[松岡ミウの憂鬱] 松岡ミウの憂鬱II

伸恵「……。よぉ」
千佳「いらっしゃい、おねえちゃん」
伸恵「…今日でよかったのか?」
千佳「うん」
伸恵「ひょっとして、毎晩待ってたとか?」
千佳「うん」
伸恵「ほかのやつがいるとできない話でもあんのか?」
千佳「うん」
伸恵「…っつーかさぁ、なんであんな回りくどい呼び出しかたにしたんだ…。モンスターチームの名前が『よる9じへやにきて』に変えられてるとかありえねぇ」
千佳「…クッキー焼いたんだけど。食べてよ」
伸恵「ああ…食うけどさ。ちぃはホントにお菓子作んの好きだな」
千佳「おいしい?」
伸恵「ん? ああ、うまいけど」
千佳「…おねえちゃんに話しておきたいことがあるの。みっちゃんは普通の人間じゃない」

伸恵「はぁ? んなのとっくにわかりきったことだろ」
千佳「そういう意味じゃなくて…! そりゃヘンな性格だし学校でも浮いてるけどそうじゃなくって…、みっちゃんは言葉どおりの意味で、ほかの大部分の人と同じとかって言えないの」
伸恵「何だそりゃ…?」
千佳「忍者って知ってるでしょ? 戦国時代とかに、歴史の影で活躍した人たちのこと」
伸恵「……」
千佳「でも日本は近代化してって役目もなくなって、だんだん勢力がすたれていったの」
伸恵「……」
千佳「そんな中、現代の世に突然、忍者の一族でも何でもないのに次々に忍法を使う人が現れたんだ。屋根から屋根へと飛び移る…まさに現代の忍法。それが、みっちゃん」
伸恵「……」
千佳「みっちゃんの忍法は、忍者たちの想像をはるかに超えてた。自分たちがついに成し遂げられなかった勢力復興、その可能性を秘めてるんじゃ…って考えた。それで、一族の末裔をみっちゃんの近くに送って調査させることにしたの。それがあたし」
伸恵「……」
千佳「みっちゃんはどんなムチャクチャなことでも忍法で現実にしちゃうとんでもない力を持ってる。それが、あたしがここにいる理由。おねえちゃんがここにいる理由」

伸恵「待て待て待て…!」
千佳「…え?」
伸恵「さっぱり意味わかんねぇ。だいたい、ちぃがその…忍者の末裔だとしたら、あたしは何なんだ?」
千佳「え…なんだろ? おねえちゃん…」
伸恵「もっとなんか言えよ…」
千佳「それじゃー、おねえちゃんはあたしのこと何だと思ってたの?」
伸恵「何だろ…うーん、…いもうと」
千佳「そっちこそなんか言いなさいよ…」
伸恵「いや…仮に今の話が本当だとして、なんであたしにそんなこと言うんだ?」
千佳「おねえちゃんがみっちゃんに選ばれたから。…みっちゃんの行動は一見デタラメだけど、実はちゃんと意味がある」
伸恵「ねえよ…」
千佳「ある。…思い出してみて? みっちゃん、おねえちゃんが見てる前でしか忍者ごっこしないっしょ?」
伸恵「…つーか今『ごっこ』って言っちゃったじゃんか」
千佳「おねえちゃんはすべての鍵。おねえちゃんがみっちゃんにバイト先バレたのも必ず理由がある。危険が迫るとしたら、まず常連のおじいさんなんだから」
伸恵「…つきあってらんねー。RPGのやりすぎなんだよ、おまえ。…じゃあな」

 

美羽「マジ、デートじゃないんだかんね! 遊んでたらチューしてやる! アナちゃんに!」
アナ「なんでわたしなんですかっ?!」
美羽「間違えた…コッポラちゃんに」
アナ「ちょっとー! その名前で呼ばないでって何度言ったらわかるんですか…!」
美羽「ごめんね」
アナ「えっ? いえ…」
美羽「ごぬんね」
伸恵「謝ってんのかそれは…?」
千佳「…はいはい、二人とも行くならちゃっちゃと行こう?」
伸恵「はぁ…。相変わらずムチャクチャ言うな、美羽のヤローは。つーか女同士でデートも何もねぇだろ…」
茉莉「ど、どうしようおねえちゃん…」
伸恵「あー、適当に時間つぶしてりゃいいんじゃない?」
茉莉「でもみうちゃんの指令が…」
伸恵「『街を歩いてスカウトマンに声かけられろ』なんて無理に決まってんでしょ。…茉莉ちゃん、どっか行きたい場所ある?」

