これで帰れると思っていたのに。
期待が高かった分、失望もまた大きい。見飽きたリビングの風景の中でうなだれるスバル。
何もかもが、また八月二十二日に戻った。代わり映えのしない一日が、再び時を刻み始める。
……唯一今までと違ったのは、映像未配信の空間モニターが引き続きスバルの前にいたことだ。
スバルをあざ笑うように暢気に浮かんでいる様子までもが憎らしくなって、きっと睨みつけた。
ただの逆恨みだとは、本人も自覚している。その一方で、ムラーノという前例もある。
この通信相手も自分を陥れようとしているのではと疑心暗鬼になるのも無理もないことだった。
『――言ったでしょ。戻れるかどうか、すべてはスバル……あなた自身の気持ち次第だって』
可憐さと厳格さをあわせ持った声が、気が立ったスバルをなだめるように静かに告げた。
たしかに言っていた。この停滞した時間は、他でもない当のスバルが望んだものなのだと。
自分自身の気持ち、って言われても――。自問するスバル。
奇妙な世界から脱出したい。ギンガとゲンヤの顔が見たい。切なる願いに偽りはないのに。
ならば、どうして現実に戻れないのだろう。思いの「強さ」が足りない、とでも言うのか。
『ただ――、スバルが戻りたいって願ってるなら力になるよ。わたしに出来ることなら、何でも』
声は、どこまでも明るく、前向きで。
不思議なことに、声を聞きながらスバルの胸中には他界した母の記憶がぼんやりと蘇っていた。
それほど大人びてもいない、どこの街角でも耳にするような無邪気な年頃の少女らしい声色。
けれどその声に、たしかに母性を感じ取ることができた。
あるいは教会のシスターのような。過ちを許し、自分を受け入れてくれる、包容力を持った声。
「あの……。失礼な聞き方ですけど……何者なんですか? なんでそこまであたしのこと……」
『自分が救出した子の、その後の経過が気になるからね。偶然現場に居合わせただけとは言え』
「偶然……? ってことは、レスキュー隊の人じゃなくて?」
聞けば、声の主は管理局員ではあるけれど災害救助担当ではなく普通の魔導師だという。
呆気にとられるスバルの表情を反射する画面は、『普通かどうかはともかく』と前置きした上で、
『――わたしも、スバルと同じだったんだ』
と言葉を続けた。
『子どもの頃、……って言っても今もまだ十五歳なんだけどね? 今よりもっと小さかった頃、
わたしは毎日同じように過ごしてた。将来何をしたいかなんて、真剣に考えたことなかった』
最初、何が自分と同じだったのかわからなかったスバルにも、ようやく理解が追いついた。
何を考えて、どんな思いで一日一日を暮らしているか。――すなわち、日常そのものが。
大人になるなんて、まだ先のことだと思っていた。自分が何になるかを考える日なんて。
初等科に通うスバルくらいの年齢で、今後の進路を決めるほうが珍しい気もするけれど。
ところが仮想フレームは言う。自分はミッド出身ではなく、管理外世界から来たのだと。
管理外世界――ほとんどの人が魔力を持たず、魔法の存在が広く認知されていない世界。
身近に当たり前に魔法があって、魔力持ちがいくらでもいるスバルの環境とはまるで異なる。
そんな世界から、この語りべはどうして管理局の魔導師なんかを志そうと思ったのだろう。
『ふとしたきっかけで魔法を知って、それからいろんな人との出会いや出来事があって……。
それで決めたの。魔法の力で、大切な人を守りたい、困ってる人たちを助けたいって』
「魔法の、力……」
突然変異的に高い魔力値を持って生まれた彼女。その天与の才と向き合って生きる、という決意。
無味乾燥なコンソールが堂々と熱い思いを語る姿に、スバルは強く心を打たれていた。
そして。才能に恵まれているのはスバルも一緒だった。……本当に、どこまで重なるのだろう。
声の主は偶然助けたと言っていたけれど、この出会いが運命のいざないにすら感じられた。
「その、あたし……。魔力資質はあるみたいなんですけど、魔導師だったお母さんが――」
気がつけばスバルは、眼前に漂う通信モニターに向かって自分の身の上を打ち明けていた。
類まれな身体能力と魔力を有するスバルが、将来何になったらよいか。客観的には自明すぎる。
しかし同時に、己の持つ力を恐れていた。力を有するがゆえに不幸な目に遭った人もいる。
『――そう。つらい思いしたんだね、スバル』
「本当はわかってるんです……。自分は魔導師を目指すべきだって。だけど怖くて……っ」
そうだった、最初からわかっていた。
