[よしのと!] よしのとかくしげい

よしの「むー……」
令「どうしたの? 鏡とにらめっこして」
よしの「でこちんのおでこはおおきいのに、よしののおでこはちいさい……」
令「そりゃまあ、あの人と比べようったって無理な話よ」
よしの「まねしたいのになー」
令「真似するの? へえ、よしのが黄薔薇さまを意識するなんて。そうね……、前髪をヘアバンドで上げてみたら、少しは広く見えるんじゃない?」
よしの「おー! れーちゃんもたまにはいいこという!」
令「たまにはって……」

 

志摩子「ごめんくださいー」
祥子「志摩子、いらっしゃい。今日は招集かけていなかったと思うけど」
志摩子「はい。祐巳さんと約束がありまして。薔薇の館にいらっしゃいますか」
祥子「ええ、いるわよ。祐巳ー、志摩子が来ているわよー」
祐巳「はーい! 志摩子さーん、ちょっと待っててー!」
祥子「……ですって。それで、これから二人でどこか行くの?」
志摩子「はい、一緒に隠し芸の練習をするんです」
祥子「かっ――」
志摩子「お噂はかねがね。なんでも、祥子さまはバレエをご自分で歌って踊られたとか」
祥子「……さあ。何のことかしら」
志摩子「『白鳥の湖』の四羽の白鳥をお一人で、なんて。本当に何でもお出来になるんですね」
祥子「そ、そんなでたらめ聞いてあきれるわ。この私がそんな馬鹿げたことするとでも?」
祐巳「おまたせー」
志摩子「ごきげんよう祐巳さん。それでは、祐巳さんをお借りしますね」
祐巳「お姉さま、行ってきます!」
祥子「え、ええ、二人とも頑張って。……。チッ、どこから情報漏れたのかしら……」

 

祐巳「ねえねえ、教室にカセットデッキってあったっけ」
志摩子「確かあったと思うわ。英語の授業で使っているから」
祐巳「それもそうだね。……あっ、よしのさんだ」
志摩子「どなたかしら?」
祐巳「私と同じ、山百合会の新入りの子なんだ」
志摩子「そう。何をしているのかしらね」
祐巳「さあ……。よしのさーん、何しているの?」
よしの「おー、ゆみ!」
祐巳「ごきげんよう……ってうわぁ! どうしたのその顔?!」
よしの「でこちんだ!」
祐巳「ひょっとして、それ物真似なの? ヘアバンドはわかるけど、おでこがやけにギトギトしているような……何か塗った?」
よしの「サラダあぶらー」
祐巳「なにー! いや、本人もそこまでてかっていないと思う……」
よしの「ゆみ、どこかいくのか? おでかけか?」
祐巳「うん。友達と一緒に、隠し芸の練習をしに行くの」
よしの「さんせー!」
祐巳「え? さ、賛成って、よしのさんも行きたいってこと? どうしよう志摩子さん……?」
志摩子「私はべつに構わないわ。一緒に行きましょうか」
よしの「いく! よういしてくる!」
祐巳「オーケー。……ついでに顔も洗ってきたほうがいいよ」

よしの「れーちゃーん! ゆみとかくしげーしにいってくる!」
令「うん、行ってらっしゃい。……って隠し芸? ああ、思い返すのも恥ずかしいな……去年の余興は」

 

祐巳「この人は、私のクラスメイトの志摩子さん」
志摩子「藤堂志摩子です。志摩子さんでも志摩子ちゃんでもない、ただの志摩子って呼んでほしいの」
よしの「しまこ! おっす!」
志摩子「あなたのことは、何とお呼びすればいいかしら?」
よしの「しまづよしの! よしのはせくら!」
志摩子「……どちらなの?」
よしの「よしの!」
祐巳「っていうかよしのさん、今どさくさに紛れて支倉って言ったような……。まさか結婚するつもりじゃないよね?」

よしの「あのなー、きのうのみとこうも……」
 キラキラキラ……。
よしの「ん?!」
祐巳「よしのさん、どうしたの?」
よしの「……あー、あれ? えっと、きのうのおにへいはんか……」
 キラキラキラ……。
よしの「ちょ?! そ、それどうなってんだ?」
志摩子「え? きゃっ、なに? どうして私の髪に触るの?」
 キラキラキラ……。
よしの「うわー! なー、みたか? かみのけひかった! なにもんだおまえ?!」
志摩子「何者って言われても……」
祐巳「志摩子さんの髪って、つやがあって本当にきれいだよね。何か特別なケアしているの?」
志摩子「特には何も。シャンプーは、椿油が入ったものを使っているけれど」
よしの「つばきあぶらか! よくかんがえたなー」
志摩子「いえ、考えたのは私ではないから。市販品よ」
よしの「サラダあぶらでもいいのか?」
祐巳「そ、それは絶対にやらないほうがいいと思うな……」

 

志摩子「一年桃組の教室が空いているわ。ここを使いましょう」
よしの「いいとこみつけたな!」
祐巳「放課後の教室なら、人目を気にしないで練習できるからいいよね」
よしの「……いやーん」
祐巳「今なんか変な想像しなかった?! ちがっ、練習! 隠し芸の練習するだけだから!」