茉莉「いい天気だね~。ぽかぽかして気持ちいい」
伸恵「あぁ…、絶好の散歩日和だね」
茉莉「あたし、こういうことめったにないからうれしいなぁ」
伸恵「こういうこと、って?」
茉莉「お…おねえちゃんみたいなかっこいい人と二人で歩くの…」
伸恵「そりゃあたしもうれしいけど…、でも意外なこと言うね。好きな男子とかいないのー?」
茉莉「いないよーっ! …あ、アナちゃんはラブレターいっぱいもらってるけど…」
伸恵「なにぃ! あたしのアナちゃんにちょっかい出すたぁいい度胸だ…」
茉莉「あはは…。…おねえちゃん。お話があるんだけど…」
伸恵「ん…何?」
茉莉「あたし…、この世界の人間じゃないの。ハリポテの世界から来ました」

茉莉「物語の本とか、絵本とか、本の中にはそれぞれ世界があって、現実の世界とおんなじようにいろんな人や動物さんがいて、思い思いに暮らしてるの」
伸恵「最初っからついてけねぇ…」
茉莉「ハリポテは魔法を使ってほかの世界に行けるんだけど、でもほかの世界にさわれるわけじゃなくて…。あたしは絵本のページに描かれたよけいな落書きみたいなもの」
伸恵「なにげにサラッとすごいこと言ってるけど…」
茉莉「えっとぉ…本を読んでるときのこと想像してみて? 本を開いて物語を読み始めたときだけ…その本の世界をのぞけるでしょ。けど、それはただのぞくだけ」
伸恵「うん、まあ…」
茉莉「そのはずだったんだけど…。ある日、本の世界が外側から書きかえられる事件が起きたの。最初の犠牲は『シンデレラ』。物語がゆがめられて、全然おかしな話にされちゃった…」
伸恵「だ…誰がそんなこと…」
茉莉「みうちゃん」
伸恵「…っ。まさかとは思ったが…」
茉莉「このままじゃ、絵本の世界だけじゃなくて、現実の世界も書きかえられちゃうかも…。だからあたしが…ハリポテの世界を飛び出して、みうちゃんを見張りに来たの」

伸恵「茉莉ちゃんがウソついてるとは思えないけど、でもいきなりそんな話信じろって言われても…。もし美羽のやつが本当にそんなことしたら、世の中はどうなんの?」
茉莉「ひええっ…ごめんね、それは秘密なの。でもきっと大変なことに…ううっ…」
伸恵「わ…わかったわかった。じゃあさ、なんであたしに話してくれたの?」
茉莉「ひええっ…」
伸恵「美羽に直接頼んでみたらいいんじゃない?」
茉莉「ひええっ…」
伸恵「茉莉ちゃんは、ちぃやアナちゃんが何者か知ってるん?」
茉莉「ひええっ…」
伸恵「……」
茉莉「ごめんね…おねえちゃん」
伸恵「いや…。じゃあ、こうしよっか? 信じるとか信じないとか、全部保留で」
茉莉「うんっ…! あたしとは今まで通りにお話してくれるとうれしいなぁ」
伸恵「もちろん! …茉莉ちゃん、最後にもう一個だけ質問」
茉莉「ん?」
伸恵「ジョンって茉莉ちゃんの使い魔?」
茉莉「ひええっ…!」

伸恵「…ん? 電話だ」
???『うえっへっへっ、おねえちゃんどんなパンツはいてんのー?』
伸恵「…なんだ美羽か。ひまなやつだな」
美羽『! チガウヨー、ミウジャナイヨー』
伸恵「…いやバレバレだっつうの」
美羽『ほんとは佐藤江梨子似です』
伸恵「似でもねぇよ。んで、何の用だ?」
美羽『いったん駅前に集合して! お昼食べて、また組分けしよー!』
伸恵「はいはい。…まだやんのかよ」

