[なのはSS] なまえでよんで

「…なんかつれないですよね、シグナムって」
「なんだ藪から棒に……。私は古い騎士だからな。若い者とは馴れ合わん」
「そういう話じゃなくて、私に対してです。かれこれ10年の付き合いになるのに、いつまでも他人行儀というか…」
「はあ…? 何を言う、そんなことはなかろう。模擬戦の相手はおまえが最も多いし、今や隊長・副隊長として連携を密にしているではないか」
「だからそうじゃなくて……。だったら、どうしていまだにテスタロッサなんて呼ぶんですか」
「どうして…とは? 最初からその呼び方だっただけだ。理由など考えたこともない…」
「それなら、今からでも変えてくれませんか?」
「そうは言うが…。あの新しい家族、ハラオウンか、あの姓は馴染みが薄くてどうにも……」
「もうっ、違います…! どうしてファーストネームで呼んでくれないのかって言ってるんです」
「な……!」
「シャマルやヴィータだって、フェイトちゃんとかフェイトって呼んでるのに。…シグナムだけですよ?」
「いや待て…! あいつらと比べるような話ではないだろ…」
「……なのはのこと、最近なのは隊長って呼んでますよね? ふーん、そっか、なのはは呼べるのに私だけ苗字なんだ……」
「おいおい、急にいじけるな…。訳がわからんぞテスタロッサ」
「あー、ほらまた!」
「なにぃ! 今のも数に入れるのはずるくないか!?」
「変えてくれないんなら、もうシグナムに頭なでさせてあげませんから」
「ちょ、ちょっと待て、それは困……って違う!! あれはいつもおまえがしてほしそうな目で見るから…」
「でもシグナムも満更じゃないですよね?」
「うっ」
「いつも嬉しそうな顔になってますもんねー?」
「ううっ…。……い、意地が悪いぞ…。なぜ今日はそんなに絡むのだ」
「そんな大げさな…。名前で呼べばいいのにって、それだけの話じゃないですか」
「いや、簡単に言うがな……」
「……もしかして恥ずかしいんですか?」
「…っ! くそっ、悪いか! 笑いたければ笑え……!」
「――笑いませんよ。私も…同じだったから」
「同じ……?」
「……私が初めて知り合った、同い年の女の子。友達になりたいって言ってくれた子。名前、本当は覚えてなかったわけじゃないのに、いざとなるとなかなか呼べなくて…。昔は気が弱くて、ほとんど人と話したことなかったから」
「そうなのか? 今の姿からは想像もつかんが…」
「だけどその子が、友達になるには名前を呼んで、って言って。それで私…、勇気を出して、その子の名前を口にしたんです。…なのは、って」
「ああ……」
「そしたらなのはが、私の手を取って泣き出して…。あのときの手の温かさ、涙の熱さ、今でも覚えています。そうして私たちは友達になることができた…」
「なるほどな。それが今日まで続く関係の始まりというわけか」
「はい。……だから、シグナムともそんな関係を築きたいって…、そう思うの迷惑ですか?」
「そんなことはないが……」
「よかった。…それじゃあ」
「は?」
「……。ほらどうしたんですか? 名前名前」
「くっ! 言わせるつもりか…!」
「……私、フェイト・T・ハラオウン。フェイトだよ?」
「知っとる! 百も承知だそんなもの!」
「知ってるのに呼んでくれないんですね……」
「ええい、いちいちしょげるな! わ、わかったわかった……、まったく…こんなこと一度きりだぞ?」
「十分です。一回呼べるようになれば後は簡単ですから」
「そ、そうか。ならば……。あー……、フェ……、フェ…イ……、……フェイだああああっ!」
「!?」
「はあはあ……。ゆ…許せテスタロッサ……、私には堪えられん」
「あと少しだったじゃないですか…。まあ、今日のところはこれくらいで」
「今日のところは!? また次があるのか?」
「少しずつ慣れれば言えるようになりますから」
「あのな…。そもそも、長年使い慣れた呼び名を今さら変える理由などどこに…」
「……私がそう呼んでほしいから、じゃ駄目ですか?」
「え……」
「10年間――ずっとシグナムの背中を追いかけてきました。憧れのあなたに、少しでも近づきたくて。だけど……そろそろ横に並んで一緒に歩きたいんです」
「まっ…、な、何を言って…」
「わかりませんか…? くすっ、鈍いですねシグナムは」
「……。もう一遍言おう。古い騎士だからな」
「出会った頃は、まだ見た目にも大人と子どもっていう感じでした。だけど今、私も成長して、ようやく対等な目線で向き合えるようになった…」
「ああ…。だが残念だな、背は私には及ばなくて」
「いいえ、残念なんかじゃないです。……知ってますか? カップルってこれくらいの身長差が理想だって」
「ブッ! ゴホゴホッ、と…唐突に何を言い出すのだ…」
「ほら、こんな風に寄り添うと、ちょうど頭がシグナムの肩に」
「って何をしている!」
「……好きなだけなでていいですよ?」
「何を訳のわからぬことを……。た、確かに丁度よい高さに……って待たんか!! 私をからかうな! いい加減離れろ暑苦しい…!」
「もう、それがつれないって言ってるんです。戦いや任務を通じての理解だけじゃなくて、こういう形での交流があってもいいと思いませんか?」
「それは……、そう…かもしれんな。わかった、それに応えられるよう、これからは精進しよう」
「はいっ。よろしくお願いしますね、シグナム」
「ああ、こちらこそな。……。……フェ…イト」
「…あっ! い、いま名前…っ!」
「なっ…! わっ私は何も言っとらん! 空耳だ空耳!」
「だったらなんで真っ赤になってるんですか? もう一回言ってくださーい」
「黙れ! 知らんものは知らん! テスタロッサなどテスタロッサで十分だ!」

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