令「高等部の正門が見えてきたよ、よしの」
よしの「おーっ!」
令「これから毎朝、この門をくぐって学校に行くからね」
よしの「あれな! 『せのたかいもんをくぐりぬけてゆく』ってやつな! オープニングな!」
令「そうよ、よく知ってるね。……オープニング?」
よしの「れーちゃん! あそこひとがいっぱいいるぞ! きょうはまつりか?」
令「祭りじゃないよ。ここにマリア像があるんだ」
よしの「みんなマリアさまにてえあわせてる! れーちゃんもあわせれ!」
令「……もう合わせてるよ。よしのも一緒に合わせて」
よしの「お、おー。……」
令「初日からずいぶん熱心ね。何をお祈りしたの?」
よしの「リリアンのてんかとれますように、ってな!」
令「……いや、それは……」
令「ほら着いたよ。ここが薔薇の館」
よしの「ばらのやかた? このぼろっちーいえか? なんだそれは?」
令「何って、だからここが山百合会の……」
江利子「令じゃない。どうしたのこんなところで」
令「お姉さま! ごきげんよう」
江利子「ごきげんよう、私のかわいい令。……あら、そちらの生徒は」
よしの「でこちん!」
江利子「!」
令「ちょっ! よしの、薔薇さまになんてことを!」
江利子「……そこのおチビちゃん? 今何か言ったかしら? よく聞こえなかったけど?」
よしの「しばらくみないうちにまたひろくなったな! でこちん!」
令「よしのーーーー!!」
江利子「あえてさらに無礼に言い直すなんて……。そんな子には、ていっ! アイアンクロー」
よしの「うあー、やめろー」
令「おっ、お姉さま! こめかみがミシミシいってますって!」
江利子「そうね……。今日のところはこれくらいにしてあげましょう」
よしの「おー、いてぇー」
令「ももも申し訳ありませんでしたお姉さま! この子まだ高等部の礼儀をわかっていなくて」
江利子「あら、言うほど気にしていないわよ。こんなに私に食ってかかる子、希少価値ありまくりだわ」
令「で、ですが非礼をこのとおりお詫びします! すべての責任は姉である私に……」
江利子「だからいいって言っているのに。あなた、いちいちペコペコしすぎよ」
よしの「れーちゃんはへたれだな!」
江利子「そうね、令はへたれね。ほほほほ」
令「……」
令「あの子が、以前から話している従妹のよしのです」
江利子「威勢のいい子じゃないの。気に入ったわ」
令「恐れ入ります」
江利子「病弱だって話だし、昨日の入学式も休んだっていうから心配していたのよ」
令「はい、それで一日遅れになりましたが、みんなに顔見せしようと連れてきました」
江利子「……あら? ところでそのよしのちゃんはどこ?」
令「あれ、本当だ。一人でどこか行っちゃったのかな」
江利子「いいわ。私が捜しに行く。見つけたら連れてくるから」
令「いえお姉さま、ここは私が……」
江利子「令、それよりあなたは歓迎会の準備をしておいて。私はプリンが好きなの」
令「え。薔薇の館にプリンなんて置いてませんが」
江利子「……なかったら買いに行けば? 購買でも校外のコンビニでも? はいダッシュー」
令「かっ、かしこまりましたお姉さまあああ!」
江利子「ふふっ、いい子ね令は。……さあーて、よしのちゃんはどこかなー?」
令「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ」
祥子「あら、令。ごきげんよう。どうしたの、そんな息も絶え絶えになって」
令「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ」
祥子「……落ち着いてからでいいわよ。それに予想はつくし。また黄薔薇さまにからかわれでもしたんでしょ」
令「じ、実はそのとおり……。でも、そうは言ってもお姉さまの命令だから」
