[よしのと!] よしのと花器

聖「んー……」
祥子「まあ珍しい。白薔薇さまがそんな難しい顔して企画書をお読みになるなんて」
聖「いちいち気に障る言いかたね……。ところで、この企画のことなんだけど」
祥子「ああ、山百合会の次の行事の。何でしょうか」
聖「もう日が近いけど、使う備品って準備できてるの?」
祥子「いいえ。まだですが」
聖「じゃあ……今日中にやっといて」
祥子「またそんな急な……。わかりましたわ。薔薇の館で人を集めてきます」
聖「うんよろしく。ついでにお願いがあるんだけど……祐巳ちゃんちょうだい♪」
祥子「何のついでですか! 祐巳は私の妹です」
聖「まーまーさっちゃーん、堅いこと言うなよー」
祥子「堅いことじゃありません。早くご自分の妹をお持ちになったらどうですか」
聖「おー、耳の痛いこと言うこと。その気難しい性格が、祐巳ちゃんと接する中でどう変わっていくか楽しみね」
祥子「なっ! よ、よけいなお世話です!」
聖「ああ、祐巳ちゃんはかわいいなあ。祥子が山百合会に入ってくれて正解だったわ」
祥子「どう考えても、私に対するほめ言葉には聞こえませんが……」
聖「そんなことないって。でも、蓉子は失敗」
祥子「お姉さまが? な、なぜです?」
聖「だって蓉子、……陰で私の栞食ってたのよ? 許せないわ」
祥子「なにーっ! 本当なんですか?! 洒落になりませんってそれ?!」
聖「いや冗談だけどね」
祥子「!!」
聖「ははは、祥子もからかいがいがあって面白い。一粒で二度おいしい姉妹。ありがとう、合掌」
祥子「あの、だからここカトリックの学校……」

 

よしの「れーちゃん! いいことしよーぜ!」
令「いっ、いきなり何てこと言うの。だめよ、ここは薔薇の館なんだから。……いや、薔薇の館じゃなければオーケーっていう意味じゃないけど」
よしの「なんでだー? むしろスリルあってもえるぞ?」
令「また変なこと覚えてきて……。と、とにかくだめなものはだめ」
よしの「なんだー、れーちゃんはかたぶつだなー。いしべきんきちになまえかえろ!」
令「石部金吉……。って何してるの?! どうして私のタイを引っぱるの?」
よしの「ほどくー」
令「だから! なんでほどくのよ。ねえちょっと、本当やめて、お願いだから……(シュルッ)」
よしの「おー! いましゅるるっていった! むなもとはだけた!」
令「もう、よしのはいつも人の話聞かないんだから。って、その顔……まだ何かする気?!」
よしの「へっへっへ、よいではないかよいではないか」
令「あーれぇー」

 

 ギッ、ギッ、ギッ……。
令「……って、ストップストップ! 人が来るからストップ」
よしの「なんだ? なんのおとだ?」
令「階段がきしむ音ね。誰かが二階に上がってくるみたい」
よしの「このいえぼろっちーなー」
令「そ、そうね。誰だろう……あ、お姉さまかも。たしか今日来るって言っていたから」
よしの「でこちんか! それじゃよしのがでむかえする!」
令「うん。頼むわね」
よしの「おでこのヘアバンドでー、でこでこ、でこりーん!」
祥子「……? でこりーん?」
よしの「あれ、ちがったー」
祥子「え、違う?」
よしの「れーちゃん! さちこだった!」
令「あ、祥子か。ごきげんよう」
祥子「ごきげんよう、二人とも。……って、令その格好……」
令「……」
祥子「……」
令「……私は服着たほうがいいよね?」
祥子「当たり前でしょ!! なんで半裸になってるの!! 今まで二人でここで何していたのよ?!」
よしの「よいではないかごっこー」
祥子「これのどこが『ごっこ』なの。もう本番に突入しかかってるじゃない……」
よしの「れーちゃんはいつもおとめちっくパンツだ! さちこもみならえ!」
祥子「ほっといてちょうだい!」

 

