祥子「うう……今日もまた目がショボショボするわ」
祐巳「ど、どうしたんですかお姉さま? あ、あの……私の胸でよかったら、その……お貸しします! むしろカモン!(鼻血)」
祥子「いったい何を言っているの。私は目をかいていただけで、べつに泣いてなどいなくてよ」
祐巳「ツンデレだー! 素直になれないお姉さまきたー!」
祥子「はあ? あなたって変に世間ずれしているわね。そうではなくて、花粉症なの」
祐巳「花粉症ですか? それはお気の毒です……。つらそうですね」
祥子「本当に。これだから桜は嫌いよ。花を見るのも嫌」
よしの「どーしたさちこ? いつものヒステリーか?」
祥子「いつものは余計よ……」
祐巳「ごきげんよう、よしのさん。あれ? それ何食べてるの?」
よしの「さくらもちー。れーちゃんおてせいだぞ! ゆみもたべるか?」
祐巳「令さまって本当に完璧超人だあ……。あっ、でも遠慮しておく」
よしの「たべないのか? またあれか、ないぞーしぼー」
祐巳「それもあるけど。祥子さまが桜が嫌いって言っている横で、桜餅なんて食べられないよ」
よしの「そうなのか? さちこ、さくらきらいかー?」
祥子「ええ。桜なんて、花粉症の苦しみを連想させるものでしかないわ」
祐巳「でもお姉さま、桜はもうほとんど散りました。これで復活ですね!」
祥子「甘いわね祐巳。花が終わったら毛虫が大量発生して、今ごろ中庭一帯が危険地帯に……ああ! 想像しただけで寒気がする」
よしの「……。そ、そうだ! まつりだった!」
祐巳「えっ? 祭りってどういうこと?」
よしの「いくぞ! ゆみ!」
祐巳「どこに?」
よしの「けむしとりだ!」
祐巳「――なるほど! 中庭の毛虫をみんな駆除すれば、お姉さまの機嫌が直る! ついでに私の株もアップ! 考えたねよしのさん」
よしの「まーな! けむしとっておねーさまにみせるがいい!」
祐巳「でも、私だって毛虫は好きじゃないよ。捕りかたもわからないし」
よしの「なにいってんだ! おねーさまのためだぞ!」
祐巳「はっ……そ、そうだよね。お姉さまのためを思えば毛虫くらい。がんばれ、祐巳!」
江利子「あら、若者は元気があっていいわね」
祐巳「あっ、ごきげんよう。黄薔薇さま、令さま」
令「ごきげんよう。どうしたのよしの? 急いでいるみたいだけど、何かあるの?」
よしの「けむしとり!」
令「え……」
よしの「なかにわ、このまえいった! けむしまつりだ!」
江利子「毛虫? ああ、そろそろ増え始めるころね」
祐巳「はい。それで、私とよしのさんで捕まえに行こうと思って」
よしの「でこちんもこい!」
江利子「な、なんで私も?」
よしの「わからん!」
江利子「報酬いくら出す?」
よしの「もってない!」
江利子「これから会議なのに?」
よしの「なんとかしろ!」
江利子「フッ……この子本当に口の利きかたを知らないわね。いっそ気に入ったわ!」
祐巳「ということは、一緒に来てくださるんですか?」
江利子「もっちろん。私は毛虫捕りにかけては顔パス級なのよ。略してケムンパス」
令「そんな事実初耳ですが……」
江利子「どうする? 令も来る?」
令「い、いいえっ?! けっ毛虫なんて、わわわ私は遠慮します……」
江利子「そうだったわ。令は虫とか本当にダメなのよね」
祐巳「令さまって思っていたより気が小さいんですね。がっかりです」
よしの「れーちゃんはむしいかだな!」
江利子「そうね、令は虫以下ね。ほほほほ」
令「……」
江利子「――まずは園芸部に寄って、虫捕りの道具を貸してもらいましょう。それでは出発」
