[むかしのなぞ] 2002/08

2002/08/04

こんな日記、やめてやろうか?

と何度思ったことか。
はじめは冗談半分で、見栄を張って、あるいはほかの何かに影響されて、こういう変なことを書くようになったけれど。
今やもう、こうしたことばが、こうした文章が、自分の一部になってしまっていて。
日記をつけることが、生活の一部になってしまっていて。
そして今は、本当に書きたい自分自身を見つけて。
本当に書きたい気持ちを、素直なこころを、だから厳密には昔の日記とはちがう、いちばん奥のぼくを、手に入れて。
でも最たる理由は、原動力は、もっと単純だった。
見てくれる人がいるから、見せたい人がいるから。

進むも戻るも、つづけるのも終わりにするのも、自分の意志。

それがなくなってしまったら。
そういうものが、ぼくにだってあるから。
心の雨は、やまなくて、それでもいつか晴れることを、信じてやまなくて。
凍えそうな指先を、そっとあたためてくれたら。
だから忘れるなんてできない。
意味がほしかったんじゃない、ことばがほしかったんじゃない、見返りがほしかったんじゃない。何もいらないんだ。
いてくれること、それだけが理由だったんだ。
ぼくが、生きながらえている、理由だったんだ。

これがなくなるのは、これを書いている人間がいなくなるとき。

苦しい気持ちだけがあふれてとまらない。
いつもつらいことから逃げてばかりのぼくだったけれど、今はそうじゃない。
現実はここにあるから、たったひとつだけあるから。
立ち向かっていきたいから。
何を夢見て迷っても、たとえ選ばれなかったほうのそれになるとしても。
きっと今は、まだ何かを判断するときじゃない。
暗号化されたメッセージはきっと届いているはずだから、かすかであってもどこかでつながっているはずだから。
これからまだまだ、たくさん“恩返し”をしなくちゃいけないから。

…けれどこれさえも、苦痛を与えつづけることにしかならないとしたら。

2002/08/05

心に穴が空いたという表現が似合いそうな、激しい虚脱と無鈍と、そういうNothingオブジェクトが腹の中を巡っている。重くて、固くて、無機質で、モノクロームで、沈静で、まるで世界からあらゆる衝動が消え去ったかのよう。
適当に言い訳をつけて早々に帰宅し飲めもしない酒をあおった。すぐに頭痛に見舞われて、まずさと気分の悪さに顔をしかめて、それでも手を休めない。なかば意地だった。
いやな気分をアルコールで解消するなんて弱い人間のやることだと思っていた。いや、ぼくが弱い人間だったということを再確認しただけのこと。…あるいは、こんなことで近づこうなんて考えたのだろうか、自分があまりにも浅ましくて殴りつけたくなる。
頭の奥が、ガンガン響いて、ズキズキ痛んで、こんなことしたってなんにもならないのに。うなされるように床に倒れても、まとわりつくものを振り払っても、全然収まらなくて。
大嫌いだった過去の自分になんて、簡単に戻れてしまう。他人を疎い、関係を嫌い、心を閉ざし、自分の世界に逃げこもる。今まで努力して培ってきたものを台なしにするのに、刹那も要しない。
これは何かの罰なのだろうか、だって? ふざけるな、自分のやったことだろうが。これほど罪状相応の判決がほかにあるわけないだろうが。失ったものの重さを、鉄格子の向こうで実感すればいいさ。
こんなんじゃ、何の意味もないんだ。自分で選んだ世界のはずなのに、自分で招いた結果のくせに、それも受け止められずに。こんな人生、生きてたって、ちっとも楽しくなんかない、意味なんか、ないんだよ。
心を解放してしまえば、自分を縛るあらゆるものから逃れてしまえば、きっと楽になれるのかもしれない。煩わしいことも悲しいことも、みんななくなってしまえば。生存するに足るだけの意志を、解いてしまえば。

2002/08/06

この手を伸ばせば届きそうな気がしていたのは、いつの気持ちだっただろうか。今となっては、あるいは切り飛ばしても、辿りつける気がしなくて。冷たく閉ざされた闇、それは今立ちつくしているこの場所かもしれなかった。
拒絶してしまうくらいなら、拒絶されるほうがまだいい。自分で決断を下せずに、いつも誰かの手を汚させてしまって。
自分のプロパティがわからなくなって、何もかもクローズして、体温も質量も感じなくなって、急に、自分が無価値で取るに足らない存在に思えてくる。もしくはこっちが本当の自分。
いつかのような感覚、ついこないだのような感覚、そう、それに戻ってきただけのこと。下馬評どおりの自明なつまらない展開、その残滓に、取り残された無念に見る影などない。
忘れていたんだ。ちょっと自分が認められたくらいで、価値観を許されたくらいで、いい気になって、レベルアップしたような錯覚に囚われて、慢心してしまっていて、向上心や目標を持つことを。
追いつけるかもしれないなんて思っていた。重ね合わせてしまっていた。ずっとこの時間がつづいていくのだと、たとえその先はなくとも、それでもいいって思っていた。甘すぎた、自分に対して。自分の無能を、原罪を棚に上げて、欲望を撒き散らしていただけだった。これですこしは目が覚めただろうか。
「自分」の片鱗を見出して、それが痛いくらいによく似ていて、痛いくらいに美しく澄んでいて、だから、痛いくらいに、悔しくて。自為なる痕跡に、残した爪跡に、こうして再び自ら苛まれていく。…ぼくは、何ひとつ変われやしなかった。
もう、この体からは何も出てこない。ことばも、感情も、言い訳も、終わったばかりのそれも。涙という物質と、嗚咽という空気振動を除いて。

