[なのはSS] Hello, Rain

「――おはようございます、マスター」
「…ん……? ふぇいとちゃん…? オフシフトだからもうちょっと寝させて……」
「違います。不規則な生活はいけません、そろそろ起床を」
「んもぉ……誰…? ……って、ちっちゃっ!」
「おはようございます。ようやくお目覚めですか?」
「びっくりして目はバッチリ覚めたよ…。けど……えっ、あなた本当に誰なの?」
「私です。お気づきになりませんか」
「わかんないよ……。使い魔…って感じじゃないよね。ちっちゃな女の子――リインフォースと同じくらいの。…はやてちゃん、新しい管制デバイス組んだのかなぁ?」
「残念です…。この姿を早くマスターに見せたくて起こしたというのに」
「え……今マスターって言った? それ私のこと? ってことは…ひょっとしてレイジングハート!?」
「はい。私のマスター」

 

「ちょっとシャーリー、どういうこと!?」
「あ、おはようございますなのはさん。……どうしたんですか? 朝から機嫌悪いみたいですけ」
「とぼけないで! シャーリーの仕業でしょ、私のレイジングハートをこんな――」
「ま、待ってくださいマスター! シャリオさんを責めないでください」
「な…なんで? 勝手に改造させられたんじゃないの?」
「いいえ、私がシャリオさんに依頼したんです。この姿にしてほしいと」
「えーっ、そうだったの?」
「……。なのはさん、私をそういう人だと思ってたんですか……」
「あ……いや、これはその……。あははは…」
「ひどいですよ…。というか、てっきりなのはさんも了承済みかと」
「違うよー。インターフェースを変更したいなんて話、一度もしてないもん」
「申し訳ありません、マスターに断りもなくこんなこと……」
「…まあ、その話は後でじっくり聞かせてもらうとして。でも、いきなりこんな姿になっちゃって……魔法は? ちゃんと使えるの?」
「なのはさん、その点はご心配なく! 魔力の運用および出力性能は今までと何ら変わりありませんので!」
「あ、そうなんだ? それって、待機状態のときだけこの小人さんで、デバイスモードになったら杖に戻るってこと?」
「いいえ~。この姿のままサイズアップします。人間の子どもくらいに」
「えっ……。そ、そんなので本当に戦えるの? 砲撃はどこから……?」
「目から出ますよ」
「カートリッジは…?」
「口に入れてロードします」
「エクセリオンバスターA.C.S.の先端の……」
「髪の毛が逆立ってピカーッて♪」
「ブ、ブラスタービットは…」
「両手両足を切り離して――」
「シャーリー……!!」
「いひゃいいひゃいいひゃい…! いひゃいでふなのはひゃん!」
「……今すぐ元に戻してくれるよね?」
「はっ、はひ……! …ううっ、いったぁ……。もう、ほっぺたが伸びちゃったじゃないですか」
「これだけで済んでラッキーだと思ってほしいくらいなんだけど……。だいたい何なの? その悪趣味なモード…。それもレイジングハートのリクエスト?」
「いえ、起動後の形態に関してはシャリオさんに一任しましたので」
「……ふーん」
「ひえっ! そ、そんな怖い目で見ないでくださいよ……。ちゃんと直しますから」
「まったく…、早めにお願いね? いつ緊急出動がかかるとも知れない――」
「…マスター」
「ん? どうしたのレイジングハート?」
「あの……、できましたら待機状態のフォームはこのままで…」
「というかこっちの方がいいの? …まあいいけど。任務に影響なければ私は問題ないし」
「ありがとうございます」

 

「はぁ…。すぐ直してくれたからいいようなものを……」
「マスター。やはりお怒りですか」
「当然だよ! シャーリーってば、人のデバイスに勝手に自分の趣味入れるなんて…」
「いえ、そうではなくて私に対しては?」
「レイジングハートに? ううん、怒ってないよ」
「えっ」
「――理由は知りたいけど、ね。人型になりたかった理由。あるんでしょ?」
「それは…」
「思い出した……前にもあったね、こんなこと。ほら、私に内緒で新しい部品に換装した……」
「CVK―792、ですか」
「そう! カートリッジシステム。あれ、私の力不足で負けたのに、レイジングハートの方が責任感じちゃったんだよね。それであんな無茶を……」
「それは誤解です。マスターを勝利に導けなかったのは私が至らなかったからですし、それを埋めるためならどんな装備も――どんな力も受け入れなければ」
「レイジングハートはよくやってくれてるよ。…至らないのは私。カートリッジに頼った戦い方しかできないから、今もいっぱい負担かけちゃってる」
「心配いりません、マスター。フレームは以前より強化を重ねていますし、カートリッジロードにもだいぶ慣れてきましたから」
「慣れて……ってどういうこと?」
「はい。魔力をロードすると高揚感がみなぎって気分が明るくなり、全身のダメージも吹き飛んで……」
「え…ちょっ! それってなんか中毒っぽくない!?」
「そうでしょうか?」
「ど、どうしよう…、レイジングハートがいけない子になっちゃったよ……。何にせよカートリッジの使用はなるべく控えないと駄目だなぁ」
「何故ですか…」
「いや…そんな見るからにシュンとされても……」
「やはり本当はご立腹なんですね?」
「だから違うってば…。それとこれとは関係が――」
 ぐううぅぅ~。
「あ……。朝からドタバタしてて何も食べてなかった…。話は後にして食堂行こっか」

