってそれに従うだけだから。
それまでの命。それまでの、余生。

だけれど、ぼくはその日を望んでいない。
いくつかの例外分を差し引いても、心の中はこんなに埋めつくされていて。黒以外の色もたくさんあって。断片化されていても小粒でも、または気の遠くなるような昔のことでも、いろんな光が散りばめられた一枚絵として色彩を放ち、そして絶えず筆が加えられている。
何のためにぼくは生きているのか、その答えは生涯をかけて見つけていくものだとしても、何のおかげでぼくは生きていられるのか、それは今までの中でもじゅうぶん見つけてこられたと思う。もちろん評価や見返りなど求めない、もっとも単純な結合力のみでこの個体は維持していける。自然界につなぎ止めていられる。
その気持ちを表現するためなら何度だって罪を重ねよう。ありがとう。あなたのおかげだよ。

2003/04/02

おとなであることのひとつの要因は、ヒステリックにならないことかもしれない。
好戦的であるのはかまわない。ただし冷静を保って論理性を損なわずにいられるかという点で。

目の前に仕事があったとして、それを今までに経験したことがあるかとか、それが得意か苦手かなんてことはまず問われない。できるかできないかは重要ではない。するかしないか、それだけ。
デッドラインが迫ればえり好みをしたり細かい注文をつけている余裕もなくなる。それが日常で。それが社会の中で生きるということで。時間が流れつづけるかぎりは。だから気づくこともある。

片っ端から好き嫌いを言い散らしていたころは、ひどく無責任で自分勝手で、自分のテリトリーをちっともわきまえていなくて、つまりは幼稚だったのだと。
興味のある進路を取捨するのは結構だ。しかしそれがいつしか、苦手なものを避けるための消極的選択に置き換わっていやしなかったか。結果、自分の足場を奪って。

避けて通れる問題なんてひとつもなかったのに。いつまでも逃げ回っていたら、かえって事を大きくするだけではないのか。
取り返しもつかないほどの、恨みを買うことになるだろう。

2003/04/03

また、間に合わなかった。ごめんなさい……。

現実を見ているかぎり、見たくなかったものも否応なしに目に入ってくる。
目の前でいろんなものが消えていって、離れていって、散っていって、それらをぼくはなすすべなく立ちつくして見殺しにするしかできなくて。
もっと声をかけていればこんなふうにはならなかったのだろうか。終わらなかったのだろうか。過ぎてから考えたって遅い。
非力な自分を恨めしいと思う。もう悲しい場面になんて遭いたくない。誰も、失いたくない。それなのに。
あちらを立てればこちらが立たず、というふうに世の中できていて。いやそれ以前の問題。この身が抱えている問題点。
ぼくと出会ったから嫌気がさして離れていったのではないか。ぼくのことが気に障ったから姿を消していくのではないか。そんな強迫観念。
結局は自分の身と体裁を守ることでいっぱいいっぱいで。忘れたころに懐かしがったって、会いたがったって、もう誰も見向きやしない。
ひとえに不徳のなすところ。ぼくが何もしなかったから、あるいはしてしまったから、失う必要のなかった関係は音もなく事切れたのだと。とんだ疫病神だ。

どうすればいいのだろう。
距離を置けばそのまま振りきられ、引き寄せようと手を伸ばせばいずれしがらみとなってまとわりつく。
何ひとつ自分のものにできない。思うようにいかない。自分自身の肉体や意志や本能さえも。
会いたいとかそばにいたいとか、そういうことを口にしてはいけないのだろうか。
ぼくは呪われているから。不幸を呼び招くから。巻き添えにするから。マイナスの感情を植えつけてしまうから。
求めなければ裏切られることも傷つくこともないのに。この体に痛いほど刻まれているはずなのに。両目を潰してしまえばどれだけ楽になれるだろう。
それでも意識が死ぬことはなくて。光も自分自身をも飲みこむ超重量の質点となって。腐乱して異臭を放つように。
ここにいては、いけないのだろうか。

本当にそれでいいの?

