[やどりぎ] 宿り木

 秋は深まり、木の葉が次第に色づき始める季節。
 私はお母さんと一緒に墓参りに来ていた。今日は休日で、たまたまお母さんも一日お休みだった。「それじゃ出掛けましょうか」という、気紛れともとれる一声であっさり決まった。
 墓参りもれっきとした冠婚葬祭の一行事だと考えた私は、学校の制服を着ていくことにした。お母さんは服装なんて何でもよいと言ったけれど、祖先はやはり目上の人だと思うから、失礼な格好ではいけない。
 その祖先というのは、お母さんのご両親、つまり私の母方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんにあたる。
 昔、幼児だった私に、祖父母の墓参りに連れて行ってあげると約束したお母さん。その約束は覚えていてくれたのだけれど、果たされるまでに随分と年月を要したことになる。
 無理もない。順番からいって、まず私にお父さんの過去の話を聞かせてからでないといけないから。打ち明けられたのは先月のことだった。
 自動車に乗り込んで出発。お母さんとのドライブは久しぶりだったから嬉しかったけれど、目的が墓参りとなると手放しにはしゃぐことはできない。山間の道路を一時間ほど走ると、お母さんの生まれ育った町に入り、共同墓地に到着した。
 何十もの墓石が林立している。神社の灯篭の形をしたものや、ギザギザの長い木の板が添えられた墓もある。見慣れない光景だけれど、怖いとか異様だという雰囲気はなく、むしろ殺風景で寂しい感じがした。
 それぞれの墓に亡くなった人の魂が眠っていると言っても、その重みは家族など身近な人にしかわからない。他の人から見れば、ただ大きな石がそびえているだけ。
 一列にずらりと並ぶ墓の前を歩いて、そのひとつの前でお母さんがぴたりと足を止めた。
「ここよ」
 示されたその墓は、周りの他の墓と大差ない大きさや形で、これと言って特徴が見当たらない。どうやって自分の家の墓を見分けたのだろう。先祖代々之墓、と正面に彫られてるだけで、どこの家のものかもわからないのに。
 横に回ってようやく、日付と人名が控え目に刻まれているのを見つけた。「須里」の文字が確認できる。私の苗字でもある須里は、お母さんの家の姓だった。
 おもむろに墓の掃除を始めるお母さん。私もお母さんに頼まれて、墓地の入口近くの水道でバケツに水をくみ、それから二人で墓をきれいにした。砂ぼこりをかぶっていた墓石が黒々と光を弾く。
 お母さんが自動車に積んで持ってきたのは、墓を掃除するための道具だけだった。私は想像で、墓参りでは花を供えたりお菓子を置いたりろうそくに火を灯すものだと思っていたから、何も用意をしていないお母さんを不思議に思った。
「次はいつ来るかわからないし。その間に枯れたり腐ってしまうでしょ」
 だいぶ現実的な答えが返ってきた。正式には供え物をするのがよいらしいが、お母さんは自分の都合や手間を優先して考える人である。
 加えて、「いつ来るかわからない」という言葉も本当のようだ。今日は彼岸でも命日でもない。暇を見て、というより気が向いたときに、一人で来ていたそうだ。
 そのお母さんが、墓に向かって静かに手を合わせている。少し顔を伏せて、目を閉じているようだ。私たちの他に人影もなくて、本当に静かな、ひっそりとした時間と空間。
「志恵も挨拶する? お祖父ちゃんお祖母ちゃんに」
 少しして顔を上げたお母さんが尋ねてくる。うんとうなずいて、墓石の真ん前に立った。墓前に手を合わせることこそが墓参りのメインである。お母さんの所作を真似てまず手を合わせたものの、さて挨拶とは。二人に会ったこともない私が、一体何を話しかけたらよいものか。
 会ったことはないけれど、話なら聞いている。お母さんの結婚や出産にずっと反対していて、心労がたたって体を壊したと。
 反対した気持ちもわからないではない。お母さんが好きになった人がお父さんだったから。過去に警察ざたを起こし、家族と引き離されて施設で育ったお父さんのような人を、特別な目で見る風潮が社会にはある。偏見とはいえ、娘の将来を案じる親心ゆえのこと。
 けれど、できればお父さんという人物をもっとよく見て判断してほしかったと思う。お父さんの内面を知ってくれていたら、きっとお母さんと仲違いすることもなかった。――そんなことを考えながら、ゆっくりと口を開いた。
「えっと……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。孫の志恵です。お母さんとお父さんと三人で仲良く暮らしています。毎日とても楽しいです。お父さんは料理が上手で、花や野菜を育てていて、笑った顔があったかくて、その、本当にいい人です。だから……私は二人の」
 そこまで言ったとき、突然、背後からクスクスと笑う声が聞こえた。振り返ると、お母さんが口元を押さえている。
「志恵ったらおかしい……。わざわざ声に出して言わなくていいのに」
 そうだったんだ。かあっと顔が赤くなる。お母さん、それなら前もって教えてくれたらいいのに。
 しかしそう言えば、先ほどお母さんは黙して手を合わせていた。あのとき心の中で何か語りかけていたのだろうか。
「だけど、その分あなたの心が届いたと思う」
 そう信じたい。私は二人の……お母さんとお父さんの子に生まれてよかった。その気持ちが届いたことを。
 お母さんがこちらに近寄ってきて、私の肩を抱くように手を乗せた。それから並んで、しばらく墓を見つめていた。

