[なのはSS] 策士、策に溺れる(サンプル)

「よーっ。みんなお疲れさん」
 陽気なかけ声とともに、はやてがその部屋に姿を見せた。
 機動六課本部隊舎内、ロングアーチの給湯室。キッチンや冷蔵庫が備えつけられていて、隊員たちが何か飲みながら休憩したり雑談するスペースとして利用されている。
 デスクの並ぶオフィスルームでも軽い飲食くらいなら禁止していないけれど、飲み物をこぼしたり食べかすが転がっているような環境では気持ちよく仕事に打ち込めない、とみな自制している。よい心がけだ。ただルールに従うだけでなく自分で判断する、意識の高いスタッフが揃った。
 はやてはというと、休憩目的でここに立ち寄ったわけではない。激務の合間を縫って隊舎や訓練場を見回り、隊員に積極的に話しかけて距離を縮めようと努める。一人ひとりが自由にものを言える風通しのよい職場にしたかったから。
 ――念願だった自分で率いる部隊。指揮官としての手腕が問われるこれからの一年間に、おのずと気持ちが逸る。
 さて。この日給湯室で一息ついていたのは……、普段からよくつるんでいる女子局員の三人組だった。
「八神部隊長! お疲れさまです!」
「お疲れアルト。いっつも元気ええなぁ、もうすっかり六課のムードメーカーって感じやね」
「す、すみません……。長居するつもりはなかったんですが」
「いや……ルキノは気にしすぎやって。ええ仕事するんには息抜きも大事やろ?」
「これお土産です。うちの地元のお菓子。いかがですか?」
「おーっ、おいしそうやんシャーリー。ほな一つ……」
 部隊長とはいえ女の子。四人掛けのテーブルまでスキップし、アルトとルキノの背中の間からその菓子折りに手を伸ばした。……しかしはやてが掴んだものは。
「きゃああああああっ!!」
「んー、大福かなー? それとも肉まんやろかー? 手にずっしりくるこのモチモチっとした……」
「って違いますから!」
 猛然と椅子から立ち上がったアルトに軽く手を払われた。顔を真っ赤にして両手で胸を隠している。
「うんうん。ナイスな反応や!」
「そんないい笑顔で言わないでくださいよ……。ううーっ……すっかり忘れてたわ、この人がセクハラ部隊長だってこと」
「そーそー、油断するほうがあかんのや。なールキノ?」
 と肩に手を乗せるかと思いきや……ふにょっ。
「あわわわわっ……!」
「ちょっ……、ちょっとルキノさんしっかり!」
 あまり免疫がないのか、タッチされたまま頭から湯気を出して固まってしまった。今どき珍しいタイプだ。
 二人の部下と自分流のコミュニケーションを取っていると、向かいから恨めしげな声が。
「あのー……、こっちは放置なんでしょうか」
「あーごめんごめん! シャーリーのお土産やったな、もちろんちゃんといただくで」
「違いますっ。アルト、ルキノと来たら次は私でしょう?」
 そう言って自信たっぷりに胸を張る。はやてを含めた四人の中で一番大きなカップが陸士部隊制服を突き上げた。
 ……上司のセクハラに理解があるというのも、それはそれで珍しいタイプな気がする。
「けど……全然ドッキリにならへんやん」
 こういうのは不意打ちでやるから相手の反応が楽しいのに。何をされるかわかっていて堂々と構えられてもかえって手が出しづらい。
「まー、据え膳食わぬは女の恥って言うし。それに眼鏡巨乳は基本やから押さえとかんとな!」
 握り拳を作るはやてを見上げ、ぽかんと開口する三人娘。
「や、八神部隊長って……ときどきよくわからないこと口にされますよね」
「ええ……私には意味がさっぱり……」
 顔を見あわせる二人。理解者だと思っていたシャーリーまでもが眉間に指を突き立てる。
「フェイトさんと仕事するようになってから、はやてさんたちの出身世界のことはそれなりに勉強してきたつもりだったんですが……。いやはやニッポンの文化は奥が深いようで」
「いやいやいや……。そない大層な話とちごて」
 というか情熱を傾けるべきところを間違えている気がする。
 ……と、あまり長話になっても興がそがれてしまうので、いそいそとテーブルを回ってシャーリーの背後に立った。十本の指をわしゃわしゃ動かしながら手を伸ばす。
「ほんなら遠慮なくいただきま――」
「隙ありっ」
 椅子から脚を浮かせてくるりと百八十度回転すると、反対にはやての胸に両手を乗せた。
「あはーん、シャーリーに手篭めにされてもたー」