2003/04/04

あしたも この道
歩きます ひとりで
母さんが 歩いたように
風の中も 負けないで
いつか春の風が吹けば
うたいましょう あの日の歌
ひとり この道で

(「白い道」 詞:海野洋司)

2003/04/05

かき回されて、引きずり出されて、飽きられたらそのままで。
嵐にさらわれて、大波にもまれて、潮が引いたらひからびて。

長い時間は、ときに逆戻りの効果。
出会う前の自分に、還っただけのこと。

細いポールの上に一本足でバランスをとってゆらゆら風を受けた。
重心をキープすることに必死で落ちこむひまもなかったくらい。

後悔はしないって決心して、ぼくは破局をえらんだのだから。
忘れられっこないってわかっているから。痛々しい勲章のよう。

2003/04/07

すべての失敗を帳消しにするのと引き換えにすべての成果を失う。
リセットとはそういうこと。穴に落ちて振り出しに戻るだけの。

すべては手遅れで、すべては後の祭りで、すべては過去のことで。
うまく世の中を生きている気になっているだけ。思いこんでいるだけ。
今になって、今さらになってぼくは何を言おうとするのだろう。
自分がしてきたことも省みないで? 疑いが晴れたみたいな顔をして?

すべて洗い流しても、性根はどこまでも深く腐敗しているから。
きっともうだめなんだよ。立ち直ることなんてないから、どうか安心して。
それなのに、ぼくの言動や思案がどれだけ人を狂わせるか、知っていて。
ちっともわかってない。変わってない。過ちはくり返すためにあるのか。

すべての成果を失うのと引き換えにすべての失敗を帳消しにする。
消えるとはそういうこと。鉄鎖のしがらみに一生つきまとわれるだけの。

2003/04/08

加害がこうして具体的な形で目に見えるたびに、いたたまれなくなる。
どうして思い止まれなかったのか。自分をセーブできなかったのか。
ぼくの口を閉ざしたのは他でもない自分自身で。発せられることばにどれだけの偏執と偽善と災厄が内包されているか、そして言語を生成する頭脳がどれほどの潜在悪で満たされているか。傷つかないためにもっと早く察しなければならなかったくらいで。
この存在が迷惑なのなら、もう何も言えない、もうどこにも居られない。

否定することしか頭になかった。全力で、否定することしか。
正義感なんて言葉尻は綺麗でも、その実、利己的な判断を頭ごなしに押しつけるだけ。味をしめるほどに我がままで傲慢になっていく際限なき欲求、そして欲望。
たとえ自分の気に入らなくとも、当事者は必死に生きていて努力を重ねているだろうに。ぼくはそれを認められなかった。目に見えるものばかりで真偽を見極めようとした、そんな浅ましき欠格事由への報いとして、ぼくは苦しみ、また苦しめた。
失ったことがつらかったのではない。つらかったときに失ったから、だから。

2003/04/09

きみが教えてくれた歌を今も何度だって復唱できる。

聴くたびに思い出して悲しくなることもあるけれど。
ありきたりな歌詞のひとつひとつが心にしみてくる。
ぼくに気づいてほしくて送ったのかと思うくらいに。
意味や理由を明確化する瞬間とはどのようなときか。

いずれこうなるときが来るって知ってたんだろうね。

2003/04/10

自分の顔が素直にきらい。
気に入らない以上に、見苦しさ。こんな顔であることが情けないという気持ち。
ぼくと顔を突きあわせている人はぼくをどんな目で見て、そしてどう思っているんだろう。
不快に思ったりしないのだろうか。会ったり一緒に仕事をすることが、嫌ではないのだろうか。
たまらなく不安で、だからいつも視線を気にしてびくびくして。でも逐一聞いて回るのも違う気がする。
昔から同じ顔なら文句もなかったけれど、たしかに変わっている。輝いていた時代のぼくの写真はそういえばいい顔をしていた。
今はどうだろう、もっと暗くなって、肉を削いだようにひしゃげて、眼球が濁ってきている。
そして年々あまり思い出したくない面影を帯びてくるから、正直堪えられない。

でも、顔なんてまだかわいいものかもしれない。
内面はもっと醜いのだから。どれだけの悪行を重ねてきたのか、それに見合った人相でさえあるべきだ。
心の悩みも泥汚い感情もグロテスクな部分も、鏡に映すように目で見えれば世の中わかりやすいのに。
そうすればみんな、もっと何の誤解もなくぼくを避けてくれるのにね。

2003/04/11

春が、怖い。

花開く季節。
桜色には精神を興奮させる作用がある、と聞く。
だから満開の桜を見ると浮かれた気分になったり、酒を飲んで騒ぎたくなる。
上向きで、何かがしたくなるような、だがそれはまやかしの感情。

