[よしのと!] よしのとかせい

祐巳「消えた方の福沢祐巳は私の双子で、宇宙飛行士になって今頃火星に行ってる!」
よしの「は?」
祐巳「――って思わず言っちゃったの。何とか繋ぎ止めたくて必死だったから、なんか頭の中が訳わからなくなってて……」
よしの「ほー。それでそらみてためいきついてたのかー」
祐巳「はあ……。なんで私っていつもこうなのかな」
よしの「かせいみえるか?」
祐巳「えっ? さあ、どうだろう。肉眼でも見えるらしいけど、もう少し暗くならないと日の光に隠れてて顔を出さないんじゃないかな」
よしの「かせいだけになー」
祐巳「どういう意味?」

江利子「よしのちゃーん、祐巳ちゃーん。もう下校時間だから帰りましょう」
よしの「おー! でこちんがあらわれた! でこちんはかせいじんでしたー!」
江利子「なにそれ、占いの話?」
よしの「いますぐあだなかえないと、じごくにおちるわよ!」
江利子「あだ名って……。でこちんとか呼んでるのよしのちゃんだけよ?」
祐巳「あの、黄薔薇さま。火星ってどの方角に見えますか」
江利子「へっ? 祐巳ちゃんは星好きなの?」
祐巳「いえ、違うんです。実はこの前……」
江利子「……ふうん。祐巳ちゃんも色々大変なのね」
よしの「ゆみげんきない……。ゆみにかせいみせたい!」
江利子「珍しい、よしのちゃんが人の心配なんて。……よし! 行こう!」
よしの「! いくか?」
祐巳「! 火星に?」
よしの「それだ!」
江利子「違う違う。星を見に行きましょう。ちょっと郊外に行くだけでもよく見えるから」
祐巳「本当ですか?」
江利子「火星だけじゃなくて、あんな星座やこんな星座もバッチリ見えるわよ」
よしの「みえすぎちゃってー、こーまーるのーおー♪」
祐巳「それじゃ家に連絡入れて……あ、志摩子さん誘っていいですか」
江利子「いいわよいいわよ、どっからでもかかってきなさいー」
よしの「なんでファイティングポーズとってんだ?」
 キラッ。
よしの「あっ! でこちんのおでこひかった!」
江利子「何ですってー! 違う、あれは金星! 宵の明星でしょ!」

 

令「また突然の呼び出しですね。どちらへ行くんですか」
江利子「ほら、なんとか池のとこの公園覚えてない? 小等部のとき遠足で行った」
令「遠足って、お姉さまとは学年違いますし……」
祐巳「志摩子さん、どんな星座もよく見えるんだって」
よしの「もろだよ、もろ」
志摩子「どんなということはないと思うけど……。季節によって見えない星座はあるはずだし」
祐巳「それでも楽しみだなあ。今日は嫌なことは忘れて楽しむよ」
志摩子「そう。祐巳さんはそれでいいの?」
祐巳「えっ……?」
志摩子「その場限りの気晴らしで問題から目を逸らしても、根本的な解決にはならないのではないかしら」
祐巳「……」
江利子「ちょっとー。あなた少しは察しなさいよ」
志摩子「と言いますと?」
江利子「かーせーいーにーいーっーてーるー。失言で落ち込んでる!」
志摩子「……ええ。沈んだ様子ですね」
江利子「励まさなきゃー!」
よしの「はげまなきゃー」
志摩子「は、はあ」

令「まあ、祐巳ちゃんに端を発した突発企画なのはわかりました。ですが……」
祥子「……何よ」
令「祥子までいるし。夜間の外出なんてよく許してもらえたね」
祥子「許すも何も、祐巳の一大事を放っておけるわけないでしょう?」
祐巳「お姉さま……ありがとうございます」
祥子「それに、星と言えば私ですわよ」
令「どうして?」
祥子「星、宇宙、ロマン、夢。風香る……小笠原グループ」
令「会社のキャッチコピーかい」
江利子「そういうんじゃなくて。あれよ、祥子はほら、天体とか詳しいの?」
祥子「ええ、それなりに。――水金地火木土天海」
志摩子「……? 何か足りない気が……」
令「! そうよ、『冥』が抜けてるじゃない」
江利子「その分じゃあまり詳しくなさそうね。さすがの祥子にも不得意科目があったか」
祥子「あら……皆さんご存じありませんの? 2006年の国際会議で、冥王星は惑星の定義から外れましてよ。ですから、太陽系の惑星は現在八つ」
江利子「なにーっ! ……と、当然それくらい知ってたわよ?」
祐巳「お、お姉さまぁ! 素晴らしき博識ぶりです! 惚れ惚れします!」
よしの「……ゆみ? もうげんきになったか?」
江利子「き、金融ビッグバン!」
令「それ経済用語……」

 