 棒読みで言いながら頬を押さえてしなを作る。「手篭めって……」と顔を赤らめてもじもじするルキノに、アルトも展開について来られないようで目を点にしている。
「――今のはええカウンターやったで」
「恐れ入りますー」
 深々とおじぎをするシャーリー。はやてと“異文化交流”を図りセクハラ返しまでできるのは彼女くらいのものだ。
「ほな、この後も仕事頑張ってな」
 いい感じに空気が温まったところで、三人に手を振って給湯室を後にした。
 ドアが閉まるとき――、不意に突き刺さるような視線を感じた。
 背筋に寒気が走る。……誰かに監視されているのか。見回してみても通路に人影はない。
 薄気味悪かったが次の仕事の時間も迫っていたため、思い過ごしだろうと考えそれ以上は気に留めなかった。

 

 その日の夕刻、メールで呼び出しを受けたはやてはある場所へ向かうため歩いていた。
 六課のメンテナンスルーム。前線部隊の隊員が使用するデバイスの製作やチューニングを行うための設備が揃っている。隊長陣がこぞってインテリジェントデバイスやら古代真正ベルカのアームドデバイスやらを保有しているため、地味に予算配分の高い一室だったりする。
 薄暗い室内に一歩足を踏み入れる。目が慣れるのに少し時間がかかりそうだったけれど、中央のポッドの前に立つ人物はすぐに発見することができた。メールの送信者だ。
「――はやてさん」
 彼女はセミロングの髪を翻して振り返った。眼鏡の丸いレンズにモニターの灯りが反射している。
「お疲れさん、シャーリー。……なんか用事やったんか?」
 シャリオ・フィニーノ通信主任、人呼んでシャーリー。前所属は次元航行部隊で、フェイトちゃんの補佐官。切れ者でメカニックの知識も豊富なため六課ではデバイス開発も担当してもらっている。
「ええ。……今日、給湯室で何かお忘れじゃありませんでしたか?」
 給湯室? 数時間前の記憶を探った。
「……あー! しもた、お土産食べそびれた。なあ、あれまだ残ってるか……?」
「もう、だからそっちじゃありません。こっちです」
 再び胸を強調して、ずいっとはやての前に詰め寄る。
「おーそやったそやった、今度こそ思う存分揉みしだいて――ってそんなわけあるかいっ」
「わーっ。本場第九十七管理外世界の『ノリツッコミ』ですね。初めて見ました」
 小さくぱちぱちと拍手するシャーリー。
「いや……。ちゅうか、なんやわたしのこと誤解してへん?」
 またチャンスがあればシャーリーにもセクハラを仕掛けたいと思うけれど、あくまで抜き打ちだからサプライズになるし、意味があるのだ。一日一回おっぱいに触らないと禁断症状が出るような病気を患っているわけでももちろんない。
「まあ、セクハラじゃなくても普通に触っていただいて私はいっこうに構いませんけど?」
「それはさすがに問題やろ……。――で? 用件は何なん?」
 くだらない雑談のために多忙なはやてを呼び出したとは思えなかった。彼女にもそれくらいの分別はある。
「はい。新人の子たちのデバイスが完成に近づいてきましたので、見ていただきたいと思いまして」
 ほー、と相槌を打って円筒形のポッドに目を向けた。青白い光がほのかに照らす、気泡が上昇する水溶液の中、四機のデバイスが待機形態で漂っている。
 フォワード陣の四人こそが、実は六課の戦力の要となる。なのはちゃんたちは絶対的なエースだし、シグナムたちも無双の強さを誇るけれど、圧倒的に駒が足りない。大掛かりな事件を解決するには困難な状況にも立ち向かえる強さと気概を持ったストライカーの育成が急務となる。
 だから、魔導師の能力を最大限引き出し戦術をサポートするハイエンドなデバイスを持たせたかった。実戦初登板となるライトニングの両名はもちろん、がたが来ているスターズたちの自作デバイスも新作に交換させるつもりだ。
「うん、ぱっと見ええ感じやね。調整のほうは?」
「今は実際に四人に使ってもらって、データを採取しながら細かい仕上げ……ってところでしょうか」
 レンズの奥で目を細める。手塩にかけたわが子を送り出す親の顔に通じるものがあった。
「ふうん。でも、今の段階でわたしに見せてくれんでもよかったんやけど。経過報告ならリインでえーし」
 シャーリー始めメカニカルスタッフの腕を全面的に信頼している――裏を返せば信頼を寄せられるスタッフだけを採用したつもりだから。それにデバイスの監修は部隊長補佐でもあるリインフォースⅡに任せている。