 帰りの自動車の中。私が何気なく発した一言から会話は始まる。
「お父さんも来ればよかったのにね」
「私はどちらでも構わないけど。でも、今日は手伝いに行くって言っていたし」
「うん」
 その話なら私も聞いている。お父さんは今日、小庄さんの家の農作業を手伝うことになっていた。収穫の時期は何かと人手がいる。自分の勉強にもなるからと、自ら買って出たのだった。
 小庄さんといえば。おじいちゃんの二人の息子さんが、最近ときどき帰ってくるようになった。週末に畑仕事をしたりのんびり過ごして、またすぐ都会へ戻っていく。作業着姿よりも背広姿が似合いそうなおじさんたちだ。
 私がおじいちゃんの孫代わりの存在になるまでは、早く孫の顔が見たいと事あるごとに口を尖らせていたらしい。案外息子さんたちは、そんなおじいちゃんの小言をうっとうしく思っていたのかもしれない。
「予定が空いていても、お父さんはまだ来られないんじゃないかしら」
 お母さんがため息混じりに言う。車通りの少ない田舎道が続いている。
「どうして。やっぱり気まずいのかな」
「そうでしょうね。なんたって、うちの父親に塩まかれたもの、あの人」
「し、塩?」
 聞けば、お母さんがお父さんを紹介しようと家に連れて行ったとき、お母さんのお父さんは門の前でかめ片手に塩を投げつけて、お父さんを追い返してしまったそうだ。まるで笑い話だが、笑うに笑えない実話である。
 お父さんはいつまでも人に恨みを抱くような人ではないけれど、それでも禍根は残ったまま。お祖父ちゃんお祖母ちゃんがいなくなった以上、もはや話し合える機会もない。では、今後もお父さんがお母さんの家の墓前に立つことはないのだろうか。
「もしかしたら、志恵ならできるかもしれないわね」
 私? 私が、何を。
 次の言葉を待ったが、お母さんはそれきり何も言わなかった。ただ口元だけをにこりと緩ませるばかり。その不敵な笑みの意味は計りかねた。
 車内にしばしの無言が訪れる。車道のわずかな段差で車体が揺れ、フロントガラスの内側に吊るされた交通安全のお守りが左右に振れた。
 沈黙を打ち破るように、お母さんが明るいトーンで話しかけてきた。
「そうだ。せっかく外に出たんだし、ご飯食べていきましょうか」
 めったにない提案だ。お母さんと外食なんて、これまで数えるほどしかない。中でも思い出すのが……。
「またお寿司? ひょっとして」
 私の言葉に苦笑するお母さん。覚えていたんだ。私に意地悪しようとして回転寿司のお店に連れて行った日のこと。もちろん根に持っているのではなく、そんなこともあったね、と笑い合える温かな思い出。
 そんなふうにお母さんと共有できる記憶をまた増やせたら。思いが膨らむ。
 しかし、私は首を横に振り、寄り道しないでまっすぐに帰ろうと言った。
「今日のこと、早くお父さんに聞かせてあげたいから」
 お母さんは私の言葉に驚いたような横顔を見せ、けれどすぐに小さく肩を上下させた。
「そうね。そうしましょう」
 自動車は静かなエンジン音を立てて、山道の緩いカーブを下っていった。

