よしの「はなすなよ? ぜったいはなすな?」
令「うん大丈夫。しっかり押さえているから」
よしの「……! ちがう! はなせ!」
令「えっ。だって離すなって言ったのに」
よしの「ひとのはなしをききなさい! よしのがはなせっていったらはなさない。はなすなっていったらはなす。オーケー?」
令「いや、オーケー?って……。そんなお笑い芸人じゃないんだから」
よしの「おでんをくちにいれるなといったら、いれろのあいず」
令「何故おでん……。はあー、自転車の乗り方を教えるって大変だな」
よしの「よしののほうがもっとたいへんだ! もういっかいいくぞ!」
令「うん、わかった。それじゃ押すよ」
よしの「おおお……スピードついてきた! はなすなよ? ぜったいはなすなよ?」
令「大丈夫よ、しっかり……(パッ)」
よしの「?! なっ! わーーっ!」
ズザザーッ。
よしの「こらー! なんではなしたー!」
令「ええーっ! だって離すなは離せだって……。難しいよよしの」
三奈子「あーら令さん? 奇遇ね、こんなところで会うなんて」
真美「よしのさんも。もしかして自転車の練習中?」
令「ご、ごきげんよう。……しまった、よりによってこんなタイミングで……」
よしの「ううう……すりきずいっぱい、いたい……」
令「! よしの、痛いのは我慢しな。新聞部に格好悪いところ見せたら間違いなくネタにされるから」
よしの「わかった! ううー……よしのなかない!」
三奈子「え、偉いのね……。というか自転車に乗れない時点で充分スクープなんだけれど」
令「しまったぁー!」
よしの「どーだ! これぞからだをはったネタ!」
真美「むしろ売り込んでる?!」
よしの「しんぶんぶまたなー。まみもなー」
令「個人的な話題だから記事にしないとは言ってくれたけど……」
よしの「よーし、もういっちょいくか!」
令「私たちも、今日はこれくらいにしておきましょう」
よしの「なにをいう! まだのる! もっとじてんしゃする!」
令「そんなこと言ったって。部活に行かないといけないし」
よしの「れーちゃんはよしのとぶかつどっちがだいじなの!」
令「……よしのにいいところ見せたくて頑張ってるんだけど?」
よしの「! ……そ、そういうことはさきにいえ? な?」
令「もう、急にしおらしくなるんだから」
よしの「よしのはだいぶのれるよーになった!」
令「待って、今の聞き捨てならないよ」
よしの「……あれー?」
令「まあでも、ブレーキも使えるようになってきたし。私と一緒ならもう平気ね」
よしの「いえふー!」
令「ただし、まだ一人では出掛けないこと。いい?」
よしの「そっかー。いつになったらひとりでのれる? おとなになったら?」
令「うん。……もちろん性的な意味じゃなくて」
令「はい渡るよ。右見て、左見て……」
よしの「あかあげないで、しろあげない!」
令「それなんか違うよね? ていうか上げないんだ?」
ブロロロロ……。
よしの「くるまだ! あぶない! えまーじぇんしー!」
令「そうそう。車には気をつけないと」
よしの「あ! さとー! さとーさんのってた!」
令「えっ? 砂糖?」
よしの「まてまてー」
令「こら、車なんて追いかけたら危ないって」
蓉子「ありがとう。なかなかの腕前だった……おえっぷ」
聖「へいへい、下手くそで悪うござんした。……おーい、これ」
蓉子「あちゃー、忘れてた。聖、これひとっ走り行ってきてよ」
聖「めんどい」
蓉子「4文字?!(ガビーン)」
よしの「よーこー!」
蓉子「うおっ!」
よしの「ちりんちりーん! パフパフー!」
蓉子「うわー、これまた少女趣味ね!」
よしの「じてんしゃかってもらったー」
蓉子「ほら聖、見て見て。よしのちゃんの自転車めちゃくちゃ可愛いわ! ギザカワユス!」
聖「可愛いけど……ギザカワユスはないだろ。これ幼児用じゃない?」
よしの「うん! れーちゃんのしゅみだ!」
令「……」
聖「おーい。そこ、目をそむけない」
令「ご、ごきげんよう……」
蓉子「ごきげんよう」
よしの「さとーさん、これさとーさんのくるま?」
聖「そ。免許取ったから、ブーブーで来たの」
令「さとうさんって……?」
聖「うん、私」
蓉子「ああ――。よしのちゃん、最近聖のことをさとーさんって呼ぶのがブームなの。どうしてかわかる?」
令「えっと、さとう、砂糖……。軟派な態度とは裏腹に、実は激甘な純愛路線が好きだから……とか」
蓉子「さっすがー。聖のことよく理解してくれているのね」
聖「え。いやそこは否定してよ。……なんかやけに恥ずかしい」
よしの「いがいとおとめちっくなー?」
蓉子「正解は、聖の苗字が佐藤だからです!」
令「そのまんまじゃないですか! だからあえて外したのに」
聖「私がそう呼んでくれって頼んだのもあるんだけどねー。リリアンを出たら、下の名前で呼び合う習慣もないだろうから」
蓉子「はいはい、今からそんな湿っぽいこと言わないの」
令「(そうか……、もう卒業を意識して……)」
よしの「これのってみたい? ちょっとだけのってみる?」
聖「いや遠慮しとく……。私も自分の持ってるから」
よしの「おおう! さとーさんのじてんしゃどんなの? かわいい? すげーおとめちっく?」