 もちろん、だからと言って部下が気を利かせて報告を上げたのに無下に扱うようなことはしない。見せてくれると言うのなら見に行く、それも組織内コミュニケーションの一つ。
「もちろんリイン曹長には。ただ、部隊長直々に性能を試されるのもいいかと思いまして」
「試す……ってなんや?」
 首を傾げるはやてをよそに、ポッドからブレスレット型のデバイスを取り出した。球形の宝石の左右に羽がついている。最近レイジングハートがこんなスタイルでなのはちゃんの周りを飛び回っているのをよく見かける。
「ケリュケイオン、お願い――」
 口元に寄せてそっとささやきかけると、宝石が明るいピンク色の光を放った。まぶしさに目がくらみ、次の瞬間にはシャーリーの右手がグローブに覆われていた。五本の指先の部分が抜かれた形状で、手の甲に半球形のクリスタルがあしらわれている。
「おおー……。って、シャーリー起動できるんか?」
 テストが始まっているということは、すでに使用者は登録済みのはず。自ら意志を持つインテリジェントデバイスがマスターの承認なしに起動するものか――と思ったが、シャーリーいわく「マイカーを車検に出すときキーを預けない人っていますか?」だそうだ。……よくわかるようなわからないような。
 もっとも起動させたところで魔力資質のないシャーリーには扱えない代物なのだけれど。
「――そう思われるでしょう? ところがどっこい」
 妙に古臭い言い回しとともに眼鏡顔がこちらを振り向くと、グローブをはめた手ではやての胸に触れた。
「なっ……」
 このタイミングで逆セクハラか。いやそれ自体は何ら驚くべきことではないけれど――。
「……や、やめぇっ!」
 思わずその場にかがみ込んだ。自分の体を抱く両腕がわなわなと震えている。
 ……何が起こったのか。強く揉まれたわけではない、制服の上から普通にタッチされただけ。ただそれだけなのに――触れられた場所が火であぶられたように熱い。
「ついさっきまでキャロ本人が装備してテストしてましたから、魔法の発生効果が残っているみたいですね」
 見下ろす目線で自慢げに語るシャーリー。……実にいい笑顔だ、憎らしいくらい。給湯室ではやてにセクハラを受けたアルトも今のはやてと同じ気持ちだったのだろうか。
 発生効果――魔法を使用する際に付帯的に発生する、物理的な破壊力や熱、電気などのエネルギーのこと。それを利用して対象に追加的なダメージを与えることも可能だ。AMFを持つガジェットを破壊する手段として六課でも分析や対策が進められている。
 キャロの得意とする魔法といえば……ヒーリングにブースト。その発生効果で体が熱くなったというのか。
「すみませんはやてさん、そんなに効くとは思わなくて。……立てます?」
 と気遣う台詞をかけながらはやての背に手をかけた。――またもケリュケイオンが装着された手のひらで。
「はにゃああああぁぁ……!」
 風船から空気が抜けたようなみっともない声を漏らす。今度は全身が燃え上がる。とくに背中が弱点というわけでもないのに体じゅうを衝撃が走り抜けて、とうとう足腰が立たなくなって床に両手両膝をついた。
「触るな、触るなぁ……っ!」
 グーにした手を振り回してシャーリーを追い払う。
「おやおやぁ? ご自分は部下にセクハラされるのに、部下からのセクハラはNGですか? それってセクハラじゃなくてパワハラって言いません? 管理局はそういうの厳しいですよ? 出すところに出したら処罰されかねませんねー?」
 いちいち気に障る尻上がり口調で、理詰めではやてを追及する元執務官補佐。右手の指を嫌らしく蠢かせて、隙あらば再び発生効果を叩き込もうと構えている。
「ううっ……、何がしたいんやシャーリー……」
「――これに懲りたら、誰彼構わず手を出すのはおやめになったほうがいいと思いますよ。嫌がっている子もいますし」
 最後の一言にはっとさせられた。そうだ、理解を示す者や笑って流してくれる者ばかりではない。交流を深めようと思ってした行動がかえって距離を空ける原因になっては元も子もない。
 それをわからせるためにこの一幕を仕組んだとすれば、やはりシャーリーは相当のやり手だ。
「すまんなあ……。さすがに反省したわ」
「いえ、私こそやりすぎました。落ち着くまであちらで休憩なさってください」
 被験者を座らせて検査したりデータを取るために、歯科の診察台に似た背もたれの深い椅子が設置されている。はやてに肩を貸して連れて行くシャーリー。すでにケリュケイオンを解除した素手で触れられても、当然何ともない。
(ん……?)