 

 その日の夜、突如天候が荒れだした。
 外は猛烈な風雨。墓参りのときはよく晴れていたのに、一日のうちでこうも急転するとは。
 ちょっとした買い物から帰ってきたお母さんは、自動車で行ったのに頭から水を被ったように濡れていた。お店の出入り口から駐車場までのわずかな距離だけでこんなになったそうだ。
 夕食の間も、大粒の雨が地面や屋根に打ちつける音、強い風が窓ガラスを揺する音、そして、遥か上空で渦を巻く雲が不気味にうねりを上げる音が、食卓の雰囲気を完全に飲んでいた。
 いきなり、ストロボのようなまぶしい光がカーテン越しに室内を一瞬だけ照らした。程なくして、大気が破裂したようなけたたましい音が鳴り響く。
 不意の大音量で体がびくついた拍子に箸が手の中から逃げ、床に落ちた。それを見ていたお父さんとお母さんが顔を見合わせて笑いだす。箸が転がってもおかしい年頃、であるはずの私を差し置いて。
「雷、怖いんだ? しっかりしているようだけど、志恵もまだまだ……」
「ち、違うよ。ただびっくりしただけで、怖くなんか」
 慌てて否定したが、かえって照れ隠しと受け取られてしまったかもしれない。
「でも心配だね。だんだん近づいているみたいだ」
 お父さんの言葉にうなずく。光が見えてから音が聞こえるまでの間隔が短い。
 落雷で停電が起こるかもしれない。こんな日はさっさと消灯するに限る。食後の団らんを早々に切り上げて、私たちは早めに就寝することにした。
「志恵、こっちこっち」
 階段を上がりきったところで、お母さんが呼び止めた。寝室の前で私に手招きしている。
「部屋から枕だけ持っていらっしゃい」
「枕? どうして」
「今夜はこっちの部屋で一緒に寝てもいいのよ? ふふ」
 茶化すような含み笑い。さっき私が雷に驚いたのを、まだからかっているんだ。
「もう、だからそんなんじゃないって」
 頬を膨らませながら、逃げ込むように自分の部屋に入った。

 横になって目を閉じても、ひっきりなしに聞こえる雨の音に気が散って、なかなか心が静まらない。やがて胸がとくとくと鳴り出した。
 こんな天候のときはどうしても気持ちが逸る。雨風の勢いが弱まる気配はない。ただ激しいだけでなく、どこか肌寒い感じのする雨音だった。一足早い冬の嵐かもしれない。
 それから。雷が怖いか怖くないかは脇に置いて、大丈夫だろうかという不安な気持ちを抱かずにはいられない。
 大きな家ではないけれど、そうそう吹き飛んだり壊れたりしないだろう。丘の上に建つと言っても、地滑りを起こすような場所ではない。家の中にいれば安全は保障されたも同然である。
 それでもなお憂いが募るのは、もう建物の心配ではない。きっと理屈ではなく、生き物としての本能が身の危険を案じているのだろう。
 少し気持ちがたかぶっていたから、いつもより寝つくまでに時間を要した。けれど、目を閉じて全身を横たえていると、やがて意識がまどろんできた。
 そんなときだ。あの音を聞いたのは。
 ウワンウワンウワンウワン……。
 消防車のサイレンを遠くに聞くような、しかし機械的な印象は感じられない、不思議な音。奇妙なことに、荒れ狂う暴風雨のうなる音に混じっても、しっかりと耳で捕らえられた。
 聞き覚えのある音に似ていたからだろう。音というより、これは耳鳴りだ。
 田舎だから、夜中は辺り一帯がしんと静まり返る。無音の夜は時おり耳鳴りをもたらす。耳の中で、ホワ――という音のようなものが聞こえる現象。
 別段珍しいことでもなかったから、さほど気にも留めなかった。そう思い、心を落ち着けて睡魔の訪れを待った。
 だから。心に引っかかっていたもう一種類のかすかな懐かしさの正体について、深く思い出すことをしなかった。
 嵐が去って夜が明けるまで。

