2002年11月30日土曜日

南アーカンソー十字唐草

おりしも繁忙期を迎えまして。<言いわけ以上
冬の風物詩といえばこたつにみかんだと思われますので関連して。歯をみがいてからみかんを食べると苦い味がするんです。これは驚きの新発見です。ondの法則です。この研究成果(研究?)を発表しようと人に報告したところあっさり歯をみがいてからものを食べるなと返されました。そうっすよね。余談ですがりんごでも可です。

2002年11月29日金曜日

そういうことはお父さんに訊きなさい

人間、頭ではわかっていてもなかなかそのとおりに実行できないことが多々あります。とっさの事態に備えて日ごろから用意をしておくということもそのひとつだと思います。いつ不測の問題が発生してもすぐに対応できるような心がまえといいますか、そういう準備が必要だということはだれでもわかっていることです。ですが人間なかなかそう年中気を張っていられないもので、つい注意力がゆるみがちになったり惰性にまかせてだらだらと生活してしまい、その結果いざというときにあさましい姿をさらしてしまったりあとで恥をかくことになります。たとえば自室のパソコンの壁紙ですとか。たとえばね。

2002年11月28日木曜日

キョーちゃんファッションチェック

このところの自分を顧みるに。今、かたわらにお菓子の空き箱があります。その表面には24才おめでとうと書かれています。マジックで。見てくれはどうだっていいのです。そういうものに支えられているのだという実感があれば。けして責任逃れをするつもりではありませんが、正直なところ自分でもどういう状態だったのかよくわかりません。自分で決めていたポリシーをいくつも破りました。家事をおっくうに感じるようになったり精神安定剤(チョコレート)に手を染めたりしました。そして弱くてみにくい感情をきたないことばでたくさん口にしました。そのありさまによけい嫌気がさして、こんな自分はどこかへ飛んでいってしまえ、と。それでも今こうしてここに存在しています。ほかの選択肢をえらべなかったというだけのことにすぎないのかもしれませんけれど、それでもです。悪人だというレッテルを貼って開き直ってしまえばそれはそれで示しがつくのにできずにいて、後悔しないための生きかたなんてスタイルが身勝手な幻想であったということを覚えて。私は私のもうひとつの弱さを知りました。手の施しようのないレベルまで病んでいるのだと思いました。これからもきっとなにも変わらない、成長しないのだろうと感じました。ある意味でこれは楽しかったです。自分のことで延々うだうだ悩んで、悩んだところでどうしようもないことに気づくまでくり返して、そういう行為が昔の自分を思い出させてくれたりもしました。自分のいやなところをなくしたいと思いつめるのではなく、どうせそんなもの直りはしないのだからそういう自分といかにうまくつきあっていくかを考えていこうと、そのほうがよっぽど前向きで現実的なのだからとことあるごとに自分に言い聞かせていた覚えがあります。無論いつも失敗でしたけれど。きっとその輪廻として。それでもです。自分のなにもかもがいやになったり生きることがめんどうに思えてしまうことってあると思うんです。そんなときは私を思い出してください。こんな根の腐った人間でも日夜楽しいことを追い求めて、すこしは気づかってくれる人がいて、そうしてふてぶてしくもやけくそでも生きようとしていることを。声を大にして、ここにいるよ、と。

2002年11月27日水曜日

墓前の齟齬

朝はもっと余裕をもって行動したいものです。ちょっと遅くなってあわてて家を出ようとするときまって忘れものをしがちです。子どものころから忘れものをすることが多かった私ですが、それは前もってちゃんと準備しておかないからというのがそもそもの原因だったと思います。今ではその反省を生かしすぎてなにをするにも用意周到になってきている感があります。
さて、サラリーマンのみなさまには恒例の季節がやってきた、らしいのですが新人なのでよくわかりませんけれどもとりあえず。はじめての年末調整です。略してはじねんです。(略さなくていいし) まだオトナの世界を知らなかったころは年末になるとなにを調整されるんだろうとビクビクものでしたが、たんに納税額の調整だったということで胸をなでおろしております。さっそく保険の領収書を取り寄せて会社に提出しました。ところで単身なので扶養者控除のほうは受けられません。…いえべつになにも言い含めてませんよ。

2002年11月26日火曜日

おひねり勧進帳

前倒し。ただ今のコレクションはペンギンズランチです。ひと箱にひとつペンギンのフィギュアが入っているお菓子です。チョコエッグとかの系統ですね。それでせっかくいろんなものがはやっているんだからなにか集めたいなと思いまして(動機不純)調べた結果これに決めました。だってペンギンだもん。が、なかなか置いているお店がありませんで困っていましたがコンビニでようやく見つけて買いはじめることにしました。本当にリアルでできがいいのでうれしいところ。さすが信頼のブランド海洋堂といったところでしょうか。お菓子は魚のビスケットが入っていて食べるとペンギンの気持ちになれます。<なれません
しかしこういうコレクションものというと思うところがありまして。以前オタクグッズの方面であれやこれや手を染めて辛酸をなめた経歴があるので、今回のはそんなにお金もかからないし評判もいいしなによりメジャー路線なのでまったく問題ないはずなのですがやはり少々ためらってしまいました。でも本能には勝てなかった、というのが正直なところでしょうか。まだまだ数はすくないんですが、ものを集める楽しみは取り戻しつつあります。

