[よしのと!] よしのとおんしつ

令「よしのー、早くしないと置いていくよ」
祥子「令。よかった、まだ薔薇の館にいたのね」
令「ああ、祥子。これからよしのと帰るところだけど……何か?」
祥子「前に話していた例のものを持ってきたの。はいこれ」
令「これは……『おねえさまスイッチ』!」
祥子「ええ。その文字が書かれたボタンを一つずつ押しながら、してほしいポーズを指示するの」
令「これでお姉さまを意のままに動かせるのね? ありがとう祥子!」
祥子「さあ、それはどうかしら。私のお姉さまは思いの外のってくださったけれど、黄薔薇さまに通用する保証はないわよ」
令「そ、それもそうね。こんなの使って返り討ちにあったら……。機を見て試してみるわ」
祥子「そうなさい」
よしの「おまたせた!」
祥子「よしのちゃん、令と一緒に帰るんですってね」
よしの「うん! これからデートだ!」
祥子「まあ、仲がいいのね。どこに行くの?」
よしの「あっちにおはながいっぱいのいえがあるってれーちゃんいってた。……いんしつ!」
祥子「温室ね、温室」
令「よしのがまだ温室見たことないって言うから、連れて行こうと思って」
祥子「そうなの。……安いデートだこと」
よしの「それでは、おんしつにしゅっぱーつ!」
令「よしの、そっちじゃない。温室はこっち……ってだから待ってってば」
祥子「はあ。何ともまとまりのない姉妹ね」

 

よしの「れーちゃん、ちゃんとみちしってるか?」
令「当たりまえじゃない。一年以上も高等部に通っているんだから」
よしの「まいごになるなよ? なくなよ?」
令「ならないから。泣かないし。なんたって、私には剣道で鍛えた武の精神が」
?「フギャーッ!」
令「うわぁ! し……心臓止まるかと思った。なんだ、メリーさんじゃない」
よしの「めりーさん? このねこか?」
令「そう。リリアンにずっと住みついている野良なの。あ、祐巳ちゃんたちの学年はランチって呼んでいたかな」
よしの「ばっちーねこだ! よしのがシャンプーしてやる! ちょあー!」
令「洗わなくていいから。水なんか嫌がると思うし」
ランチ「ニャー、ニャー」
よしの「なんだ? れーちゃんによってきたぞ?」
令「どうしたのかな。……あっ! ここケガしてる。こっちにも傷跡が。きっとカラスにつつかれたのね。痛かっただろうな……かわいそうに、うっうっ」
よしの「な、ないてる! まじなきだ!」

 

よしの「あ、よしのこれしってる! えっと、さくらだ!」
令「そうよ、正解。今年も中庭の桜がきれいね」
よしの「きれいなー。あくとうじゃなかったなー」
令「悪党……? でも、花が終わったら毛虫が出るから注意しないと」
よしの「けむしゲットだぜ!」
令「むしろ望んでる?! い、いや、どっちにしてもまだ出る時期じゃないから」
よしの「そっかー。まつりのときまたこよーな!」
令「いや、一般的には祭りとは言わないと思うけど……」

よしの「のみものやさん」
令「……ミルクホールね。どうしたの、のど渇いた?」
よしの「んー。のどよりもこころにうるおいほしいかな」
令「また難しいこと言って。……って、それ私がいるだけじゃだめってこと?! ねえ?」
よしの「けんたいきかもなー」
令「よしのーーー!」

 

令「ここが温室よ。高等部には温室がふたつあるけど、こっちは古いほう」
よしの「こ、これが……なんかすげー……」
令「どう? こんなに素敵な温室、よしの初めてでしょ」
よしの「しょぼいなーおい!」
令「!! ちょっ、しょぼいとか言っちゃだめよ! 確かに今は管理されていないけど……」
よしの「くにがつくったのか?!」
令「いや、リリアンは私立だけど……?」
よしの「じゃあ、がくえんちょーでてこい! がくひかえせ!」
令「そんな無茶な……。あまり学籍が危なくなるようなこと言わないで」
よしの「はんたいはんたい、ぜったいはんたい! けんせつはんたい!」
令「建設って……。というか、学園の施設ひとつにこんなに文句言う生徒初めて見たよ」

 

よしの「おはながいっぱいあるぞ! もー! もー!」
令「外見は古いかもしれないけど、中は結構なものよ。……って、よしの? 入ったばかりなのにどうして外に出るの?」
 バタンッ。……ガチャ。
令「えっ、なんでドア閉めるの? おまけに鍵まで。そんなことしたら私が出られないでしょ」
よしの「みっしつさつじんー」
令「殺人って、私殺されちゃうの? ちょっ、よしの開けて! 出しなさーい!」
よしの「きゃははは!」

令「……ふう。もう、変な意地悪しないでよね」
よしの「どーだったれーちゃん? みっしつプレイはもえたか?」
令「今のプレイだったのー?! ……うん、少し興奮したかも……ってそうじゃなくて」
よしの「やっぱりからだはしょーじきだなー」
令「だから……。それよりよしの、せっかく温室に来たんだから草花を見ようよ」
よしの「あっちみにいくー」
令「いいよ。花のことなら、私が何でも教えてあげるから」
よしの「なんだこれ! なんだこれ! なんだこれ!」
令「えーと、これがザクロで、こっちがクチナシで、あとそれがサツキ」
よしの「……。なまえなんかどーだっていいや」
令「なにぃ! 自分で聞いておいてそれはないよ……」

