聖「みんな、これ持っていきなさい」
令「ありがとうございます」
聖「マスタード・タラモサラダサンド。ちゃんと人数分あるから」
江利子「ああ、ご苦労だったわね」
聖「まったく、なんで一緒に行かない私がパシリなんか……」
志摩子「も、申し訳ありません、白薔薇さま……」
聖「ううん全然! 志摩子のためならお安い御用! むしろ薔薇さまの権力で買い占めてきたから!」
祐巳「うわぁ……。それにしても、今日は絶好のハイキング日和!」
聖「あまり浮かれない方がいいよ。遭難したら生きて帰れないかもしれないから」
祐巳「ええっ!(蒼白) 生きて帰れないって、そんなに危険なんですか?」
江利子「そんなことないわ。だけど、どうせなら日本一高い場所を目指したいじゃない?」
令「日本一って、お姉さままさか……!」
江利子「そう! 今日は富士登山よ!」
よしの「たかー! なすびー!」
志摩子「富士山って、初心者でも登れるものなんでしょうか」
江利子「登れるわよ。こうしてバスで五合目まで行けるし」
志摩子「五合目?」
江利子「ちょうど標高が中間の地点ね」
令「でも体力が心配かな。私は運動部だからいいけど」
志摩子「そうですね……。私は途中で足がつるかも」
祐巳「私なんか体中がビキビキッてつるよ」
よしの「よしのはつるつる!」
志摩子「何が?」
ガタガタガタ……。
祐巳「あ、がたがた道だ」
よしの「あはははは! あ~、あ~。わ~れ~わ~れ~は~、う~ちゅ~う~じ~ん~だ~」
祐巳「よしのさん……普通それ扇風機の前でやらない?」
江利子「祐巳ちゃんは扇風機の前でそんなことしてるの?」
祐巳「……!(自爆)」
令「着いたよ。本当だ、もう五合目だって」
祐巳「よしのさん、川があるよ。水が澄んでてきれいだね」
よしの「およぐー!」
令「よしの、今日は何しに来たんだっけ」
よしの「とざん! ……ぬれるー!」
令「それは……。……か、帰りにでもお願いしようかな」
よしの「れーちゃんもすきだなー」
小母さん「いらっしゃい。あら、可愛いお客さんが来たよ」
よしの「ラーメンください!」
令「違う、学食じゃないから」
江利子「山小屋まで行きます。5人で」
祐巳「わあ、登山道具とかいっぱい置いてあるね」
江利子「私たちはこれだけで十分。ほら、一本ずつ持って」
志摩子「スキーのストックみたいですね」
祐巳「うわあー! お花畑だ!」
志摩子「登山っていうから、もっと殺風景なのを想像していたけれど」
江利子「いきなり岩山なんて登らないわよ。景色がよくなかったら面白くないでしょ?」
志摩子「これなら道に迷うこともありませんね」
江利子「まあね。見晴らしもいいし、ほとんど一本道だから」
よしの「あ! ちょうちょだ! まてまてー」
江利子「――でも、ああやって身勝手な行動を取ると迷子になるかも」
令「って、よしの?! どこ行くの、ちょっと待って……!」
江利子「……で、よしのちゃんを追いかけているうちにすっかり迷ったわけだが」
令「冷静に語ってる場合じゃなくて! 洒落になりませんってこれ!」
志摩子「はあ、はあ……。ずっと同じような森が続いているわ」
江利子「うーん……。これは長期戦モードに備えて、食料をゲットしないと……お」
祐巳「黄薔薇さま、何か見つかりましたか?」
江利子「面白いものがあったわ。祐巳ちゃん、手を出して」
祐巳「……さては、ミミズとか虫を手に乗せて、私のリアクションを楽しもうってんじゃないでしょうね? 生憎ですが私はその程度の」
江利子「ほい」
祐巳「ことdギャアアアアアァァァアア!! じじじじ人骨?!」