 

 次の日の朝は、叫びにも近い私の悲鳴から始まった。
 大声を聞きつけて玄関から飛び出したお父さんとお母さんも、私と同様それを見上げて固まった。
 わが家のシンボルのような存在だった庭の木が、見るも無残な姿へと変わり果てていた。
 葉という葉が抜け落ちたのは、冬前だからまだよい。葉を茂らせていた枝までもが、長短の別なく何本も折られていた。皮一枚だけ繋がって力なくぶら下がった状態のものもある。幹には鞭で打たれたような無数の傷がつけられ、薄色の内部をさらしていた。
 地面に視線を下ろすと、本体から引きはがされた樹皮やら小枝やらが、木くずとなってそちこちに散らばっていた。根の一部分が浮き上がり、地表に露出している。その部分だけ芝がめくれ、小さな地割れのように裂けていた。
 自然の猛威、という言葉が頭をよぎる。
 たった一晩の嵐によって、この大きな木がこれほど痛めつけられたという事実。なす術もなく立ち尽くす私たち。
 そして……息が止まったかのようにはっとした。やっと思い出した。
 昨夜聞いた耳鳴りの音が脳裏に再生される。わかってしまえば何のことはない。どうりで懐かしかったわけだ。
 あの音の正体は、私だけが知っているこの木の声だった。
 初めて木に登った幼い私が、幹にしがみついて台風に耐えていたときに初めて聞いた声。他の人の耳には届かず、心の中に直接届いた声。それは確かに「声」だった。私たちが普段使うような言葉の類ではないけれど、植物にも鳴き声があるとしたらきっとこんな声だろう、と納得してしまえるような。
 あの日以後も、時に木の声が聞こえることがあった。けれど、その意味はもちろん、どんなきっかけやタイミングで声を発するのかも依然わからない。
 では昨晩の声は。ひょっとして、激しい嵐に巻きこまれて脅えていたのではないか。痛がっていたのではないか。助けを求めていたのではないか。
 誰に? 私しかいないじゃないか。
 だとすると私は、木からのエスオーエスを聞き過ごしたことになる。どうしよう。取り返しのつかない過ちを犯したのではないか。
 たとえ夜中に飛び起きたところで私には何もできなかっただろう、けれど。それでも悔やまれるのは、あの耳鳴りが木の声だとわからなかったから。気づけなかったから。木が悲惨な目に遭っていて、必死に呼びかけていたというのに、私は気づけなかった。
 それきり言葉を失った私を、お母さんが背中をさすりながら家に上げた。お父さんが役場に電話して見に来てもらうと言っていたのを唯一の心頼みに、魂が半分抜けたような状態のまま学校へ向かった。