 

令「こうして見ると、雑草が目立つなあ。やっぱり定期的に手入れしないと。……ん?」
よしの「れーちゃーん!(ガラガラガラ)」
令「ひぎっ!」
よしの「あぶなかったー。かんいっぱつだった!」
令「いたたた……。いや、間一髪どころかアキレス腱にもろヒットしてるから……うぐっ」
よしの「じ、じこったか? じんしんじこか?」
令「もう、リアカー持って突進してきちゃだめじゃない」
よしの「あー」
令「花は静かに観賞しないと」
よしの「うん!」

 

よしの「ギャーッ!」
令「ど、どうしたのよしの?! いきなり大声出して」
よしの「あ、あっちにこわいのが!」
令「怖いの? どれ?」

よしの「……あいつ。とげとげがいっぱいでてる」
令「へっ? ひょっとして、このバラの木のこと?」
よしの「ばら……ばらなのか、これ?」
令「ロサ・キネンシスよ。四季咲きだからいつでも花が綺麗でいいなあ」
よしの「ろさきねん……? よーこか?」
令「ああ、そうね。蓉子さまの通り名にもなっているロサ・キネンシスっていうのは、このコウシンバラのことなの」
よしの「ほー。じゃあきいろ、きいろは?」
令「ロサ・フェティダはこれ。でも花は、この季節はまだ咲かないの」
よしの「なんだー。でこちんしょぼいな!」
令「い、いや、べつに花が薔薇さまの力関係を表しているわけじゃ」
よしの「れーちゃん、ここなんかついてる。まるいの」
令「あっ、本当だ。ロサ・フェティダにつぼみがついてる。かわいいな」
よしの「つぼみって、れーちゃんのことか?」
令「うん。お姉さまの後を引き継いで生徒会役員になるから、薔薇さまの妹はつぼみって呼ばれているの」
よしの「すっげー! ばらさまかよー」
令「まだ選挙があるけど。でも例年通りならつぼみが次期薔薇さまね」
よしの「そうしたら、れーちゃんとよしのでリリアンのてんかだな!」
令「いや、よしのは再来年だし。ていうか天下はもうわかったから……」

 

よしの「おもしろかったな!」
令「よしのはほとんど遊んでいたような……。そうだ、ミルクホール寄っていこう」
よしの「いこー!」
令「温室の中は温かかったから、のど渇いたでしょ。何が飲みたい?」
よしの「んー、りんごジュース」
令「りんごジュースね。……はいどうぞ。どう? おいしい?」
よしの「うん!」
令「ねえ、よしの。これ飲み終わったら家に帰って……」
よしの「あーかーいーりんーごーにー、くちびーるよーせーてー♪」
令「! なっ、なんでいきなり歌いだすの? しかもそんな昔の曲……」
静「そこのお嬢さん? 素敵な歌声ね。うちの合唱部に入らない?」
令「しかもなんかスカウトされてるしー!」
よしの「じむしょをとおしてください!」
令「事務所って! すでにタレントなの?!」

 

よしの「ゲリラライブだいせーこー!」
令「あれライブだったんだ……。でもすごいじゃない。リリアンの歌姫の静さんに認められるなんて、信じられないことよ」
よしの「しんっじーられなっいー、ことばっかーりーあるっのー♪」
令「またそれ年代物の歌だし。古い温室のことあんなに文句言っていたのに、よしのだって十分古くさいんじゃ……」

 

よしの「れーちゃん、なかにわいこーぜ!」
令「ええっ、どうして? 今日はもう遅いし、早く帰ろうよ」
よしの「またさくらみる! ことしのみおさめだ」
令「うーん……そう言われると、花が散る前にもう一度見ておきたい気はするけど。でも私は」
よしの「よーいどん!」
令「なにぃ?!」

 ダダダダダダダダ……。
令「だあーーっ!」
よしの「まけたー」
令「ゼハー、ゼハー、ゼハー、ゼハー……。ど、どう? 私のこと見直した……?」
よしの「やっぱりれーちゃんはすげー!」
令「と……当然よ。これでも剣道で鍛えた強靭な……ゼハー、ゼハー……」
よしの「れーちゃんはみえっぱりだなー。……あ! さくらがおちてきた」
令「本当だ、もう花びらが散り始めてる。こういうのも風情があっていいなあ」
よしの「このさくらふぶきがめにはいらぬか!」
令「お奉行さま?」
よしの「あー。さくらみてたら、なんかおなかすいてきた」
令「……私にはその関連性がよくわからないけど」
よしの「さくらもちたべたいなー」
令「花より団子ってこと?! わかったわ、今度作ってあげるから。だから今日はもう帰ろう」
よしの「いきてかえれたらな?」
令「――え?」

 

よしの「れーちゃんは、なんではやくかえりたかったんだ?」
令「ああ、あのね。さっき温室で密室プレイしたでしょ。それでその……ちょっと体に火がついちゃって、もう我慢できないの」
よしの「ほー。……れーちゃんはどえむだな?」
令「だからその……、家に帰って、よしのに火照りをしずめてもらいたいなって……」
よしの「だめー。こんやはおあずけー」
令「そんなぁ! じゃ、じゃあこうしよう。私が一人でするから、よしのはそれをずっと見てて。ずっとよ?」
よしの「……。れーちゃんはどへんたいだな?」

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