[なのはSS] family name

「エイミィ、そこの薄力粉取ってくれる?」
「はいはーい、艦長――じゃなくて、リンディさん!」
「あっ…あの……」
「んー? どうしたフェイトちゃん? 何か飲みたいんならそこの冷蔵庫から勝手に…」
「ちがっ……、そうじゃなくて…」
「――はい。何かしら、フェイトさん」
「リンディさん…。その、何か手伝うことは……」
「ないわね。…フェイトさんは何もしなくていいわ。リビングで待っててくれるかしら」
「そうそう! 今日はフェイトちゃんの四年生進級祝いのパーティーなんだから! 主役の出番はまだだよっ」
「エイミィ……。でも…」
「まー、あたしが言うなって感じなんだけどねー。あたしなんかまだこの家の家族じゃないのにさ」
「……『まだ』?」
「やばっ…! いっ、いやリンディさん、深い意味はこれっぽっちもありませんよ? こっちの話ですってこっちの話……あははは…」
「…? 変なエイミィねえ」
「や…やだなぁ、気のせいですってば。……さっ、ほらフェイトちゃん! あたしといっしょにあっちの部屋行こっか!」
「えっ? きゃっ…」

 

「おかえりフェイト。――やっぱキッチンから締め出された?」
「アルフ……。うん、ご名答」
「だから言ったじゃないか。今日は手伝いなんかさせてもらえるわけないのに、行ったってジャマになるだけだって」
「なーんだ、アルフには最初っからお見通しだったわけか。……使い魔の助言はちゃんと聞かないとね、フェイトちゃん」
「言ったってムダムダ。うちのご主人サマはそれはもう意地っぱりな性格でさ、アタシの言うことなんか聞いたためしがないんだよ」
「あははっ! 意地っぱりかぁ、言えてる言えてるー」
「も…もうっ、二人ともからかわないで……!」
「――からかわれたくなかったら、アルフやあたしたちの言うとおり大人しく待ってること。いーい?」
「けどエイミィ…、わたしだってこの家の一員として――」
「今日はお休み。お手伝いはまた明日から……ね?」
「……。はぁい」
「それに今日は、艦長ものすんごく気合い入ってるみたいだしさ。やりたいようにやらせてあげてよ」
「リンディさんが…?」
「まー、いつもと変わんないように見えるけど、やっぱりうれしいみたい。…フェイトちゃんのこと、もう自分の娘みたいに思ってるから」
「エイミィ…。そ、そうなのかな……」
「明日みんなでお花見行くけどさ、その前に身内でフェイトちゃんのお祝いすませとこうか――って。艦長、何日も前から張りきってたから……あっ! い、今のあたしがしゃべったって内緒だよ?」
「ん…わかった」
「それじゃー、キッチンに戻るから。準備できるまでアルフと遊んでてよ。…そだ、クロノくんがお風呂上がってきたら交替で入っちゃって」
「うん」
「……ねえフェイト、今の本当かい? あのリンディさんが張りきって何かする姿なんて、アタシにはピンと来ないんだけど」
「わたしも…、見た感じじゃいつもと変わらなかったけど。だけど、エイミィと二人で料理してる様子は……なんだか楽しそうだったな、って」
「へぇ…。ってことはあながちウソでもないのかね」
「……アルフ。その――」
「上がったぞ」
「クロノ…っ」
「……? なんだフェイト。そんな狐につままれたような顔されても困るんだけど…」
「あ……。そ、その…ほんとにお風呂早いなって。…前にエイミィが話してたの、聞いたことあって」
「…よけいなお世話だ。人の入浴時間の長さなんかどうだっていいだろ。まったく君たちは、なんでそんな話題で……」
「そ…そうだ! 次はわたし入ってくるね。アルフ行こうっ」
「あっ、おい……」

 

