[こころ] おうだん

 だれが教えてくれるんでしょう。
 市街地に出かけるとさまざまな光景を目にしますが、けっしてよい印象のものばかりではありません。ごみだらけの道路や川、奇抜な格好の若者、風俗店の呼びこみ。その中でも自動車に関することが多くあります。この町も自動車がたくさん走っていて、運転者のマナーがとくべつわるいというわけではないのですが、さまざまな問題が目につきます。違法駐車でほかの自動車や歩行者が通れなくなったり、迷惑なほどの大音量で音楽を流したり、無理な追い越しや割りこみなど、クラクションがなりやむことはありません。
 こんな世の中になった現在においても、私は自動車がはびこった社会にはあまりよい意見をもてません。自分の車をもたずにすむならそれに越したことはないと思っています。有害ガスや粉じんの発生、ガソリンの消費といった問題は車体を改良すれば改善されると思うのでそれは早く対応していただきたいのですが、根本的な問題はほかにも多くあるでしょう。自動車が増えればそれだけ道路や駐車場が必要になって、自然が失われる。騒音や渋滞、交通違反、そして事故も増える。私たちをとりまく環境はきびしくなっていく一方です。自動車でも携帯電話でも、ほかの多くのものでもそうですが、便利さと引き換えに多くのものをコストしてしまっているような気がしてなりません。
 かといってこれから自動車が減っていく可能性も考えられませんので、このモータリゼーション社会とうまくつきあっていかなければならないのですが、その心がけが必要なのは運転者だけではありません。歩行者による無理な道路横断をよく目にします。横断歩道がないところを、自動車が通らないタイミングを見計らって渡ってしまうというものです。交通量の多いところでは車道と歩道のあいだにガードレールがあったり横断禁止の標識が立っているにもかかわらず、それを乗りこえて横断してしまう人があとをたちません。
 どういうわけかお年寄りがそうするのをよく見かけてしまいます。判断能力も運動能力もにぶっていてそれだけ危険が高いのに、どうしてやってしまうのでしょうか。前に何度か声をかけたことがあるのですが、いやな顔をされるだけで、けっきょく横断しようとするのをやめてくれませんでした。もうひとつびっくりした、というより見ていて心が痛んだケースですが、お子さんの手を引いたりベビーカーを押しながら渡ろうとする親御さんもいました。どうして、ご自分の子どもがいるのに、目の前で見ているのに、そんなことをやれてしまうのかと思うと悲しいです。…子どもはそういう親の姿を見て育っていくでしょう。そういうマナーが、価値観が、次の世代へと渡っていくでしょう。これからの社会を作っていくのは、よくするのもわるくするのも、私たちひとりひとりの心がけにかかっています。

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