またこの季節が巡って。
取らずつかずでいたままの自分の気持ちをもてあましきれなくて。
陽気と高揚感に誘われるように、または苛まれるように。
しかして引きずり出されるのは胸の奥底にきつく封印したはずの感情。

何かをしでかしてしまいそうで、すべてを台無しにしてしまいそうで、怖い。

2003/04/12

他人に対して愛想笑いを向けているだけでなく、自分に対しても愛想笑いを向けていやしないだろうか。
このままでいいんだと言い聞かせるように。負の感情をひた隠しにするように。
見放された事実を振り払うために。必死に自分を納得させるために。
きっとこの笑顔は、悲しいくらいに引きつっているのだろうね。

2003/04/14

今だから思えることがある。
この世界は、ぼくという世界は。
過去に受けてきた蔑視や同情や強迫や。
過去に味わった劣等感や僻みや絶望や。
そういうものばかりで構成されていたことを。
溜まるたびに憎悪を吐出していた無神経な神経。
澱んでいく。すさんでいく。心を歪めていく。
やがてすべてから解き放たれるのだろうか。

ただ、なんとなくこのままではいけないような気がする。
深みにはまっていくことへの、これでもかというほどの恐怖。

2003/04/15

消えていくことはしかたがない。
コップの中の水だって、時間がたてば乾いてなくなっちゃう。
空気に溶けてみんな遠いところへいくんだ。
ふたをしておかなかったから。こまめにつぎたさなかったから。
自分の努力いかんで、どうにでもなったことなのだから。
それでも、わずかに増えた湿度が。コップのふちの水の跡が。
かつて存在したという記録とかすかなぬくもりを留めておくから。
記憶のどこかにフラグメントさえ残していれば。

どうしてそこで妥協できなかったのだろう。
円軌道から離脱するエネルギーを、内力と外力に求めた。
人と人は認めあったり譲りあってはじめて共存できるのだけれど。
ときに反発力それだけで領分を形成しようとする。
片意地を張って、自分の体が飛散しないよう凝り固まって。
頑なに拒絶してわめき散らすのとなんら変わらない分子。
指数的に発生する感傷は罪悪意識など持ちあわせなくて。
さながら、周囲に闇を落とすだけの黒くすすけたランプ。

そっとしておいてほしかったのに。
話したくないのなら、ただ無視していればよかったのに。

2003/04/16

意識されない存在になりたかった。

たった一言交わしたり挨拶するだけでも妙にぎこちなくて。
緊張や警戒が先に立って行動意欲が萎縮してしまう、だからさらに鬱ぎこんで人と接する自信が失われていく、そんな悪循環。
どうして場に従ってうまくやれないのか、ふつうっぽくできないのか。
自分の歩いた跡や発した言や吐いた息やいろんな痕跡が、まるで変色した染みのように、空間における異物としてとどまっている。
それは蛇に描かれた足のようなものなのだろう。この存在は。
一切手も口も出さず、そうやってぼく以外のすべてのものがよどみなく運行されている平穏を見ていたかった。
排除されることに、部外者としてただ飾り物をただ眺めるだけのクォータービューに、安堵を求めた。
世界に関わろうとすれば触れた部分から汚れていくし、いろんなところに傷をつける。

嘘もいいところ。思い病んだふりなんかして。意識されたいから書いているに決まっているのに。

2003/04/17

いつからこんなに辛抱のない人間になってしまったのだろう。
わずかの時間が、わずかの沈黙が、こんなに苦しいなんて。
空気の湿り具合や青空のわずかな濃淡の差で識別されてきた時間が、過去のいずれかとマッチングされていくごとに鳥肌が立つ。思い出したく、なかったから。
すべてが無関係な独立スレッドだなんて思えなくなる。なぜ罪を繰り返すのか。

考えることは得意だったけれど、予言を正答に導いても実際何が動くわけでもない。
ぼくにとって、想像が追いついているかぎり未来はそこにしか求められないもの。
予測だにしない急転直下の連続こそが現実を生きているという実感を与える。
距離感というのは、ぬくもりと理性をとどめておく指標的な覚醒剤。

余計な悪知恵など働かせずに黙って椅子に座っていればいいものを。
勇敢と称される行為の実体は、自分の不安や寂しさを紛らせたいだけの自己主義な臆病。
やっぱり“最後”には、ぼくは人を苦しませることしかできなかったのだろう。
もっとも卑近な例においても、そう。