江利子「きっと森に迷ってここで力尽きたか、それとも自ら命を……」
志摩子「ではここは……俗に言う樹海? 何だか背筋が寒い……」
祐巳「もう歩けないよ……。私たち、ここで死ぬのかな……お父さん、お母さん……」
江利子「死ぬわけないでしょ。とくに祐巳ちゃん、あなたは主人公なんだから」
令「またそういう身も蓋もないことを……」
江利子「それに、移動は徒歩だけじゃなくて、馬でもいいのよ」
令「馬?」
よしの「れーちゃん、みんなー、なにしてんだ?」
祐巳「よしのさん……? ってうわっ!! なんか馬に乗ってるし!」
江利子「登山口や中継地点で貸してくれるのよ。途中で歩けなくなった登山者のために」
よしの「このうまについてくれば、みんなかえれるぞ?」
令「そ、そうか! 助かった……。でもよしのはずるい。自分だけちゃっかり馬に乗って」
祐巳「黄薔薇さま……まさか最初から知っていて、わざと迷ったふりを?」
江利子「ははは、ばれちゃったか」
祐巳「もーっ! 本当に遭難したと思ったんですからね! 呪いますよ?」
志摩子「人を呪わば星三つ……」
令「また間違えてるから」
江利子「ふうーっ。たっぷり歩いたからお腹すいたわね」
祐巳「誰のせいですか!」
志摩子「白薔薇さまからサンドウィッチいただいたけれど、おかずがないと寂しいわね」
よしの「おかずはれーちゃん!」
令「(無視)さっきの小川で、魚か何か捕れるといいんだけど」
志摩子「魚? 魚って魚屋さんで買うものではないの……?」
祐巳「ははは、志摩子さんはイメージ通りの都会っ子だね」
江利子「みんなついて来なさい。私が大自然の掟ってものを教えてあげようじゃないの!」
よしの「でこちんはいなかものだな!」
江利子「う……確かにそうかも」
江利子「キャスティング百本! うひょー!」
バシャ、バシャ、バシャ……。
祐巳「す、すごい。次から次へと軽々釣り上げてる……!」
志摩子「まるで某釣り漫画ね」
江利子「そこ! ボーッとしてないで、捕った魚をすぐビクに入れる!」
祐巳「あっ、はーい」
志摩子「祐巳さん……よく平気で触れるわね」
祐巳「人骨はともかく、魚は何ともないんじゃない?」
志摩子「その比較対象は絶対おかしいと思う……」
祐巳「それに、何事も経験だよ。出来るようになった方が楽しいじゃない?」
志摩子「そうかもしれないけれど……。何だか生臭くてヌルヌルしているし、触るとビクッて跳ねて……きゃっ」
祐巳「くっ、またそんなところでポイント稼ぎやがって……!」
志摩子「ポイントって?」
江利子「令も手伝いなさい!」
令「うう……こ、これ触っても大丈夫かな……」
ぷにゅ。
令「――!! はい駄目です、私駄目です、祐巳ちゃんたちにお任せします」
江利子「まったく情けないんだから……。よしのちゃんを見習ったら?」
よしの「うひょー!」
バチャ、バチャ、バチャ……。
祐巳「す、すごい。黄薔薇さま顔負けの動き……」
志摩子「……でも全然釣れていないわね」
令「お姉さま、木の枝集めてきましたー」
江利子「オーケー。令はよしのちゃんと炭火作ってて。こっちの二人は魚を捌きに行きましょう」
よしの「れーちゃん、あついのにたきびするのかー? へんだなー」
令「魚を焼くための火を起こすのよ。あ、火をつけるものがない……」
よしの「よしののライターつかうか?」
令「サンキュー。そういえば持っていたよね。……なにこの変な伏線」
江利子「まずこうして腹を切って」
志摩子「きゃっ! い、痛そう……」
祐巳「志摩子さんは、見るの辛かったら手伝わなくていいよ」