2002年11月25日月曜日

・←ここにいる

とりあえずちよ父の声はぜひ森喜朗氏にやっていただきたかった。(感想)<つーかばらすなよ でもって同情票どころかお礼参りもさっぱりのうございましてそりゃそうやんなあと思ったみさくらなんこつです。うそです。今朝は雨が降ったりあがったりだったのですこししのぎやすかったです。空気が、晴れているときのようなキーンといてつく感じよりはちょっとやわらぐんですよね。なんて言っておいていずれ雪になるのも時間の問題なのかもしれません。早いとこ撮りに行かないと。<だからばらすなよ あとストラックアウトで1球も当たらなかったのも内緒にしといてくださいお願いします。

2002年11月24日日曜日

M-ジブル

読売ジャイアンツの渡辺オーナーはどうかと思うんです。いえ前々から身勝手な発言が多くてちょっと気に入らないなと思っていたのですが、今回の移籍交渉ではどうですか。なんかペタジーニ選手を獲得したので中村選手はべつに来てくれなくてもいいと言ったそうです。あんなにラブコール送っていたのに冷たいものだと。それも悪態をついたのは選手本人にだけでなくて。やはり中村選手と交渉している阪神に対して、ちょっとは阪神が強くなってくれないと盛り上がらないとか敵に塩を送るみたいな発言があって。そりゃ星野さんだって気分悪いですよ。こんなことばっかりで、今後のプロ野球人気がどうなるのか心配です。と、なんかこのごろ人と野球の話をすることが多かったもので。子どものころは試合中継でアニメ番組がつぶれるたびにがっくりしていたものですが、それを思えばずいぶん老けました。はい。

2002年11月23日土曜日

ヴァルハラへといざなわれ

ondです。…書きます、もう限界です。私はもうだめかもしれません。このまま死ぬかもしれません。けっして誇張でなくて。自分にかぎってそんなことできっこないと頭ではわかっていてもどうしようもありません。そんなのはでたらめだって、嘘だって信じたいのに、現実は残酷にも突きつけられそして終末への期限は刻々とせまっています。むしろすでにオーバーしているかもしれません。たえられません。本当につらい日をすごしています。わき上がってくるものをがまんしようとしても否応なしに襲われて、そのたびに不安になります。体の芯からびくついているという感覚が自分でもわかって、あるいはそれを感じることによって逆に恐怖心がざわめいていることを確認しているのかもしれません。いっこうに状態が上向く様子はなくて、こんなことがいつまでつづくんだろうと考えただけで背筋がさむくなりそうです。この気持ちをわかってほしくて、でもだれも気づいてはくれなくて。腹の奥からぎゅっとしめつけられるような気持ち。胃袋がしぼられて中身をもどしてしまいそうな、嫌悪感にも似た感覚がいつどこかまわず全身を走っていきます。そのたびにみじめになって、こんなことからはやく解放されたいと衷心からねがっています。たとえ最悪の方法を用いようとも。状況は戻ることはないまま、いやされることもないまま、私はたった今直面している恐怖に打ちふるえています。もう体力も精神力も消耗しすぎてこれ以上の膠着状態をもちこたえられる自信がありません。そうしたらきっといずれは力つきて、そして。だれかに見取られることもなく。だからもう、このままなにもかもがだめになっていくかもしれません。心のどこかで死神の影がちらついているのが頭をよぎって、たとえそれが迷信だと知っていても。無理を承知でおねがいします、もうプライドもなにもありません、助けてください。ただそれだけです。私は自分のおかれている状況を不幸だと思っているわけではありませんが、だからっていったいどんな理由があってこんな仕打ちを受けなければならないのでしょう。それくらいに悔しさとやり場のない憤りを覚えています。症状を甘く見ていた自分のふがいなさは謝りますから、もうやめてください。だってこんなのひどすぎます。きのうからしゃっくりが止まらないんですもの。