「さあフェイト……。目をつぶって…」
「あ、アルフ…。お願い、そっとだよ、そっと……」
「わかってるからさ。それじゃ……覚悟はいいかい? いくよ…」
「んっ……。ん……あ…あうっ…」
「…どうだいフェイト? 熱くない?」
「ん…ちょっとだけ……。でもそれは我慢するから…」
「いい心がけだねぇ。うん…そのままいい子にしてておくれよ…!」
「きゃっ…! やだっ、そんな乱暴にしないで…」
「…してないよ。これくらい何てことないじゃないか。……ああー、だから勝手に動いちゃダメだって」
「でっ、でも…。……ねえアルフ、まだぁ…? は、早くしてよ…」
「そんな急かさなくたって、もうじき終わるからさ…。……ほらっ」
「きゃっ…! うあ…か、顔にかかった……」
「なんだい、そんなことでいちいちうろたえて…。情けないご主人サマだねえ」
「だ、だってぇ……」
「あとできれいにしてあげるからさ……ほら、もうちょっとの辛抱だよ」
「ううっ……、うん…お願いアルフ、もう…っ」
「――はいっ、シャンプー終了ー!」
「…ふうーっ。うう…やっと終わった……」
「他のことは人並み以上にできるのにさ、こんなのが苦手だなんてねぇ。一人でやれるようになるの、まだ無理そう?」
「ごめんアルフ……。いつも手間かけさせちゃって」
「いやアタシは何でもないけどさ。ただ、フェイトがいつまでもそんなだと……なのはに笑われちまうよ?」
「なっ……! なな、なんでそこでなのはが出てくるの…?」
「そりゃあ…、フェイトの顔に書いてあるからさ。なのはといっしょに風呂入りたい、って」
「えっ? えっ…?」
「なのはがうちに遊びに来たときとか…そうでしょ? フェイトってばいっつもそわそわしちゃって。思いきって誘ってみようか、でも変に思われないか…ってな顔してる。…ちがう?」
「ちがっ…、……わない…けど」
「だったらさ…! それが叶ったときのために、自分で髪洗えるようになっとかないと」
「それはそうかもしれないけど……。…い、いいもん、なのはに洗ってもらうからっ」
「へえ――、めずらしく強気じゃないかフェイト。…さあて、はたして本人目の前にしてそんなお願いできるかねぇ?」
「……ううー。意地悪だよアルフ…」
「あははっ、ごめんごめん。……さ、今度はアタシの体を洗っておくれよ」
「うん。こっちおいで」
「こいぬフォーム……変身! とうっ!」
「…プッ。ふふっ…やだアルフ、どうしたの、変なポーズなんか取って…」
「――やっと笑ってくれたね、フェイト」
「えっ……」
「風呂場に来てから、ずっと元気なかったから…さ。なんか気になることでもあった? さっきなんか言いかけてたみたいだったけど……」
「さっきって…?」
「ほら、クロノがリビングに入ってくる前…」
「ああ――」
「リンディさんとエイミィが料理作ってるのが楽しそうだった…みたいな話してたと思うけど。それがなんか引っかかる?」
「…ううん。それは本当に、ただ思ったままのこと言っただけ」
「そう…?」
「わたしもお手伝いでいっしょにキッチンに立つことあるけど、やっぱり実際楽しいし。――こんなことで浮かれるなんて、なんか変かな…?」
「んーん、全然そんなことないって。そりゃ楽しいに決まってるじゃないか。なんたって……おいしいごちそう作る準備してるんだから!」
「もう、アルフってば食べることばっかり」
「どこの家だってそれが当たり前なんだよ、きっと。なのはの家だってそうだろう? それがフツーなのさ。フツーの……あったかい家庭だったら」
「…ん。そうだね……」
「それともなんだい? フェイト。この家のこと気に入ってないとか?」
「まさか…それはないよ。…まだ慣れてないだけかも。こういう環境とか、雰囲気とか」
「もう何か月もいっしょに暮らしてるのに…? おかしな話だねえ。リンディさんもエイミィも、…まあクロノはちょっと何考えてっかわかんないとこもあるけど、みんないい人じゃないか」
「それはもちろんそう思うよ。…ただ、こっちの心構えというか、心の準備というか……」
「はあ……はっきりしないね。そんなに難しい話じゃないと思うんだけど、アタシは。ここにいれば毎日おいしいご飯食べさせてもらえるんだ、それだけでなーんも文句ないね」
「アルフ…それしか頭にないの? そんな単純な話じゃないよ…」
「――フェイトこそ、フクザツに考えすぎなんじゃないか?」
「っ……」
「もっとシンプルに、自分が望んだとおりに生きてっていいんだよ、フェイトは。もうフェイトを縛る人間なんてどこにも――」
「…わかってる。アルフの言おうとしてくれてることはわかるよ。大丈夫……、わたしはもう迷わないし、それに…自分のしたいこと、してるつもりだから」
「そっか。ならいいんだけどね」
「…本当、毎日すごく充実してて、うれしいって思うことばかりで…。こんな幸せでいいのかなって、ときどき不安になることが……」
「なっ――何言ってるんだいフェイト…!」
「……あ、ごめん。何でもない…」
「…。フェイト……」