江利子「で、こうしてバックリと開いて」
志摩子「うう……な、中身が……」
江利子「エラと内臓を引っぱり出す」
志摩子「ひっ――! ……」
祐巳「……志摩子さん? もしもーし? ひょっとして失神しちゃった?」
志摩子「祐巳さん……。『ワタ』って言いません? 臓物のこと……」
祐巳「?! こわーっ! どうしちゃったの志摩子さん?!」
江利子「くっくっくっ、いいわよいいわよ、お待ちかねブラック志摩子のお出ましだ……!」
志摩子「まあ、黄薔薇さまったら、ブラックだなんて人聞きが悪いですわ。ほほほほ」
江利子「あっ、そこ。最後に串を刺すときは目玉を突くようにして。一気にグサッ! とね」
志摩子「こう……目玉を串刺し、ですね。この瞬間の感触が何とも……ふふ、ふふははは……」
祐巳「志摩子さんが何かに目覚めちゃったよーーっ!」
よしの「いただきまーす!」
志摩子「あ……、予想外に美味しいわ」
祐巳「うんうん。志摩子さん、あんなに魚怖がってたのに」
志摩子「もう克服したから大丈夫よ……ふふふ」
よしの「よしの、にとうりゅう! おそいぞむさし!」
令「って、サンドウィッチをめくって持たないでよ。中身がごっそりこぼれてる」
江利子「――どう? 志摩子。今日は日記にいろいろ書けるわよ」
志摩子「はい、ありがとうございます」
江利子「よかったわね。覚醒もできたし」
志摩子「覚醒とかおっしゃらないでください……」
令「日記って、一年生の授業の?」
江利子「この子がさ、家庭の事情とかいろいろあるみたいなこと言うから。私が思い出作りに一肌脱いだわけよ」
令「お姉さま……お優しいんですね」
よしの「れーちゃんもやさしーな?」
令「私? 何もしてないけど?」
よしの「いつも、よしののおもいでにひとはだぬいでくれる!」
令「そういう意味じゃなくて」
祐巳「でも志摩子さん、志摩子さんの家って山一つがまるまる敷地なんだよね」
志摩子「ええ、まあ」
江利子「……」
志摩子「もしゃもしゃ……」
江利子「……はい?」
祐巳「私もよくは知らないんですけど、お父さんの仕事の関係で土地がたくさんあるらしいんです。あまりに広いから、バス停なんか家の周りにいくつも!」
志摩子「大袈裟よ……。家族の生活スペースは慎ましやかなものよ」
祐巳「またまたー。うちなんて猫の額ほどの庭しかないから、すごく羨ましいな」
よしの「しまこんちのにわは、でこちんのおでこだな!」
江利子「外野は黙ってなさい!」
よしの「ひっ!」
江利子「さっきから聞いてれば、何よそれ! 訳ありな家庭じゃなかったの?! とんでもない資産家じゃない!」
志摩子「いえ、ですから個人の所有というわけでは……」
江利子「食うな! 魚なんか食うな!(バッ)」
志摩子「あっ」
江利子「食べかけの魚は持ち帰って聖にくれてやるわ! きっと『志摩子と間接チューうへへへ』とか言ってしゃぶりつくように食べるから!」
志摩子「何ですかその新手のセクハラは!」
江利子「都内で山を占有って、エンクロージャーかよ!」
志摩子「そんなこと言われても……」
祐巳「エンクロージャーっていうのはね、産業革命以前のイギリスで」
志摩子「……それは知っているわ祐巳さん」
江利子「このブルジョアめ! でてけ!」
志摩子「でてけって……」
祐巳「ブルジョアっていうのはね」
志摩子「だから知っているから」
江利子「それでは姫のソシアルダンスをご覧ください」
祐巳「わーい!(ぱちぱち)」
志摩子「いえ、あの、私の専門は日舞……」
よしの「しゃるうぃーだんす? ……がつがつ」
令「はいはい。もっと落ち着いて食べなさい」