よしの「れーちゃん、これは?」
令「えーと、それは……円月輪ね。忍者が使っていた道具」
よしの「どーやってつかうんだ?」
令「さあ、手裏剣みたいに投げつけるんじゃないかな。敵に向かって……こう!」
よしの「ギャー! やられたー!」
令「あはは。いいリアクションだ」
よしの「いたいな? これいたいな?」
令「もちろん痛いよ。なにせ武器だから」
よしの「でも、こんなのなげたら、じぶんもけがするぞ?」
令「確かにそうね。外側は全部刃になっているし……。あ、この穴の中に指を入れるんじゃない?」
よしの「……あなにゆびいれるのかー」
令「うん、多分そう」
よしの「れーちゃん……いやらしいなー」
令「なっ! い、いやらしいのはよしのでしょ!」
令「よしのったら、その図鑑いつも読んでいるわね」
よしの「まーな! えどのくらしがいっぱいだからなー」
令「江戸かあ。ふむ……」
よしの「れーちゃん! これは? これは?」
令「それは……敵の背後から、こう!」
よしの「ギャーッ!」
令「っていう武器ね」
よしの「きゃはははは! おもしれーな!」
令「うん、うん。――」
令「重大発表ー!」
よしの「?! ……ど、どーしたれーちゃん。かみんぐあうとか?」
令「何をよ……」
よしの「じゃあなんだ?」
令「明日、歴史博物館に行こう」
よしの「なんと!」
令「駅からちょっと行ったところに小さな博物館があるの。よしの、博物館は初めてよね。どんなところか知っている?」
よしの「も、もちろんでござる!」
令「べつに語尾だけなりきらなくても……」
よしの「みやもとむさしはいるか? あこーろーしは?」
令「そんな大物は展示していなかったと思うな。だけど、服部半蔵ならいるわよ」
よしの「おおー! スゲー!」
令「よし、じゃあ明日はお弁当持って」
よしの「おべんとー!」
令「バスに乗って」
よしの「バス!」
令「半蔵に会いに行こう」
よしの「にんにん!」
令「よし、そうと決まったら早く寝ましょう」
よしの「そうな! そうな!」
令「それじゃ電気消すね」
よしの「……やさしくしてね?」
令「だから何がよ」
よしの「……。……」
令「……すー」
よしの「……オラすっげえわくわくしてきたぞ? れーちゃん! もういこう!」
令「いいから寝なさい」
よしの「むしろならぶ! てつやぐみ!」
令「そんな、ビッグサイトに行くわけじゃないんだから……」
よしの「はくぶつかん!」
令「そうだね、着いたよ」
よしの「れーちゃん! このくのいちにおかねはらえ!」
令「いや、くノ一じゃないし。どう見ても普通の職員さんだし」
よしの「いーからはやく!」
令「はいはい、本当にせっかちなんだから。……って、どうして私のおごりってことになっているの?」
よしの「……あ、あー。そういうせつもあるな?」
令「説とかじゃなくて……。もう、入館料くらい自分で出しなよ」
よしの「はくぶつかんだー!」
令「思ったよりよさそうなところね。私の趣味じゃないから、実のところそんなに期待していなかったけど(←失礼)」
よしの「なー? あ、あそこになんかあるぞ!」
令「行ってみましょう」
よしの「……おー! えどっこだ!」
令「本当だ。人形を使って、当時の町の様子を再現しているね」
よしの「にぎやかだなー」
令「よしの。面白いものがあるよ、来てごらん」
よしの「なんだこれ……ボタン?」
令「押してみる?」
よしの「こ、このボタンをおすと、よしのはしにます……」
令「そんなわけないでしょ。いいからほら、押した押した」
よしの「うう……、えーいままよ!」
ガクンッ。ウィーン、ウィーン……。
よしの「おお?!」
令「人形が動きだした。そうか、ボタンで動かす仕掛けなのね」
よしの「リアルな? ロボットダンスみたいな?」
令「みたいっていうか、こっちが本物だけどね」
よしの「あっ、こどもがないてる」
令「どこどこ? 本当ね、かわいそう。こっちの侍が、百姓の家に年貢の取り立てに来ている場面なのかな」
よしの「なにー! ねんぐとるな!(バコッ)」
令「殴っちゃダメーーー!」
令「――気持ちはわかるけど、機械が壊れたらどうするのよ」
よしの「ぶー……」
