「――その後のことは覚えてねぇ。その時代の闇の書や、あたし自身がどうなったかも」
長い独白を終え、ヴィータが大きく息をついた。舞台の幕が下りた直後の放心状態にも似た余韻。
闇の書の意志も、語り部を労うように一つ頷く。返す言葉もなく。二人の間に沈黙が流れる。
耳に入る音といえば、城下を赤一面に照らす戦火と、はるか上空で轟々と黒雲を押し流す風くらい。
昔話の内容よりも気になるのは、ヴィータがどうしてこれを語ることができたかという点だ。
闇の書の転生のたびに再生成される魔法生命体が、いかにしてリセット前の記憶を引き継げたのか。
「おかしな話だって、自分でも思うけどよ……。もしかしたら――後悔してんのかもな」
「後悔……?」
オウム返しで問う。過去への回顧が叶わぬ彼女らにとって、それこそ不相応な単語だったから。
「あいつを……、エムルを救えなかったことをさ……」
答えたヴィータは奥歯を食いしばり、グラーフアイゼンの柄を握る右腕が震えるほど力をこめた。
後悔を、言葉にするのみならず全身を使って表現するように。
――やはり、不相応な姿に映る。常に目の前の敵に猛進する紅の鉄騎が、過ちを引きずるなんて。
「……すまない。正直、理解が及ばない。主でもない人間の死を、なぜそうも悔む」
ヴィータに歩み寄りたい気持ちはあっても、決して迎合はしない。管制人格にも己の主張がある。
自分たちが忠誠を誓うのは主となったベルカ継承者のみ。それ以外の人間など塵芥に過ぎない。
「っ……悪いかよ……」
「たしかに、過去に仕えた主の娘だ。ベルカの後継ぎだ。だが彼女自身は主ではない――」
「うるっせえ!! 理屈じゃねえだろうが……!」
突然の激昂。空気の振動が、もとより脆くなっていた石垣を震わせ砂礫をパラパラと散らした。
その気勢も急速に失せ、顔を伏せて黙り込み横っ腹を押さえている。自分の大声が傷口に響いたか。
エムルに固執する理由――。ヴィータが次につぶやいた、低音のうめき声の中にその答えがあった。
「あたしにはエムルが……、今まで従ったどんなマスターよりもマスターらしいって思えたんだ」
首を傾げたくなる発言だった。「主らしさ」など、これまで一度も考えたことがなかったから。
闇の書にとっては、自分自身が無作為に選んだ転送先の世界で出会った人物こそが主なのであって。
魔導師としての能力やヴォルケンリッターとの相性に良し悪しはあれ、主は主。ただ仕えるのみ。
それをヴィータは、歴代の所有者を差し置いて別の人間を称賛している。不義理もはなはだしい。
……裏を返せば、過去にひざまずいた主たちよりもそのエムルに強く惹かれたことの表れと言える。
「あいつが叶えようとしてた『輪廻を断ち切る』って意味はわかんなかったけど……。
けど間違いなく、他の誰よりもあたしたちやあんた――闇の書のことを一番に考えてた」
あんた、という単語に合わせ少し顔を上げ、管制人格をちらりと見た。またすぐに視線を落とす。
エムルが気に掛けていたのは自分だけではない、闇の書のこともだ。――そう目で訴えるように。
「エムルがマスターになってくれてたら、あたしたちの生き方もきっと……」
「……。そうだな」
――あたしら……なんでこんなことしてんだよ。何のために、生まれてきたんだよ……っ。
マスタープログラム含め誰も思い至ろうとしなかったその究極の命題に、彼女はたどり着いた。
過去の主の時代におけるエムルとの出会いが、そして心の交流が、ヴィータを変えたのだろう。
しかし、願いは届かない。エムルが闇の書の主になることは、もうないから。それは、ただの夢。
ところが。
「結局……、あたしは守れなかったけどさ。エムルのこと……次こそは守ってやれよ」
ぽつりと、寂しそうに。ヴィータから闇の書の意志へ、不意打ちで託されたメッセージ。