2003/04/18

自分を捨てる、なんて選択肢、とれるはずなかった。

変わり者だから、感性とか趣味とか価値観とか、ことごとく人と合わない。
他人と意見を突きあわせようとするには、我慢をしなければならなかった。
自分を守るか心を開くか。実際にはそんな単純な天秤ではなかったけれど。
ぼくが気にしたりこだわっているものはなんと些細なんだと、そのたびに。

本当は拒絶されるのが怖かっただけ。

人に指をさされて笑われることがどれだけ悔しかったか、傷つけられたか。
このパーソナリティが、また自分自身が、まるで存在を許されていなくて。
だから自分を見せないようになった。笑顔とおどけた素振りでひた隠して。
本気で向きあったときの衝突も不幸も絶望も、何度でも味わってきたから。

だから、必要以上に身を固くして膝を抱えてる。

本当はその肩に手を置いてもらいたくて、そうしたら筋肉も弛緩するのに。
けれど、誰かにそれを求めることはできない。自分にその権利がないから。
やさしさに寄りかかったり思いを伝えたり、もうしちゃいけないんだって。
いっそ初めから見ることも感情を獲得することも一切のリスクを放棄して。

心の殻に閉じこもるたびに、自分の内面を愛しむようになっていった気がする。

2003/04/19

これで最後にしよう、って何度思っただろうね。
そのたびにこれだもの。もう笑うしかない。

自分の体内にあるものがこんなに熱を帯びているだなんて。
涙をぬぐってくれる指はもうないのに。ばかみたい。

記憶に忌々しい記念日ばかりたくさん覚えていて。
365日のうちあといくつ、ぼくは無実でいられるのだろう。

今日からまた後悔と懺悔をいくつも積み上げよう。
おそらく来ないだろう自分の真の愚かさに気づくときまで。

2003/04/20

逆算すればすでに決意を固めていたことになる、なんて今になってようやく気づいただけのことで。
過去を振り返れるのはあくまで未来の視点のみによるものだから。
きっと今、どれだけ選択を躊躇しているか、また重大な違反を犯しているとか、知る術はないのだろう。
後悔、という方法のほかには。

不安なんて弱気になればいくらでも増大させられて。
涙なんて鼻毛でも抜けばいくらでもにじみ出てきて。
感情に突き動かされるままに決断するのは理性に負けたみたいで嫌だから、なんて結局は体裁にこだわっているだけ。
問うても答えを返してくれるはずの心が、そもそも嗜眠しているのだとしたら。

あの日迷った分かれ道の、もう一方へ引き返してたどり直しているだけなのかもしれない。
結果はひとつ、人生はひとつ、その大原則さえ破っての見苦しい命乞い。
選べるほどの岐路があるなんて、糾弾に抗える余裕と徳があるだなんて、ずいぶんと傲慢になったものだとつくづく思う。
ぼくはぼく自身のことさえも理想化して捉えていたのだから。

2003/04/22

冷たいほうのはんぶんを。
そして、苦しいほうのはんぶんを。
ここまでの季節をどうにか乗り越えてきたのだから。
煮えたり凍ったりしていた心をなだめて。
どこからどこまでなんてボーダー、きっとなくて。
まだ幼稚ななりに、成長はしているのだし。
これからは、すこしでも自分にプラスになることを。
ほら、今この手の中に残っているもの、なーんだ。

2003/04/23

そのときっていうのは、本当にまわりが何も見えなくなるんだと。

心のどこかで、自分というものが進歩したつもりでいた。
立場や環境が遷移して、あたらしく生まれ変わった気でいた。
精神的に大きなものを得たつもりになっていた。
何が始まったのでも約束されたのでもないのに、ひとりその気だった。

寄りかかって支えあっている状態のとき、見えないけれど反発しあう力が同時にはたらいていて、だから釣りあいを保っていられる。
ぴったりくっついているようでも摩擦力や振動をたえず及ぼしあっていて、ただ傾倒するでも突っぱねるでもだめで、ぎりぎりのところでやっとのこと存在しているというのが実態。
さらにプラスして地球の重力や風速や太陽の角度など複雑な条件をいくつも包合した、まさに神がかり的な偶然を享受して、または気にも留めずさらりと生成している。
こうして今の自分がここにあることをもっと感謝しなければならない。それは自然や絶対者に向けてではなく、特定の他者に対してでもなく、強いるならそれら全員に。