2002/08/07

何も知らされていない、ことになっている。すこしはため息の原因もわかったような気がする。ほかの遊び場を見つけただけのことかもしれない。理解するのはただ知っているだけとはちがって、思うようにうまくできなかったりする。とくに自身が介在する現象に関しては。
今日は一転して遅くまで居残ったりして、分厚い専門書に、ほこり臭い画面に、突っ伏すようにかじりついて。ほかのことに躍起になっていれば考えてしまわずにすむ、などと思ったのだろうか。誰に対しても、失礼で、不謹慎で、無頓着で、見るべきものを何も見ていない。あるいは社会も、この世界も。自分がそのメンバであるという帰属もわかない。
流れる車両を、眺めてやりすごして。帰れる気がしなかった。もしくははじめから、帰るべきところなどなかったのかもしれない。幻だった。嘘だった。他人を傷つけないための嘘、などありえない。ありえなかった。真実は自分の内にしかない。ぼく本来のぼくに、還っただけのこと。
引き止めるものがあるかぎり、ぼくは居座りつづけた。意味はあとからくっつければいい、現実がここにあるのだから、そう思っていた、あるいはそれがあるうちは。ことばで存在を、関係を規定してしまう実害など望んでいなかった。稚拙が浮き彫りになるだけだった。
自由ほど不幸であることはないと思った。何でもできる、それは何もすべきことがないということ。誰にも束縛されない、それは誰からも見放されているということ。やりたいようにやる、それは目的も倫理も持っていないということ。ぼくたちは、自由を捨て、他者と関係し、きまりごとの中で生き、それに安心感を得るのかもしれない。
急に涼しさを覚えるようになったのは、むしろ内的変化だろうか。凪が宣告する、早すぎる季節の終息。もう、あんなに身体を熱く火照らせることも、ひとりで笑い出してしまうこともないのだろうか。そんなふうに、閉じていく、寂れていく、凍えていく、朽ちていく、それは砂時計のくびれた細い間隙から世界が流失していくよう。砂より脆く、流されやすい、ぼくの心の世界が。
今まで生きてきた時間を、その一瞬一瞬に何を思ったのか、それぞれが自分にとってどういう意味を持っていたのか、そこから何を受け止め、何を感じ、どう変わっていったのか、それが今はどうなっているのか、どうしてそんな言動をとったのか。あらためて自らを問い質すこの時間を、ぼくは与えられているのかもしれなかった。
オルタナティヴのきかない失意も、ただ耐えるだけの外因も、反転の先の深層も、かすかな呼吸音も、このリンクが最後の生命線なのかと思うと。

2002/08/08

夜が明けて新しい朝を迎えるとき、ドアを開けて外に飛び出すとき、回線がつながって情報が流れこむとき、そういう瞬間が怖くなった。目が覚めたら何かを失っているかもしれない、残忍なニュースばかりが待ちかまえているかもしれない、さらに絶望的な通告を突きつけられることになるかもしれない、そう考えてしまうと。
変わっていくから。何もかも、形をとどめておくことはできなくて。進んでいくから、よりよい明日を夢見るから。それは今日を棄てることでしか得られないから。だから。そのままでなんて、願ってはいけない。ありえないことなのだから。思えば思うほど、叶わなかったときの落胆が大きくなるから。つらくなるから。
噛ませ犬だった。自信をつけさせるためにその身を差し出す役に甘んじた。結果を前提とした絶対的優位にあって、侮辱に等しい断絶の連続のその果てに、駆け巡った不安と混迷の量はどれほどだったろう。それは自らの存在価値が、需要が絶たれたことを意味したのだから。見限られて路頭に迷うことになるのだから。
ぼくは、どうなってしまうのだろう、これからどうすればいいのだろう。

何を見ても、何を聴いても、何を振り返っても、ちっとも楽しいと感じられない。無論それは外界の変遷ではなく、それを受容する側のバイアスが狂っただけのこと。世の中なんてそもそもいかようにでも解釈できる。重苦しくするのも、不愉快にするのも、あるいはバラ色にするのもすべては気の持ちよう。もう、思い出せない、どうしてあんなに笑っていられたのだろう、何がそれほどにも、胸をときめかせていたのだろう。
息を止めて、顔を潜して、でも長続きしなくて。逆戻りするだけ。暗くて、歪んでいて、欺惨で、自分を厭い、世界に失望し、目を合わせぬように他人を避け、疲れたふうを装って、前を向くことも忘れてただ呼吸をするだけの、単なる細胞の寄せ集めとしての自分に。自分を嫌っていた、過去に。いかに努力しようとどうせ変われやしないんだ。人を傷つけることしかできないぼくには、生涯を愉しむことも幸福を望むことも、どうせ認められていやしないのだから。
身代わりなど持ち合わせていない、矛先を変えても結果は揺るがない、やり直しも謝罪も再構築も受理されない。進むことも戻ることも、往くことも帰ることもままならなくて。その程度でしかなかった。価値なんて、意味なんて、存在なんて、自分なんて。遅かった。失ってから気づいたって、大切なものをだめにしてしまってから気づいたって、そんなの遅すぎるんだ、何の意味もないんだ、もう戻らないのだから、取り返せないのだから、後悔にしかならないのだから。体内の全重量を引力に換算したところで、空虚を露呈するだけ、微塵さを知覚させるだけ。ここにいられる理由を、剥奪されるだけ。
都合のよい存在らしく、肝心なことを一切はぐらかされたままで。