よしの「しゅっぱーつ!」
祐巳「よしのさん、私なんだかワクワクしてきた」
よしの「わくわくさんか?」
祐巳「毛虫は苦手だけれど、黄薔薇さまもいるから心強いし。毎日通い慣れたリリアンで、こんな非日常を経験するなんて初めて。なんだか違う学校みたいに見える」
江利子「ふふ。祐巳ちゃんは詩人ね」
祐巳「そ、そうですか? 照れますね……」
よしの「でんぱともいう」
祐巳「ちょっ!」
江利子「それじゃ、まずは自由に捕ってみなさい」
よしの「がってんしょうち!」
祐巳「はい」
よしの「……ゆみ!」
祐巳「あっ。が、合点承知」
祐巳「なかなかいないなあ……」
よしの「ゆみのパンチラゲットだぜ!」
祐巳「え? ……キャーッ! 手鏡でスカートの中のぞかないで! もう、真面目にしてよ」
よしの「わ、わかりました」
祐巳「お姉さまのご機嫌(と私の好感度)のためなんだから! 全力でやらないと」
よしの「ゆみだけはガチ……」
江利子「二人とも、首尾はどう?」
祐巳「それが、なかなか毛虫が見つからなくて」
江利子「そりゃあ、そんな足元探したっていないわよ。いい? まずこうやって木を蹴って――」
ドゴッ! バラバラバラ……。
祐巳「ひゃあっ! いっぱい落ちてきた……!」
よしの「けむしのあめだー!」
江利子「やつらは木の上にいるからね。思いきり強く蹴るのがコツよ」
祐巳「はい。やってみます」
祐巳「えーいっ!」
ガッ! ……ポロッ。
祐巳「わ、やった! 一匹落ちてきました」
江利子「おー、おめでとう。白い毛虫ね。桜の木につくポピュラーな種類」
祐巳「どうやって拾えばいいんですか?」
江利子「軍手をはめて、つぶさないようにそっと持って。捕ったら虫カゴか袋に入れてね」
よしの「いいなー。ゆみいいなー」
祐巳「えへへ、お先に。あ、間近で見ると案外かわいいかも」
よしの「おーし、よしのもとるぞー!」
よしの「てきはそこかー! おりゃー!」
ポコッ。
よしの「なんのー!」
ペチッ。
よしの「どっせーい!」
カッ。
よしの「……。ううう……ぜんぜんおちてこない……」
江利子「うーん、よしのちゃんは蹴る力が弱いから難しいかな」
よしの「みんなたかいところいってでてこない! ひきょー! ひきょーものー!」
江利子「まいったわね……。よし! こうなったら必殺技よ」
祐巳「……スカイラブハリケーン?」
江利子「そう。私が足でよしのちゃんを高く飛ばして、よしのちゃんが木の上の毛虫を直接キャッチするの」
祐巳「そ、それって大丈夫なんですか?! おもにネタ的に」
よしの「やる! ガッツつかうけどやる!」
祐巳「よしのさんも、そんなこと言ったら危険だって! おもにネタ的に」
よしの「しんぱいするな! けむしはともだち!」
祐巳「あわーー! それ完全にアウトだよー! おもに(略)」
江利子「それじゃいくわよ……? よしのちゃん!」
よしの「でこちん!」
江利子「合体! スカイラブハリケーン!!」
バシュッ! ……パシッ。
よしの「とったあああ!」
祐巳「やったー! 島津くんがゴールを守ったぞ!」
江利子「……祐巳ちゃんが一番アウトだと思うんだけど」
祐巳「わーっ! よしのさんの手が変な色の液体まみれ!」
江利子「あらら。毛虫を捕まえるとき握りつぶしちゃったのね」
よしの「でもいっぴきいきてる!」
江利子「これは……毛虫じゃなくて芋虫だわ。緑色の大きいの」
よしの「いもむし?」
江利子「珍しい、こんなところにいるなんて。今日はそれが一番レア物ね」
よしの「わーい!」
江利子「さて、もう十分捕れたかしら」