 

「……っくしゅん!」
「うーん、やっぱりちょっと熱があるねー。湯冷めしたかな?」
「エイミィ、ごめんよ。アタシがついていながらこんなことに……」
「あー…まーいいっていいって。大方おしゃべりに夢中になってつい話しこんじゃったんでしょ? フェイトちゃんとアルフの仲だもん、わかってるし」
「そうなんだけどさ…。でも今日はリンディさんが…」
「フェイトさん…! 大丈夫?」
「あ……リンディさん」
「どれどれ……。…うん、微熱かしらね。だけど今日は大事をとってもう休んだほうがいいわ」
「えっ…。だ、だってこれから……」
「――フェイトさんの進級祝いは中止にしましょう」
「そんな……っ! わ…わたし、べつに何ともありませんから…!」
「だめよフェイトさん、無理したら。……明日はお花見があるんだから、今日よりもそちらを優先して体調を整えるべきよ」
「――僕も賛成だね。花見にはなのはや他のクラスメイト、それにはやてたちも来るんだろう? 明日みんなに元気な顔見せてやるのが、フェイトにとっても一番いいんじゃないか?」
「クロノ……。…けど、今日の料理はリンディさんが張りきって作ったって……」
「…? 誰がそんなこと……?」
「あーっ! フェイトちゃん、それ内緒にしてって言ったのに……!」
「――エイミィ? …詳しい話は後で聞きますから」
「ひえっ…! …あーんっ、あたしだってバレちゃったよー……。もう、フェイトちゃんってばうっかり屋さんなんだから…」
「今のはエイミィが墓穴掘っただけだろ…」
「…コホン。ともかく、フェイトさんはそんなこと気にしなくていいの。パーティーが中止になったって、普段どおりの夕食に変わるだけだし。作ったものが無駄になるわけじゃないもの」
「でもっ……。…ごめんなさい」
「何がかしら? …すぐ謝るの、フェイトさんの悪いくせよ?」
「だって……、せっかく用意してくれたのに…わたしのせいで…」
「ありがとう、気遣いはうれしいわ。ただ……少しでもすまないという気持ちがあるなら、今日は休んで明日までにしっかり治すこと。…できる?」
「……はい」
「やれやれ…やっと折れてくれたか」
「そんじゃ、フェイトちゃん以外のみんなはご飯にしますか! …あっ、アルフはどうする? フェイトちゃんの付き添いしてる? それともあたしたちといっしょに食べる?」
「い、いいの? …じゅるり」
「もっちろん! おかわりたくさんあるから、フェイトちゃんの分もジャンジャン食べちゃってよ!」
「いやったぁー! ……って言いたいところだけど、さ…。アタシはやっぱ看病してるよ」
「おりょ? そう?」
「…いいよ、アルフ。わたしのことは平気だから。アルフもごちそう楽しみにしてたんでしょ…?」
「けどさぁ…、フェイトほっぽって使い魔のアタシだけいい思いするわけには…」
「アルフ……。――それじゃ、やっぱりわたしもちょっとだけ同席させてください」
「フェイトっ…! 無理したら体に毒だよ……!」
「アルフの言うとおりよ、フェイトさん。明日に差しつかえたらどうするの?」
「……最初のうちだけ、ほんの少しの時間でいいですから。初めだけ顔出したら、わたしは切り上げて休ませてもらいます。ですから…」
「…そう。まあ、自分の体と相談してそれで大丈夫って言うんなら……」
「それに、何かおなかに入れないと薬とか飲めないですし、……おなかすいて寝つけませんから」
「…ふふふっ。いいわ、そこまで言うなら……予定どおりパーティーやりましょう!」
「はい…!」
「…ふっふー。フェイトちゃんって、やっぱり意地っぱりなとこあるよねー」
「エ…エイミィ! その話はもういいでしょ…!」
「ところでエイミィ……、一体フェイトさんに何を吹きこんだのかしら?」
「そっそれは……っ! っていうか尋問って今するんですかー?」