けれど自分の中に迷いがある。誰かに背中を押してほしい。せめて話を聞いてもらいたい。
それが、決断を前にしてあと一歩を踏み出す勇気が持てないスバルの、意識下の願いだった。
じっと耳を傾けるように中空に佇んでいたモニターが、声を震わせるスバルに向け音声を発した。
『これからスバルが何をして、どう生きていくかは、あくまで自分で決めることだから。
つらかったり怖いなら、逃げたっていいよ。誰もあなたを責めたりしない。ただ――』
相づちも打たず、唇を結んでじっと次の言葉を待つスバル。自らを導く天啓を聞くように。
『想像してみてごらん? 今のスバルのこと見て、スバルのお母さんは喜んでるかな』
スバルのお母さん――。
思いがけず耳に飛び込んだ単語に、スバルの中で記憶のアーカイブがいっきに展開される。
もう思い出の中にしか存在しない母親は、大らかで勇ましくて、そして強い人だった。
格闘家としてでも魔導師としてでもない、人としての強さ。自分に負けない、心の強さ。
そういうものを、母親はたしかに持っていた。そしてそれを、幼いスバルにも期待していた。
――いつまでも泣いてちゃだめだぞ。スバルは私の娘で、ギンガの妹なんだから。
「いいえ……。きっと、空の上でがっかりしてると思います。今でも心配してると思います」
転んでべそをかいていた幼い日の自分にかけられた言葉の真意を、今ならば理解できる。
単に泣き虫なのを治してほしかったんじゃない。
自分に迷ったり、つらいことから目を背けることなく、たくましく生きてほしかったんだ。
……いつか自分がいなくなっても、スバル一人で、自分の足で前に進んでいけるように。
『大切な人から託された思い。それが胸の奥にあるってことだけは、どうか忘れないでいて』
「……は、……はい……」
母親がずっと伝えようとしていたこと。スバルは肝に銘じていたか。教えを守ろうとしたか。
答えはノーだった。スバルは今も、何も成長できていない。ただただ反省するしかなかった。
(これじゃあ、お母さんに顔向けできない。天国のお母さんが、ちっとも安心できない)
強い自分に生まれ変わるにはどうしたらよいのだろう。
ふと目線を上げると、スバルの次の行動を待つように目の前で静止しているブランクの画面。
その画面に向かってためらいがちに、しかし大きく口を開くスバル。
「あのっ……、一つお願いしたいことが……」
魔法のない世界で魔法と出会い、その力を我がものにした声の主。彼女ならばきっと――。
『ん? 何?』
「あたしに――魔法を教えてください」
ゲンヤが趣味とする盆栽の鉢が周囲に並ぶ、ナカジマ家の庭。その中心にスバルは立っていた。
『もっと気持ちを集中してみて?』
「こうですか? むーっ……」
母やギンガから少し習ったがすぐに投げ出してしまった、魔導格闘技シューティングアーツ。
おぼろげな記憶の中から型を思い出してそれらしい構えを取り、気合いを込める。
その頭上には半透明のモニターが浮いていて、ナレーションだけでスバルを指導していた。
『……違う違う、それはただ気張ってるだけ。魔力は心の力、だから思いを強く念じるの』
「念じるって、具体的にどうすれば……」
『たとえば防御魔法なら、自分を守りたい、あるいは誰かを守りたい。その思いが一番大切』
具体性に欠ける説明だと感じながらも、言われた言葉をしっかりと心に書き留めるスバル。
この人から教わると決めた。この人について行くって決めたんだ。今は信じるしかない。
「わ、わかりました」
通信モニターに頭を下げると、再び姿勢を取って重心を低く落とし、目をつむって集中力を高めた。
そして心の中で思い浮かべる。自分の身を守らなくてはいけないようなシチュエーションを。
無論、簡単には思いつかない。日常生活で命の危険にさらされる機会なんてそうそうないから。
……いや、スバルにはある。つい「この間」体験したばかりだ。
我を忘れた運転手が故意にスバルをはねようと突進させた、派手な色のスポーツカー。
(あのときは夢中だったけど、あれをまた思い出せば……)
出来ることなら心の奥底にずっとしまい込んでおきたかった忌々しい記憶。今、扉をこじ開ける。
親しくもない男の毒牙にかかりそうになった。少女の柔肌をむさぼる荒々しい手つきの感触。
そして、暴走した車体が目前まで迫っていた。あのまま下敷きになっていたら――。
いつしか額に汗が浮かんでいた。それでもスバルは逃げない。その瞬間を、克明に脳裏に描く。
(……! 危ないっ!)