聖「いや乙女チックはもういい。私のは……自転車じゃなくて、メーヴェなの」
よしの「……? へえー」
聖「メーヴェってのは……こう翼を折って……」
よしの「あー、おりがみ! さちこがなかきよやってた!」
聖「それは関係ない」
蓉子「よしのちゃん、聖の飛行機面白いわよ」
よしの「ひこーき?! かみひこーきか!」
蓉子「そう、もうペラペラ。ヘニャヘニャ飛行機」
聖「ヘニャヘニャ違う。ちゃんと一分の一スケール。えーと……折って格納できる……」
よしの「どこにだよ!」
聖「いや、ここつっこみどころじゃないし。メーヴェっていうのは、つまりこう……、翼を折り畳める飛行機のことよ」
蓉子「何にも情報増えてないよね」
聖「うっ。こうなったら……」
バタン。がさごそ……どーん。
聖「これがメーヴェ」
よしの「お……おお?」
令「って本物じゃないですかこれ?! まずいですってこんなの出したら! おもにネタ的に!」
蓉子「まあまあ。よしのちゃん、ちょっと乗ってみて」
よしの「え、でもこれ……。……? こう?」
蓉子「あはっ、それただ腰掛けてるだけよ。乗れないのね」
よしの「あー、もうこわれてるかもなー。さとーさん、これはもはや……」
聖「いや壊れてないから。これはこうして――」
バンッ、バンッ。
聖「ほれ」
よしの「すごい! ひこうきになった!」
令「まさか本当に飛んだりしませんよね……?」
よしの「……よし! よーこ、さとーさん、いくぞ!」
蓉子「えっ、どこ?」
よしの「いいところ!」
聖「それ私のネタ……」
令「無茶言っちゃだめよ。薔薇さま方困ってるじゃない」
蓉子「いいのよ。それじゃ、大学の購買まで行きましょうか」
令「大学って隣の?」
蓉子「そう、リリアン女子大。注文していた商品を取りに行くから」
令「それくらい近いなら構いませんが……、この子連れて行っても足手まといになるだけですよ」
蓉子「だから、自転車の練習も兼ねてってことで」
よしの「じゃましません! いろんないみで!」
蓉子「そうだ。聖、よしのちゃんの写真撮ってよ。自転車に乗っているところ」
聖「ああ、それいいね」
よしの「じむしょをとおしてください!」
聖「そうなんだ……。令、いい?」
令「って私が事務所? というか白薔薇さま、写真が趣味だったんですか?」
聖「いや、フィルムが二、三枚余ってて」
令「そ、そんな理由ですか……」
よしの「さとーさんいろいろもってるな! おかねもち?」
聖「車は出世払い。メーヴェは36回ローン。ご利用は計画的に」
よしの「れでぃー、ごー!」
蓉子「えいっ(ガシッ)」
よしの「んっ……あれ? うごかない?」
蓉子「さあ、行きましょうかよしのちゃん」
よしの「お、おー……」
令「大丈夫かなー」
よしの「じてんしゃでだいがくにおかいものって……おおう?!(ふらふら)」
蓉子「わっ、大丈夫?」
よしの「まだまだだな……。はやくおとなにならないとなー。よーこはおとな?」
蓉子「へ? うーん、手のかかる子どもがいるから、もう大人かしら」
聖「ってなんでこっち見ながら言うのよ!」
よしの「さとーさんこどもかよー。おやじなのになー」
聖「いや親父でもないから」
よしの「もん! もんからはいる!」
蓉子「よし、行きましょう」
よしの「おおー! じょしだいせーがいっぱい!」
蓉子「……あなたも十分エロ親父だと思うけど」
聖「よし、ここら辺かな……」
すたすたすた。
よしの「あれー、さとーさんいっちゃった」
蓉子「先に行って正面から写真撮ってくれるのよ」
よしの「そうなのか! どーだー、とれたかー!」
聖「……うーん。リリアンの制服はスカート丈長いからパンチラは狙えないか……」
蓉子「何撮ろうとしてるのあなたは!」
よしの「よしののサービスショットはおやすくないよ?」
聖「次は後ろから撮るから、先に行ってみて」
よしの「うん! へーい、さとーさん!」
蓉子「いいからちゃんと前見なさい」
聖「って……アッー!」
よしの「!!」
蓉子「わーっ! よしのちゃんが転んだ!」
よしの「……ぐすん」
聖「……」
蓉子「……」
よしの「よそみはあぶない!」
蓉子「そ、そうね。ごめん……」
よしの「ちらみせなんてありきたり!」
聖「……セーラー服だからです←結論」
蓉子「もうすぐ購買だから、そこまで頑張って……あ」
聖「このラストの下り坂はきついな」
よしの「ううっ、こ、これはこわい……」
聖「危険だからやめときなさい」
よしの「わ、わかってる! いいかおまえら、おすなよ? ぜったいおすなよ?」
蓉子「えっ……? そ、そんなこと言われたら……」
聖「……よしのちゃん。悪いけど、私たちは空気を読むよ?」
ドンッ。
うわあああーーー。
令「……」
よしの「……」
令「やっちゃった?」
よしの「やっちゃっちゃ!」
蓉子「ご、ごめんなさい」
聖「芸人魂に魔が差してついやってしまった。今では反省している(棒読み)」
令「いえ、まあ……予想はしてましたが」
よしの「なかなかった!」
聖「泣いたよね?」
蓉子「うん、涙目だった」
よしの「それはいわないやくそくでしょ!」