2002/08/09

動けない。心が悲しすぎて。すべてを捨てるつもりの出塞だった。遺忌から逃れ、過去と決別し、先に待つ世界を理想郷と信じた。しかしたどり着けなければ、力尽きて倒れてしまえば、門番に引きずり下ろされてしまえば、無駄死にとしての地獄に陥れられるのみ。それさえも、禁忌に触れた罪人にとっては相応の冥土。
これが自分の弱さ。手に取るように、まるでちがう場所から自分を見ているように、よくわかる。精神の弱さ、何かに堪えるだけの、乗り越えるだけの力を持たない。それ以前に自立に至らない。知らないうちに、こんなにも痩せ細っていた。それは自分を見ようとしなかったから。
あるいは、弱者になりたかったのか。抱えてもらいたかったのか。ひとりで立つことも放棄して、信念を磨くことも忘れ、ただ甘えるだけの、すべて垂れ流すだけの。今までそうやって幾多を押し潰した過失を、また繰り返そうとしていたのか。同じように、失意と非望を、植えつけてしまおうとしていたのか。
これが真実。ホンモノもニセモノもない、最初からぼくはこういう人間だった。逆に今までのほうが無理をしていたのかもしれない。いい人になんてなれない、こんなにもひねくれているのだから、こんなにも身勝手で歪んでいるのだから。純になんてなれやしない、こんなにも、汚れているのだから。
何度封じ込めようとしても、力及ばなくて。これからも、内なる悪意に支配されて生きつづけるのだろう。頭の奥と、腹の中とで、黒い渦が巡っていて。どこまでが過去だったのか区切りなんて引けない。今この瞬間のその直前までが、すべて過去であって、現在も文字どおり刻一刻と遺失に侵されつつある。
もし時間の重みが均質でないならば、現在の密度はきっとスカスカだろう。体内のイオンがどくどくと漏出していく、その喪失感に抗う気力もあるまい。もはや意味など、存在理由など、未練など。性格も、これからの人生も、あるいはここの存続も、すべては自分で判断すること。なんならいっそ、今ここで“決”めてしまおうか。
自分を台なしにするのは最悪の逃げ道。しかし歩きつづけることは、その歩数だけ刃を振り回すということ。忘却、薄情、裏切り、貶め。近づいた人間をだめにしてしまう。そんな自分が大嫌いで、変わりたくて、誰も不幸にしたくなくて、それで今までがんばってきたけれど…。
もう、やり直しなんてきかない。逃れられなかった。守れなかった。カナしみに打ちひしがれて、きっと閉じこもってしまうだろう。人間不信を深めてしまうだろう。暴力的に、衝動的に、そして破壊的な性格が甦るだろう。こんな自分に、生きるのもつらかった日々に、戻りたくはなかったけれど、思い出したくなかったけれど、もう。

…と、きのうまでの精神状態ということで。

2002/08/11

やさしい雨に打たれ、緑がよみがえるように。

きっと今まで自分が見ていたものは幻想だったのだろう。築き上げたイメージ、それは現実を隠蔽する。
壊してしまおう。捨ててしまおう。いらないんだ。そして、あらたに築く必要もない、もういらないんだ。
どれだけ深くても、大きくても、一方通行だったらなんの意味もない。押しつけるだけ。すがるだけなんて。
到達したセンサスとして、結論づけてしまおう。悲しんでも、ためらっても、今はしかたないのだから。

自分を好きになること。

それまで知らなかった、心のあたたかさを。ぼくの中でも、まだ残っているなんて、死んでいないなんて。
それからは、それを生きる喜びにしてきた。目標にしてきた。変えていきたいと、思えるようになった。
だから負けてらんない。せっかく手に入れた毎日、自分。なくしたくないから。涙なんて、かわいくないよね。
こんなにも大切だから。ぼくのまわりにあるすべてのものが、すべての人が。あしたへと、生きていけることが。

つなぎとめるものが、あるかぎりは。

2002/08/12

いつしか繋がっていた異世界への片鱗、そこを泳いでいただけのこと。
自分を知らなすぎた。わきまえていなかった。露骨な構成分子だけが虚空に向かって目ざとく突き出す。
かすかな記憶、わずかな手がかり、物質、そういうものに、語りかけていた。
知らないふりをするのは簡単だった。自分自身から、根拠を奪ってしまえばいい。理由を。

見えなくなっていた。盲目だった。多くを巻き添えにする。おびただしい量の、犠牲が流れる。
衝撃を受けて意識を失った者に、もう一度ショックを与えて目覚めさせる、そんな荒療治。
緊張と摩耗を繰り返し、疲弊しきった精神で何を受け止められたというのか。
すべての問題は、悪意は自分の中にあった。偽装してしまえばあるいは。

追いつめられてはじめて本当の性格が、本質が現れるものだと思った。
弱くて、情けなくて、浅ましくて、そんなことも知らずに、いや認めようともせずに。
浮かれていた。わからないことが多すぎた。あまりにも愚かで、鈍くて、病んでいて、摘出できるものなど何ひとつなかった。なかったくせに。
どうかしていたのだろう。どうかしていたんだ。ぼくは。きっと。

甘い時間。全感覚がノーガードになる瞬間。そのために確保されたリソース。
偶然と必然。決定性と非決定性。すべての結末は、握られたいた。
これほどに偏屈で、鞍点に位置する不安定さで、今は卑しさが煮えくりかえる。
この後悔は、はたして望んだとおりのものだったのだろうか。

ことばが、封じられていく。
口実を並べるほど、体裁を繕うほど、重みが薄れていって、足下から揺らいでいって。
媒質さえ涸れ、一切の手段は奪われた。伝わらない。
あるいは、はじめから伝えあうべきものなどそこにあったのか。

未来はどうなるかわからない。だれも知らない。だから約束なんてできない。
今しか見えなくて。今があるから、生きていける、逆も然り。
無理だってわかっていても、挑み、惑わせ、そして忘れるしかなかった。
窓を開けても、顔を上げても、灰色しか映らない、それが今。

自分の思いどおりにいかなかったものは、ことごとく否定する。
反旗を翻し、自らの過失を棚に上げて、思いつくかぎりの悔恨と癇癪をぶつける。
わからないのならもっと歪めてしまえ。手に入らないのなら傷つけてしまえ。どうでもいい人生なら、いっそめちゃくちゃにしてしまえ。
こんな自棄は遠い過去のものにしてしまいたかった。

それでも、悲しみがとまらなくて、腕に力が入らなくて、痛くて。
自分とは所詮こんなものだから、それが見えてしまったから。思い出して、しまったからだろう。
これさえも、予期すべき領域の一部なのだから。ため息が出てしまう。
つくづく手のかかる子供だ、と思う。

2002/08/13

これでは何も変わっていない。同じ轍をまた踏みちぎる。同じ罪を、同じ衝動を、同じ後悔を、同じ、劣情を。
意識が遠のいていく、眠りに落ちるその刹那に、現実世界と内的世界の狭間に身をおいて。
内在する原理を、心理を、自身を構成し、司る、複雑すぎる宇宙的ロジック。
大陸が動いていることを証明するより、空の青さと海の青さのちがいを説明するより、それは難しいのかもしれない。

