システム設計はデータの入りと出を押さえろ

2025/06/18

何様

そんなことあるんだ…(何 ごきげんよう。

一般の人の間でも「ChatGPTすごくね?」という話をちらほら聞くようになりました。
個人的には四半世紀前に「Google検索すごくね?」と言っていたのと同じ流れじゃないかと思ってますけども。

大量のデータを与えて、そこから何かしら意味のある情報を取り出す、という基本構成は変わっていません。
だからそこまで画期的という印象は受けません。
むしろ倫理面の議論が成熟していないことのほうが重大です。
Googleだって個人情報の収集で非難され続けているのに、こちらはさらに著作物の無断取り込みなどが問題になっています。
そんなものに安易に手を出す個人個人のモラルが問われているというか。
裏で深刻な自然破壊が行われていることから目を背けてそ知らぬ顔で消費行動をしている姿に重なるものがあります。

もう一つ思うのが、新技術だろうとツールにすぎないということ。
テクノロジーが人間を豊かにするのではなく、人間がそれをどう使うかのほうが重要だということです。

とくに個人が扱う場合はそうです。
今はまだ興味本位というか触ってみただけの人も多いと思われます。
何か入力すると期待通り/期待以上の応答が返ってくるのを面白がっているというか。
…それっていじめと何が違うの?(でたよ)

もちろん、試しに使っているうちに活用法を思いつくこともあるでしょう。
ですがそれは人による気がします。
面白い反応が返ってくる、とわかったときに、芽生えるのは知的好奇心か嗜虐心か。
その違いのベースにあるのは、生成AIをツールとして見ているかおもちゃとして見ているか。
それを使って自分の生活をよりよくしようという向上心を持っているか、それとも目先の欲求を満たすことしか考えていないその日暮らしの生き方か。
ではないでしょうか。

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