煉瓦造りの薄暗い部屋の中が、白日の下に晒されるがごとく強烈に照らされる。
空中でまばゆい閃光を放つのは、古よりの魔導書。ハードカバーの表紙に模られた、剣十字の紋章。
大きく見開きにされたページには、魔法陣や術式がびっしり書き込まれている。
「ぁ……、っあ……」
薄茶色の髪の少女は声を震わせながら、一歩また一歩と後ずさる。手にした杖の感触も覚束ない。
うろたえたのは、眩しかったからではない。
――本の中から、人が現れたから。
少女の見誤りでなければ、その人物は長身の女の姿をしていた。
白銀色の長い髪が浮き上がり、舞う。見開きから発せられる膨大な魔力が巻き起こした風によって。
服装も異様だった。丈の短い黒一色のワンピースに、四肢と胴体を束縛するかのような赤いベルト。
少女の傍らに立つ彫りの深い大柄な男は、驚きと歓喜の入り混じった表情で生誕を歓迎している。
その後ろでは四人の従者がひざまずき、目前の光景に顔を上げることもなくただじっと待機するのみ。
これは何の儀式なのだ。男は蒐集が四百ページを超えたから、とか何とか言っていた。
先の四人に続いて、この人物も呪われし魔導書より生まれ出ずる存在――、ということなのか。
やがて風がやみ、床からわずかに浮いていた女のまぶたが厳かに上がった。
切れ長の両目の奥にたぎる、真っ赤な――血の色をした瞳。その視線を少女に向け、口を開いた。
「――おはようございます、エムル・アイミーヴ」
十四歳の少女エムルは、帝国軍の騎士団長を務める父と二人、慎ましくも幸せに暮らしていた。
いささか体が不自由であるものの、本人の性格は明るく、一女学生として日々を謳歌していた。
その日常を脅かさんと忍び寄る影……それが、戦争。
時は今、次元世界を股にかけた戦乱の真っ只中にあった。
この世に何百と存在すると言われている次元世界。その一つに数えらえるのが、ここヨーゼ帝国。
元は小国の一つに過ぎなかったヨーゼ帝国は、次々と隣国へ侵略し、勢力を拡大していった。
やがて世界全体を掌握するまで。強大な軍事国家、もとい軍事世界として世に君臨した。
それほどの猛威を振るった兵力の礎となったのは、ベルカ式魔法体系。
もともとベルカの血筋が多かったこの国は、「人材こそが宝」と死をも恐れぬ騎士を徹底育成した。
対人戦闘や殲滅戦に特化したアームドデバイスも多数製造され、まさに人馬一体の強さを得ていく。
世界を平定してからしばらくは争いのない時代が続いていたが、そう長くはもたなかった。
今度の敵は次元の外から現れる。
質量兵器の廃絶と平和的な時空管理を提唱する、ミッドチルダ式魔法を主体とする連合軍だった。
古来よりベルカ式とミッド式は水と油。自らの誇りを棄てるような統治になど賛同できるはずがない。
対するミッド連合軍は――実力行使に出る。帝国軍との武力衝突、魔力を持たない民間人の襲撃。
他の次元世界が次々と管理下に収まる中、最後まで抵抗を続けた勢力の一つがヨーゼ帝国だった。
――後に「旧暦」と呼ばれることになる時代の、その晩年の出来事。
「それがあれば、無限の力を意のままに操れる。わが帝国に恒久の平和をもたらす秘術だ」
帰宅するなり軍服も着替えようとせず、娘の前で興奮を隠しきれない様子で語る父ワゴナー。
総隊長として部隊指揮や訓練指導に当たるワゴナーは、自身も軍で一、二を争う凄腕の騎士だった。
全身に残る無数の傷跡は「騎士の勲章」と誇り、背中を流しに来たエムルを卒倒させたことがある。
そのワゴナー、通常任務の合間に自ら軍所有の書庫に足を運び、ある物を探しているという。
連合軍とのつばぜりあいが続き、部隊や国土にも被害が出ている状況にあるにも関わらず、である。
それは古代ベルカ時代に生まれた魔導書であり、この均衡を一気に打開する最終兵器になるという。