祐巳「志摩子さんは、もう出し物決まっているんだよね」
志摩子「ええ。日舞よ。どんな曲でも即興で振り付けすれば、きっと芸になると思うの」
祐巳「よしのさんは何をするの?」
よしの「マジックだ! ほら!」
志摩子「まあ、シルクハットにステッキも用意して。本格的なのね」
よしの「よしのはうまいぞー」
志摩子「うふふ、それは楽しみだわ。後で発表しあいましょう」
祐巳「それじゃ、まずは各自練習ということで」
よしの「おー!」

 

祐巳「――掘って返して、くるりと回して。アーラエッサッサー」
志摩子「ふふ……ふふははは。いやだ祐巳さん、あまり笑わせないで……」
よしの「す、すげえー。どじょうがいきてるみたいにみえる!」
祐巳「そ、そうかな? まだ前半しか踊れないんだけどね」
志摩子「祐巳さんは宴会芸の才能があるのね。さすが、お笑い担当だけのことはあるわ」
祐巳「いやあ、そんなにほめられると照れちゃうよ」
よしの「ほめられてるのか?」
祐巳「じゃあ、次はよしのさんにバトンタッチ。マジックを見せてくれる?」
志摩子「頑張ってね。期待しているわ」
よしの「まかせろ! やっこさんたまげてこしぬかすぜー」

よしの「たねもしかけもありません。つえのさきから……ハイッ!」
祐巳「わあ、花束に変わった! すごいすごい」
志摩子「……ええ。どこででも売っていそうなパーティーグッズだこと」
祐巳「ちょっ、それは言わない約束でしょ志摩子さん……」
よしの「つづいてごちゅうもくー。ぼうしのなかから……ハイッ!」
志摩子「あら? それは……何かしら?」
よしの「とりー」
祐巳「そっか、ハトを出すのは手品の定番だもんね。とっても上手だよ、よしのさん」
よしの「まーな!」
志摩子「いえ、というか……。私には羽の生えたネズミにしか見えないのだけれど」
祐巳「!」
よしの「えっ! ……え? え?」
志摩子「え? じゃなくて。タネ丸ばれだし段取りも悪いし、はっきり言って下手よね」
よしの「そんな……! だって、れーちゃんもさちこもゆみもみんなうまいっていった!」
志摩子「よしのさん、お世辞ってご存じ?」
よしの「なにー?!」

祐巳「だ、だめじゃない志摩子さん! ここはおだててあげないと」
志摩子「だって、格好だけは一人前なのに、あまりに見かけ倒しだったから……」
祐巳「よ、よしのさん? 私はよしのさんの手品、よかったと思うけどな」
よしの「でも、しまこはへたっていった! しまこうそついたか?」
志摩子「いいえ、マリア様に誓って嘘は申しません。下手なものは下手」
祐巳「くっ、こんなときだけクリスチャンぶりやがって……!」
よしの「ううっ……」
祐巳「うまいよぉー、うまいよぉー」
よしの「……。どっちだー? うそか?」
祐巳「嘘じゃなくて、でもうまいの! えーっとえーっと……、志摩子さんは空気読めないから話の流れにのれてないの!」
志摩子「な……!」
祐巳「しまっ!!」
志摩子「……」
祐巳「……」
よしの「……」

 

志摩子「……。ん? なっ……何なのあの人。額が異様に脂ぎって、病気なんじゃないかしら」
祐巳「どうしたの? 窓の外に誰かいるの?」
志摩子「え、ええ。そこを歩いている人……はっ。ひょっとして、でこちんさんってあの方のこと?」
祐巳「あっ、本当だ! 黄薔薇さまだ」
よしの「おーい! でこちーん!」
江利子「? ああ、よしのちゃん」
祐巳「だけど志摩子さん、どうして『でこちん』が黄薔薇さまのことだってわかったの?」
志摩子「あら、だってそれは……。ピーン!」
よしの「どうした?」
志摩子「ほら、さっきよしのさんが薔薇の館でしていた物真似。あれがうまくて、そっくりだったからわかったのよ」
祐巳「そうだ! それっ、そっくりだった! っていうかクリソツだった!」
志摩子「そうよね? ね?」
よしの「えー? あれそんなにうまかったか?」
志摩子「もちろん。やっぱりよしのさんは芸のセンスがあるのよ」
よしの「でも……」

江利子「ごっきげんよう。祐巳ちゃんも。みんなで何していたの?」
祐巳「あ、隠し芸の練習です。黄薔薇さまはどうされたんです?」
江利子「私は仕事。ちょっとお使いでクラブハウスまで行ってきたのよ」
よしの「でこちん! よしののマジックみろ!」
江利子「マジック? へえ、面白そうね」
よしの「たねもしかけもありません。ぼうしのなかから……ハイッ!」
江利子「あ、何か出てきた。これは……」
祐巳「(お願い、ハトだって言って!)」
志摩子「(ハトだって言って……!)」
祐巳・志摩子「(ハトだって言えーーー)」
江利子「ぬいぐるみのハトね。よしのちゃん、お見事」
よしの「お!」
祐巳「ねーっ! どう見たってハトだもん、マジック大成功だよ!」
志摩子「最初は見間違えたわ。思わず見とれるほどの腕前ね」
よしの「そ、そうか? でこちん、やっぱりよしのうまかったか?!」
江利子「え……? う、うん……うまいわよ?」
よしの「やったー! あーめーん!」
祐巳・志摩子「アーメン! アーメン!」
江利子「?」

 

蓉子「……なにこれ。どうして薔薇の館にサラダ油が? 案外これ、江利子がおでこに塗っていたりしてね。フフフ……」

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