祥子「それが言い訳なの? まったく、情けないったらない」
令「その点、祥子はしっかりしているわよね。毎日の紅薔薇さまのいびりにも全然屈しなくて」
祥子「あなたがもっとしっかりなさいよ。これから二年生で、妹を指導する立場なのに」
令「妹……そうだ、今日は私の妹を連れてきたんだ」
祥子「そうなの? その子はどこに?」
令「ああ、ちょっとどこかに消えちゃって」
祥子「それなら私が捜してくるわ。令は先に薔薇の館に戻っていて」
令「わかった……。時代劇やってる子がいたら、たぶんそれだから」
祥子「はあ。またずいぶんね」
令「あと、名前はよしの」
祥子「よしのちゃんね。私にまかせて」
祐巳「さっちこっさまー♪ おっねえっさまー♪ 紅薔薇のつぼみにしてリリアン高等部全生徒の憧れの的、小笠原祥子さまの妹になっちゃった! きっとこれから薔薇色の学園生活が私を……ん?」
よしの「シュシュシュッ! シュバッ! バッ!」
祐巳「な、なに? 桜の木に手裏剣投げてる?! ……高等部の制服だけど、誰だろう、見かけない子……演劇部?」
よしの「!」
祐巳「わ、こっちに来た。どうしよう」
よしの「なー、あれどうやってたおすんだ?」
祐巳「えっ? 倒す? 倒すって桜を?」
よしの「そうだ! ふらちなあくとうめ!」
祐巳「悪党なんかなじゃないって。こうやって花を見て楽しむの」
よしの「なんだー、みるだけか。がっかりだなー」
祐巳「そんなことないよ。満開の桜ってとてもきれいだし。……それじゃ行くね」
よしの「じゃーな!」
祐巳「なんか変わった子だったなあ。そういえば、私のほかにも薔薇の館に新しい子が来るって。……もしかして」
よしの「ひっさつ! にんぽうぶんしんのじゅつ!」
祐巳「今度は木のまわりぐるぐる回ってるー! しかも全然分身できてない!」
よしの「このよのあくをせいばいいたす! さらだばー!」
祐巳「あっ、待って……」
祥子「祐巳。ちょうどいいところに」
祐巳「あっ! ごきげんよう、祥子さま!」
祥子「だめよ祐巳。姉妹の契りを交わしたのだから、ちゃんと『お姉さま』とお呼びなさい」
祐巳「は、はい……。おねえ……さま……(赤面)」
祥子「まあそれはどうでもいいとして」
祐巳「どうでもよかったのー?!」
祥子「聞きたいことがあるの。時代劇している子見なかったかしら」
祐巳「みました」
祥子「へ? み、見たの? どこに行ったかわかる?」
祐巳「あっちのお聖堂のほうに走っていきました」
祥子「たしかこっちに……」
?「おそいぞむさしー!」
祥子「?!」
よしの「またせたなこじろー!」
祥子「時代劇だーー!! しかも二役?!」
よしの「……ん?」
祥子「あ、あの、そこのあなた? 一人で何をしているのかしら」
よしの「がんりゅーじま!」
祥子「そうよね、日本人ならやっぱり巌流島の決戦……って違うから」
よしの「おー、のりつっこみだな?」
祥子「ご、ごきげんよう。あなたよしのちゃんね?」
よしの「どうしてわかったー?」
祥子「私、令に頼まれてよしのちゃんを迎えに来たの」
よしの「おー! れーちゃんな!」
祥子「それでは一緒に行きましょうか」
よしの「いくー!」
祥子「よしのちゃんは、……高等部の一年生よね?」
よしの「れーちゃんがすき!」
祥子「そ、そう……。令が好きなの」
よしの「れーちゃんが……はっ」
令「(いい? よしの。知らないお姉さまについて行っちゃだめよ。ロザリオあげるとか、令さんが呼んでるって言われても。その人はかわいいよしのを人気のない場所に連れ込んであんなことやこんなこと……ああっ! 想像しただけで死にそう! はぁはぁ……)」
よしの「――――!」
祥子「? ん?」
よしの「……せ、せんてひっしょう!(バッ)」