キンッ。
グラスに氷を落とすような澄んだ音がしたかと思うと、スバルの視界全体が青白く染まった。
よく目を凝らせば、自分の体が半球形のドームの中にすっぽり収まっている。バリアだ。
「わ……。で、出た……」
『――お見事。素質はかなりあるみたいだから、コツさえつかめばすぐ使いこなせるよ』
空間モニターの賛辞を聞きながら、スバルの中で「もしや」が確信に変わりつつあった。
もしや――、車にはねられそうになったときも、無意識に防御魔法を発動させたのではないか。
スポーツカーはバリア魔法に接触して進路が逸れ、摩擦で火花を起こしながら横切った。
そう考えれば、衝突する寸前で急にスバルを回避するようなコースを取ったのも合点がいく。
しかし……。猛スピードで突っ込む巨大な鉄塊を退けるほど強固なバリアだったことになる。
自らの力を目の当たりにし、不意に血の気が引く。
……違う、そうじゃない。だったらなおのこと魔力を使いこなす術を学ばなければいけない。
『だけど……いいの? せっかく覚えても、「明日」になったらまた使えなくなるのに』
「かまいません! 明日また覚えればいいだけですから!」
『……へえ』
画面からの声に、驚きの色が混じっていた。
意志が弱く消極的だったこれまでのスバルからは予想もつかない発言だったということか。
「だから……、防御魔法が一通り出来るようになったら、次は射撃も教えてくれませんか」
バリア魔法が成功して気をよくした、というだけではない。スバルの瞳の中で燃えさかる炎。
『射撃って……スバルは近代ベルカ式でしょ? 特性だって近接格闘スキルの方が……』
「そんなのやってみないとわかりませんよ? ……あたし、自分を試したいんです!」
底知れぬ魔力資質。それを制するには、まず最初にどこまで出来るのかを見極めなければ。
――自分が何をすべきか、そして何をしたいのか。ちょっとずつわかり始めてきている。
『……オーケー。そこまで言うんだったら――わたしのとっておき、教えてあげる……!』
スバルの一直線な思いに、通信モニターも熱のこもった声で応じた。
『だいぶ出来るようになったね、魔力のコントロール』
「はいっ! 教官のおかげです!」
『……だから「教官」じゃないってば』
苦笑いの混じった弱り果てたつぶやきが、仮想コンソールのスピーカーから漏れる。
声の主が管理局で戦技教導隊に勤めていると聞いたスバルが、そう呼びだしたのだった。
――なぜか名前だけは頑なに教えてくれなかった。ならば、とつけた呼び名がこれ。
『それに、わたしは単なるきっかけ。スバルが毎日頑張って特訓してきた積み重ねだよ』
毎日――。スバルの目の前にモニターが現れてから、すでに数十日がリピートされていた。
振り出しに戻るたび、宿題や日課を毎回こなし、魔法も一から再習得する。その繰り返し。
しかしスバルの表情は明るい。変化のない一日の再訪を苦痛に感じていた頃の面影はない。
そして、成長のスピードは徐々に、けれど着実に上がっている。
スバル本人は気づいていないが、この頃、元の時間に戻りたいと口にしなくなっていた。
新たな魔法を覚え、上達を実感する喜び。一日一日が楽しくて仕方ないといった様子だ。
「それでも……! 教官に会えたからここまで変われたんです。自分を変えられたんです」
はきはきと答えるスバルの頭部には、どこから出してきたのか白い鉢巻が巻かれていた。
魔法の練習を始めて十日目辺りから、「なんか気合いが入るから」と締めるようになった。
「あたし……、やっと見つかりました。自分の目標。将来なりたいもの」
『そうなんだ? いつの間に決めたんだろ……。教えてもらってもいいかな』
「はい。――教官みたいになりたいです」
モニターの向こうで、声の主がむせ込んだ。
『って……わ、わたし……?』
「あたしが助けてもらったように、困ってる人の力になりたい。誰かを守れる人間になりたい。