 帰ってくると、お父さんが浮かない顔をして待っていた。それだけでおおよその察しはついた。樹木に詳しいという役場の職員さんに見てもらったそうで、その結果を教えてくれた。
 木は病気にかかっている。ばい菌が全体に広がって、内側には水も浸入し傷みが激しい。根も腐敗が進んでだいぶ弱くなっている。昨日の大雨で状況はいよいよ危機的になり、このまま放置すると枯れるどころか、根が体重を支えきれなくなって家屋のほうに倒れる恐れがある。したがって早急に伐採すべき。
 伐採――。目の前が真っ暗になった。
 そして考える。どうにもならなかったとしても、それでも何かできることがあったのではないか。そんな気がしてならない。
 不意に、少し前の進路希望調査に樹医と書いた記憶が蘇った。私がいつか本当に樹医になれたら、木の病気も治せるだろうか。
 いや、いつかなんて悠長なことを言っている場合ではない。今しなくちゃいけないのに。
 自分を振り返る。調査票を提出してから今日まで、その進路の実現に向けて何かしただろうか? 職業として木のお医者さんになることはまだ無理だけれど、植物の育て方について調べることくらいならすぐにも取りかかれたはず。学校の図書室でもいいし、畑やプランターの世話をしているお父さんに話を聞いたっていい。そんな簡単なこともしなかった。憧れるばかりで何も行動を起こさないのでは、現実性の乏しいただの夢、空想でしかない。
 もっと真剣に取り組んでいれば。少しでも勉強して知識をつけていたら、今だって少なくとも指をくわえてただ見ているだけということにはならなかった。
 テーブルにひじをついて顔を伏せながら、お父さんの温かい視線を感じていた。きっと、私が心の中で自分をなじっていることを察しているだろう。
「あの木、何の木だか知っている?」
 そして、こんなことを聞いてきた。植物の種類のことを言っているんだと思う。それすらも知らなかった、いや調べようとも思わなかった自分がことさら恥ずかしい。
 面を下げたまま首を振ると、「センダンと言ってね」と教えてくれた。
 どんな漢字をあてるのか思いを巡らせている間にも、お父さんの説明は続く。成長が早くて頑丈な木で、秋になるとウズラの卵ほどの実をつける。……って。
「えっ」
 思わず顔を上げた。だって、あの木に実がなっているところなど一度も目撃したことがない。四季を通じていつも見ていたんだから断言できる。
 きつい目線で見上げる私をなだめるように、お父さんは言った。
「あの木はもともと、苗木のときから病気だったんだ」
 だから昨夜の嵐だけが原因ではない、と。
 お父さんとお母さんがこの家に住み始めて間もなくのこと。庭に何もないのは見た目に寂しいからと、木を植えることにしたお父さん。苗木を探すうち出会ったのがあの木だという。
 いつ枯れるとも知れない、成長しても実を結ばないかもしれないその木をあえて譲り受けた。きっと放っておけなかったのだろう。お父さんの性格がよく窺える。
 感慨深そうに目を細めて、当時のことを振り返っている様子のお父さん。それでも予想に反してあそこまで育ってくれた、と感想を口にした。
「志恵がいい遊び相手になってくれたから。元気を分けてもらって、それで長生きできたんだろうね」
「そうなのかな……」
 確かに、物心ついたときから木は常に私の生活の一部だった。木登りをしてみたいという好奇心から何度も挑んだ。木の枝に乗って望む景色は何倍も素敵だと知った。木をモチーフにしたスケッチは何冊分も積み上がった。
 今だって、切られると聞いて悲しい気持ちに支配されている。毎日見上げていた庭の木がなくなったら、きっと心に穴が開いたような気分になるだろう。自分の心の一部分が欠けてしまうだろう。
 だけれど。
 何もしてこなかった自分を悔いていたばかりなのに。恩返しって言うのも変だけれど、木が私から活力をもらって今まで生きてこられた、と納得するに足るだけの理由を、見合うものを、自分の中に見つけられなかった。
 違う……そうじゃない、後悔したって始まらない。今からでもまだ間に合う。木との残された時間、私に何ができるか、それを考えないと。
 その後すぐ、お父さんが再び役場に連絡を入れた。まるで私の了解が最終判断であったかのように。伐採の日は三日後に決まった。

 