祥子「きゃっ! どうしていきなり私のスカートをめくるの!」
よしの「うほっ! レースのしろだー!」
祥子「しかも思いっきりバラしてるし!」
よしの「あはははは! レースのしーろー!」
祥子「ちょっと、大声でそんなこと言いふらさないで! お待ちなさいよしのちゃん!」
三奈子「あーら祥子さん、これは何の騒ぎ? 特ダネの匂いがぷんぷんするわ」
祥子「いえっ、その、な、何でもなくってよ」
よしの「にげろー! みーちゃったー、みーちゃった!」
江利子「うわ! ……びっくりした。って、今のよしのちゃん?」
祥子「前を失礼します、黄薔薇さま!」
江利子「と、祥子じゃない。何なの?」
よしの「きゃはは! すけすーけらーんじぇりー!」
祥子「透けてなんかいないわよ! ってそういう問題じゃなくて!」
祐巳「ええっ? 祥子さまはスケスケ?!(鼻血)」
祥子「祐巳も変なところに反応しない! それよりその子捕まえてちょうだい!」
祐巳「は、はい! お姉さまの命にかけて……」
よしの「しゅくち!!」
祐巳「?! なっ、消えた……??」
祥子「邪魔よ、おどきなさい!」
祐巳「ぎゃっ! ……つ、突き飛ばすなんてひどいです、お姉さまぁ」
祥子「まてー!」
よしの「おおお!」
蓉子「今日は新しい妹の歓迎会ね。もう準備できているかしら」
よしの「たすけてー」
祥子「こらー!」
蓉子「……なに?」
祥子「あっ、お姉さま。その子、捕獲してくださらない」
蓉子「はいはーい。お嬢ちゃん、どうしたのかしら」
よしの「た、たすけて。えろいひとにおそわれる」
祥子「なにーっ! へ、変なことしたのはよしのちゃんのほうでしょ!」
蓉子「んー。よし、エロエロ星人は私がやっつけてあげるわ。お姉さまの権力でね」
よしの「ほんとか?」
蓉子「とう!(ペラッ)」
祥子「イヤーッ! なぜお姉さままでスカートをめくるんです?! エロはどっちなのかと!」
よしの「す、すげえー、まるみえー」
蓉子「……結構。今日も素敵ね。それでこそ私の妹だわ」
祥子「は、はあ。……スカートの中身でほめられる妹っていったい……」
蓉子「で、なに? この子」
祥子「令の妹です。山百合会の新入りということになるでしょうか」
蓉子「まあ、この子が?」
令「あれ、よしの? 戻ってきてたんだ」
よしの「れーちゃんだ!」
令「紅薔薇さまが連れてきてくださったんですね。ありがとうございます」
蓉子「いえいえ、私はたいしたことは何も」
祥子「手柄取られてるし! もう踏んだり蹴ったりだわ」
祐巳「た、ただいま到着しました……」
令「えーと、とりあえず紅薔薇ファミリーだけでも紹介してもらおうかな」
祥子「そうね……。こちらが私のお姉さまで、紅薔薇さまの水野蓉子さま。私が紅薔薇のつぼみの小笠原祥子。そして私の妹、一年生の福沢祐巳」
令「私の実の従妹で、妹のよしのです。ほらよしの、薔薇の館の仲間に挨拶して」
よしの「なかま……?」
祥子「そうよ、私たちは仲間になるの」
よしの「?」
令「?」
よしの「ちがうよ? よしのははぐれろうにんだから、ずーっとずーっとてんがいこどくのみだよ?」
令「こ、こいつ何もわかってなかったのか! ……いい? よしのは私の妹になったから、この薔薇の館でみんなと山百合会の活動をするの」
よしの「おお! そうだったのか!」
蓉子「というわけで、これからよろしく、よしのちゃん」
祐巳「よしのさん、一緒にがんばろうね」
よしの「よろしくな! ……じゃああのおねーさまはえろいひとじゃないのか?」
令「は?」
祥子「違うに決まってるじゃないの……」
蓉子「まあ、サドであることは否定しないけどね」
祥子「お姉さまっ?!」
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