美羽「ぐあっ…」
伸恵「今度はあたしとちぃの組、残り三人の組か」
美羽「もー、おねえちゃん! 今度こそちゃんとスカウトされてよね! 人前で『殺すぞ』とか『へし折るぞ』とか言っちゃダメだよ?」
伸恵「あたし普段そんなこと言ってるか?! …おめえこそどうなんだ。成果あったのかよ」
美羽「うっ…」
伸恵「ならさっさとスカウトされに行ってこい。……。…ちぃ」
千佳「ん?」
伸恵「こないだの話、ちょっとだけ信じてやってもいいような気になってきたぞ」
千佳「…あっそ」

 

アナ「ごめんくださーい」
伸恵「おぅ、いらっしゃい。…茉莉ちゃんは?」
アナ「委員会で遅くなるそうですわ」
千佳「みっちゃんも今週から掃除当番で…、あっ、あたし何かお菓子作ってくるね…!」
伸恵「なんだ急に…? 変なやつだな」
アナ「…気をきかせてくれたのかしら?」
伸恵「……。もしかしたらアナちゃんも、美羽のことであたしに話があんじゃない?」
アナ「わたしも、と言うことは、すでに他のお二人から話は聞いてるんですね」
伸恵「マジかよオイ…」

アナ「本当はこんなに早く転校してくる予定ではなかったんですけれど、事情が変わったものですから」
伸恵「うわぁ…聞きたいような聞きたくないような…」
アナ「お二人からどこまで聞きました?」
伸恵「美羽がただの変人じゃないってことくらいは…」
アナ「それで十分ですわ。その通りですから」
伸恵「アナちゃんは何者? まさか…ベッカムとか言わないだろうね」
アナ「…よくおわかりになりましたね、おねえさま」
伸恵「ま、まあね…」
アナ「わたし自身もよくわからないんですけど、ある日突然、ベッカムとしか思えない能力が体に流れこんできて…それで英語を忘れかけてしまって」
伸恵「えっ?! ベッカムって英語バリバリじゃないの?!」
アナ「それからは思い悩む日々が続きました。イギリス人なのに、おみそ汁が好きになったり小津安二郎の映画ばかり見たり…」
伸恵「それ絶対ベッカム関係ないと思うけど…。でも、その話と美羽のやつがどうつながるんだ?」
アナ「はい。わたしは『クラブ』に所属しているんですけど、『クラブ』にいる全員が美羽さんの危険性を認識しています。何でも自分の思い通りに物事を進めようとする…」
伸恵「あー…、それは何となくわかる気がする」
アナ「そのような予測不可能な存在のことを、何と言うかご存じですか? わたしたちは『コンサドーレ札幌』と定義しています」
伸恵「…おい美羽、おまえとうとうコンサドーレ札幌にされちまったぞ。どうすんだ」

アナ「おねえさまは、どうしてわたしのようなミッドフィルダーや、それから千佳さんや茉莉さんのような人がこの世に現れたと思いますか?」
伸恵「え? さぁ…」
アナ「美羽さんがそう望んだからです」
伸恵「!」

 ――この中に忍者、ハリポテ、ミニストップ派、ベッカムがいたらあたしのところに来んしゃい。

アナ「美羽さんはそのワガママパワーで、忍者と、ハリポテと、ベッカムとが一同にコラボするおかしなアイドルグループを作ってしまいました。なぜだかわかりますか?」
伸恵「な、なんで…?」
アナ「おねえさまのせいです。おねえさまが美羽さんにアイドルになるよう吹き込んだから…」
伸恵「な…!」
アナ「おねえさま。どうか美羽さんが、アイドル業界に幻滅してしまわないようにしてくださいね」
伸恵「……。あ…アナちゃん? ベッカムだって言うんならなんか証拠見せてよ。たとえばフリーキックなのに空振るとかさ」
アナ「ごめんなさい…。そういうわかりやすい能力じゃないんです」
伸恵「じゃあロナウジーニョでいいから」
アナ「あの…ものまねか何かと勘違いしてませんか? いずれお見せする機会もあると思いますわ」

 

美羽「……」
伸恵「なんだ? 今日はやけに静かだな」
美羽「これくらいの腹痛わけないぷー…」
伸恵「ああ腹いてぇのか。…おい美羽、おまえ『員に備わるのみ』ってことわざ知ってっか?」
美羽「んあ…? それが何?」
伸恵「ボケる気力もなし、か。…ま、今は美羽がおとなしくしててくれたほうがこっちとしては助かるんだけど。どうすっかなぁ、この手紙…」

『あさって土曜日のPM 1:00
 浜松駅北口の前で待ってます
 1年4組 安田純也』

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