[松岡ミウの憂鬱] 松岡ミウの憂鬱III

???「…遅かったですね」
伸恵「……」
???「意外でしたか? 待ち合わせ場所に僕がいるなんて」
伸恵「意外もなにも…誰だてめぇ。少なくとも安田なんとかじゃねえな」
???「あ、広沢小5年2組の笹塚です」
伸恵「…そりゃ律儀にどーも。って、たしか茉莉ちゃんたちのクラスの…。あたしに何の用だ?」
笹塚「用もあるんですが…、その前に聞きたいことがありまして」
伸恵「…何だよ」
笹塚「担任の先生はよく『アナが読んだところだけ抜かして読め』って言うじゃないですか。これ、どう思います?」
伸恵「…そもそもてめえのクラスの担任なんか知らねーよ」
笹塚「それじゃあ…、アナさんが算数の問題解いたあと、どういうわけか僕が廊下に立たされるんです。これについては?」
伸恵「ていうかアナちゃんの悪口言うな!」
笹塚「いえ悪口なんか…。だったら、あなたを脅かして松岡美羽さんの出方を見ます」
伸恵「んなっ?! …危ねえっ、いきなりたてぶえで殴りかかってくんな…!」
笹塚「すみません、明日テストなのに学校に忘れてきちゃって」
伸恵「なに訳わかんねーこと言って…ん? 黒板? …ここ教室か?! 今まで駅前にいたのになんで?」

『音楽室に来い。さもなくば殺す』

伸恵「あたしを殺す?! ホワイ、なぜ?」
笹塚「バイトです」
伸恵「何のだよ! …いいから馬のお面かぶってねこふんじゃった弾くのやめろ! たとえ冗談だとしても十分怖いって!」
笹塚「それ無理です。…あなたの身に何かあれば、美羽さんは必ず行動を起こします。きっとバース級の特大ホームランが観測されるはず…」
伸恵「チッ…、おまえも美羽か。まったくどいつもこいつも…人気者だなあ美羽!」
笹塚「じゃあ、そろそろ理科室から人体模型的なもの持ってきてもらいましょうか…!」
伸恵「くっ…!」

笹塚「なっ!」
千佳「あなたはあたしの影武者のはず。独断専行は許可されてないでしょ」
伸恵「ち…ちぃ! …なんだ? ピアノが崩れてく…」
笹塚「ああ…僕の忍術が…」
千佳「…あなたのポジションはとてもおいしい。でも、一つひとつのツッコミが甘いよ。だからネタ振りに気づかない。廊下に立たされる」
笹塚「全然おいしくなんかないですっ…!」
伸恵「おい、ちぃ…」
千佳「だいじょうぶ。おねえちゃんはじっとしてて」
伸恵「あ…あぁ」
笹塚「その人を守りながら、どうやって戦うんですか?」
千佳「……。やあっ!!」

 ♪おっひるやっすみはわくわくウォッチン~

笹塚「うわっ! テレビがひとりでに…!」
伸恵「いやリモコン…。足で踏んでるし」
千佳「今だ…っ!」
笹塚「ひでぶ」
千佳「みねうちで安心だ」
伸恵「…なんだこれ? 最後まで意味わからんわ…」

笹塚「あーあ、これで自宅謹慎かぁ…。よかったですね、僕のせいにできて。どうか美羽さんとお幸せに…」
伸恵「き…消えた…。っつーか…ちぃ、おまえガチで…」
千佳「あーっ! おねえちゃん、やっぱり信じてなかったでしょー!」
伸恵「いやそりゃそうだろ…。…ん? どした?」
千佳「どうしよう…胸の再構成を忘れた」
伸恵「最初っからねえだろ…。ま、あたしは妹属性ないからどーでもいいけど」
千佳「妹属性って何…?」
伸恵「いや…、気にすんな」

 

美羽「大ニュース大ニュース! 5年の男子が夜の学校に忍びこんでいたずらして自宅謹慎になったんだって!」
伸恵「…へえ~、そ、そうなん…?」
美羽「なんでも、黒板に落書きしたり、音楽室でピアノ弾いたりしてたらしいよ? そんなんするやつサイテーだよね」
伸恵「誰もおまえにだけは言われたくないと思うけどな」
美羽「おねえちゃん! 今から調べにいこーよ! そいつがどんな悪さしたか」
伸恵「ええぇ…やだよー。なんであたしが広小行かなきゃなんないのさ」
千佳「…そうだよ。どうせ学年も違うんでしょ? ほっときなさいよ」
美羽「あっ、ちぃちゃん。…おっぱいどうしたの?」
千佳「元からなくて悪かったな…」
美羽「ウソだぁーっ。ちぃちゃんボインだったじゃん! ほら証拠のビデオ映像」
千佳「ちょっとーっ! こんなのいつ撮ったのよ!」
美羽「うん、夜中にちぃちゃんの部屋に忘れ物取りに来たついでにね…」
千佳「だからそれ犯罪だろ!!」