同じ機会は二度とは来ない、それが鉄則。敗者に輿望を与えてはならない、それが結論。
何度も、何度も、犯し、歪め、蔑み、末梢まで赤黒く染まった自分は、いまだここにいる。
償えやしない、どうせまた重ねるだけ、それでも卑しく、命を乞いつづける。
ここにいてもいい、生きていっていいって、諭してもらえるまで。

冷たくなっていく指先が、悲鳴を上げはじめて、震える間もなく。
熱を、活気を、生命感を逸した世界が目覚めに取ってかわった、朝。
ぼくが想定する、…したくはないけれど、最悪の、悲しみだけの世界。
こんなになるまで放っておいて、手遅れになってから気づくなんて。

過失は、悔しさは、自責の念は、消えない、覆らない。何度思い知らされれば、強くなれるのだろうか。
生きていれば、他人と利害が衝突することもあるし、誤解したり、嫉妬したり、傷つけたり、してしまうだろう。
罪を重ねつづけること、それが生きること。だからって、生きちゃいけないなんて思いたくない。
わがままを許しあって、はじめて人生として成立するのかもしれない。必然の、奇跡。

今は、何もいらない、何も言わない。頭がからっぽになるまで、また笑えるようになるまで。

2002/08/19

かぎろいの終焉。
台風のせいではない。風の音が、耳に届かない。
曇り空は、こんなにも寒々しくて。
今にも泣き出しそうな夕焼けを、眺めているだけで鳥肌が立ちそう。
急速に、この季節は、閉じようとしている。
いっときの炎天下の暑さも、ほんの一瞬のゆらめき。
陽炎のような幻想を、抱いていた、季節。
ゆったりだけれど大きな流れが、心の壁面を塗り替えていく。

すこし矛先をそらしたくらいで、どうにかなるものではなかった。
一時的な逃避からも、すぐに時間の流れに引き戻される。
とりあえずすべきこと。自分の生活、今は仕事もある。
現実という枷は、今にして思えばありがたいものであった。
心が旅に出たまま、いつまでたっても意識が戻らない、そんな悠長な離脱を堪能している余裕がなくなるから。
思考回路の輪廻に飲みこまれずにすむから。
それは同時に、自分が時間に操られている、現実というものに生かされているという意識を強くさせるのだけれど。
それでも今は、前に進むしかないから。

朽ちていく実感。表皮が水分を失って、ぼろぼろとはげていく。
ぼくは、こんなにも脆かったのだろうか。
どうして悲しいのか、あるいは自分が悲しんでいるのかどうかさえ、把握することはままならない。自分のことなのに。
本当はわかっていた。悩むべきことなど、はじめからひとつもない。
自分でかってに勘違いをしているだけ。
自分の中にしか問題点を探せなくて、悪いほうへ悪いほうへと、考えてしまっているだけ。
しかしそれは頭で理解したところで簡単に止められるものではなかった。
そういうやりかたが、ぼくの本質なのだろうから。

意味論上の空集合としての虚勢、だったのかもしれない。
ブランクデータで埋め合わせて、容量だけを稼いで。
かたちだけ大きくして威勢を張ったところで、中身はからっぽで。
希望も、やさしさも、笑顔も、みんな“この程度”のものだったのだろうか。
夜空に向かって吠えても、今は何も、返ってくることばはない。
意味だとか理由だとか必要性だとか、ぼくはいつからそんなつまらないことばかり考えてしまうようになったのだろう。
無心のままで、無垢なままで、何も意識せずに、いたかったのに。
そうすれば変わらずにいられたのかな…。

これは、報復。
焚きつけられた独占欲への反撥。
もはや固持しておくことはできない。
あらゆる情報が、共有化されて、共通の話題となって。占有することによって発生していた価値はたちまち喪失する。
釣った魚を、ほかの魚を釣るための餌にするような行為。
のけ者にされ、肉を食いちぎられて、それでもみじめに、必死で針に食いついて耐えている。
いいように見せ物にされても、踏み台にされても。胸中を手玉に取られて弄ばれても、それがどんなに悔しくとも。
今を失うことは、孤独の大海に放り出されることに等しいから。

2002/08/20

目を凝らして照らし合わせても、なにも符合しない。
複雑にからみあった参照、継承、レゾナンス。有機的な、しかし曖昧なつながり。
予定調和に甘んじたかったのではないけれど、どうにも修正がきかない。
絡まった糸を解くような煩雑さ、微細さ、脳を沸騰させる。
先に進むことに惑って、躊躇して、いっこうに埒があかない。
骨組みなんかより、形式なんかより、ものの本質を見なくちゃいけないのに。それができていない。
だからこじれたまま、ぎくしゃくしたまま。予断は許されなくて。
オブジェクト指向の考え方が苦手なのかもしれない。

同じ結果。わかっていても、嘆くことを知らない。
胸の奥にかかえこんでいるもの。宝箱、玉手箱、あるいは大きなつづら。
身を守ろうとしているのに、武器を手に取ってはならない。
繰り返しても、過っても、懲りなくても、今はこれでいいような気がする。
自分がそうしたかったのだから。悔いなんてない。…そう、受け流せたらいいのに。
中途半端に自分を庇護して、捨てられなくて、「自分らしさ」なんてあやふやなものにすがって。
ぼくの本当の弱さは、弱さをがまんできないこと、すぐ人に言いふらしてしまうこと。
そして、自分が弱い人間だと決めつけてしまっていること。

「殴られた人間より殴った人間のほうが痛い」。ぼくの好きなことばのひとつ。
ダメージの大きさなんて関係ない。
他人に手をあげてしまうこと、傷つけてしまうこと、…あるいは、怖がらせてしまうこと。
罪深さを知ることが、後悔が、苦悩が、どれだけ痛いものか。
その悲しみを多く知っているから、もう見たくはないけれど、きっと生きているかぎり避けられない痛みなのだろう。
人はそういうものだから。だから、許しあわなくちゃいけない。
固く握った拳を、そっと両手で包んでくれたら。
どんな苦しみだって、裂かれるような悲痛だって、笑顔でこらえてみせる。