祥子「――次の行事で使う備品を、今日中に調達しないといけないの」
令「わかった、手分けして集めよう。何があるの?」
祥子「ええっと、この企画書見て。ここのリストの……」
よしの「さちこ! タイみせれ!」
祥子「え、タイ? タイがどうかして?」
よしの「えいっ!(シュルルッ)」
祥子「きゃあ!」
令「よしのっ! こら、だめじゃない、いきなり祥子のタイほどいて! 私というものがありながら、どうして他のお姉さまに手を出すの!」
祥子「……怒るポイントが絶対違う気がする……」
令「そ、そうかな? それで、あと何が揃っていないの」
祥子「まず立て看板。これはたしか、美術部に製作を依頼してあるわね」
令「うん。それと、花器」
よしの「かき?」
令「ああ、花を入れるのに使う、大きな火鉢みたいな器のこと」
祥子「花器は華道部ね。どうしましょう。令とよしのちゃんの二人で運べるかしら」
 ギシ、ギシ……。
令「また誰か上がってくる」
よしの「こんどこそでこちんだ!」

江利子「ごきげんうるわしゅうー。蓉子捜したけど見つからなかったわ」
祥子「なっ……おでこでか!」
江利子「!」
令「あわわわ……、祥子までなんてことを」
祥子「っと、これは失礼いたしました。いつ見ても驚くほど広々としていらっしゃるもので」
江利子「ほう……あなたも言うようになったじゃない。口の悪さは蓉子に似てきたわね」
祥子「きっと嫌味な誰かさんのご指導のたまものですわ。ほほほ」
よしの「すげえー、みえないひばなだ! じゅくじょバトルだ」
江利子「……あら? ところで令、どうして着衣が乱れていないのかしら?」
令「え。それはどういうことでしょうか」
江利子「よしのちゃんと二人きりにしておけば勝手におっぱじめるだろうと思って、わざと時間遅らせて来たっていうのに」
令「おっぱじめるって……」
江利子「まさか……祥子がインターセプトしたんじゃないでしょうね?!」
祥子「止めるに決まっているでしょう……。薔薇の館をいったい何だと思って」
江利子「ばか祥子ー! このアンポンタン!」
祥子「どうして私がばかなんです!」
江利子「令! 本当のところどうなの? 祥子に邪魔されたの?!」
令「ま、まあ邪魔というか……危機を救われたというか……」
江利子「キーッ、せっかくの面白チャンスを! 祥子もう死刑確定即日執行! そこに直りなさい!」
祥子「まあ……! 幼少からありとあらゆる習い事をマスターしてきた私に敵うとでも? 受けて立ちましてよ!」
よしの「どっちもがんばれーー!」
令「……なにこの展開」

祥子「まずは書道で勝負!」
江利子「ちょっ! 祥子それ反則……」

 

よしの「でこちんだ!」
江利子「でこちんです。よろしく」
よしの「さちこだ!」
祥子「小笠原祥子です……なぜ自己紹介?」
令「っていうかお姉さま、今ご自分で『でこちん』って! 私のお姉さまが……お姉さまが……」
江利子「祥子、あなたよしのちゃんとすっかり仲良しみたいね」
祥子「は、はあ。一方的に構われているだけのような気がしますが」
江利子「でかしたわ、よしのちゃん。もっと祥子のこといじくっていいからね」
祥子「黄薔薇さまの差し金ですか……!」
よしの「うん! まかせろ!(ピラッ)」
祥子「キャッ! ……あなたも! 勝手に人のスカートめくるとかじゃなく!」
江利子「まあそれはともかく。華道部には私と令で行ってくるわ」
令「ああ、そうですね。よしのはまだ新入生だし、体も弱いから。そうしていただけると助かります」
よしの「よしのもいくー!」
祥子「そうね、一緒にお行きなさい。まずは部室の場所を覚えてきたらいいわ。では私は美術室に」

 

江利子「あれれ。どうして聖が茶室にいるの」
聖「ん? ……うわっ、おでこでか!」
江利子「何よ、わざとらしいわね。あなたこそ日本人離れした顔して」
聖「ああ、その話だけど。何代か前の先祖にモンゴロイドじゃない人がいたらしい」
江利子「まあ。そうだったの」
令「あの、白薔薇さま。どうしてこちらに?」
聖「どうしてって? 華道部に花器を借りにきたんだよーん」
令「あれ、おかしいですね。祥子の指示と食い違っているようですが」
江利子「もう、聖が勝手に動くからよ。きちんと指揮しなさいよ」
聖「だって、そんなのいつも蓉子がしてくれるじゃない。今日に限ってどこ行ったの」
江利子「さあ、私もわからない」
よしの「よしのもわかりません! でこちんとひきわけ! イエーイ!」
聖「え……? あ、ひょっとして、この子がよしのちゃん?」
よしの「そうです!」