美羽「ちぇーっ、つまんないのー」
伸恵「いちいちぶーたれるなよ。美羽よぉ、何がそんな不満なんだ…?」
美羽「…おねえちゃん。おねえちゃんは、自分がこの世の中でどれだけちっぽけな存在か自覚したことある?」
伸恵「ハァ…? 何だそりゃ?」
美羽「あたしはある。…あたしは小学校に上がる前、よくおねしょしてた。おねしょするとお母さんに怒られるから、しちゃったときは屋根からコソッとおねえちゃん家に行って、ぬれたシーツとかパジャマとかおねえちゃん家の洗濯機に入れて、そんでかわりにちぃちゃんのパンツはいてた。洗面所にいたおねえちゃんやちぃちゃんによく怒鳴られたけどちっとも気にしなかった。そうすればあたしのおねしょは絶対バレないって思ってたから。最初ちぃちゃんがおねしょしたんじゃないかって疑われてたみたいだけどそれでもいいって思った。むしろおねえちゃんも疑われちゃえって思った。高学年にもなっておねしょなんて恥ずかしいーって笑われちゃえって思った。それであたしのおねしょがバレなくなるんならそれでよかった。それくらいあたしはお母さんに怒られるのがイヤだった。とにかくそれしか考えてなかった。だけどある日、うちとおねえちゃんとこのお母さん同士がしゃべってるのを偶然聞いたの。いつもごめんなさいねー、いえいえかまいませんよー、みたいな会話を。それで気づいちゃったんだ。ああ、おもっきしバレバレだったんだ、って。あたしが必死でおねしょを隠そうと努力してたことなんてさ、ほんとは全然意味なかったんだ。最初からぜーんぶ、まったく、なんの意味も。っていうかおねしょなんて小さいころはみんなするでしょ? それが当たり前じゃんか。しないほうがおかしくない? だっておねえちゃんもちぃちゃんもしてたでしょ? ていうか茉莉ちゃんなんてきっと今でもしてるよね? なんなら今度ビデオカメラ持って撮りに行ってもいいよ? それなのに、それなのにさぁ、なんであたしだけなの? おねしょしたら怒られて、それを隠そうとしたのがバレてまた怒られて、ってそんなのどう考えたって不公平じゃん。日本中の子どもがみんなおんなじようにおねしょしてるのに、それなのにこんな怒られてるのがあたしだけなのはなんで? なんでみんないっしょじゃないの? たかがパンツ借りただけでちぃちゃんにまで怒られるのはなんで?!」
伸恵「……。超どうでもいい上になげーよ…」
美羽「…もういい。帰る」
伸恵「あ…」

 

伸恵「ただいまーっと…うおぅ!!」
茉莉(うさぎ)「あっ…おねえちゃん!」
伸恵「えっ…、ま…茉莉ちゃん?」
茉莉(うさぎ)「…会いたかったぁ。おねえちゃん…」
伸恵「いや毎日会ってんじゃん…。というかどうしたの? そんな着ぐるみなんか着て。…いやかわいいけど」
茉莉(うさぎ)「…えへへ。あたしはおねえちゃんの知ってる桜木茉莉よりさらに別の世界…『うさぎとかめ』の絵本から来ました」
伸恵「なっ…?! えっ…じゃあ、うさぎの着ぐるみじゃなくて、本物のうさぎってこと…?」
茉莉(うさぎ)「そうだピョン!」
伸恵「……(ちゅどーん)」
茉莉(うさぎ)「…おねえちゃーん? どうしたピョン? …もしもーし?」
伸恵「うへへ…もう何だっていいや…」
茉莉(うさぎ)「あーっ、おねえちゃん信じてないでしょ…? ほんとにうさぎだよぉ。ほら、おしりにしっぽもついてるもん。つけしっぽじゃないよ。さわってみる?」
伸恵「特盛りっ…!」

茉莉(うさぎ)「おねえちゃん…、『記憶のメモリー』ってお話、知ってる…?」
伸恵「…ああ。内容はサッパリだけど、変なことやらされた覚えならね…」
茉莉(うさぎ)「…おねえちゃんはこれから、大きな事件に巻きこまれることになってるの。そのときに思い出して」
伸恵「それが『記憶のメモリー』…? 事件ならこないだあったばっかだけど…」
茉莉(うさぎ)「それじゃないよぉ。これから起きるほうは、おねえちゃんの近くにみうちゃんがいるはずだから」
伸恵「美羽が? あたしと美羽がいっしょに事件に巻きこまれんの…?」
茉莉(うさぎ)「…詳しいことは教えられないから、せめてヒントだけでもって思って…」
伸恵「茉莉ちゃん…。何が起こるか知らんけど大丈夫だって。どうにかしてやるさ」
茉莉(うさぎ)「うんっ!」
伸恵「茉莉ちゃんは、他にはどれくらいいるの? どんなカッコしてんの?」
茉莉(うさぎ)「えーっと…、ワンちゃんの飼い主になったり…逆転してワンちゃんになったり…、スペンサーっていうネコさんがうちに来たり、ヤギさんにお手紙食べられたり…」
伸恵「……うへへへ」
茉莉(うさぎ)「?! ううーっ…あとは恥ずかしいから秘密っ」
伸恵「あはは…ごめんごめん」
茉莉(うさぎ)「…おねえちゃん。あたしのことはあんまりかわいがらないで…?」
伸恵「…え? な、なんでさ…」
茉莉(うさぎ)「ごめんね、もう行かないと…」
伸恵「…茉莉ちゃん!」
茉莉(うさぎ)「っ…」
伸恵「最後にこれだけ教えて。…茉莉ちゃんはやっぱりカメに負けたの?」
茉莉(うさぎ)「ひええーっ」