見なくても、なんとなくわかる。
たとえばここにいるだけでも。
だだをこねていちゃいけない。
疑うなんて、消えてしまうなんてできっこない。
どうすれば笑顔を取り戻せるか、いちばんかんたんな方法。
信じるだけで、思うだけで、元気になれそう。
遠い未来を望むことはなくても、次の予定を手帳に書きこむことはできるから。
涙のあとには、生きるよろこび。

2002/08/21

はらはらするような、一喜一憂の連続。肝を冷やす。ときに不安で、ときに慌ててみせて。けれども目を離させない引力がそこにはある。もしくは怖いもの見たさなのかもしれない。どちらでもいい、白黒をつけてしまいたい。危機感と焦燥の、追従。
確信犯、というのは文字どおりの犯行かもしれなかった。本当はみんな手の中にあるのに。なんでもコピーしてしまえる世の中なんかつまらない。たったひとつのもの、かけがえのないもの、それらの重み自体が脅かされているのだから。
すべては自分のための言い訳。飾りつけたもっともらしいことばほど、利己的で汚らしく映る。こうした話法はただ語彙を法規的に列べる操作を行っているだけで、実際には会話をしていない。声を、こころを、聞こうとしていない。
だから義務感でもあるいは親切心でも、意味を見出したわけでもなかった。はじめから。あえて挙げるならまさに引力。放っておけなかった。ことばの力を、可能性を信じてみたくなった。だから理由はなかった。予期せぬ誤算が、生じるまでは。
どうしてだろう。予想どおりだったはずなのに。あるいは、予想はしていたけれど、期待はしていなかった、これを望んではいなかった、というところか。苦しいわけではない。もしくはそういうことを、易々と口にできる立場ではないだろう。
なぜすれちがうのか。なぜ警戒し、牽制し、また謙遜するのか。なぜことばを選ぶのか、執拗なほど慎重に、臆病になっているのか。こんなに、息の詰まるようなもどかしいやりとりに、好んでやっているわけではないのになぜ陥るのか。
もしかしたら実はとっくに切れていて、あらゆる経路が断たれていて、ぼくは戻ってくるはずのないエコーを心待ちにコマンドを発しつづけているだけなのかもしれない。そうだったら実に滑稽だ。きっと自分のことを、嘲笑してしまうだろう。
…もし。けっして問題を軽視するつもりはないけれど、世界はもっと単純にできていると思いたい。何も悩まず、むずかしいことも考えずに、交わしてみよう。インフラとして確立された概念でなく。心を伝えあうために、ことばはあるのだから。

2002/08/22

刺激信号の伝わらない神経の先に、赤くただれた指先がある。けがをすることと、痛みを感知することは、べつの事象。思っているとおりに行動できなかったり、気持ちが裏目に出てしまったり。切離された、一貫性を欠いた偽善に信憑はもはやない。
風の行方を遮るものはない。大空に境界はない。世界のすべてが、あるいはその場所と、きっとつながっている。同じ空、であると思いたかった。それは虚像だったのだろうか。今はこんなに高く、遠くに見える。悲しいくらいに透き通った、青。
すぐに尽きると思った。けれど、吐いても吐いても、歪んだことばは果てることを知らない。ただ重くて、不愉快で、心が貧しくて。何になるというのだろう。深い溝を埋める材料にならないばかりか、高く険しい壁を積築するだけなのに。
こんな隠匿めいた発信をいつまでつづける気か。なぜ陰口のような、ありえない対話を繰るのか。これほどまでに不謹慎で、気味の悪い主張があるだろうか。背筋が震える心霊スポット、名は通っていても誰も近づかない、きっとそんな存在なのだろう。

夜。肉体とともに脳も眠る時間。現実の時間から解放される機会であるものの、実際には夢を見ることや、その内容が記憶されることはあまりなく、一日の一部を切り取ったような空白帯として、何も進捗しないままのプロセスが流れる。
今はそういう時間の必要性を感じている。何も考えない時間、すべてをポーズする時間。星の見えない夜空を見ていても、まばらな虫の声を聞いていても、いつも頭は働いている。よくないことばかり考えてしまう。睡眠によって遮断しようとしている。
確証は依然得られないままで。知らされていない結果がたくさんありすぎて。待つことの不安。でも何も強いることはできない。受け入れる準備があって、あんぐり口を開けてかまえている、それだけのこと。当面の課題を先送りするための措置でもある。
眠ってしまおう。あしたのことは、またあした考えればいいから。きょうはひとまず、ここで終わりにしよう。楽しいことも、つらいことも、おなじ日はないから。あしたまたがんばれるように、いい日にできるように、いまは休もう。…おやすみ。

2002/08/23

致命的な手がかりをちりばめて。どれだけ危険なことか、わかっているのか。身に降りかかる火の粉も顧みず、精一杯のぎりぎりのところで踏みとどまって。
ことばがひとりでに発せられる、そうであるうちはまだよかった。今はひとり歩きの状態。ぼくの手を離れ、自由気ままに空を切り裂く刃となって飛び交う。
どう、解釈すればいいのだろう。推測は誤解を深めるばかり。まちがったイメージを肥大させるばかり。だから真実が知りたい。そのうえで、受け止めたい。
禁止事項なんてあってないようなもの。状況に応じてすぐオーバーライドされる。すべてのことが、延命のために自尊を捨てきった行動に置き換わっている。

たしかに流れていた時間を、虚しい真似ごととわかっていて重ねる。何度も反芻する。思い返すたびに懐かしく頬笑ましく、それがいっそう心を締めつける。
暗黒のような時代から救い出されて。ありのままの自分を、真っ白な気持ちを、前に進む勇気を見つけて。いつも存在があったから、ぼくはがんばれたのに。
こんなことで、苦しめたくない。悲しませたくない。悩んでほしくなんかない。笑顔でいてほしい。その願いはきっとパラレルに呼応しあっているのだから。
たったひとことでいいから。