 

「――早いものね。この間転校してきたばかりだと思ってたら、もう新しい学年なんですもの」
「フェイトちゃん、学校はどう? 楽しんでる?」
「うん。…最初は右も左もわからなくてとまどうことも多かったけど、なのはやアリサたちがぜんぶ教えてくれるから。学校生活に慣れてきてからは、もう毎日が本当に……」
「もぐもぐ……フェイトが毎日うれしそうに学校行くの見送ってると、アタシもうれしくなるよ!」
「ありがと、アルフ。……あ、口のまわり汚れてるよ。じっとしてて」
「ふふっ…。アルフって普段はフェイトさんを見守る立場なのに、食事中は逆転するのね」
「でもフェイトちゃんの気持ちわかるなー。あの制服ホントかわいいもんね! あれ着ただけで気分が浮かれちゃいそうだもん」
「…だったらエイミィも着させてもらったらどうだ」
「えっ――。…や、やだなぁ! あたしはさすがに歳ってものが……。そういうクロノくんこそ、あれ着たらけっこう似合うんじゃない?」
「……女子の制服をか? やめろエイミィ、気分が悪くなるようなこと言うのは」
「えーっ、でも絶対いけるって! …そう思いますよねリンディさん!」
「そうね――、自慢の息子が嫁いでいっちゃうのはさびしいけど」
「ちょっと母さん…! エイミィの言うことなんかに乗らなくていいから!」
「ねーねー、フェイトちゃんはどう思う? クロノくんにあの制服着せたら」
「あ……うん、きっとかわいいと思うな」
「だから……! …いいか? だいたい男がかわいいだの何だの言われて喜ぶとでも思ってるのか?」
「べつに喜ばすつもりなんかないよー? フェイトちゃんは空気読んだだけだもん、ねー……って、…フェイトちゃん?」
「…………」
「フェイトさん? もしかして具合が…?」
「……ふふ、んふふっ」
「フェイト……笑ってる?」
「だって…、クロノが女の子の制服着てるところ想像したらおかしくて……くくっ」
「まあ…! いやだわ、フェイトさんったら…」
「だよねー! 笑っちゃうよねー」
「……僕は不愉快だ」
「まーいいじゃない、クロノくん。フェイトちゃんがこんな笑ってくれるなんてなかなかないんだからさ」
「あは……、――なんかいいですね、こういうの。あったかくって…」
「…フェイトさん?」
「ん? あったかいって何のこと…? それって要するに、一家団らん……みたいな話?」
「…うん。みんなで集まって食事すると何倍もおいしく感じるんだって、この家に来て初めてわかったの。今までそんな思いしたことなかったから……」
「あはは…。あたしにはこれがデフォルトだから気づかなかったけど……当然そのとおりだよ!」
「料理を作るのも、いつもあんなに楽しくてにぎやかだなんて思わなかったし…」
「にぎやかっていうより、約一名やけにかしましいのがいるだけだけどね」
「ちょっとクロノくん…! フェイトちゃんがいい話してるってときにチャチャ入れないの!」