しかし心優しいエムルには、とても首肯できるものではなかった。
その魔導書を使って帝国軍を勝利に導くことも、そもそも平和のために争わねばならない理由も。
みんなベルカの誇りに拘っているだけ。早く相手方の傘下に入ってしまえば被害も抑えられるのに。
「お父さま……。ですがそのために戦争なんて……」
一国の軍事を実質的に取りしきる父親と、何の権力も持たないその娘。
自分の意見など聞き入れてもらえるとも思えないが、それでも伝えようとエムルは訴えようとした。
するとワゴナーは、娘の両肩を掴み顔を覗き込んだ。あまりもの腕力に、小さな悲鳴が上がったほど。
「わかってくれ! たしかに私は軍人だが、国以上に――一人娘のおまえを守りたいのだ」
父が本当に自分を大切にしていることを知っているから、エムルにはそれ以上何も言えなかった。
それが、ほんの数日前の話で。
この日、学校から帰ったエムルは夕飯の準備のため厨房に立っていた。
曲がりなりにも帝国軍幹部の屋敷である。通常、料理は何人も抱えている使用人の仕事。
しかし、この日はエムル自ら申し出て交代してもらっていた。たびたびあることだった。
父のために何かできることはないか、そんな健気な思いからの行動。
実際エムルは、料理を筆頭に家事全般を得意としている。
ブイヨンを効かせた野菜スープが一煮立ちしたところで、通路を歩いてくる靴の音が耳に入った。
耳慣れた足音。帰ってきた――。壁に立てかけておいたアイボリーの杖をいそいそと手に取る。
エムルは両脚が少し弱かったが、杖をつけば自分で歩ける程度だったので常に愛用していた。
もちろん、杖と言っても騎士用のデバイスではない。足腰の衰えた老人が使うのと同様のものだ。
父親からの遺伝で高い魔力資質を有するが、幼少から病弱だったため一切の魔法訓練経験がない。
杖を器用に扱い、隣の食堂室へ歩いて移動する。ちょうどそこへ、愛する父が姿を見せた。
「ただいまエムル」
「お父さまっ、お帰りなさ――ッ」
喉に物が詰まったように、そこから言葉が出なくなる。
父の後ろにさらに四人、見慣れない人物がいたから。父以外の足音が耳に入らなかったらしい。
……ワゴナーはこのように、自分の部下や軍の関係者を招いて会議したり食事を振舞うことがある。
何人かすでに顔見知りの――エムルを気に入って声を掛けては父に睨まれている若い騎士もいる。
しかし、エムルがどもったのは四人の客人が初対面だから――人見知りしたからではない。
成人前後ほどの若い女が二人、筋骨隆々な色黒の男が一人、それから年端もいかない少女が一人。
それぞれエムルを一瞥して軽く会釈するが、その顔色から何も読み取れない険しい表情をしていた。
目つきや顔つきが怖い……というのでもない。見た目のいかつさなら自分の父だって相当なものだ。
――四人から非常に高い魔力を感じる、それも禍々しさに満ち満ちている。悪意か、それとも殺意か。
魔法が使えない代わりに他人の魔力を敏感に感じ取れるエムルが、本能的に敷いた警戒態勢。
「――ああ、新たに結成した直属の近衛部隊だ。いずれきちんと紹介しよう」
怯えたような娘の様子に気づき、説明するワゴナー。
「は、はい。今から食堂をお使いになるなら、私は外しましょうか……?」
「いや構わんよ。……今日も夕飯を作ってくれているのかい? ありがとう、楽しみだ」
鼻を鳴らし、台所から漂う匂いを嗅ぎつけると娘に向けて目尻に屏風のようにしわを寄せた。
その後、厨房に戻ってきたエムルは一つのミスを犯したことに気づく。
四人の分の食事も用意すべきか聞いておくのを忘れたからだ。
スープは多めに作ってあるから問題ないとして、他の献立は作り足さないと間に合わない――、