2002/08/24

運命なんて信じない。

さびたカッターの刃を折ってみる。
ぱきん、ぱきん。
切れ目にそって、ちいさなかけらにわかれていく。
小気味よい音がひびく、けれどそれはかけらたちの絶叫。
さっきまでカッターの一部だったもの。
いまは黒ずんだ鉄のきれはし。
つかえなくなったら、それでおしまい。
ぱきん、ぱきん。

さびついてしまったこのこころも。

困っているの?
世間から取り残されたような感覚。
背景がないものより、あるものをえらんで。
同じ色になってしまえば、見えなくなるから。
知られなくてすむから。
だれかが、だれかの、なにかを心配して。
すべてなんてわかりっこない。
けれど、それに近づける努力はできる。

いいかげん、キモチワルイよね。

行動の、その意図まではくみとれなくて。
なんのためのルートなのだろう。
浮いた存在、毛色がちがう、身を危険にさらしてまで。
ぼくには自己犠牲なんて理解できない。
たとえばだれかを助けるために自分が死んで、そうしたらその人は喜ぶだろうか。
きっとそんなことはない。
自分のせいでって思いこんで、後悔しつづけて生きていくんじゃないのかな。
そんな苦痛を、心の傷を負わせるなんて、ぜったいにできない。

かといって見殺しはもっとできないけれど。

強い雨音に、外界の雑音がすべてかき消される。
はじめて気がついた。
室内がこんなにも無音だったこと。
それまで騒音にカモフラージュされて見えなかっただけ。
なんにもない、むなしさとさびしさの檻で、生きていた。
夜は感傷をつのらせる。
退屈な時間は拷問のように重く長く。
たったひとつの畏怖を加速させる。

まさに、自由という名の不幸。

威圧感にも似た重厚な雰囲気に飲まれ、吐き気を覚えるほど。
自分には合っていなかった。
しゃれた趣味も、慎重な言動も、いい子ぶったふるまいも。
ぜんぜん似合わない、まったくの場違いだった。
けっきょく、避行でしかなかった。
もっと無教養で泥臭くて愛想がなくて、そういうほうがきっと性に合っている。
だったら今のぼくは、どうなるの。
必死で木を登っていたから、いまさら降りられない。

わかりきったこと。…そう、言うまでもないこと。

2002/08/26

目覚めはいつもよりよかった気がする。
釈然としない、何か。
胸のあたりにつっかえている感じがするのは、なんでだろう。
一部がクリアになっただけで、ほかはさらにぼやけただけ。
あるいは、ぼやけさせたままにしておかなければならないのかもしれない。
すべてがんじがらめにしてしまうから、動けなくなる。
“あそび”が必要なんだ。
自分を追いこんでばかりだったぼくの心に、言って聞かせてやりたい。

代役。すぐにわかった。
そして立像的なポジションたりえないことも。
ぼくが異を唱えられる立場にないことも。
それでもよかった。
いくつものオブジェクトが、未確定要素が、融和して。
ひとつになって、現実味を帯びはじめる。
この予言は実現する。
どんな占いよりも力強い、信じられることば。

足を踏み入れた場所が、自分の生きる場所。
一方的に降ってくる境遇に甘んじるのではなく、与えられた条件の中でいかに動くか。
価値観は人からもらうものじゃないから。
人の真似をしたところで、その人にはなれないから。
自分のために生きることは、けっして身勝手でも独善でもない。
それが必要だったんだ。
自分を守るために生きてはじめて、自分で生きる力を身につけられる。
自分が変わろうとしなければ、状況は変わらないのだから。

見えすいた弱々しい決意なんか、捨てて。
もう自分を見失ったりしないで。
他人に従ったり、合わせることは、楽ちんだけれど、それじゃいつまでたっても自分自身が育たないから。
時間はやっぱり、みんなばらばら。
自分のバイオリズムと、スピードと、風をもっている。
なんにもできないなんて、返せないなんて、決めつけちゃいけない。
ぼくにできることがあるとすれば、それは、今を生きること。
羽ばたく姿を、いつか見せられるように。

2002/08/27

何に対する配慮か。
うまく隠蔽しているようで、それは莫大な制約を副産する。
私的占有。懸念されていた事態。
気づいているのか、気づいていないのか、気づいていないふりをしているのか、それはわからない。
けれどこんな気持ちで埋めつくされた状態は、けっして健全とはいえない。
昔のように、自由の意味を履きちがえていただけ。
何も隠さない、飾らない、ありのままのことばで自分を打ち明けられるようになったとき。
それが本当の自活なのだろう。

どれだけ時間がかかるかはわからない。
リミットに間に合うだろうか。
自分を変えることはたやすいことではないし、意図的なものでもない。
突き進んで、ふと振り返ってみて、はじめて気づくものだから。
だからこそ挑戦する意味があるのだと思う。
明示的にキャストされた最後の絶望まで。
いや、それを絶望にしないためにも。
笑っていたいから。

正直な自分とうそつきな自分がたたかっている、らしいのだけれど。
わやくちゃになって、どちらがどちらか見分けがつかない。
どれが真意なのか、自分がどうありたいのか、考える間もなく。
葛藤とは、本来くらべられないものを、天秤の両側にのせてしまったとき。
それか、一連の行動における利益と損失の算出および比較において。
幸福ってなんだろう。満足ってなんだろう。大切なものって、なんだろう。
かんじんなものへのスケールを持っていないことに気づく。
どれがいいかなんて選べない、どれも捨てられない、それはただのよくばりだろうか。

今という時間。
拘留が解かれたわけではない。
いつ鉄槌が振り下ろされてもおかしくない現状。
わずかながらの記憶の断片に、証言に、すがるしかなかった。
それは、揺るぎない真実なのだから。
何もまちがっていない、そう胸を張っていればいい。
たとえ社会的に刑罰を与えられようとも、自分の中の正しさを信じていられることのほうが重要だから。
許してあげたいから。

2002/08/28

重い液体。
それは赤く。それは黒く。
溶け出していく。
いのちが、溶け出していく。
タブの中の水がみんな同じ色になるまで。
まざりあうまで。
見ていよう。
もしシンジツが、ここにあるのなら。