江利子「さあ着いたわ」
祐巳「わあ――……」
よしの「ぜんぶみえる! むしゅーせい!」
令「なるほど、これは感動ものだわ」
祥子「本当に。都心から近いのにこんなに綺麗なんて」
志摩子「別に、これくらいなら私の自宅からでも……」
よしの「しまこはやっぱりのりわるいな?」
江利子「都会の空気は汚れているし、まあこんなもんでしょ。祐巳ちゃん、何か知っている星座ある?」
祐巳「いいえ……、全然詳しくなくて」
江利子「そう言うと思って、はい。早見盤持ってきたわ」
よしの「あのえんげつりんは?」
令「いや円月輪違うし」
江利子「あ、待ってて。今ライトつけるから。……はい」
よしの「あかい! さんばい?!」
祐巳「うーん、星が多くてどれがどれだか」
志摩子「図鑑みたいに線を引いていないとわからないわね」
祥子「そういうときは、心の中で線を引くのよ。そうすれば……ほら火星」
江利子「火星は星座じゃないでしょ。……って火星?! まじで見つけたの?」
祐巳「ど、どこですか?!」
祥子「あの辺り。ああ、指でさしても伝わらないわ」
江利子「私がライト照らしてみるから。この辺だっけ?(ピカーッ)」
祥子「そうです、その明るい星」
祐巳「あっ! ……あれが火星か」
よしの「でこちん! もっかいつけて! もっかい!」
江利子「こう?(ピカー)」
よしの「デコフラッシュ!」
志摩子「……」
令「どうしたの? 笑ってる?」
江利子「よしのちゃんは、何か知っている星ある?」
よしの「あるよ! でこりーんせい」
江利子「……。一応聞くけど、それどんな星なの」
よしの「でこちんがいっぱいすんでる。みんなデコフラッシュであいさつするんだー」
志摩子「……(ブルブル)」
令「だから志摩子どうしたの?! ツボにはまったの?」

 

よしの「れーちゃーん、はらへったー」
令「お姉さまが行きがけに何か買っていたみたいだけど」
よしの「でこちん! なにかった?」
江利子「じゃーん、これよ」
よしの「あ! ホカべん!」
江利子「……その呼び方も微妙に古いわね」
よしの「いいのか? れーちゃん、きょうはいいのか?」
令「しょっちゅうだと体によくないけど。今日はいいよ」
よしの「やったー! でこちん、ライトかして!」
江利子「え? うん」
よしの「デコフラーッシュ!」
祥子「うおっまぶしっ」
令「祥子がいろんな意味で崩壊しちゃったー!」
よしの「デコフラッシュ! デコー! デコー! きゃはははは!」
令「ちょっと、よしのはしゃぎすぎ」
よしの「デコフラーッシュ!(ペカー) あーー! めが……めが……!」
令「もう、自分の顔にライト当てたりするから」
よしの「あー、あー! まぶしー! カーテンしめれ!」
志摩子「カーテンって……」
よしの「うわーっ、なんだー! おのれちさとめー!」
令「そこでなんでちさとちゃん?!」
江利子「ちさとってどちら様?」
よしの「ちさとはキャンディーくれた! クッキーくれた! ガリガリくんくれた! ちさとむっころす!」
江利子「いや、今の話だけ聞くとものすごくいい人なんじゃ……?」

志摩子「これでお湯を沸かすんですね」
祥子「いいですわね、こういうの。サバイバルみたいで」
江利子「アウトドアって言いなさいよ……。みそ汁のお湯沸かす間に、好きなお弁当選んで」
祥子「いいえ、黄薔薇さまからお選びください。上級生に先を譲らないと」
江利子「これぐらいのことで上下関係の話とかされてもね」

令「みんな、みそ汁できたよー」
よしの「おー! いただきまんもーす!」
志摩子「……主よ、今日も恵みに感謝します。神の御心の」
よしの「そーいうのいいからさっさとたべれ? さめるぞ?」
志摩子「ちょっ……」
よしの「んー! のりべんうまい!」
令「こうして夜にみんなで食べるのもいいですね」
江利子「それじゃたまにやりましょうか。パジャマパーティーもいいわ。告白大会とか」
令「と言っても、私たちほとんどスール成立してますけどね」

 

江利子「次は志摩子の家なんてどう? 山からの星空を拝ませてもらおうじゃないの」
祐巳「志摩子さんちか。私も興味あるなー」
志摩子「えっ、それは、でも……。その、両親に聞いてみないと」
江利子「だけど、山くらいでいい気にならないことね。私はハワイを極めました」
志摩子「はい?」
江利子「ハワイよハワイ! 私は世界に目を向けてるの!」
志摩子「え……」
江利子「うちは毎年ハワイに行っています! というか私はこないだも行ってきました! 一泊ですが! あなたが山ならこっちは島よ! ハワイは私のもの! リンボーッ!」
志摩子「……そ、そうですか」
令「ですから……。志摩子は初めから張り合ってなんていませんし」
祐巳「お姉さまは、ハワイ行かれたことあります?」
祥子「行きたくないわ。あんな年中暑いところ」
江利子「ちょっ、なに今のぜいたく発言! それはブルジョアの余裕? さ、祥子さん?」
令「祥子はあちこち高飛びしているけど、夏休みはいつも近県の避暑地よね」
祐巳「えっ、そうなんですか?」
よしの「じゃーさちこ、つきもいった?」
祥子「ないけれど……、いつか行けるのではないかしら。小笠原グループも宇宙開発事業に一枚噛んでいるから」
江利子「ええっ、そんなリアルな話なの?!」
よしの「かせいは? かせいはいける?」
令「あ……。やっとそこに話が戻った」
祥子「ええ、いつかきっと。そう……火星への宇宙旅行が実現したら、真っ先に祐巳を招待するわね」
祐巳「! お姉さま……!」
祥子「口から出任せで言ったことでも、本当にその通りにしてしまえばいいのよ。過去の失敗は修正できるわ」
祐巳「はい……はい! なんだか希望が持てました!」
祥子「けれど保証はできないわよ? 私もこの世界の法律ではないのだし」
令「……なんか、すっかり二人の空間ですね」
江利子「まさか、祐巳ちゃんをガチで火星に誘うなんて……。私にはとても真似できない芸当だわ」
志摩子「祐巳さんに笑顔が戻って、本当によかった」
よしの「やっぱりおねーさまがいちばんな?」

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