「しかし、主ワゴナー……!」
食堂室から女の声が響いた。父のことを「団長」や「大将」と呼ぶ者はいても「主」は初耳だ。
……どうしても気になってしまい、壁際に寄ると厨房から少しだけ顔を出し隣室の様子を窺った。
「――では、我々がリンカーコア蒐集に動く必要はないと?」
先ほど聞こえたのと同じ声だった。
若い女の一人、長髪をポニーテールでまとめた方がワゴナーに詰め寄るように問いかけている。
一体何の話だろう。リンカーコアは知っているけれど、それを蒐集するとはどういう意味なのか。
「そうだ。わが部隊の兵たちから全て差し出させる。なに、帝国軍きっての屈強な騎士だ。
その程度でくたばる軟弱者などおらぬ。市民有志からも提供の申し出がある。だが娘は――」
そこまで答えたところで、ワゴナーが突然エムルのいる方を振り返った。とっさに身を潜める。
「……頼む、エムルからだけは奪わんでくれ。身体の弱い娘だ、もしものことがあったら……」
滅多に耳にすることのない、ワゴナーの弱々しい声色。エムルの身を案じる父の泣き所だった。
どうやら、ワゴナーたちは魔導師の魔力の源であるリンカーコアを採集しようとしているらしい。
そんな命に関わる危険もあるものをなぜ。集めたってその魔導師の魔法が使えるわけではないのに。
何か、リンカーコアを魔力に変換し使役できるような機構のついたストレージでもあれば話は別――。
(それがあれば、無限の力を意のままに操れる。わが帝国に恒久の平和をもたらす秘術だ)
数日前のワゴナーの言葉が不意に蘇る。
まさか、父が追い求めていたのがそのストレージデバイスで、そしてついに発見したというのか。
「承知しました。マスターの仰せの通りに」
もう一人の若い女、金髪の方がうやうやしく頭を下げる。ワゴナーを主やマスターと敬う彼女ら。
父は普段、配下の騎士との堅苦しい上下関係を嫌う。単なる上官と部下の間柄にはとても見えない。
その横で、赤毛の髪を左右で編んで大きなおさげを作った少女が横を向いて不満をこぼした。
「へっ……! あたしらは用無しかよ。守護騎士の名が泣くぜ」
守護騎士――主人を守るための存在。……所有者となったワゴナーを守るために、生まれた存在?
父は少女の横柄な態度をたしなめることなく、逆に不敵な笑いを浮かべてみせた。
「フフ、案ずるな。この闇の書が完成した暁には、私の手足となり存分に暴れ回ってもらうさ」
そして懐から取り出したのは、古ぼけた分厚い書物。『闇の書』と呼ばれた、破壊をもたらす秘術。
その後、ワゴナーの指示に従いリンカーコアの蒐集が進められた。軍の騎士たちからごく平和裏に。
四人の守護騎士は近衛部隊として正式に認められ、警護のように常にワゴナーに帯同していた。
――闇の書が生成したプログラムだという事実は公には伏せられたようだが。
そしてさらに十数日が経過した夜、エムルは父の部屋に呼ばれた。面白いものを見せてやろう、と。
……それが、蒐集が四百ページに達した闇の書からその「意志」が具現化する瞬間であった。
「――おはようございます、主ワゴナー。それから、エムル・アイミーヴ」
魔法生命体が実体化する瞬間を目の当たりにするのは初めてだった。それだけでも衝撃的なのに。
真っ赤な――血の色をした瞳で見据えられ、教えてもいない名前を呼ばれ、エムルは絶句した。
呆然とするあまり、アイボリーの杖の持ち手を離してしまう。乾いた音を立てて床に転がった。
「……うあっ」
「エムルっ……! しっかり!」
バランスを欠きよろめいたエムルの体に、闇の書の意志が颯爽と飛びついて支えた。
――エムルの隣にいた父ワゴナーよりも、その背後で控えていた守護騎士たちよりも素早い反応で。
抱きかかえられ、間近で見上げた彼女の姿は、凶悪な魔力反応と負のオーラに反して儚げに見えた。