気持ちに余裕がなくなって、いろんなものを巻きこんでしまっていたんだね。

2003/04/24

いろんなものに自分を紛れさせてみる。
たとえばふたつの状態、長袖のときと半袖のときがあって、それらをミックスしてへんてこな格好にして街を歩いてみるように。
表と裏、本音と建前、真実と嘘。ぱらぱらと言い探ることができるほどには容易でも軽率でもなく。
なすりつけるように。残り香として。誰かの記憶の中に。焼きつけられた烙印を。
要するにみんな出しゃばり。自分というものを何かに刻んでおきたくてしかたないのだ。
どんな豪勢な屋根を築いても柱を欠いたらあっけなく崩れてしまう、それは空っぽの心だと評されるのとどう異なるというのだろう。
それは虚勢。主張とか信念とか、もしかしたら自分自身の存在とか、たいして何もないものを大きく見せかける技法。
影が闇に包まれるように、それだけのために生きる。

集団の中に身を置き、他人の視線を絶えず意識して、両の方向性においてそれしか理由を発揮しつづける手だてがない。いつからか、自分の足だけでは立っていられなくなってしまっている。

2003/04/25

疲れが抜けない。深く深くはびこった、心の病。
他人と議論をしたあとは、必ず激しく疲弊する。
相手に向かって自分の意見を投げつけたり、逆に黙って受け止めたり、言い返す文句を考えたり。言論の暴徒がずきずきと精神を苛む。
どうして言い合わなければならないのか。なぜ衝突するのか。
戦略めいた思考を差し向けることへの危惧、疑問、そして罪悪感。
普段無口にしている反動なのか、一度勢いがつくと止まらない。つい余計なことを言いすぎてしまう。冷静を欠いた数だけ後悔が積み上がる。
これなら口をつぐんで大人しく服従するほうがどれだけ気を楽にいられるだろう、心穏やかでいられるだろう。
自分の口で、己の立場を縮ませ、居場所を脅かし、関係をこじらせるのだから。

現状に甘んじて、日常に身を委ねて、いろいろなものを面倒くさがってきたのは自分のほうだった。
口先ばかりで何もしたがらないいい加減な部分も、含めて。
不用意に口を割ることを避け、他人との距離を明確にすることで、ぼくは自分を守ってきた。
いや。自分の欠点や嫌なところを、自分自身に見せないようにしてきただけ。
弁論への不得手、子どもじみた甘い考え、表面的なことばだけで塗り固める体面。
どこへ行ったって対立は避けて通れやしないのに。戦うこと自体を恐れて逃げ惑っていた。
どれだけの従属や集団、しがらみを振り払おうとも、この自分には一生付きまとわれるのだと。腹をくくらねばならないのに。
いちいち心が疲れていたんじゃ立ち直ってもいられなくなる。

2003/04/26

何かを忘れている気がしてならない。
何か大切なものをどこかに置いてきてしまったような。
何かが思い出せなくてうやむやにしているけれど。
何かの警鐘とも思える耳鳴り。
何か記憶がリピートするように幾度も流される。
何か知っているのにそれとなく隠すという態度。
何かと慌ただしくしていて気づかせなかったのかもしれない。
何かを忘れようとして必死なのだということを。

2003/04/28

具体的な感情なんて伴っていなかった。
そんなもの育む術を知らなかったから。
わざわざ言わなくてもよいことばかり。
言を重ねて心の間隙を埋め足してきた。

作られたものがいくつも自分を構成している気がして。
体のよい口実やうたい文句はどこにでも転がっていて。
洗脳されたままの価値観に右ならえで流されてたって。
他人と異なる生きかたを暗に恐れ避けるように歩いて。

本当に自分の意志で立っているのか。
仕事に熱中できて楽しんでいるのか。
手に入れた現状や未来に委ねるのか。
自分はどうしたいかわからなくなる。

実験室のシャーレの中で駄文を吐きつづける。
白衣を着た研究者が顕微鏡で覗いて観察する。
保温装置の生温い環境以外の世界を知らずに。
バイ菌みたく飼われているかもしれない存在。

