[よしのと!] ようこのおみやげ

祥子「次は運動部の部室を回らないと……ああ忙しい」
三奈子「あーら祥子さん。この前の首の怪我はもう大丈夫?」
祥子「ええ、もうすっかり。けれどいまだに原因がわからなくて。寝違えたのかしら」
三奈子「災難だったわね。ただでさえ、欠席中の紅薔薇さまの代わりで仕事抱えて大変なのに」
祥子「……。何が言いたいのかしら、三奈子さん」
三奈子「嫌だ、そんなに睨まないでよ。祥子さんは勤勉な妹だなって思っただけ。その点私の妹なんてね」
祥子「――大方、お姉さまの欠席の理由でも探りに来たんでしょ」
三奈子「うっ。さすが祥子さん、察しが早い。だったら単刀直入に聞かせて……ってあれ? いない?!」

 

蓉子「はい、これ祐巳ちゃんにおみやげ」
祐巳「わあ! ありがとうございます」
聖「祐巳ちゃんのは、私も一緒に選んだんだよ」
祐巳「はは、期待しておきます。それにしても、お二人して何日もお休みして、いったいどちらにご旅行を?」
蓉子「旅行じゃないのよ。一応、山百合会の活動かしら。学園祭のヒントになるかと思って」
祐巳「そう……なんですか?」
聖「話はあとあと。それより、早くそれ開けてごらん」
祐巳「わかりました。どれどれ……あっ! どせいさんだ!」
聖「お、やっぱり知ってたか。たしか、どこかの町か何かの土民だったかな」
蓉子「土民か? 祐巳ちゃんって、案外こういうの好きかなと思って」
祐巳「大好きです! 私、キリスト教信者である前にニンテンドー信者ですから! 弟はPS派ですけど」
聖「祐巳ちゃんちはチャンポンなんだ」
蓉子「喜んでもらえて嬉しいわ。それから、これは祥子へのおみやげ」
祐巳「何ですか?」
蓉子「某レコード会社製のまネコTシャツ」
祐巳「……」
聖「……さすがにそれはまずいと思う」
蓉子「だからこそよ。あの堅物の祥子がこんな変なTシャツ着てたら、って想像するだけで愉快でしょう?」
聖「そんなこと言って、お姉さま権限で無理やり着せるつもりでしょ……」
祥子の声「ただ今戻りました」
祐巳「あっ、来たみたいですよ」

祥子「はあ。用事よりも、三奈子さんを撒くのに疲れたわ……」
祐巳「お姉さまー、紅薔薇さまたちがお帰りになっています」
祥子「本当?」
祐巳「はい。お姉さまにおみやげもあるそうです」

祥子「……」
蓉子「……」
祥子「いいですわね、これ」
蓉子「ええっ?」
祥子「だって、著作権問題で騒動になったいわくつきの一品ですもの。今やきわめて入手困難な」
聖「あー……、たしかにそういう貴重さはあるよね」
祥子「素敵なおみやげありがとうございます、お姉さま」
蓉子「え、ええ。……祥子の困惑した顔が見たかったのに。お嬢様の感覚ってわからないわ」

 

聖「ねえ蓉子、私の分はないの?」
蓉子「どうして自分で買ってこなかったの……。まあいいわ、はいこれ」
聖「おっ、サンキュー」
蓉子「みんなで食べる用に買ってきたクッキーだけどね」
聖「なーんだ。でも、このお店のは実によかった」
祐巳「そんなに美味しいんですか?」
聖「いいや、味は普通。でもおまけつきなんだ」
蓉子「一箱に一枚、このカードが入っているの」
祐巳「こ、これは……コスプレ写真?」
蓉子「半分正解ね。メイドさんトレーディングカードつきクッキーなの、これ」
祥子「なぜそんなもの集めているんですか!」