祐巳「はい。薔薇の館に戻って報告しましょう!」
祥子「二人とも遅かったのね。黄薔薇さままでご一緒で」
よしの「おねーさま! けむしとったぞ!」
祥子「えっ、お姉さまって私のこと?」
よしの「うん! さちこおねーさま!」
祐巳「ち、違うよ!(嫉妬) 祥子さまは私のお姉さま。よしのさんが『お姉さま』って言ったら、普通は令さまを指すんじゃないの?」
よしの「? んあ……?」
祐巳「あれ? 通じてない? だからね、よしのさんのお姉さまは」
江利子「無駄よ祐巳ちゃん。よしのちゃんは頭の弱い子だから、自分のお姉さまが誰かわかっていないの」
祐巳「ええ?! ご、ごめんなさい! 私、あの……」
祥子「もう、祐巳ったら真に受けないでちょうだい。黄薔薇さまも黄薔薇さまです。祐巳にでたらめ吹き込まないでくださいませんこと?」
江利子「……でたらめって何が?」
祥子「あれ? じゃ、じゃあ本当に?! ご、ごめんなさい!」
よしの「?」
江利子「なんだかなー。私ってそんなに信用ないかしら」
祥子「それで? 毛虫がどうかして?」
祐巳「はい。私たち、中庭の桜についた毛虫を集めてきたんです。その……お、お姉さまのために」
祥子「まあ、私の苦手な毛虫を? それは助かるわ。頑張ったのね、祐巳」
江利子「よかったじゃない祐巳ちゃん。祥子に喜んでもらえて」
祐巳「は、はい! えへへ……」
よしの「たくさんとれたぞ! みろ!(カパッ)」
江利子・祐巳「あ」
ボタボタボタッ。うじゃうじゃ……。
祥子「ひっ――――!!」
祐巳「よ、よしのさん! ここで開けたらだめだって!」
江利子「大漁大漁。私にかかればざっとこんなものよ」
よしの「たいりょうおどりだー!」
祥子「あわ、あわ、あわわわ……」
蓉子「ちょっと、何の騒ぎ? って……、うわあっ!! 何この数!」
よしの「どーだ! おそれいったか?」
蓉子「恐れおののくに決まってるでしょう! 誰がこんなに捕まえてきたの!」
江利子「よ、よしのちゃんよ。私は何度も止めたんだけど……」
うじゃうじゃ……うにょうにょ……。
蓉子「ううう……。ええーい、こんなものこうしてくれるっ!」
祐巳「って、それ消火器?! だ、だめです紅薔薇さま!」
蓉子「離して祐巳ちゃん! こいつら全部まとめて消してやるわ! ホーッホッホッホッ!!」
祐巳「消火器じゃ死にませんって! どうか気を鎮めてください!」
江利子「え、えーと……。なんだか大変なことになってきたわね」
よしの「あ、つかまった。みろ! よしのがとったいもむし!」
祥子「ひいいい! ちっ近づけないでえええ!」
よしの「さちこ、どーだ? うれしいか?!」
祥子「!! …………」
よしの「あれ、どーしたさちこ? くちからあわだして。あわおどりか? そんなにうれしいか? やったー!」
よしの「でな、でな? よしのがいもむしとった! ぶちゅっ! ぐちゃって!」
令「い、芋虫……。しかもそのグロい効果音は何……」
よしの「そんでー、ばらのやかたにみせにいってー。さちこもおーよろこびで、ゆみもフラグゲット! そんでまたけむしとりやって、さいごでこちんがすてにいったー。おわり」
令「…………」
よしの「れーちゃんどーした? カレーたべないのか?」
令「……」
よしの「うでにぶつぶつできてるぞ?」
令「食事中にそんな話聞かせないでよ……。気分悪くなってくる……」
よしの「なんでだー? すげーたのしかったのにか?」
令「よしのはね」
よしの「れーちゃん! おかわり!」
令「……私もう食欲ないから、これ食べていいよ……」