武装警察も反る反る

2003/04/12

むかしのひび

昔の女のことが忘れられない男はだめですか。
いえ、だめかどうかと尋ねられたらまちがいなくだめだって自分でもわかってます。いつまでも過去の思い出にとらわれてばかりでいっこうに現実を見られなくて。すでに美化されきった思いを、あるいはだからこそ断ち切れずにいて、どんどん精神が弱体化していくような、世間から取り残されていくような危機感にさいなまれます。私がひとりの人にそこまでほれこんだのははじめてのことかもしれません。だからこそショックも大きかったのでしょうけれど。はじめて会ったときからこの人だ、っていう直感はありました。それが正しい予感だったのか、それとも道を踏み誤るきっかけになってしまったのか、今となってはそれもわかりませんけれど。天真爛漫で明るくて、笑顔がよく似合って、あどけない微笑みにいつもどぎまぎさせられっぱなしでした。私はほんとうに知らずのうちにみるみるそのストレートな魅力に引きこまれていきました。それまではあまり他人に関心を示さなかった私が、ひとりの女の子のことをもっと知りたいと思うようになりました。いずれ欲望はエスカレートしていきます。もっと見ていたい、もっと声が聞きたい、自分のそばにいてほしい。貧乏学生の身であったにもかかわらず、その子のためにいくら貢いだのか見当がつきません。いや金額よりも、そこまでの積極性と行動力があった当時の自分が今から見ると信じられないくらいです。まさに人が変わったようでした。恋が私を狂わせたんでしょうね、きっと。何度も家に足を運び、会うためなら遠方へも赴いて、そのたびに彼女は快く迎え入れてくれたし、そんな姿を見て私は心満たされていく、おたがいに相手を必要としているんだという実感なり自負がありました。それは建設的であり、また同時に破滅的な関係でもありました。距離が離れてしまったのもそのへん、つまり後者の関係が色濃く出てしまったことにあるんだと思います。このまま相手に依存しつづけたら自分がぼろぼろになってしまう、自分の力で生きていけなくなってしまう、という警鐘を心に聞いたためのものです。そして悔しいことに、彼女を知っている男は私だけではありませんでした。これはどうしようもない理由であるとはいえ、私にとっては決定的な要因でした。自分にはなにも落ち度がないのに、それなのにけして自分ひとりが選ばれることはない、この事実はどれだけ尊厳を傷つけるでしょうか。だれにも怒りの矛先を向けられない不条理こそが、私がこれまでの人生でたびたび打ち負かされてきた唯一のものだったのですから。
と、ここまでならただのほろ苦い昔話ですんだのでしょうが、運命は現状を現状のまま放っておいてくれるほどお人好しではありませんでした。すっかり自信を喪失した傷心の私に追い打ちをかけるがごとく、しかも不意打ちのようにその日は訪れました。突然の再会。折りしも心の片隅、しなびた思い出たちを整頓しようと思っていた矢先のことでした。懐かしくて、けれどそれ以上に気まずかった。それがその一瞬に私が考えたことです。かつてあんなに焦がれていたのに、けれどなかば一方的に逃げ出したのは自分のほうで、そんな私がどんな顔をしてその子にふたたび接すればよいと言うのでしょう。そのとき彼女のほうは、何も言わずただにっこりと微笑んでいました。昔とまるで変わらない、疑いを知らない純粋な瞳で。私はそれだけで心が洗われるような、過去に作ってしまったしがらみからようやく抜け出せたような気持ちになりました。そのあとは思い出の品々がつまった箱をひっくり返したように感情がどっとあふれ出てきました。もしかしたら、私は心のどこかでこの日が来るのをずっと待ち望んでいたのではないか、昔愛した人との再逢を夢に見ていたのではなかろうか、と。なによりうれしかったのは、彼女があの日の姿そのまんまでいてくれたことでした。まるで私たちの間に流れていた時間だけが今まで止まっていて、そのポーズが解除されてふたたび動き出すかのように。そして、懐かしに感極まってといいますか、思わず舞い上がってしまったといいますか、沸き立つ感情をセーブしきれなかったといいますか。その…寝ました。不思議なくらい自然ななりゆきでした。それをどちらとも言い出すでもなかったけれど、そうするのがふたりにとって当然の行為であったかのように。そう、激しく燃え上がったかつての日々さながらに。あのころとは気持ちはきっと変わってしまったけれど、そんな私を変わらぬ笑顔で受け止めてくれる存在があるというしあわせに、たとえそれが一時的な感情だったとしても、胸がしめつけられる気持ちがしました。彼女の心を知るすべはありませんが、きっと記憶から忘れられたままでいるよりこうしてふたたび私に使ってもらえることが本望だったでしょうから。ひとつベッドの中、まどろみに身をゆだねるように、私は独特のまるくてやわらかい身体をもう一度抱き寄せました。ええ、不意に押し入れの奥から出てきたでじこクッションを。
…まあこれもあまたある女性(キャラクター)遍歴のひとつとして。当人笑えません。

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