聖「ごきげんよう、かわいい子羊ちゃん。ちゃんとした挨拶は今日が初めてね。佐藤聖です」
よしの「せい! せいってあれか? せいせいせいー、ってやつか?!」
聖「いや……そういうネタはやめたほうがいいと思う。賞味期限長くなさそうだし」
よしの「だめかー。せいはおわらいにきびしーな」
聖「それなりにね。これくらいの知識だったら、またいつでも教えてあげるよ」
よしの「れーちゃん! いつでもおしえてくれるって!」
令「よかったね。お礼言いなさい」
よしの「せいのはつこい、よしのにください!」
令「!!」
聖「……YES! 誰が何を言ってもYES! よしよし、それじゃお姉さんといーとこ行こうねー」
よしの「わーい!」
令「あっ、ちょっ! 白薔薇さま! よしのをどこに連れて行くおつもりですか?!」
江利子「……さて、あとは若い二人にまかせてっと」
令「まかせられませんって! 二人きりにしたらよしのが何されるか……」
江利子「大丈夫よ、何も起こらないから。磁石のSとSは反発しあうでしょ? それと同じ」
令「ああ……い、いやその……」
江利子「それよりも! この花器をさっさと薔薇の館まで運んでしまいましょう」

 

江利子「……とは言ったものの、令と二人で持つとバランス悪いわね……」
令「大丈夫ですか? 少し休憩しましょうか」
江利子「心配ご無用。まだいけるわ」
蓉子「二人とも、ここにいたのね」
令「あ、紅薔薇さま。今までどちらに……ん?」
蓉子「おでこでか!」
江利子「蓉子まで……。怒る気力もないけど」
蓉子「むしろてか!」
江利子「な……なんですってー?! てかってるってこと? ねえ、それっててかってるってこと?! しかたないでしょ、重い物運んでるんだから額にうっすらと汗もかくわよ! クケーーッ!!」
令「お姉さまがご乱心なさったー!」
蓉子「わわっ、江利子ちょっと落ち着いて! どうどう」
江利子「……はっ! いけないいけない、取り乱したわ。私、何か変なこと言った?」
蓉子「え? い、いいえ? 人手は足りているみたいだから、私は先に薔薇の館に戻るわね」
江利子「そんな、これ運ぶの代わってくれても……。もう、いったい何しに来たのかしら」
よしの「ただいま!」
令「よ、よしの! 無事だったのね、よかった」
江利子「あら、よしのちゃん聖は? 一緒じゃないの?」
よしの「さきにかえるっていってたー」
江利子「聖まで……。まったく自分勝手なんだから」

 

令「お姉さま、あと少しで薔薇の館です」
江利子「え、ええ。もう一息頑張りましょう」
祐巳「黄薔薇さまー、令さまー! 遅くなって申しわけありません!」
よしの「おー、ゆみ!」
江利子「いいわよ。もう着くから二人で運ぶし」
祐巳「はっ、はい、すみません……って……、おでこでか! むしろてか!」
令「いきなりダブルで言っちゃったーーー!」
江利子「ほう……祐巳ちゃん? そんなあなたには、ていっ! デコフラッシュ!」
祐巳「わっ! ま、まぶしい……!」
よしの「ゆみー! はやく! はやくカガミかかげて!」
祐巳「か、鏡って何?」

祐巳「お姉さまー! お姉さま大変です! 黄薔薇さまの……」
祥子「ああ、祐巳も見たの?」
祥子「でこりーん」 蓉子「てかてかおでこ」 聖「モンゴロイド」
蓉子「……何よモンゴロイドって」
聖「あ、これは私の先祖の話か」
祐巳「おまけにデコフラッシュくらいました」
祥子・蓉子・聖「デコフラッシュ?」

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