受け止められる容量は微々たるもので。
原因は知っているけれど、理由はわからない。
まだ飲み込めずにいるのかもしれない。
どこか別の時間を生きているような感覚。
あるいは、現実から逃げてしまいたいという欲求の表象なのか。
だから迷って、さらに見失って、立ちつくす。
いまを“壊”そうとしたのは自分なのにね。
ことの大きさをまだわかっていない…わかろうとしない。

おいてけぼりの子どものように。
自分の中の規律に、閉じこめられて。
楽しそうな世界をただ夢見るだけ。
窓の外に目をやってため息をつくだけ。
どうせ中には入れてもらえないのだから。
どうせ友だちにはなれないのだから。
願いごとなんて、それを叶えられる自信のある人間だけがすること。
縛られるくらいなら、いっそ目をつむろう。

望んだ結果と引き換えに。
ぼろぼろになってしまっても。
それも、前提があればこその話だった。
今は何もない。感情を持たない機械のよう。
もしくは単一の仕事のみがインプットされた。
目的が存在したのだとしたら、これ以上の原罪はない。
浅ましくて、狡猾で、悪魔のような自分。
ぼくという人間がわからなくなる。

ひとつひとつ、着実に。
潰えていく。
消されていく。
あるものは断たれ、あるものは隔てられ、あるものは禁ぜられ。
石がひっくり返され、盤面が悲しみの色で埋まっていく。
存在理由のカウントダウンのように。
あと何枚、残っているのだろう。
自分の手番さえもぼくには与えられていない。

変わってしまったのは、はじめから、自分だけ。
ことばの魔力を信じて疑わなかった。
本心がここにだけあると思った。
自分がここにだけいると思った。
それは、ぼくが魔力に憑かれていたということ。
熱にうなされていたにすぎない。
淡すぎて、水泡のようにはかなくて、惜しむ間もない。
そうとわかっていても、溺れていたかった。

恐れていた事態。
禁忌の覚醒を、痩せ細った理性でとどめている。
黒い感情が芽生えはじめて、必死で摘み取って。
汚辱に染まった目で、指先で、ことばを嬲る。
自分を否定し、蔑み、粗末に扱う。ときに物理的に。
他人を疎み、壁を作り、憎しみと嫌悪を落とす。
今まで忘れすぎていた。自分でも制御しきれないほどの、凶暴さを。
このまま自分の弱さに飲まれてしまうの?

もう修復なんてきかない。
影を落としたから。
苦しめてしまったから。
だからこの悲しみと、これから起こるであろう悲しみは、せめてもの罪滅ぼし。
許されないことをたくさんしてきて、きっとまた繰り返すだろう。
あのとき夢中で見えなかったものが、今になるとよくわかる。
もう、戻れない。
あとは老木のように枯れていくだけ。

2002/08/29

情報戦。漏洩と奔流の応酬。
激しくたがいの頬を打ちあうよう。
表層と深層をひっくるめて、洗いざらい列べて。
すべての痺れが、失望が、鍵が組みこまれている。
しかしほかの多くの争いが無益であるのと同様に、この果てにもおそらく意味はない。
こんなことで晴らせるものなどないのだから。
止まらない。成長を。自立を。崩壊を。収束を。
幾度となく、そうやって過去が塗り替わってきたように。

見つけだしてほしい。
残されたことば、わずかな手がかり、出口への入口。
その気になればたやすいことかもしれない。でも。
尊き意志に基づいて、想定外の行動は制約されている。
本当は、もうとっくにこの手の中に。
ないのだけれど。
本心を押し殺して何食わぬ顔で笑おうとして、そういう自分が嫌になる。
質量自体が、罪となり、凶器となる。

同時に意味を知る。
起こりゆく事態への綿密な予測をもとに、手渡されたとしか思えない。
はじめから、倒錯していた、踊らされていた。
高鳴る気持ちも、思い描いた夢も、焼けつく陽射しも、みんなよくできた贋物。
自分の時間では、生きかたでは、なかった。
あのとき、時計の針を止めてしまったのか、それとも進めてしまったのか、覗いてはならない箱を開けてしまったのか。今となってはどうでもいいこと。
最低限の欠損では、ダメージではすまされない。
耗弱しきった脆い決意は、リピートの果てに砕けた。

それとも。
強すぎたことによる反動として、なのか。
何を覚悟し、何を予想し、何を求め、そして何を誓ったのだろう。
行き場をなくして噎ぶ分身たち。
丹精込めて高く築いたものほど、崩れたときの落胆も大きい。
肉薄した危険なタイトロープだった。承知の上だった。
これ以上の弁明は見苦しいだけ。
今はもう、ちっぽけな正義さえも貫けそうにない。

俗物たる自分。鏡像や贓物のような自分。裏切りと報復の自分。
消してしまいたい。
いいところだけ、あたりさわりのないところだけ採って、肉体を再構成したい。
自分を愛せる手段が、もうそれしかない。
無知だった。思い上がっていた。乱暴だった。
ぼくは何も持ってなどいない。
少なくとも、他人に見られるようなものは、存在しえない。
許されてはいけなかったんだ。

祭りの後の櫓の残骸を、踏みつけて歩く。
喝采も、誘導も、融和も、シンボリックも、もはや見る影はない。
力なく水面に漂って、あとは波に飲まれるのみ。
あらゆる凝縮エネルギーが、光と音と衝撃となって、夜空に弾けた。
そして、終わった。
感動も余韻も、どうせそのうち薄れていく、忘れられてしまう。
はかなくとも花のように、なんて生きられなくて、すぐ守りに入る。
人はかなしいいきもの。

荒んだ悲愴。
オナニーの回数が増えた。
今まで、べつに我慢していたわけではない。
心が満たされてさえいれば、それだけで平気だった、何もいらなかった。
えぐり取られた陥没の埋め合わせ。
現実に立ち向かえなくて、逃げた結果。
どうしてこんなに簡単に、自分を粗末にしてしまえるのだろう。
いっときの遊離は嫌悪を深めるばかり。悪循環。

最後の枷などで封じることはできない。
たしかに発動のトリガーは存在したのかもしれない。
でも閉じるのは、截断するのは、殺めるのは。
紛れもなくこの手だから。
光は届かない。どこへも。どこからも。
こんなぼくを、誰が嘲嗤するだろう。
誰が、叱呵するだろう。
ことばを、こころを…。

ぼくはいない。のか?