 

「なんか、そうやって横をふよふよ飛んでると、本当に使い魔かユニゾンデバイスみたいだね」
「以前の待機形態でもこうしていましたが。落ち着きませんか?」
「えっと、そうじゃなくて。なんかマスコットみたいで…ちょっと楽しいっていうか、浮かれちゃうかな?」
「そうですか。私も、このような形でマスターと接するのは初めてですから、多少舞い上がっているかもしれません」
「へえー、レイジングハートもそんな気持ちになったりするんだ?」
「はい。…それで、マスター」
「うん、どうかした?」
「差し支えなければ、マスターの肩に座っても…?」
「肩? 別にいいけど?」
「ありがとうございます。では、失礼して」
「お、乗ってる乗ってる。落っこちないように注意してね。って、飛べるから平気か」
「はい、問題ありません」
「ふふふっ。…そう言えば、この間もリインフォースをこうやって肩に乗せ……あっ、すみませーん」
「わっ――」
「レイジングハート大丈夫? 今、人とすれ違って…」
「私は何とも。ですが、…申し訳ありません」
「えっ? なになに? 何かあったの!?」
「先ほど揺れた拍子に、マスターの頬に私の……口が、触れてしまって」
「……。…って、え? それだけ?」
「はい。すみませんでした、不注意でとんだ失礼を…」
「いや、えっと……。それってキスしちゃったからごめんってこと…? やだなぁ、気にしなくたっていいのに」
「そうですか…?」
「だって女同士(?)なんだし。むしろ、ちょっと嬉しいハプニング? たしかに、宝石の形だったら私にキスとかできないもんね~」
「あ……。いえ、決してそんな目的で人間型になったわけでは」
「あははっ、慌ててる慌ててる。…そういう反応見てると、いつものしっかりしたレイジングハートらしくないというか……子どもっぽい感じ? かわいいな」
「マスター! からかうのはおやめください」
「からかってないよー? 思ったまま言っただけ。よーし、かわいい子にはご褒美あげようかな? なでなで~」
「あわわ…マ、マスター! お戯れを…!」
 プシューーッ。
「なんか湯気出たー! …この飛び出てるの排気ダクト? 魔法撃ってないのになんで!?」

 

「……あのまま動かなくなったから、本当に壊れたかと思ったよ」
「ご心配おかけしました…」
「いいっていいって。…それよりもご飯にしよう? いただきます」
「ごゆっくりどうぞ」
「そうだ、レイジングハートも何か食べる? …というか食べられる?」
「はい、基本的に何でも」
「そうなんだ? それじゃこれをちぎって……。はい、あーん」
「えっ。いえ、自分で食べますから」
「なーんだ。つられてあーんってしてくれると思ったのに…。ノリ悪いなぁ」
「すみません、マスターの意に添えなくて。この外観だって、マスターに何の相談もなしに…」
「だからそれはいいけど。……あ、外観って服は? それもシャーリーが?」
「いいえ、自分で設計しました」
「ふーん…、ってことはこういうのが好きなんだ? ヒラヒラしてるし色もピンクとか……意外と少女趣味~」
「違います。これは、無作為に抽出したパターンから機能性を重視して最適な」
「プッ……ふふふふっ。そんな見え見えの言い訳しなくっていいのに」
「私を信じてください、マスター」
「はいはい、そういうことにしてあげる。それじゃ……この中は?」
「きゃっ! マスター、何故めくろうとするんですか…!」
「ちょっとくらい見せてくれてもいいでしょー?」
「いけません、そのようなこと。どうかお気を確かに」
「レイジングハートこそそんな恥ずかしがらなくったって…。あ、もしかして中はもっと少女趣味だったり?」
「じ、事実無根です。……今日のマスターはとても意地悪です」
「あ――うん、…実際そうかも。レイジングハートがこんな格好してると、ついからかいたくなっちゃって……。ごめんね」
「謝る必要はありません。私にとっても、こうした経験は新鮮ですから」
「ん……そっか。まあ安心して、もう勝手にめくったりしないから」
「わかりました」
「…というか、さっき気を失ってるときに見ちゃったし♪」
「!!」
 プシューーッ。
「冗談だよ冗談…ってまた排気ダクト!?」

 