顔を覗き込むと、今まで見せたこともない緩んだ――全てを悟ったような穏やかな表情があった。
何を言っているのか――。意味がわからず、管制人格の思考は置いてけぼりを食ったまま。
すでに故人となったエムルを「守ってやれ」とはどういうことなのか。人間は転生などしないのに。
本来持ちえない過去の影響で、彼女の記憶が混乱しているのか。時間軸を、取り違えているのか。
「紅の鉄騎……? それは一体どういう――」
呼びかけに応じて顔を上げた幼い守護騎士の首が、振り向いた角度のまま不自然に停止した。
――突如、背後から伸びた長い柄のデバイスの先端が、頭蓋を左から右へ串刺しにしたから。
こめかみ辺りから生えた鋭利な刃先。口はだらしなく開き、見開いた両の瞳は瞬く間に光を失う。
ヴィータの背後……崩れかけた城壁の縁に立っていたのは、武装隊の防護服を身にまとった男。
「悪いな。歓談中のところを邪魔させてもらった」
「な――ッ」
首を絞められたかのように言葉が出なくなる。会話に熱くなるあまり接近に気づかなかったのか。
武装隊員は言って唇の端を上げ、デバイスを引き抜いた。左右に貫かれた風穴から液体が噴き出た。
糸の切れた人形と化したヴィータの体が倒れ込む。頭部を石畳に打ちつけ、ごとりと音を響かせた。
うつ伏せた顔面の周りに広がる、おびただしい量の水溜まり。なかなか床に染み込んでいかない。
「闇の書のありかを吐け。それとも……」
槍というよりは長刀に近い形状のデバイスが、管制人格へ向けられる。刃先から滴る鮮やかな赤色。
目の前で起きた突然の事態に体が動かない。強ばる腕に抱かれた一冊の魔導書に、男は気づいた。
「……そうか、貴様が闇の書そのものということか!」
「く……っ……」
「ならばこの場で葬るのみ……! ハアッ――」
振り下ろされるデバイス。闇の書の意志は唇を噛んだ。窮地に追いつめられたから、ではない。
呪ったのは、己の運命。
ヴィータの遺した言葉も、叶えてやれないどころか、自分が次に転生したときには憶えてはいまい。
何のために生まれ、何をして生きるか。答えも見つけられず、永遠に死と再生を繰り返すのか。
無為でしかない自身の存在、血に汚れた歴史、背負った悲しき輪廻。何もかもが嫌になって――。
「……うあああああああああああああっっ!」
咆哮とともに頬を流れ落ちた、一筋の雫。全身から発せられた衝撃波が武装隊員を吹き飛ばした。
顔を上げ体勢を立て直そうとする男に向け、闇の書の意志が厳かに歩み寄り手のひらをかざす。
「ぐうっ……! こ……この力は」
「焼き払え、煉獄の雷火――――デアボリック・エミッション」
――どうせ破壊にしか使えない力。ならば、何もかも壊れてしまえ。この世界も、この身も。
完成半ばのページに蒐集されたリンカーコアを、残さず搾りつくすように魔力を一点に凝縮させた。
解き放たれた黒き稲妻は、古城を中心に戦地一帯を覆う。生命という生命を奪う、死の炎となって。
◇
――お目覚めを。
優しく呼び起こす声。不思議と母のような懐かしさを覚え、少女はゆっくりと目を開けた。
「あ……」
見たこともない光景だった。
見渡す限りの「星空」。無数の光の粒がはるか遠くで輝き、辺りには視界を遮るものが何もない。
自分の足元――座している車椅子の下にも足場はなく、しかし見えざる地面の感覚の上にある。
そして、全身をぼんやりと包む淡い光。光源は見当たらない。どこからともなく湧き立っている。
宇宙空間に放り出された、という表現が一番しっくりくる。神秘的で、幻想的で、独りぼっちで。
しかし、少女の心に驚きや動揺はなかった。見覚えはなくても確かに知っている。感じられる。
目の前に広がっているのは、この少女……八神はやての心象風景に他ならない。
「――おはようございます。主はやて」
同じ声だった。はやてを呼び覚ましたのと同じ、落ち着きと気高さを感じさせる声。
