[あずま様がみてる] マリアと不二子

 とある昼休み、薔薇の館にて。
祐巳「ねえねえ志摩子さん。志摩子さんと乃梨子ちゃんって、何がきっかけで知り合ったの?」
志摩子「えっ。どうしたの突然」
由乃「そうそう。それ私も前から聞きたかった」
志摩子「きっかけって言われても……。ねえ、乃梨子……もじもじ」
乃梨子「そ、そうですよ。私たち別にそんな……もじもじ」
由乃「あーっくそう! 初々しいなぁもう!」
祥子「私は、乃梨子ちゃんが千葉県民だからだと思っていたけれど?」
祐巳「お……お姉さま? それってどういう……」
祥子「あら、祐巳は覚えていないかしら。新入生に千葉県出身の子がいるって聞いたとき、志摩子ったら『ライバル登場?!』なんて張り切っていたじゃない。きっとそのときから目をつけていたのよ」
志摩子「そんな、誤解ですわ祥子さま」
令「本当、志摩子らしいわよね。自分がH市民であるというコンプレックスから、他県の人をライバル視するなんて」
由乃「なーに、それ。あんな寂れた田舎だって一応都内なんだから。埼玉県民の恨み買うよ、そういうの」
祐巳「そうか、狼の群れに入っていけない犬って、そのことを言っていたんだ」
志摩子「……激しく違うわ祐巳さん」
乃梨子「ちょっとみなさま、お姉さまをあまりからかわないでもらえますか」
令「おっと、威勢のいいのが出てきた」
乃梨子「たしかにポケポケしていていじめがいはありますけれど。志摩子さまで遊んでいいのは妹の私だけなんです!」
一同「(こいつ……あなどれん……!)」
志摩子「乃梨子……しくしく」
乃梨子「もう、私がお話しします。高等部からこの学園に編入した私はクラスメイトと馴染めなくて、教室から逃れるように中庭に足を運んだんです」
 クラスメイトと馴染めない、という乃梨子の言葉に、某縦ロールを思い浮かべてやたらうなずく面々。
乃梨子「そこに、一本の桜を物憂げに見つめているお姉さまが……」
祥子「お待ちなさい乃梨子ちゃん。私たちが聞きたいのは、そういう出会いのことではないわ」
祐巳「二人が中庭で会っていた現場なら、私が目撃して知っているし」
由乃「そうよ。要するに、どうしてカミングアウトできたかってこと」
令「かたや寺の娘、かたや仏像愛好家。リリアンではあまり口を割れない秘密でしょう。とくに志摩子はそのことで随分悩んでいたのだから」
乃梨子「ああ、それはですね。小寓寺に珍しい仏像があるって聞いて、ある日私が見に行ったんです」
令「小寓寺って、たしか志摩子の」
祥子「なるほど、それで出会ってしまったというわけね」
志摩子「ええ。あのときは私も驚きましたわ。もう笑いをこらえるのに必死で……」
由乃「なんで笑う必要があるのよ」
乃梨子「その帰り道で、志摩子さまがご自分のことを話してくれたんです」
祐巳「へーっ、興味あるなあ。聞かせてくれる?」
乃梨子「わかりました。それでは――」

志摩子「何も聞かないのね」
乃梨子「えっ」
志摩子「私が髪をショートカットにすれば広末くらい余裕でいけるのに、それでもあえて伸ばしているという矛盾について」
乃梨子「あの……。(い、いきなり何の話ーー? っていうか広末くらいって。余裕でって。こういうときはストレートに怒ったほうがいいの? ああ、それよりもこんな清らかそうな人がそんな俗っぽいこと言い出すなんて……)」
志摩子「質問を変えましょうか。乃梨子さんは、小学生のころ何になりたかったのかしら」
乃梨子「何にって、職業のことですか。……ドモホルンリンクルを作る人、です」
志摩子「それは珍しいわね。ふふ」
乃梨子「あっ、でも違うんです。別に信心深いってわけじゃなくて、一滴一滴じっと見ていると心が洗われるというか、あのミルククラウンの美しさに魅せられているだけで……」
志摩子「それは珍しいわね。ふふ」
乃梨子「いや、その相づちさっきと一緒だし。というか自分から振っておいて人の話聞いちゃいませんね志摩子さん?」
志摩子「……私はね、峰不二子になりたかったのよ。本当に小さいころから」
乃梨子「み、峰不二子?!」
志摩子「笑ってもいいわよ」
乃梨子「(そんな、笑えないっていうか、志摩子さんのどこにルパン要素があるって言うの? 黙ってりゃいい線なのに、どうして自らギャグ要員になろうとしているのか全然わからないし。なんだかあの『制服マリア様』のイメージがどんどん崩れていくよ……)」
志摩子「反動かしらね。貧乳の私が不二子なんて」
乃梨子「む、胸はどうでもいいだろ!」
志摩子「小さいころは、無邪気だったわ。でも、だんだん物心がついてくるでしょう? そうすると、その将来の夢は、言ってはいけないことのように思えてきてね」
乃梨子「そりゃ、漫画のキャラですし」
志摩子「理想の女性像って、心の核に関わることだから結構複雑なものよ。とくに、うちなんてひょうきん一家だし」
乃梨子「はあ……。たしかに住職は面白そうな人だったけれど」
志摩子「でも、だめね。抑えれば抑えるだけ、憧れは募っていったわ。それで、小学校六年生のとき、ついに父に言ったの」
乃梨子「……何て?」
志摩子「ルッパァ~~ん」
乃梨子「……」
志摩子「……」
乃梨子「……」
志摩子「……勘当されたわ」
乃梨子「ダメじゃん!!」
志摩子「冗談よ。それで両親があきれてね、娘への説教を始めたわけなの。あら、そんなに変?」
乃梨子「志摩子さんて、見かけによらずとんでもない人かもしれない……。ていうかどういうキャラクターなのか全然つかめなくなってきた……頭痛くなりそう」
志摩子「父はこう言ったわ。おまえはまだ物真似の何たるかを知らない。お笑いの学校に入って、そこでちゃんと勉強してから決めるべきだ、って」
乃梨子「それでリリアンに……」

乃梨子「――それで、自分の境遇とも重ねてみたりして、志摩子さまのことがもっと身近に思えるようになったんです」
志摩子「私も嬉しかったわ。乃梨子のおかげで、自分の居場所が与えられたみたいで」
乃梨子「心が通いあうってこういうことなんですね、お姉さま!」
祐巳「え、えっと。お取り込み中のところすみませんが……」
由乃「別にそういうノロケはいいとして……」
令「なんていうか、ある意味ものすごくお似合いの姉妹なのはわかったけど……」
祥子「基本的に誤解している部分があるわよね、ええ……」
一同「(……リリアンはお笑いの学校じゃねえーー!!)」

« あずま様がみてる   02 耳・口・王 »

ソーシャル/購読

X Threads note
RSS Feedly Inoreader

このブログを検索

コメント

ブログ アーカイブ