「――人型でいたかったら、まずはもっと免疫つけないとね」
「まったくです…」
「くすっ…でも本当、見てて飽きないな。こっちのレイジングハートは」
「そう言われると恥ずかしいですが…。マスターに楽しんでいただけたのなら幸いです」
「……この姿になろうとした理由、何となくわかったよ。リインフォースみたいになりたかったんだよね?」
「――。さすが私のマスター」
「反応見てれば誰でもわかるよ…。でもなるほどね。はやてちゃんとリインフォースのこと、私も見ててうらやましいって思うことあるもん」
「はい」
「いいよね、あの二人。デバイスと魔導師の間柄なのに、人間の姿だと普通に会話したり触れ合ったりできるから。すごく楽しそうだし、意思疎通できてるなって」
「マスターとの連携において、意思疎通はとても重要ですから」
「そうだね、任務中だけじゃなく日常生活においても。――だけど、それって人型じゃなきゃできないことかな?」
「と言いますと…?」
「むしろ逆じゃないかな、って。無機質な宝石とか杖の形してて、スキンシップもできないし言葉も直接通じない。だけれどレイジングハートと私は何でもわかりあえてるし、ちゃんと心が通いあってる。…これってすごく素敵なことだと思わない?」
「あ…。はい」
「お互いを認めあって、補いあって、信じあって。そうやって二人で、いくつものピンチを乗り越えてきたし、いくつもの困難を解決してきた。絆って、結局はそういうことの積み重ねで…。だから、私たちの絆の深さは誰にも負けない! って思ってるよ」
「……マスター。私、どうして見落としていたんでしょう。そんな大切なこと」
「まあ見た目も重要だしね。…けど、私としては、やっぱり元通りの姿でいてほしいかな。その方が、心と心のつながりを実感できる気がするから」
「そうですね…。了解しました、シャリオさんに言って戻してもらいます」
「あ、今日一日くらいはこのままでいいんじゃない? せっかくだもん、楽しもう!」
「はいっ」
「というわけで…。ご飯も終わったし、何かしてみたいことある?」
「してみたいこと…ですか?」
「はやてちゃんのとこ行って、リインフォースの服貸してもらうとか。ねえ、管理局の制服とか着てみたくない?」
「私がですか? …そうですね。マスターとお揃いの制服、いいかもしれません」
「それじゃ決まりっ。はやてちゃん、ちっちゃい服たくさん持ってるって言ってたし。なんかリインで着せ替えして遊んで……ん? どうかした?」
「あの、今リインと…」
「……? 言ったけど? …ああ、主のはやてちゃんがそう呼んでるから。もう公認っていうか、愛称が定着しちゃってるよね」
「…マスター」
「はっ、はい。何でしょう」
「私のことも――、いえ…何でもありません」
「ちょっとー。言いかけてやめるなんて駄目だよ? 思ったことはちゃんと言葉にしないと。意思疎通が大事なんでしょ?」
「わ、わかりました。それでは……」

「私にも、愛称を…つけてください」

「え…っ? …あっ、う、うん…、レイジングハートがつけてほしいなら……」
「では、お願いします」
「いやー…まさかそんなこと頼まれるとは…。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきちゃったよ。…でも愛称かぁ。レイジングハートは最初に出会ったときからレイジングハートだったし、いい名前だと思うし、呼びづらいって思ったこともないし……」
「そうですか…」
「あ、待ってね。今考えるから。うーん……、レイジング……レイジー…レイ……。――ん、決めた」
「本当ですか?」
「うん。レイン……でどう?」
「あ――。はい、素敵だと思います」
「そう? 気に入ってくれたんならそれにする。えっと…レイン?」
「はい、マスター」
「えへへ……なんか照れるね。…あ、でも失敗かも?」
「どうしてですか」
「ほら、レインは『雨』って意味じゃない? だけどレイジングハートは全然雨ってイメージじゃないから…。もっとこう、熱く燃えてる感じだよね」
「元の名前から取った愛称ならば、イメージは気にしなくていいのでは?」
「それもそうなんだけど。……どちらかと言えば、『雨』より『雨宿り』に近いかな?」
「雨宿り……?」
「――レイジングハートっていう傘があるから、どんな戦場だって怖くない。敵の攻撃をきっちりしのいで、安全な状況を作ってくれるから、私はいつだって恐れず向かっていける。……ありがとうね、レイン。いつも守ってくれて」
「……。う…う…」
「うそっ? やだ、どうしよう、泣かすつもりじゃなかったんだけど…」
「すみません…、マスターの言葉が嬉しくて…。言葉に込められた意味を、思いを内包して……だから重みがあるんですね」
「…え? それ何の話?」
「はい。マスターから名前を贈られる――ということです」
「名前を……贈る?」
「先代のリインフォースも、はやてさんから名前をつけてもらって、とても満ち足りた様子でした。だから自分は笑って逝けるのだと、そう言い残して…」
「リインフォースさんか…。だけど、私のはただの愛称だよ?」
「同じことです。マスターの思いが詰まった、最高の贈り物ですから」
「そっか…ふふっ。だったらこれからも呼んであげる。私の思いを込めて…、レイン」
「はい。私のマスター」

(おわり)

初出

2008/10/13 『デバイスだもん☆』(合同誌)

« なのはSS

ソーシャル/購読

X Threads note
RSS Feedly Inoreader

このブログを検索

コメント

ブログ アーカイブ