その声の主と思しき人物が、正面から一歩また一歩と近づいてくる。
背中の後ろで左右に揺れる白銀の髪は、周囲の風景とも相まってきらきらと光るように見えた。
黒一色の質素なワンピース姿は、一度に四人もの家族が増えた半年前の出来事を思い起こさせた。
そう、シグナムたちが最初に着ていたのと同じ服装。きっと“彼女たち”の初期設定なのだろう。
(ああ、あの子や――)
目の前で、そして自分の身に何が起こっているのか。理解に至るまで時間はかからなかった。
車椅子の前まで歩み寄ってきた彼女が、古びた白紙の書物の中に眠っていた人格だということも。
人型と対面するのは初めてでも、意志を持って飛び回る不思議な本とのふれあいは長かった。
一目見ただけで、そして感じられる雰囲気で、すとんと胸に落ちた。こんな姿をしていたのか。
もっとはっきり視界に映したい。座った姿勢から首を伸ばし、顔を覗き込もうとするはやて。
そんな懸命な様子の幼き主へ、闇の書の意志が向けた表情は。
「…………」
――眉をひそめ、かすかに息を漏らし。のどを詰まらせたようなどこか苦しげな顔つきだった。
まるで、出かかった言葉を飲み込んだような。――何を言いかけたのか。何に気づいたのか。
この両脚の不自由な小柄な少女を前にして、何か……当てが外れたことに落胆しているのか。
「んん……?」
そんな反応を見せられて困惑したのははやてだ。
一度は「主はやて」と呼んでくれたのに。魔導書の姿のときはあんなに人懐っこかったのに。
そして本の中から実体を伴って現れた人格が、この麗しき容姿を持った気高き騎士であると。
……自分の思い違いだったのだろうか。
直感を疑いだしたはやては、真意を確かめようと改めて彼女を見上げ、まじまじと見つめた。
哀しい目をした真紅の瞳から発せられる視線とぶつかりあった瞬間、心に流れ込んだもの――。
幸せ……ですか。私にはよくわかりません。
前線へ戻ります。平和を脅かす連中を根絶やしにして、――あなたを守るために。
――おはようございます、主ワゴナー。それから――。
(それから……。って、これ……っ!)
“知っている”。はやては出会っている。この子と、ずっと昔、自分が……生まれる前に。
「……っな、そんな、まさか……」
「ええ」
そのまさかです、と答えるように。
何か重大な事実に気づいて声を震わせだしたはやてを、安心させるようにこくりと一つ頷き。
そして、言った。
「また会えたのですね。……エムル」
重みと温かみをもって管制人格の口から発せられたその単語が、はやての胸に染みていく。
そして、文字通りキーワードとなって、魂の底に刻み込まれた記憶の封印をアンロックした。
エムルという、どこの国……いやどこの次元世界の言語とも知れぬ名で呼ばれたはやては、
「……そっかぁ。そうやったんか」
とつぶやくと、車椅子に背をもたれてのけぞり、風船の空気が抜けるように深く息を吐いた。
全てを悟った安心感からか、口の端から「あはは」という力の抜けた、乾いた笑いが漏れ出る。
周囲に拡散し無限に広がる空間に溶けていく笑声に、目を細めてただ聞き入る闇の書の意志。
かつて交流のあった少女との、遠き過去の日を偲んでいるようにも見えた。はやてが続ける。
「これ、わたし自身の記憶やったんやね」
てっきり作り話や思うてた――と。管制人格は穏やかな微笑みを浮かべ、はい、と答える。
これ、というのは、いつから頭の中に描かれていたのかはやて本人も定かでない、一編の物語。
すなわち――。薄幸の少女と魔法の本から飛び出した守護騎士との、淡い恋と悲しい別れの話。
「――女の子はな、その本を……つまりあなたを、苦しみから解放したかったんよ」
異世界にある魔法の国で、体の弱い少女の前に一人の騎士が現れ、少女を守ると誓いを立てる。