 試験台に腰をかけながら、視界に入ったある違和感に気づいた。ケリュケイオンは待機状態に戻されて、シャーリーの手によってポッドに入れられた。そのポッドの中で浮かぶデバイスは三つ。……別の一つがなくなっている。
「ああ、これですか?」
 しれっと答えるシャーリーの手に握られていたのは、男物のリストウォッチ。ストラーダだ。
「んふふ」
「ちょ……ちょう待ちぃ――」
 不敵な笑みを浮かべながら、なぜ持ってきたのか説明もないままストラーダがタイトスカートの上からはやての股間に軽く当てられる。――エリオの変換資質は何だった? 嫌な予感しかしない。
 パチパチッ――。
「あひっ……ひゃああああぁぁあぅん!」
 下半身に文字通り電気が走った。衣服やら何やら全てを通り越して体内を直接えぐる刺激に大きく口が開き、釣り上げられた魚のように腰がびちびちと跳ねた。
「まあ発生効果はちょっと強い静電気くらいの……あらら」
 予想以上の効き目に、仕掛け人本人も口元を押さえて目を丸くする。口の端からよだれを垂らして息を散らすはやてはまともに返答ができない。恥ずかしいことに少し漏らしてしまい、染みが広がった下着がスカートの中で股間に張りついた。
「お次はどうしますー? マッハキャリバーのローラーでぐりぐりされるコースとクロスミラージュの砲撃の衝撃波をぶちこまれるコースがございますけど」
「……アホーッ! どっちもいらん! そんなんされたら壊れてまうー!」
 ここはどこぞのいかがわしいお店か。しかも内容がえげつないにも程がある。
 そもそも明らかにセクハラ返しの度を越している。はやては相手の恥ずかしがる様子を見て楽しんでいるだけで、本気で感じさせようとしたことなんか一度もない。
「――全部お見通しなんですよ、私には」
 眼鏡のブリッジを指で持ち上げて唇の端を緩める。レンズの奥の瞳が怪しく光った。
「な、何がや……」
「親睦を深めるためとか言って女子局員にちょっかい出してますけど、本当ははやてさん……欲求不満なだけじゃないんですか?」
「……はあっ?」
 何をばかげたことを――と言い返そうとしたものの完全否定できない自分が情けない。
 確かに女の子たちとの触れあいは気分が浮かれるし、ストレス発散にもなる。多感な青春時代を仕事に追われて棒に振ってしまったという後悔もないでもない。本人がそうと自覚していなかっただけで無意識的にスキンシップを求めていたということなのか。
「ですから……私が不満解消をお手伝いして差し上げます!」
 これ以上ないニコニコ笑顔を向けられて、はやては頬の筋肉が引きつった。
「いやいやいや……! シャーリーが手伝ってくれる必要全然ないやん! んなもん自分で何とかするし……!」
「自分でって……えっ? はやてさんいつもご自分でなさってるんですか?」
「そういう意味とちゃうっ!!」
 間違ってもいないけど!
 下世話な尋問に顔面が茹だる。これぞセクハラのお手本か。パイタッチで満足している自分は二流だったらしい。
「ここは正直になったほうがいいですよ。さもないと……」
「ひいっ――」
 ストラーダを目の前にちらつかせられ、反射的にすくんだはやての全身が背もたれに張りついた。
 まるでスタンガンのごとき扱い。若きベルカの少年とともに戦うデバイスとして生を受けたのに女の子を脅す道具に使われたのではストラーダもさぞかし不憫だろう。
「まさか部隊長を脅迫するとはな……。とんだ大物や」
「お褒めにあずかり光栄ですっ。ではお礼にはやてさんにはこちらを……」
 と言って彼女のシンボルマークとも言える丸眼鏡を外すと、何を思ったかはやての両耳にかけた。
 焦点がぼやけて視界全体が曇りガラスを通したように映る。もちろん普通の眼鏡であって、発生効果も何もない。
「って、え……? なんで?」

(つづく)

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