 

アナ「…こんばんは。おねえさま」
伸恵「アナちゃんじゃない。どうしたん? こんな時間に」
アナ「以前、わたしがベッカムなら証拠を見せなさいっておっしゃいましたよね。お見せする機会が来たものですから…」
伸恵「…そういやそうだったな」
アナ「おねえさま、夢占いという言葉をご存じですか?」
伸恵「ご存じだけど…説明しろって言われるとむずいかも」
アナ「ちなみに、おねえさまは最近どんな夢を…?」
伸恵「ああ、なんか夢の中でタバコの吸い殻を…って夢の話はどうでもよくない? 美羽がらみの話じゃなかったの?」
アナ「ええ、ですから…。『クラブ』は、この世界は美羽さんが見ている夢なんじゃないかと考えています」
伸恵「…その夢があいつのトンデモな力で現実化してるってこと? ふうん…」

伸恵「ここ…サッカー場? ベッカムらしいっちゃらしいけど」
アナ「ただのサッカー場ではありません。まわりを見てください」
伸恵「…あたしたち以外誰もいねぇ。それになんか薄暗いし…気味わりーな」
アナ「はい、ここは美羽さんが生み出したシュール空間。わたしの能力は、この空間に入りこむことなんです。それから…あれを」
伸恵「ん…? …な!! 気持ちわる!」
アナ「…美羽さんのかまってオーラが具現化したものです」
伸恵「いやいやいや…! 誰も巨大ゴキブリなんかかまいたくねえって! しかもあいつスタジアムぶっ壊してんじゃん! 美羽のやつ、なんつーハタ迷惑な…!」
アナ「案外そうでもないですわ。現実世界ではなく、自分でシュール空間を作ってその中だけで暴れさせてるんですから。美羽さんにそんな理性があったなんて…」
伸恵「……。アナちゃんってなにげに容赦ないよね…」
アナ「わたしたちは、あのゴキブリのことを『サノバビッチ』と呼んでいます」
伸恵「キャーーッ! アナちゃんそんな言葉どこで覚えたの!!」
アナ「お父さまがゴキブリをたたくときにこのかけ声で…」
伸恵「そこは真似しちゃダメー! …ていうかなんでアナちゃん家にゴキブリ出んのよーっ! もう最悪だよ…」
アナ「そうは言っても、やつらの生命力たるやすさまじいものが…」
伸恵「…って、女の子みてえな悲鳴あげてる場合じゃなかった。あれはずっと暴れさせっぱなしなの?」
アナ「いいえ。…あそこを見てください」
伸恵「なんだ…? ゴキブリの周囲に光ってるやつらが…。って、あれバティストゥータじゃん! ジダン…フィーゴ…ロベルトカルロスもいる! すげえ!」
アナ「ではわたしも加勢してきます」
伸恵「まぶしっ…! …うわぁ、ホントにベッカムになっちゃったよ…。って、あれとどうやって戦うんだ?」

サノバビッチ「あれ? あんまり混ぜないのかな…? と見せかけてよく混ぜます」
アナ「ちょっとてんどんが多いのが気になりましたわ」
サノバビッチ「みんなー! ちぃちゃん今日は疲れてるんだから休ませてあげてね!」
アナ「あの…千佳さんがお疲れなのは美羽さんのせいじゃないんですか?」
サノバビッチ「…ジョワーッ!」
アナ「とうとう本当におかしくなってしまったのかしら」
サノバビッチ「あ、新しい漫画描いたよー。見て見て!」
『ワンワン』『猫だ!』
アナ「つまんねぇ…」
サノバビッチ「……!!」

アナ「…ただいま戻りました」
伸恵「ていうか…厳しいなアナちゃんは」
アナ「あいつを退治すると、同時にシュール空間も消えます」
伸恵「おぉ…元の空間に戻った。ちょっとしたスペクタクルだな…」
アナ「美羽さんのことをないがしろにしていると、シュール空間が拡大していって、ついには現実世界を飲みこんでしまうかも…わたしたちはそれを恐れています。おねえさま、どうかくれぐれも美羽さんの機嫌をそこねないよう気をつけてくださいね」
伸恵「あ、ああ…。…って、んなもんどう気をつけろってんだ」

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