古き書物に意志を宿していた彼女は人間ではなかったが、少女の憧れは日増しに募っていった。
だが、二人は戦渦によって引き離される。破壊兵器たる呪われた宿命を背負わされた戦乙女。
必死に呼び止める声にしかし背を向け、漆黒の大きな翼を広げ、戦地へと飛び立っていった。
必ずや少女を守る、との言葉を残して――。
敗戦後、生き延びた少女は銀髪の騎士の噂を耳にする。各地で暴れては姿を消す神出鬼没ぶり。
消滅と転生を繰り返し、現れた世界で魔力を蒐集し、また破壊の限りを尽くす。悲劇の連鎖。
……自分が書物の所有者になれば、絶対に戦争の道具になどしない。輪廻を終わらせられる。
その一心から、少女は魔導書を――黒き翼の騎士を捜す旅に出た。途方もない孤独な旅路。
成人し、さらに年齢を重ねた末、ようやく再会を果たすが、悲願は叶えられることはなかった。
魔導書の捕獲を狙う組織の手によって命が奪われたから。苦難の人生の果ての、無惨な最期。
魔法やファンタジーに憧れを抱く幼い少女がいかにも思い描きそうな、ありふれた空想話。
はやて自身、ずっと信じて疑わなかった。いつしか頭の中で考えついた創作なのだろうと。
自分がまさに魔法少女――ベルカの騎士だったという事実と出合うよりも前に。
「……けどな?」
――はやての「作り話」はそこで終わっていたが、開錠された「記憶」には続きがあった。
「エムルには考えがあった。自分がみんなの主になるための方法……」
まるで最初から、二人が対面した瞬間に情報がリンクする仕掛けが施されていたかのように。
新たに脳内にロードされたエムルの生涯を、はやてはさも自分のことのように語りだす――。
次の主は転生の際、ランダムに選ばれる。だから闇の書そのものを手に入れても意味はない。
そのことには、エムルも旅の途中で気がついた。では自分が“当選”を果たす可能性は?
無限の時を生きる魔導書と、せいぜい数十年の寿命の人間――。チャンスは少ないだろう。
ならば、……自分が死んだ後も闇の書と同じく転生できたら、いつかはめぐりあえるのでは。
決意はすぐに固まる。その後の彼女の足どりは、自ずと人目を避けるような形になった。
――魂を肉体的な生から切り離し生き長らえるという、禁断の魔法を求める旅路だったから。
果たしてエムルの死後、肉体を遊離した精神は次元世界をさまよった。次なる宿主を探して。
やがて、彼女の遺志は一人の赤ん坊へと引き継がれ、託されることとなる。
はるか時空の彼方、とある管理外世界で生まれた新たな生命。
後にはやてと名づけられる少女の胸の奥に、ベルカ継承者のリンカーコアが灯った瞬間だった。
「生まれ変わり……みたいなもんかな。平たく言うたら」
「そのようですね。こうして一緒にいると、どことなく懐かしさを感じます」
「そうかぁ……。わたしはあんまり実感ないなあ。ごめんな?」
主の謝罪に対して「お気になさらずに」といった意味合いで首を振る。
それから胸に手を当てて目を閉じると、思い出を噛みしめるように静かに立ち尽くしていた。
「――いえ。私にも、エムルと過ごした時間の記憶は残っていません」
「ええ? ほなどうして……」
やがてまぶたを開けた闇の書の意志が意外な一言を口にしたため、思わず声を上げるはやて。
記憶にないのなら、どうして過去を偲ぶような素振りを。なぜ「懐かしさを感じ」たのか。
「別の時代に聞いたんです。エムルがどういう人物だったか。紅の鉄騎が話してくれました」
それまで頬を緩めて言葉に耳を傾けていたはやての表情が、その二つ名を聞いた途端翳った。
紅の鉄騎――。鉄の伯爵グラーフアイゼンを操る、熱く燃える心を持った赤髪の守護騎士。
いつも元気に動き回り、屈託ない豊かな表情を見せていた、口の悪さも憎めない幼い女の子。
マスターである自分を「はやて」と呼び慕ってくれたあの子は……。
「なぜその話だけ憶えているのか、私にも説明がつきませんが――、……主はやて?」