色素の薄い銀髪、透き通るほど白い肌、感情表現に乏しいのっぺりとした顔つき……。
「……はっ。あ、ありがとう……少しボーッとしたみたい」
まじまじと見つめていたことをごまかすように言い繕うエムル。
管制人格の片手を握って体重を支えてもらいながら、自分の足で立った。
「私が驚かせてしまったようですね。申し訳ございません」
「そんなっ、あなたが謝ることないわ。……ええと」
「……? 何か?」
闇の書の意志に呼びかけようとして、そういえば名前がないことに気づいた。
それからというもの、闇の書の意志との交流がエムルの新たな日課になっていた。
「失礼な物言いをしますが――、エムルは変わり者ですね」
うららかな陽光降り注ぐ晴れた日の午後。
アイミーヴ家の庭園に広がるクローバー畑の上に“女の子座り”する管制人格が、ふと口にした。
言われた側のエムルは嫌そうな顔をする。
「うっ。……友達からもちょっとずれているって言われたりするのよね。どういう点が……?」
「軍の騎士も、役人も、この家の使用人も、道行く者たちも。みな私を恐れ、目を逸らします。
ましてや話しかけようとする者など……。主ワゴナーと、エムル――あなたを除いては」
エムルも両膝を揃えて倒した姿勢で腰を下ろしている。愛用の杖は草むらの上に放り投げて。
……無理からぬ話だ、とエムルは思う。
彼女が何者か知らなければ、何やら不気味な雰囲気を醸す正体不明の無愛想な女にしか映らない。
闇の書の主である父ワゴナーも、ただの兵器に交友など不要と考えて状況を放置しているのだろう。
「それはまあ……。私は正体やら事情やらもろもろ知っているわけだし」
だから自分が遊び相手に――と考えたわけではないけれど。魔法生命体に純然たる関心があった。
実際、話しかければ答えてくれるし、生身の人間と大差ない。何を考えているか、もっと知りたい。
この日は天気もよいし、二人で四つ葉のクローバーを探しましょう、と持ちかけ中庭へと連れ出した。
見つけた、と闇の書の意志が摘んだ一本は……虫が食って葉が二枚に分かれて見えただけ。
そのことを指摘すると、そのクローバーを投げ捨ててまた躍起になって草むらに目を凝らした。
ちゃんと人間らしい仕種や反応も見せる。――エムルとふれあう日々を重ねるほど、より自然に。
エムルより年上の外見や、数百年の歴史を生きた“実年齢”に反して、内面は幼稚そうに思われた。
「ところで、闇……ええと」
「?」
言いかけて慌てて取り消す。目の前の話し相手に呼び名がないというのは何とも不便である。
「闇の書の意志」では冗長だし、そんな不吉な名前が広まったらますます避けられる原因になる。
「……いえ。あなたはお留守番ばかりね。お父さまや他の騎士と一緒に行動すればいいのに」
「主ワゴナーが決めたことです。まだ力が不完全な私を戦線に立たせるわけにはいかないと」
どんな質問にも過不足なく答える闇の書の意志。エムルは針を飲み込んだような痛みを覚えた。
――そうだ、忘れてはいけない。
エムルたち民衆の平穏な日々の裏に、ワゴナーや守護騎士や帝国軍の兵士たちの戦闘があること。
今日も誰かの血が流れていて、自分たちの平和はその犠牲の上に成り立っているのだということ。
闇の書は全部で六六六ページだというから、完成も近かろう。完成したら――もっと血が流れる。
今はまだなにも知らない闇の書の意志も、いずれ戦場に狩り出される。何とかならないものか。
「それに、エムルの護衛も任されていますから」
エムルの思考に割って入るように、管制人格が言葉を続けた。
「私の……護衛」
「はい。何かあったときは娘を守ってやってくれ、と」
「――それは? それもお父さまの命令だから?」
