「棄権する権利」っておかしくね?

2010/08/03

ふるいひび

 私は聖堂に向かった。
 その日、マリア祭の予定に出ずっぱりだった私は午後の一年生歓迎会に参加することにした。
 生徒会の自主性が重んじられる習わしで、教師もシスターもいないその儀式。
 今朝起きた事件、鞄の中から消えた数珠を思い出すと、背筋に寒いものが。
(いったい、誰が……)
 そう思いつつもメダイの贈呈を受ける列を離れることもできず速やかな会の終了を祈った。
「その人は、白薔薇さまからおメダイをいただく資格などありません」
 後ろから声をかけられた、振り返るとそこには水晶の数珠を振り上げるクラスメイトが。
「あなたには、こちらの方がお似合いよ!」
「どうしてそれが私の持ち物だと断定するのかしら?」
「それは……、偶然机にぶつかってしまって、飛び出したのを見つけたのよ」
「嘘つくんじゃないわよ!」
 話していくうちに私は段々と憤りを感じた。
 どう見ても黙って持ち去った、それを準備してきたみたいな言い訳、よくもしゃあしゃあと……。

「じゃ、これ捨てちゃってもいいわね?」
 クラスメイトの声……いやおかしい、明らかに壇上から聞こえてきた。
「返して欲しかったら、持ち主の名前をおっしゃい」
 私は怒りに震えながらも壇上を見上げた……。
 そこには、お手玉のように数珠を弄ぶ黄薔薇さまが! とんでもない宗教裁判だ。数珠が踏み絵だったのだ!
 気がつくと紅薔薇さまも優雅にほほえみ「さっきまでの元気は、もうお終いなの?」と私を追いつめる。

「もう、およしになって!」
 聞いたことのある声、寺生まれで敬虔なクリスチャンのTさんだ。
 陰謀によって今にも晒し上げられそうな私の前に出ると、ふわふわの巻き髪を振り乱し、
「その数珠の持ち主は、私です」
 と打ち明ける、そしてお聖堂の中を見渡すと、彼女の呼び名が連呼されていたどよめきが一瞬にして止んだ。
 紅薔薇さまが理由を問いただすと、寺の娘だからというTさんの告白によって周りから拍手が起こり、誰が何を言ってもYES!というくらいに場は盛り上がった。

(マリア像を観に、教会巡りするのもいいな)
 そう思っているとTさんは私を見つめ、
「今度、一緒に仏像でも観にいきましょうか」
 罰当番の掃除中に聞いた話によるとこの歓迎会は余興が恒例でTさんがピアノを弾くのが当初の予定だったらしい。
「乃梨子。ちり取り持ってきて」
 そう言ってどしゃ降りの後の青空のようにさわやかに笑ってみせるTさんを見て、寺生まれはスゴイ、私はいろんな意味で思った。

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