「う……うあぁっ……。どないしよ、ヴィータが……、ヴィータぁぁ……っ」
両手で顔を覆うはやて。その脳裏に、意識を失う直前の出来事がじわじわと思い出されてきた。
いつの間に移動したのか、病室にいたはやてが病院の屋上で目にしたもの。
外套だけを残し姿を消したシグナムとシャマル。目の前で光の粒となって消滅したザフィーラ。
そしてヴィータも――。感情の爆発によって闇の書の意志と融合し、肉体と意識を乗っ取られた。
だから今、はやては自分の心の中の風景に身を置き、心身を一つにする彼女と向き合っている。
本来あるべき姿に戻らなければ。そして、外の世界で暴れ回っている“自分”を止めなければ。
(ヴィータ……みんな……、すずかちゃんとそのお友達……、待っててな)
ぐい、と目元をセーターの袖で拭うと、勢いよく顔を上げる。
少しすっきりした晴れやかな表情には、幼くして夜天の王としての風格が漂っていた。
「名前をあげる」
言って、はやては手招きをした。
闇の書の意志が歩み寄り、車椅子の前に――それこそ御前にひざまずくように――片膝をつく。
すると、両頬が温かな感触に覆われる。身を乗り出したはやてが両手を伸ばし、包んでいた。
血のように真っ赤な瞳に、自分の顔を映すようにじっと見つめるはやて。管制人格も見つめ返す。
「もう誰にも闇の書なんて呼ばさへん。みんなと一緒に、ずーっと仲良く暮らそな?」
「……ありがとうございます」
――かつて、遠き異界の地において一人の少女を苛んだ後悔。
戦場へ向かう女騎士を引き留められなかったこと。血塗られた運命から、救えなかったこと。
激しい悔恨が彼女を、次元世界を巡る旅路へと駆り立てた。その後の人生全てを費やすほどの。
いわんや、死してなお。魂だけの存在となってもなお。もはや執念と呼ぶに相応しかった。
名前で呼んであげたい――。その、たった一つの願いのために。
今、ようやく報われる。時空を横断した壮大な、しかしささやかな望みは、ここに実を結ぶ。
「夜天の主の名において、汝に新たな名を贈る――」
……また会いましょう? そのときは、私は――闇の書の主として。みんなの家族として。
魂をも捧げたエムルの祈りは、長き時を経て、次の主となった少女はやてへと受け継がれた。
ただし、生まれ変わりだったとしてもはやてははやてであって。エムルが蘇ったのではない。
前世からの約束を果たすため、などと魂の刻印に囚われることなく、自分の意思で決める。
その決意とはすなわち。管制人格の頬に優しく触れ、自分が受け入れるというサインを示す。
そして、剣十字が模られた魔導書より具象化した人格――黒き翼の銀髪の戦乙女に名を与える。
四人の守護騎士とともに、八神家の一員として温かく迎え入れるため。家族に、なるために。
彼女も……マスタープログラム自体も、度重なる不正改造の末の産物、いわば被害者であって。
呪いの魔導書だのロストロギアだのと槍玉にあげられ、忌み嫌われるような存在では断じてない。
少なくともはやてには、ついに待ちわびた末っ子だから。望まれて生まれてきた子なのだから。
だから、真名を授ける。管理者権限の獲得だなんて理由は二の次。これは神聖な儀式だから。
――思い出の欠片も残っていない両親が、きっと同じようにはやてと命名してくれたように。
「祝福のエール……リインフォース」
管制人格がその名を受け入れるように瞳を閉じ、それと同時にまばゆい光が二人の体を包んだ。
これで、闇の書改め夜天の書は所有者が決定し、ユニゾンの主体人格もはやてに戻るだろう。
デバイスと騎士甲冑が用意され、プログラムの破損修復、つまり守護騎士の復活も可能になる。
いよいよ意識が目覚める。心と体を重ね合わせている新たな家族に、はやてはこう声をかけた。
「また……、ううん。やっと会えたなぁ」