蓉子「あとは、インディーズCD。これは栞さんに」
聖「!」
蓉子「……いやね。私ったら、ついうっかり。栞さん、もういないのにね」
聖「……」
蓉子「……」
聖「……」
祥子「いやいやいや。栞さん超生きてますし。リリアンから転校しただけですし」
蓉子「フフ、そうだったわね。栞さんは……『転校』、しちゃったのよね」
祥子「こわーっ! お姉さま怖いーっ!」
祐巳「というか、白薔薇さまの前で容赦なくその話題……。鬼ですね」
聖「…………」
祐巳「ろ、白薔薇さま……。そ、そうだ! みんなでこのクッキー食べましょう!」
祥子「それがいいわね。では、私は紅茶を入れます。祐巳も手伝ってちょうだい」
祐巳「は、はい!」
蓉子「あらあら、下級生に気を遣わせちゃって。いけない人ね」
聖「……。誰のせいだと思ってるのよ……」

 

祐巳「どうですか? クッキーのお味は」
聖「うまい! 歩行者天国の味がする」
祥子「どんな味ですかそれ。またでたらめなこと言って……」
聖「だけど、お店で食べたときのほうが美味しかった気がする」
蓉子「聖もそう思う?」
聖「そりゃまあ。大勢のメイドさんに囲まれて食べたお菓子は格別だった」
祥子「メイドさんって! どんなお店に行ったんですか!」
蓉子「あら……まだわからないの? 祐巳ちゃんはわかったわよね」
祐巳「はい、何となくですが。行った場所も、多分あそこだと」
祥子「え、祐巳わかったの? たったあれだけのヒントで?」
祐巳「簡単ですよ。最近のはやりですから」
祥子「私には何が何やら……。難しいわ、ハード」
蓉子「ハード?」

祐巳「簡単だよねー」
祥子「それは? 祐巳がいただいたおみやげ?」
祐巳「はい。どせいさんのぬいぐるみです」
祥子「変な顔ね。黄薔薇さまに似ている……。もう名前はつけて?」
祐巳「えっ、名前? どせいさんですけど」
祥子「それは商品名でしょう。そうではなくて、自分だけのぬいぐるみにつける名前のことよ。どうなの祐巳? 名前はつけたの?」
祐巳「い、いや、そんな真顔で迫られましても……」
蓉子「プププッ……! 祥子のお嬢様発言が始まったわ」
祥子「もう、煮え切らないわね。私が考えてあげるわ」
祐巳「あの、ですから私は別に名前は……って聞いてないし」
祥子「どせいさん……どせい……、サターンなんてどうかしら?」
祐巳「お、お姉さま? それ絶対ゲーム機の歴史とかご存じでいらっしゃいませんよね?!」
聖「あっはっは、まさかここまで世間知らずとは。こいつはお笑いだ」
祥子「うう……。なぜだか外野がうるさいわ」
祐巳「わ、私が考えたほうがいいみたいですね」

祐巳「紅薔薇さま。駅前って、今はどうなっていますか」
蓉子「すっかり様変わりしたわ。もうまったくの別世界」
祐巳「えー、そうなんですか? ストリートバスケットのコートは?」
蓉子「あれもなくなったわね」
祐巳「そうですか。なんだか寂しいです……」
祥子「祐巳、落ち込まないで。それなら私の家に来たらいいわ」
祐巳「へ?」
祥子「うちの庭にはレジャーコートがあって、テニスでもバスケットでも何でもできるの。何なら私と勝負する?」
祐巳「いや、あの、そういう意味では……」
祥子「そうよ、我ながらいいアイディアだわ! そうですわよねお姉さま? 祐巳はそういうことを言っているのですよね?」
 ガスッ!
祥子「いたっ! な……なぜ?」
蓉子「……あなた最悪。ここまで痛い子だとは思わなかった」
祥子「う……うわあーーーん! 痛い子とか言われたあぁぁーー!」
祐巳「あっ、お姉さま待って……! さ、最近は逃走する癖がついたのかな」

 