令「機嫌直して……。ほら、よしのよしの。『新選組コーナー』だって。入ってみる?」
よしの「しんせんぐみ!」
よしの「わー! しんせんぐみのグッズがいっぱいだ!」
令「このぬいぐるみなんかよく出来ている。デフォルメされていて可愛いなあ」
職員「いらっしゃい。好きなだけ見ていってね」
令「手に取ってみてもいいですか?」
職員「いいわよー、どうぞどうぞ」
よしの「おばちゃん、このなまえはー?」
職員「名前ね。それは勇と歳三。それから新八と総司、あっちが平助と観柳斎」
令「あの……どうしてみんな二人ずつペアなんですか」
職員「あら? あなたたちもそれが目当てなんじゃないの?」
令「はい?」
職員「嫌だ、若い女の子が新選組のファンっていったら、みんなやおい好きよね? 志士の中で誰と誰のカップリングがいいとか、想像して楽しんだり」
令「はあ……。い、いや別に、みんながみんなそうとは限らないのでは。ねえよしの?」
よしの「としぞー×さのすけはないのかー?」
令「なにぃ!!」
職員「あらお嬢さん、いいところに目をつけたわね。左之助を受けに選ぶなんてなかなか珍しいわよ」
よしの「なー!」
令「なんか意気投合しちゃってるしー! ……それにしても、随分詳しいんですね」
職員「それはもう。私も若い頃はこの手の談義に燃えていたから。ほっほっほっ」
令「……」
よしの「えーと、つぎは……」
令「あ、能楽の面だ。役者の動きだけで、一つのお面で何種類もの感情を表現したんだって」
よしの「……がたがたぶるぶる」
令「どうしたの? ああ、あの面がじっとよしのを見ているからか。モテモテだね」
よしの「こわい……。ていうかきもい……」
令「そんなに怖がらなくても……ってよしの?」
よしの「こ、こっちににげよう。……」
面「(ギロッ)」
よしの「ひいっ! は、はんにゃのめが……!」
面「いま般若って言ったやつ出てこいよ」
よしの「しゃべったあああ!」
令「よ、よしの落ち着いて! 誰も何も言っていないよ?!」
よしの「ううっ……。こ、こわぁー」
令「次はいよいよ服部半蔵の展示室ね」
よしの「はんぞーか! はんぞーってかっこいーのか?」
令「さあ、私は知らないけど。なかなかの風貌だったらしい」
よしの「どれくらいかっこいーんだ? べんけーくらいか?」
令「……」
よしの「……?」
令「……あれくらいよ」
よしの「! か、かっくいい!」
令「人形だけど、随分がっちりした体格ね。忍者ってもっと小柄だと思っていたら」
よしの「すごいな? マッチョでつよくてかっこいーな?」
令「そうね。黒ずくめの忍装束も決まっているし」
よしの「おとこまえな! でこちんのあにきたちいみねーなー」
令「また兄貴?!」
よしの「れーちゃんしってるか? あれはくさりかたびら!」
令「おっ、さすが詳しいね」
よしの「はんぞーはむかしのひとだよなー。なんていってるのかなー」
令「んー……。――お初にお目にかかるでござる」
よしの「……? れーちゃん、ひとりでなにいってんだ?」
令「ち、違う! 今のは半蔵が言ったの! 私の心に直接語りかけてきたのよ」
よしの「すっげー! はんぞーのこえがきこえるのか?」
令「一応私も剣士だからね。江戸を生きた人と心が通い合うのかもしれない」
よしの「ほ、ほー……」
令「――拙者は、甲賀の里より、参ったでござる」
よしの「そうなのかー。……ん、なんかかいてある。『い・が・に・ん・じゃ』」
令「!」
よしの「……」
令「……ごめん。嘘ついてました」
よしの「もー、まったくれーちゃんは」
よしの「ヘイ、ぞう! はんぞう!」
令「ははっ、よしのったらすっかり夢中ね」
よしの「はんぞーがいまなんていってるか、よしのがあててやろうか?」
令「いいよ? 当ててごらん」
よしの「……おなかすいた。おべんとーたべたい」
令「それはよしのでしょ。お弁当って……。ちゃんと作ってきてあるよ」
よしの「あー……きょうはラーメンのほうが……」
令「お弁当なの! 今日は!」
よしの「ちぇーっ」
令「また勝手なこと言って……。あっちの休憩室で食べよう。あそこからなら半蔵の展示も見えるし」
よしの「うん!」
よしの「ああー! ちのなみだながしてる!」
令「それなんてマリア像?」