2002/08/30

記憶を焼きつけて。
コンパクトディスクって、まっぷたつに割れない。
ものすごく力をかけても、ぐにゃっと曲がるだけ。
さらに強く、固いものかなにかで押しつけて、やっと砕ける。
自動車のガラスのように、こなごなになる。
破片が飛びちる。腕や顔に、刺さるかもしれない。
手袋をはめたほうがいいかもね。
そうすれば、データを完全に破棄することができる。

今さら驚くべきことではない。
愚かだね。
こんなふうにしかできないのだから。
手の内をすべてさらけて、もはや丸腰。
あきれてしまえばいい。
嫌気がさしてしまえばいい。
みんな離れていくんだ。
同じことの、くり返しなんだ。

ひとが泣くのは、くやしいときだけ。
後悔や、自分へのふがいなさや、怒りや。
そういう感情を、くやしさを持ったときだけ。
ちくしょう、ちくしょう。
純粋にかなしいときは、ちがう。
涙はでない。
胸に大きな穴があくだけ。
時間が、こころが、白くぬりつぶされるだけ。

これが失恋ならまだよかった。
こんなにも自分をおとしめずにすんだだろうから。
からだの一部がなくなったような感覚。
今までと同じ生活ができなくなる不自由さと、なんら変わらない。
後悔を味わってはじめて、罪の大きさを知る。
自分の声を録音して聴いたときのような違和感。
容易に口に出せないことだって、あったのに。
すべては、ぼくのこころの問題。

もういいんだ。
自分に無理をしなくていいんだ。
なにもまちがったことはしていないのだから、気にやむことなんてない。
何かしようなんて、思わなくていい。
もう十分すぎるほど、あったから。
道をひらくのも、自分。
おわりを決めるのも、自分。
クリックひとつで運命が反転するよ。

そういう使いかたもある、という学習。
ゆたかな土壌がなければ自然はそだたない。
親子のような間柄。
親は自分の生活や老後のために子を養うのだろうか。
子は財産をわがものにするために親に甘えるのだろうか。
したたかな見返りだらけ。
人間関係とは、こんな感情でつながっているのか。
しがらみから逃れられれば。

指示語はもう、ぼくであってぼくではない。
くつがえることなど、ありえない。
逆らえないのだから。
いままで、自分のいいようにものごとを解釈してきただけ。
主観をちょっと遠ざければ、いろんなものが見えてくる。
いかに手ごたえのないものであったか。
いかに、あるまじき行為であったか。
かなしみの前兆はいくつもあった。

危険な状態だった、からかもしれない。
神聖視しすぎていただけかもしれない。
ふたを開けてみれば、なんということもなくて。
すべては回避できたこと。
でっちあげられた問題だった。
誤解と思いこみから、とんでもない行動に出る。
だから、自分でまねいた結果。
ばちが当たったんだ。

たどりつくための、ふたつのベクトル。
それらをつかまなければならないことを知っている。
たとえどんなにつたなくても。
無理をしてでも。
共通の話題がほしかったから。
自分を動かしているものって、こんなものなんだ。
そう思ったら、急にバカらしくなった。
こんなことで不安を感じている自分が。

はじめの段階で、それは見えていた。
成長速度と加速度の計算。
どちらの立場にいたのだろう。
タイミングが悪すぎた。とくに今は。
質問は無視され、そしてこうなった。
なにもできなかった。
ぼくは、ここにいるべきではなかったのではなかろうか。
どうせ必要とされないのなら。

決まりきったフレーズを切り貼りしていただけ。
こんなにも作為的で、味がなくて。
ぼくはいつから、ことばを失ったのだろう。
自分の考えでちゃんと話していただろうか。
そのうち息がつづかなくなって。
自己矛盾を起こして、足下をすくわれる。
真剣だったけれど、真摯でなかった。
それだけの、ただのできごと。

主体性を欠いていた。
あまりにも多くを、関連づけていた。
だからこの落差も当然のもの。
自分を見失うほど、たよりきっていたんだもの。
かんたんには変えられない。
でも変わらないかぎり、きっとここから抜け出せない。
そのために。生き抜くために。
回帰。

楽しさやよろこびは、事象単体では成立しえない。
共有されないとだめなんだ。
分かちあったり、話したり。
そうして伝えあうことをとおして、はじめて実感できる。
いっしょに体験できるから。
いっしょに笑えるから。
そうでなかったら、意味なんてない。
きっと楽しくなんか感じられない。

昔のぼくだったら。
こんなふうに考えられただろうか。
否定したり、こばんだり、それをえらぶのは思いのほか簡単で。
プラスもマイナスもない、無温の世界に生きてきた。
いまはどうだろう。
温度があること、感情の起伏、共有できるよろこび、こんなにあふれている。
出会わなければ知ることはできなかった。
出会わなければ、知らずにすんだかもしれない。

ただつなぎとめることに意味があるとは思わないけれど。
その神秘性だけは、たしかにみとめた。
ふしぎだね、って。
同じようにふやしていけるのだと、思っていた。
成長しあえるのだと、思っていた。
ぼくは、ここまで来られたのに。
なにひとつ返せないばかりか、悩みをあたえてばかりで。
だからもう、これ以上は。

ことばが人を傷つけるのなら、つぐんでしまおう。
それしかできることがないのだから。
もうなにも映らない。にごった瞳。
消してしまえば楽になれるのだろうか。
ぼくがここにいることが元凶であるのならば。
無に還ろう。はじまる前に戻ろう。
やりのこしたことも、季節といっしょに忘れて。
夢の中でさえ逢わなくなる、それもきっと遠いことではないだろう。

こんなぼくを、ゆるしてください。

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