聖「え、えーと。このCDかけてもいい?」
蓉子「いいわよ。栞さんのだから、あなたにあげたも同然だし」
聖「! あなたね……!」
蓉子「冗談よ、冗談。お好きなのどうぞ」
聖「じゃあこれにしよう。ポチッとな」
祐巳「……♪ へえ、いい曲ですね」
蓉子「わかる? すごく心に響くのよ。知名度低いけれど大ファンなの」
聖「だけど、メジャーデビューして人気が出ると、急に熱が冷めたりするんだよね」
祐巳「あー! ありますあります、そういうの」
聖「さすがは祐巳ちゃんだ。祥子と違って、話が通じるねえ」

蓉子「――その後は握手会に参加して、新人アイドルに触ったのよ」
祐巳「うほっ!」
聖「こっちが女だと全然警戒しなくてねー。若い娘の生肌をもてあそんできた」
祐巳「もてあそぶって! 白薔薇さまたちだって十分若いじゃないですか……」
 ポン、ポロロロポロロン、ポロン……。
蓉子「えっ? ピアノの音?」
祥子「そんな無名のCDなんかよりも、ピアノ演奏のほうが薔薇の館には似つかわしいと思いまして。まずは一曲――」
蓉子「なんかとは何よ! なんかとは!」
祐巳「磨けば光るダイヤの原石です!」
聖「謝れ! CDの中の人たちに謝れ!」
祥子「大不評?!」

蓉子「というか……ここまでどうやってピアノ運んできたの」
祥子「……。音楽は音を楽しむのよ……」
蓉子「なんかぐったりしてるし! まさか自分で担いできたの?」
聖「ネタのために体張るなんて、祥子も変わったね。祐巳ちゃんの影響かな?」
祐巳「はい! 私色のお姉さまに染め上げてみせます!(ニヤリ)」
蓉子「なにぃ!!」

 

聖「そうそう、来週は花寺学院に打ち合わせに行くから。時間空けておいてね」
祥子「そ、それは……私もでしょうか」
蓉子「もちろんよ。紅薔薇のつぼみ♪」
祥子「うっ……」
祐巳「大丈夫ですよ、お姉さま。きっと毎日が路上ライブみたいな楽しいところですから」
聖「はは、それいいね。面白そうだ」
蓉子「でも事実、花寺ってそういう雰囲気ありそうじゃない?」
聖「ふむ。いろんな格好した生徒が好き放題に歌って騒いで、そこに人が群がる、とか?」
蓉子「……いいわね、実にいい。リリアンもそんな学園祭にしたいわ」
祥子「思いつきでとんでもないことおっしゃらないでください……」
蓉子「どう、祥子? あなたもコスプレしてビラ配りする?」
祥子「しませんっ!」

祐巳「あ、そうだ! よしのさん!」
蓉子「ん?」
祐巳「よしのさん、高等部に進学する前はずっと病院通いしていて、そのときにナースに目覚めたそうです」
祥子「いきなり何の話ー?!」
聖「ああ、なるほど。感染源は令だけじゃなかったということか」
蓉子「ナースねえ。どんな白衣だったか聞いている?」
祐巳「さあ、詳しいことは。水色だとは言っていましたが」
聖「水色……うん、それもありじゃないの?」
蓉子「あら、意外ね。白以外は邪道だ! とか言いだすと思ったのに」
聖「もちろん白が基本よ。でも想像してみたら、そんなに悪くないかなって」
祐巳「私は白衣の色よりも、ナースキャップのほうが重要だと思います!」
蓉子「そうね、祐巳ちゃんいいこと言うわ。よくわかっていること」
祥子「お姉さま方……。あの、だから……」

祐巳「おみやげ、よしのさんにもありますか?」
祥子「そうですわね。今日もそろそろ来ますわよ」
蓉子「ああ、考えていなかったわ。そうね……これを適当にあげましょう」
祐巳「クッキーですか? 私たちの食べかけですけどね」
蓉子「違うわ、こっちこっち。私のダブリのカードを二、三枚適当に」
祥子「ダブリが出るほど買ってたのかと!!」
祐巳「でもきっと喜びますよ。よしのさんも私たちの仲間ですから」
祥子「どういう意味でよ……」

よしの「こーんぺーいでーす!」

聖「おっ、主役登場だ」
祥子「……こん平?」

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