「…うれしいわ。フェイトさんがそう思えるようになったというのは、私たち家族になじんでくれてる証拠だもの。クロノやエイミィとも、もうすっかり打ち解けてるみたいだし」
「フェイトちゃんえらいんですよー、家の手伝いもいっぱいやってくれて。ほんと大助かりだよ!」
「そ、それは……。この家で面倒見てもらってるんだからそのくらい当然…」
「……一応言っておくけど。面倒見てる、なんて誰一人として思ってないからな。フェイトは自分のことは自分でできるし、管理局にだって正式採用になってちゃんと仕事もしてる。――もう立派に一人前じゃないか」
「うんうん! …だからさ、もう誰にも遠慮することなんかないんだし、ここいらでスパッと決めちゃいなよ! 正式にこの家の子に」
「――エイミィ。だめよ、返事を急かすようなこと言っちゃ」
「うへぇ……。だ…だめですか?」
「ごめんなさい…。わたしがいつまでも先延ばしにしてるから……」
「いいえ、それでいいのよ。重大なことだもの、どれだけ時間がかかっても……自分でよく考えて、納得のいく答えを出してちょうだい」
「はい…」
「…けどさー、フェイトちゃん。あたしにはフェイトちゃんが一体どこで引っかかってるのかちっともわかんないんだよねー…。これからもこの家で暮らす…ってこと自体は嫌じゃなさそうなのに」
「たしかに気になるな…。ここにいる全員、フェイトを迎え入れることに反対なんかするはずがないし。あとは本人の気持ちだけ、っていう段階だから」
「そ…それは……」
「…っ。フェイトは――この子はあの母親のことが忘れられないんだよ!」
「うわっ。…って、アルフ?」
「……ごめんフェイト。勝手にしゃべっちまうけど…いいかい?」
「うん……。アルフがつらいなら」
「つらい…ってどういうこと?」
「ああ、アタシは――フェイトと精神リンクでつながってるアタシには、フェイトの考えてることが伝わってくるんだ。強く思えば思うほど、はっきりと……それこそ痛いくらいに…」
「それで、フェイトさんの考えてることって…」
「…あの母親に対する思い。アリシアのとごちゃまぜになった断片的な記憶とか、最後止められなかった罪悪感とか、一度くらい思いきり甘えてみたかったっていう純粋な気持ちとか…っ。そういうのがさ……!」
「アルフ…?」
「今もフェイトのココロん中はそんな思いばっかりで、ずっと引きずってて、それが苦しくって……っ! 新しい自分を始めなきゃいけないのに、昔のこといつまでも断ち切れないでいるんだよぉっ…!」
「……っ、アルフ…フェイトちゃん…」
「フェイトさん……。今の話…」
「はい…。母さんはもう戻らないのに……母さんのこと忘れて自分だけ生きようなんて、自分だけ幸せになろうなんてわたしには…っ」
「いや待て……。そこでそんなふうに考えるのは論理が飛躍してるようにしか見えないんだが。…だけど、そういった思いにとらわれてることが、フェイトが養子になるのをためらってる理由…ってことなんだろうね」
「そうね……。――フェイトさん」
「…はい」

