2018年4月13日金曜日

リップがバリ処理でコンシーラーがサフでルージュが塗装でグロスが光沢処理や

オオミスジコウガイビルとか究極の怖いもの見たさ。ごきげんよう。

幼稚な考えかもしれませんが、化粧なんてない世の中になれば
よいのにと昔から思ってまして。
だって時間の無駄じゃん。(でたよ)
いや無駄というか、雪国の人にとっての雪かきとある意味同じで、
本来やらなくてもよい作業に多くの人が縛られて時間を費やして
いるわけですから。
みんなでせーので化粧やめようぜ、ってできればいいんですが。
まどかがキュゥべえと契約でもしない限り変わらないでしょうが。

もちろん、みんながやってるから仕方なくという人ばかりでなく
自ら好きこのんでしている人もいるでしょう。
化粧して美しくなりたい、自分を変えたい、その願望の根底には
何があるのか、と推測したときに、やはり他人からほめられたい、
よく見られたいという思いがあるのではないでしょうか。

根本的なことを言えばその価値観そのもの、つまり人を容姿で
優劣つけることがなくなれば願望も自然消滅するでしょうか。
論点ずれるかもしれませんが「需要と供給」の需要側の存在が
諸悪の根源だと思ってまして。
誰もが顔のきれいな人やかわいい子ばかりもてはやす、だから
我先にとそこを目指そうとしているのが現状ではないでしょうか。

太古の時代から続いている人類の営みですからどちらが鶏で
どちらが卵かわかりませんけども…。
もし本当に誰も美を追求しない世界になったら、それでみんな
幸せなのかというと必ずしもそうではない気がするし、うーん。

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