それがあたしの『強さの意味』、そして……、教官とめぐり会えた理由だと思うんですっ」
自分で口にしながら、スバルの頬には赤みが差していた。まるで告白しているみたいだ。
恋愛感情ではないにしても――事実、スバルは声の主に強い憧れを抱くようになっていた。
命の恩人だからではない。魔法の才に長けているからでもない。
言葉の端から読み取れる彼女の哲学、信念、そして熱意。人としての魅力を、有している。
『うーっ……なんだか照れるよ。スバルが前向きになってくれて、そりゃ嬉しいけど……』
「あははっ。教官も女の子なんですね」
――プラス、スバルにとっての親近感も。
『……はい、雑談はここまで! 仕上げに一発撃って、今日はお開きにしよっか』
「わかりました!」
『結界は張れないから、空に向けて撃つんだよ』
純粋な魔力放射ならば周囲に損害は与えないが、スバルはその制御もまだ完璧とは言いがたい。
壊してもどうせ翌日には元通りに戻っているから――、なんて無責任な考えは持ちたくない。
本物でも偽物でもない。自分が今いるこの場所が、この時間が、この世界が。自分の全部なんだ。
降り注ぐ日差しのまばゆさにも負けない、ぎらぎらと輝くスバルのまなざしが蒼天を見据えた。
「すうーっ……、ふーっ……」
『そう、まずは呼吸を整えて。心を落ち着かせながら、魔力を一か所に集めて……』
声のガイダンスに従って、右手をぎゅっと握り込んで力をこめ、拳の先に意識を集中させる。
全身から、湯気が立つように何かが湧き上がる感覚。それが右腕を伝い、一本の束になる。
『そしたらイメージして。撃ち破りたいものを。“ブレイク”したその先にある、未来を』
「はい……」
魔法とは望みを叶える力。願いを具現化する力。だから、成功のイメージを思い描くことが重要。
声の主が、スバルに繰り返し指南してきたこと。
スバルにとっての射撃のターゲット――打ち砕くべき壁は、今までの自分。この手で、未来を拓く。
(もっと強くなるんだ。泣き虫だったあたしを捨てて、前に向かって歩けるように……!)
確固たる意志が結晶化したような、いわば思いの塊が、握った右手の中いっぱいに燃えたぎる。
最初のうちは抑え込みが利かず、よく暴発していたけれど、連日の特訓で制御も様になった。
これだけの大きなエネルギーが、自分の中に眠っている。後はそれを、外の世界に投げかけるだけ。
「……いけます。いつでも大丈夫」
『よーし……、声揃えていくよ……!』
――受け継いだのは、まっすぐな思い。
これまでに何度も困難な局面を打開してきたという、声の主とっておきの直射型射撃魔法。
かけ声に合わせて、二人同時に大きく息を吸い込む。そして。
『ディバイーン――』
「バスターーッ!!」
咆哮とともに、斜め上方に向けて力強くパンチを振り抜く。その先から放たれる、蒼い彗星。
出力やコントロールはまだ不安定なものの、教わった射撃は一応は形になったようだ。
水色に光るディバインバスターは減衰することなく雲を引きながらぐんぐん天へ伸び、そして……。
“天井”に穴を開けた。
「?!」
スバルは目を疑った。この大空に果てなんかあるはずないのに。
まるで空全体が巨大なバリアに包まれていたように。そして、その一点をバスターが貫通した。
うがたれた穴の周囲にひびが入り、亀裂は四方に広がって……、ついに砕け散った。空が割れた。
「えええっ? えっ? えーっ?!」
無数の鋭利な破片が地表に降ってくる。やがて、スバルの頭上からも。頭を押さえて身をかがめる。
「……ひゃあああっ」
目を開けると、視界に飛び込んだのは真っ白なシーツ。スバルの体はベッドに寝かされていた。
明るい色調の、清潔感のある室内。魔法の訓練をしていた庭ではない。病院の一室のようだ。
目の前の風景がいきなり変わって驚き戸惑っているスバルに、横から声がかけられた。