「お母さんへの思い……断ち切る必要なんてないわ」

「えっ…?」
「あなたがお母さん――プレシア・テスタロッサ女史と過ごした時間は、けして幸せなものだったとは言えないでしょう。食卓を囲んで笑いあった思い出もないくらいですものね……。だけど、それでも――それはフェイトさんが今まで生きてきた大切な時間なんだわ」
「あ……はい…」
「それにプレシア女史だけじゃない。……アルフ、あなたにとってもね」
「…へっ? アタシ?」
「アルフがフェイトさんから使い魔としての生命を与えられて、そこからともに過ごしてきた時間があるわけでしょう? …そんな思い出も、フェイトさんは大事にしたかったんじゃないかしら」
「フェイト……そうなのかい?」
「……ん」
「アルトセイムの野山で遊び回ったことも、二人でリニスから魔法教わったことも、今みたいに楽しくなんかなかったけどさ…それでもいっしょにご飯食べてたことも――。みんなみんな覚えてて…?」
「もちろんだよ。どんなときもアルフがずっとそばにいてくれたから、今のわたしがあるんだ」
「う…わああっ! フェイト…フェイトぉ……!」
「ん……アルフ…」
「……というわけだから、フェイトさんが家族の思い出を大切にしたいという気持ちは、誰にも消し去ることなんてできない。お母さんのこと今でも好きなら…、好きなままでいいと思う」
「艦長っ……、でもそれじゃ…」
「――その上で。もしフェイトさんがよければだけど、その上で…あなたの新しい家として、ここに来てくれてかまわないから」
「…っ、ですが……」
「もちろん、テスタロッサの姓を捨てなさいとも言いません」
「――――」
「……やっぱり、そこが一番のネックだった?」
「…すごい。リンディさんは何でも見抜いちゃうんですね」
「たまたま、よ。おそらくそうじゃないかって、ここまでの話から推測しただけ。ファミリーネーム……文字どおり、家族の絆そのものの証だもの」
「えーっと……、そっか! フェイトちゃん、ハラオウン家に入ったら今まで名乗ってたテスタロッサの姓がなくなっちゃうから、それで悩んでたんだね…!」
「なんだ…、今ごろわかったのかエイミィ」
「ほ…ほっといてよー! みんなと違って頭の回転速くないんだから。……ん? ってことは…、ファミリーネームをふたつ名乗ればこの件は解決ってこと?」
「ふたつ…名乗る……?」
「うんっ。だからさー、今までのテスタロッサはそのまま残して…、さらにハラオウンってつけ加えるの! …これならどう? ねっ、いいと思いません?」
「…ええ! それは名案ね!」
「よかったじゃないかフェイト…! いい解決方法が見つかって!」
「ふむ…。仮にそうした場合、フェイトのフルネームは――」
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン……」
「…どうかしら? 今自分で呼んでみて」
「あ…はい。ちょっと照れくさいけど……、でも好きになれそうな気がします、この名前」
「やったー! それじゃそれじゃ、もうこれで文句なしに決まりだねっ。フェイトちゃんは晴れて今日から」
「エイミィ……。だから勝手に決めないで…」
「ええぇー…。まだおあずけですか…?」
「…もう少しだけ待ってて、エイミィ。最後はあくまで自分で決めたいの。きっとすぐに……答え、出せると思うから」
「ん……わかった! いい返事待ってるよっ」
「焦らずよく考えてね、フェイトさん」
「……あのさ。話はまとまってめでたしめでたしなんだけど…。その、料理が……」
「いけない……すっかり冷めちゃったわね」
「料理はあっため直せばいいですけど、さすがにこの空気までは……」
「そうね…。だったら――なのはさんに来てもらいましょうか?」
「……えっ? えええっ?」
「わあっ、それいいですね! …フェイトちゃんももちろん賛成でしょ? なのはちゃんの顔見たら、ちょっと体調悪いのも食欲ないのもいっぺんに吹き飛んじゃうもんねっ!」
「そ、そんなことは……っ! だいたい迷惑だよ、もう夜なのにいきなり呼ぶなんて…」
「大丈夫大丈夫。きっとなのはちゃんだって『なんかフェイトちゃんが元気ないみたい』って教えればすぐに飛んできてくれるよ! 文字どおり魔法でバビューンってさ!」
「君たちは本当に仲がいいからな……。結構なことだけど、あまり見せつけられると逆にこっちの気力がそがれるのが…」
「エイミィ…! もう、クロノまで……!」
「いやいやフェイト、もうみんな感づいてることだし。…まー、フェイトと精神リンクしてるアタシにはなのはといっしょにいるときが一番ドキドキしてるって丸わかり――」
「キャーッ! アルフ、そればらすの反則!」
「……フェイトさん、もしかして本当はうちじゃなくて高町家の子になりたかったとか…?」
「ち…違いますっ!」

(おわり)

初出

2009/03/20 『エプロントークです』(合同誌)

« なのはSS

ソーシャル/購読

X Threads note
RSS Feedly Inoreader

このブログを検索

コメント

ブログ アーカイブ