 明くる日の放課後。青空の下、私の二人の友だちが遠慮がちに見つめ合っている。
「草子ちゃん……だっけ。その、今日はよろしく」
「うん、こっちこそ。ま……正樹さん」
 そわそわ、もじもじ。
 何だろうこの空気。見ている方が体のあっちこっちかゆくなりそう。
「ああもう、じれったいなあ」
 ついに耐えかねて、間に割って入った。お見合いじゃないんだから。
 しかも場所はうちの庭の、木の下。学園ドラマの告白シーンを思わせるロケーションというのが、照れくささにより拍車をかけている感がある。
「何も恥ずかしがることないじゃない。もう紹介は済ませたんだから」
 自分でそう口にしながらも、一方で仕方のないことだとも思う。風も正樹ちゃんも私とは仲がいいけれど、その二人が言葉を交わすのは今日が初めてだったりする。学校では、組やクラブ活動といったグループを同じくしない生徒とはあまり接点ができないものだ。
 だけど、私はつねづね二人にも親しくなってほしいと望んでいた。どちらのことも好きだし気に入っている。きっと、ううん、間違いなく気が合うはず。二人にいきなり「下の名前で呼び合うように」なんて注文をつけたのも、今日という機会にそれだけ大きな期待をかけているからだ。
 その機会、つまり風と正樹ちゃんを家に呼んだ用事であるが。
「立ち位置ここでいい? 志恵ちゃん」
「うん。あ、もうちょっとこっち……いいよ。楽にしてて」
「あー、緊張するなあ」
 二人を幹の両側に立たせてから、私は少し離れた場所で鉛筆を構える。全体の大まかな構成を頭に思い描いたら、雪景色のように真っ白な画用紙の上に鉛筆の先を落とした。

 安直な発想だと、自分でも思う。
 木が切られる前に、最後の姿を絵に残しておきたい。絵を描くことくらいしか取り柄のない私がようやく考え至った結論だった。
 ただし。二人の友だちが側に立っている、それが今までのデッサンとは異なる。
 自分の好きな人たちと一緒に、一枚の絵の中に木を入れたいと思った。大切な友だちと並んで立っている木の姿は、木もまた大切な存在であるという私からの視点で見たもの。
 昨日、お父さんに言われて気がついた。私は間違いなく木の昔馴染みの遊び相手だった。友だちだったんだ。
 キャンバスも、いつもラフスケッチに用いるスケッチブックではない。さらの大きな画用紙。それを画板に留め、紐を首からかけて下絵を書き入れている。最後は色を塗って、きちんと水彩画の形にしようと考えている。
 家の中に飾っておきたい。家族みんなの目につく場所に。お父さんとお母さんならきっと許可してくれるだろう。
 だから、絶対に中途半端なものにしたくない。百点の出来だと自信を持って言える絵に仕上げないといけない。美術部の活動でも経験したことのないプレッシャーをびりびりと感じていた。

 風の輪郭を描こうと目をやったとき、風とちらっと目が合った。
 とっさに慌てて下を向く風。自分が被写体であることを思い出して、すぐまた顔を上げたけれど、目線はやや伏せたまま。そんなむずがゆいような仕種につられて、私も視線を外しかけた。しかし、そこはぐっと思い止まる。
 小学生だった私の記憶。本丸さんとお互いの似顔絵を描き合った。あの頃は本丸さんへの憧れもあり、顔を見るのも恥ずかしかった。描いている最中も、目が合うたびに私は逃げていた。だから結局、特徴も何もつかめていない未完成の絵しかできなかった。
 それでは駄目なんだ。描く対象をしっかり観察しないと。それが人であっても、自分の好きな人であっても。目が合うことを恐れてはいけない。目線を逸らしていたら、本当の姿は何も見えない。
 あの日の失敗こそが、恥ずかしいと感じた気持ちこそが、本丸さんから教わった一番のこと。
 だから。両の瞳に力を込めるように、大好きな友だちの顔をしっかりと見据えた。

 