「おはよう」
サイドポニーを揺らす、白い制服姿の少女。椅子に腰掛け、スバルに柔らかな笑顔を向けている。
「えっと……。ど、どちら様……ですか?」
「うーん……覚えてるかな? 空港火災に巻き込まれたあなたを救助したんだけど」
「そ、それじゃあなたが……!」
「教官」だ。
毎日つきっきりで魔法を教えてくれた、姿なき空間モニターの声。聞き間違えようはずもない。
もう不完全な通信モニター越しじゃない。本人が目の前にいて、スバルと言葉を交わしている。
「自己紹介するね。時空管理局・航空戦技教導隊所属、高町なのは二等空尉です」
「あ……。スバル・ナカジマです」
高町なのは。初めて教えてもらった名前が、スバルの胸にじわじわと染み込んでいく。
……でも一体、どうなっているんだろう。ここはどこなのか。今までいた場所はどうなったのか。
「スバルっ……!」
「うわわっ」
「よかった、よかったスバル……! 目が覚めたのね……」
思案しているスバルに、なのはとは反対側から何者かが飛びついてきた。
懐かしい声、感触、ぬくもり。――姉のギンガだった。
意識が回復した妹の上体に両腕を回してきつく抱きしめ、声を詰まらせながら頭をすり寄せてくる。
(そっか……。あたし、今まで眠ってたんだ。――帰ってきたんだ)
続いて、病室にいたもう一人の人物も声をかける。
「……よお。元気そうで何よりじゃねえか」
壁面に背をもたれて腕を組み、どこか無愛想な態度のゲンヤ。
「えへへ……。ただいま」
久しぶりに目にした父の表情から、スバルはすぐに照れ隠しだと悟り目を細めて微笑みかけた。
念願だった家族との再会を果たし、おかしな世界からの帰還が叶ったという実感を得た。
そのスバル、すぐさまギンガのほうへ向き直って言う。
「お姉ちゃ――ううん、ギン姉! もう一回あたしにシューティングアーツ教えて!」
「ええっ……? も、もちろんいいけど……」
「お父さ……父さん! あたし魔法学校に入りたいの! それか魔導師の訓練所とか」
「はあっ? 何言ってやがる、こんな時期にか……?」
突拍子もないスバルの宣言に、ゲンヤの声も裏返った。娘に怪訝そうな目を向ける。
窓の外では寒風吹きすさぶ、二月。空港火災が起きた夏から冬へ、季節は半周していた。
――スバルが見ていたのは、どうもただの夢ではなかったらしい。
無限に一日を繰り返す世界。そのループした日数と同じだけ、現実世界の月日も経過していた。
「もう学院も士官学校も募集終わってるぞ。今から入れんのは陸士訓練校ぐれえしか……」
「どこでもいいよ! じゃあそこに転校するっ」
陸士訓練校の厳しさや練習のハードさは桁違いで、とてもスバルに耐えられるものではない。
――とゲンヤが説得しようとする前に、早々と決意を固めてしまう。
「おいおい……。……いきなりどうしちまったんだ? スバルのやつ」
「さぁ……? 私のことも急に『ギン姉』って……」
引っ込み思案だったスバルの突然の変わりように、ただ不思議そうに顔を見合わせる父と姉。
「――ま、高町の嬢ちゃんのおかげなんだろうな」
ゲンヤも、父の言葉に頷いたギンガも、スバルを見舞うなのはの熱心な姿を目撃していた。
昏睡状態のスバルを心配そうに見つめ、時に髪を撫でたりベッドから出した手を握ったり。
何か語りかけるような熱いまなざし。意識のない人間と、会話も念話も通じるはずないのに。
それでも、二人の間で何らかの精神的なやりとり――心の交流があったのは間違いなかった。
目を覚ましたばかりのスバルが、初対面のなのはに親しげに笑いかけているのが何よりの証拠。
「あたしもすぐに一人前になって、現場で活躍してみせますから!」
「うんっ。……また会える日を楽しみにしてるよ、スバル」
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