何が気に食わなかったのか。エムルが急に語気を荒げた。
勢いで立ち上がろうとしたが、脚に力が入らず断念。膝立ちの姿勢で両手を腰に当て、半仁王立ち。
それでも、闇の書の意志より目線が高くなったため見下ろす格好になり、そのまま言葉をぶつけた。
「主の言うことに従うだけでいいの? そうではなくて、あなた自身の意思は……?!」
……もはやエムルには、彼女がただのプログラム、デバイスの一部分だとは思えなくなっていた。
自ら考えて行動する、そんな人間らしさを――自覚を持ってほしいという強い希望の表れだった。
自分を守ると言ってくれたことは嬉しかったが、ワゴナーの命という義務感ではそれも半減で。
守りたいと思ってくれているか――。本人の気持ちが聞きたかったのに。悔しさの表れでもあった。
「……。エムル?」
「……ごめんなさい、急に怒鳴ったりして」
「いえ――。つくづく不思議な方です、エムルは」
溜飲が下がって再び尻をついたエムルの耳に、またも気が滅入るような発言が飛び込んでくる。
「ううっ。また気にしていることを……。今度はどういう点が?」
「初めてのことです。――私が、主以外の人間の言葉にこれほど強く揺り動かされるなんて」
胸元に手をやり、再び目線が揃ったエムルをまっすぐ見つめて、ストレートな表現を投げかける。
自分の主張が心に届いた相手から真剣なまなざしを送られ、いくらかの照れくささを覚えるエムル。
どう言葉を返してよいかわからず黙り込んでいると、闇の書の意志が手元のクローバーを一本摘んだ。
「ああ、ありました」
エムルが覗き込んだところ、今度こそ本当に四つ葉だったので目を輝かせた。
……かたや、幸福を見つけた本人は不思議そうな顔。
「嬉しくないの? 四つ葉のクローバーは幸せを運んでくれるのよ」
「幸せ……ですか。私にはよくわかりません」
ゆっくりと首を振る。表情一つ変えていないのに、エムルにはとても寂しそうなものに映った。
ここは何としても幸せの意味を教授して、四つ葉を見つけた喜びを実感してもらわないと。
しかし……エムルも頭をひねる。「言葉で説明するのは難しいけれど」と前置きした上で、語った。
「自分や自分の周りの人、大切な人が、ずっと元気で、ずっと笑っていられること……かしら」
管制人格はエムルの話が終わった後もしばらく顔の筋肉を動かさずにいたが、やがて一つ頷いた。
「わかりました。――では、これはあなたに」
言って、エムルの鼻の先に自分が摘んだ四つ葉のクローバーを突き出す。寄り目になるエムル。
「えっ……。ど、どうして」
「今思ったんです。私は――、エムルに元気でいてほしいと。エムルに、笑っていてほしいと」
そして。
「改めて誓いましょう。私は、私自身の意思でエムルのそばにいます。あなたを、守るために」
笑顔、だった。ほんのわずかな表情の変化しかない、しかしエムルには確実に見分けられるほどの。
かすかに目を細めたその微笑を向けられ「守る」なんて宣誓を立てられて、少女は言葉もない。
彼女に期待をかけた人間らしさ、そして本人の気持ち。こんなにはっきりと示されるなんて。
その存在は、紛れもなく騎士だった。男でも人間ですらもない、しかし少女を守るための、騎士。
呆気にとられるエムルの手の中に、クローバーの茎が握らされる。丸い四枚の葉が風にそよいだ。
――あなたに祝福の風あれ、と。
ふと、視線に気づく。闇の書の意志が首を傾げたまま無反応のエムルをじっと見つめていた。
「……あっ。いえ何でもないわ、何でも……」
顔を逸らしてから、急に鼓動が早まった。息も苦しくなり、それからまともに顔も見られないほど。
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