 不吉なモーター音を放つ回転ノコギリが、そろりと木の根元に添えられる。
 その日。学校から帰ってくると、自宅はすでに物々しい雰囲気に包まれていた。
 大型トラックや建設機械が狭い庭を占領し、木の周りを作業服を着た何人もの男の人たちが取り囲んでいる。それぞれ口にタオルを巻いたりマスクをつけていて、武装したゲリラ集団のようにさえ私の目には映った。
 少し離れた位置から様子を見つめていたお父さんを発見して駆け寄った。まさにそのとき、作業は開始された。
 刃が当たる瞬間、思わず手で顔を覆った。
 両手で光を遮った暗闇の中で、削られる音だけが響き渡る。やむことなく、容赦なく、幹を切り刻む、音。
 いかにも痛そうな音を聞く方が耐えられなくなり、今度は両耳を塞いだ。その代わり視界を邪魔するものがなくなって、目の前の状況が明らかになる。
 幹に食いこんだまま残虐な回転を続けるノコギリの、その刃先から木くずが飛び散っていた。
 なんてむごいことを! 頭の中が一瞬で沸騰するような憤りを覚えた。こんなの、人間や動物が体を切られて血を噴き出しているのと何ら変わらないではないか。
 ただ、どんなに辛かろうと、前に飛び出して作業をやめさせることもできない。ただ見ていることしか私には許されていない。こんな思いをするのなら見るんじゃなかった。学校から飛んで帰ってまで伐採になんて立ち会わなければよかった。
 ……ううん。すぐに思い直す。見届けなければいけない。木の一番の遊び相手であり、木との思い出を誰よりも多く持っている私が、その終わりの瞬間までをしっかり目に焼きつけなければ。記憶に残しておかなければ。
 それが、私が木にできる本当に最後のことだから。
 そうは言っても、とても直視に耐えるシーンではない。見ている私の心まで切り裂かれるようだった。胸の痛みを我慢しながら見守っているうち、いつしか両方の目からボロボロと涙が落ちていた。
 これは私の涙、プラス木の涙だ。泣くことができない木の分も私が泣いているんだと、そう思った。
 役場の職員か、それとも依頼を受けた業者か。作業員の人たちは、当然ながら悲しみになど暮れることなく淡々と作業している。時おり威勢のよいかけ声が上がり、私の気分に反して活気づいた作業現場となっていた。
 ふと、若い男の作業員の人と目が合った。こちらの姿を見てけげんな表情を作る。
 当然のことだ。住民の暮らしの安全を守るために仕事をしているのに、その家の者に泣かれているのだから。けしていい気はしないだろう。
 しかし私だって、この感情はこらえられない。自分の人生の一部そのものが切り取られようとしているのに。
 すっ。背後から手が伸びてきて、私の腕を取って引き寄せた。お父さんだ。何も言わず、私を懐に抱き入れた。
 慰めようと私の腕や肩をさする、そのお父さんの手は震えていた。まだ私の体に触れることに抵抗があるのだろう、それでも父親としての役目を果たそうとしてくれている。そんなお父さんに胸が熱くなって、いよいよ見境なく大泣きに泣いた。
 この日を忘れない。絶対に忘れない。

 

 初冬の朝、私は身支度を整えて庭に出た。
 羽ばたく鳥のように両手を広げて、大きく伸びをする。木がなくなってがらんとした庭の空間にも、ようやく慣れてきた。深呼吸した空気が鼻の奥に冷たい。
 足元、木が植わっていた場所を見つめる。根も掘り起こされて地面が裸になったところに、お父さんがすぐに芝を植えてくれて、もう周りとの区別がつかなくなった。その芝も冬枯れを始めて、早くもすすき色だ。
 次に町一帯を見渡す。雪が積もっているでも霜が降りているでもないのに、冬の朝の風景はどことなく白っぽく見える。空気が輝いているみたいに。
 庭から見えるこの景色は私のお気に入り。そういえば、よく木に登って高い場所から眺めていたっけ。そんなできごとが、はるか昔のことにすら思える。
 木が取り除かれて、空いたスペースをどうしようかと家族で話し合った。しばらくこのままでいいと私が言って、今はその通りになっている。
 お母さんは「次はちゃんと実のなる木にしてちょうだいね」とか「今度は犬でも飼ったら」なんて言っていたけれど、本気ではないことは私にもわかる。
 この庭に代わりのものなんて置けない。私たちにとって、木はもはや家族の一員だったから。
 それに――。
 ぴんと背筋を伸ばして、もう一度両手を広げる。
 私が木になろう。どっしりと構え、雨にも日差しにも耐え、冷静に物事を見つめ、まっすぐに空を目指し、木陰と憩いを提供し、そうして年輪を重ねていく。そんな人に。
 木と触れ合ってきた年月の中で学んだことや感じた気持ちを、きっと忘れはしないだろう。存在は思い出へと形を変えて、新たな息吹となって私の中に宿っているから。

 あの声が、今も私の心に木霊しているから。

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