さびしい人間。つまらない人間。かわいそうな人間。
いざ生きてみると、こんなに無価値で無内容な軌跡。
劣等感や逆上的な恨みや嫉妬や、そんな動機ばかり。
どのできごとのせいでもなくて。心と同じに空っぽ。

発言や行動に自分自身が追いつめられていく。
黙って謹んでいれば損なわなくてすんだのに。
すべての元凶と契機はぼくの中にこそあって。
触れたものから次々枯らしていく瘴気を放つ。

いずれ今の場所にも居られなくなる。
きまって自らの手で問題を起こして。
自業自得と言われればそれまでの話。
この不器用ささえ自分の使命と思う。

許されるのなら消えてしまいたい。
みんなみんななかったことにして。
恥の上塗りなんてたくさんだから。
歪んだ思いがすべてを変えてゆく。

それさえ叶わないことももちろん知っていて。
後悔とか反省なんてぼくには何の意味もない。
どうあがいても同じにしかできないのだから。
現状とちがう自分を夢見たって無駄なことで。

だから繰り返す。似たような失敗を、似たような過ちを。
そのたびに傷つけたり犠牲を生むことも避けられなくて。
何度も失って苛まれて自責に駆られて。そしてまた犯す。
それらみんな承知の上で、生きていかなければならない。

もう一度チャンスをなんて思っちゃいけない。
自分に見合った制裁と不幸が降りかかるだけ。
ぼくにとって生とは傲欲と加虐の連続だから。
いっそ開き直れたらどれだけ心強いだろうか。

それでもこのままでいいって。
冷たい部屋でじめじめしても。
どこへ出て行く足もなくして。
ひっそりと独り枯れていこう。

2003/04/29

神妙な顔つきでふざけた冗談を口にしたり、にやけた笑いを浮かべながらシリアスな話を始めたり。
正面切って訴えるときはどこか本心をぼやかしていて、斜に構えて腕組みしているときは思いを汲んでほしくて。
本当に腹が立ったときは怒りを超越して笑うしかなく、本当に心が満たされたときは感激と感謝で泣き出すかもしれない。

あべこべな自己表現ばかりしてきたから。肩透かしをくらわせたり、軽率に突っぱねてしまったり。
不器用だったなんて弁明はしない。だから愛想を尽かされても、それはどうしようもないこと。
自分の中の何をpublicにして何をprivateにするか。宣言の使い分けをぼくはまったく勉強していなかった。

やはり、ぼくは自分の意志と信念でここに来たのだし、なるべくして今の自分になった、そう思っている。
ありのままの自分を見せてその上でわかってもらおうだなんて、どれほど無茶なことか、虫がよすぎた。
自分を見つめ状況を知ることで、ようやくさまざまな可能性を破棄できるようになった。より一般的な意味で大人に近づいた、ということ。

2003/04/30

心はひとりぼっち。
笑えば笑うほど、胸の穴がどんどん深くなっていく気がするのはなぜだろう。
耳がちぎれそうなほど冷たい風。
矢のように飛びかう既成概念。
見てくれや公開文書でごまかしても枯渇は食い止められない。
認めまいとかたくなに首を振ったって判決を先延ばしにするだけ。
どんなにみじめだろうと、もう受容するしかないのか。
さびしいという感情を。

どうにも手のつけようがない。
自我だけが無意味に幅をきかせていて手に負えない。
放ればごねる。責めれば傷つく。磨けば粗悪な地が見える。
場において、純粋に、迷惑にしかなっていない。
景観の邪魔だけれど重くて動かせない庭石。
どうしてわざわざそんなことを、と思われるようなことが、次々と口をついて出る。
振る舞いかたがただ痛々しくて、蔑みの視線なしには不用意に触れることもままならない。
ぼくはこんなに扱いが面倒で、きっと無理をさせてしまっている。

人に疎まれないように、いい子になろうとばかりしていたから。
見えないところで、いろんなものを我慢していたのだと思う。
自分を納得させようとして、いつしかそれで安心しきっていて。
だから心の中はこんなに荒廃してしまって、わるい子になっていた。
自分自身のことでさえ、ろくに守れないのだから、当然の帰結。
手元には何も残らない。深手を負ってねじ曲がった性根だけ。
もう漂うだけ。どこに打ち上げられることも、網にかかることもない。
誰も知らない海の彼方へ。そうしなければまた出会ってしまうから。

体のあちこちをついばまれてやせ細っていくならそれでもいいや。

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