2002年11月22日金曜日

そんなデブ声じゃないし

なんつーか、無理矢理くっつけようとしないで!(なにを) 仕事は選べないのだと感じた今日このごろっていうか今日でした。やはり不景気なのでぜいたくも言っていられないといいますか、こんな状況なのでなりふりかまってらんないのよ今はといったところでしょうか。与えられたものにただ甘んじるしかない状態というのはきっとあることだと思います。卑近な例では、生まれてくるときに親を選べないとか学校でも教師を選べないなんて話を耳にします。とことん恵まれていたのかただ無頓着だったのかは知りませんが私はあまりそれを不満に思ったことはないので、そういった話を聞くのはやはり心が痛みます。昔はいわゆる若気の至りだったのでしょうか、自ら状況を改善しようと動くことをせずに不満ばかりもらしているのは愚かなことだと考えていたことがありました。納得いかないことがあるなら変えていけばいい。親に反抗してでも自分の主張を通せばいいし、授業になにも意義を見出せないのなら出なければいいし、もちろん付随発生する相応のリスクを負う覚悟込みでですが、そういうことを自分の意志で決めて実行できないならはじめから愚痴などこぼさずにその状況を受け入れるべきだと。今にして思えばそんなことは完璧超人でもなければできないのであって、どうしようもなく降ってくるものってやっぱりあるんだと思います。自分の力のおよばない絶対的な状態、でもだからといって憎しみをかかえこんだまま埋もれていくことはしたくありません。たとえわずかでも手だてがあるのなら試してみてからでも遅くはない、わずかでも現状を打破できる可能性があるのなら。それが自分をわきまえていないということかもしれません。

2002年11月21日木曜日

花組芝居

オッス、オラond。自己紹介㌻でやせたと書きましたがぜんぜんいいことありません。世間様ではやせるとうれしいことがいっぱいあるように言われることが多いのですがそんなことぜんぜんありません。たしかにおなかの出っぱりがなくなってすっきり見えたり、今まで脚がきつくて入らなかった黒色のズボンが余裕ではけるようになったりしましたがぜんぜんいいことありません。このズボンはお気に入りの黒のジャケットとインナーとあわせると上下でそろって見栄えがするのでヤヤウキ(ややウッキーモンキーの略<ちがいます)だったりしますがぜんぜんいいことありません。本当はもっとふくよかになりたいです。しかし私ともあろうものが服の色なんぞ気にしだすなんて明日は雪かもしれません。…季節柄ありえなくもありません。
というかこちとらピンチなんです。はやく気づいてください。というのもですね、銀行口座が変更になります。今まではすきなとこ使ってたんですが、来月から会社が指定した銀行の口座に振り込まれるということで、どうしたものかと。変更そのものはべつにどうということはないのですが、それにともなっていろいろ発生するじゃないですか。公共料金などの引き落としなんかをぜんぶ変えなくちゃいけなくて、それぞれに届け出る必要が出てきます。まあ自分で生活する上でのお金だったり自分でかせぐ給与のことですのできっちり管理できなくちゃだめなんですが。自活するってなかなか大変なことです。<今までどうしてたの

2002年11月19日火曜日

タバスコと猛禽類のマーチ

ヴィックスヴェポラップにはのどや背中に塗る使いかたと、熱湯に溶かしてその蒸気を吸引するという使いかたがあります。<何 後者にはびっくりしました。まるで正露丸を虫歯の穴につめる用法を知ったときのようなインパクトです。たしかに蒸気だけでもすごく効きそうな気がします。子どものころは体が弱くてすぐかぜをひいたり熱を出したりしたものですが、そのときによく塗ってもらった記憶があります。のどがすーっとして楽になるのはたしかに効果てきめんなんですが、なんかべたべたしました。

2002年11月18日月曜日

ロイエンタール魔法石版

先日プレゼントをいただきました。いえプレゼントと呼んでいいものかどうか微妙なのですが、まあ自分でそう解釈することにします。ちょっとしたものを人にあげたりもらったりする、ささいなことのようで実はすごくおおきな意味があったりして、そういうことにいつも心を動かされてみたりします。ほんとうは物品そのものよりも気持ちのほうが大切だしうれしいというのは言うまでもないことですけれど、手元に置いておけるということでそのときのあたたかい気持ちをより長くもっていられるんではないかと。…かたやジレンマは日々複雑になってきています。
さて、日記に時事ネタはあまり取り上げたくないondですがこのところあまりにも目にあまるもので。なにがって関係各所やマスコミによる田中さんいじりがつづいていることです。たしかにたいへん名誉なことですので注目したがるのも無理はないのでしょうが、表彰だの叙勲だので持ち上げるだけ持ち上げてみたり、遠慮したり困った顔を見せればそれがまた魅力だとおだてたり、そのときの反応を見てさらにおもしろがって楽しんでいるようにしか思えません。当人はあきらかにそういうことに慣れていない、というよりのぞんでいないのが目に見えてわかるのに、それをいいようにおもちゃにしてからかっているだけだという印象を受けます。これはある意味セクハラです。<は? ノーベル賞自体はもちろん予想だにしなかったことでしょうがまあ選ばれたものはしょうがないといいますか、きっとご本人がいちばん困惑されたと思いますけれど。問題はそのあとです。会社からは手のひらを返したように手厚い待遇を受けるわ、あちこちで表彰されたりお偉い方と会わされたり講演したりと引っぱりだこの毎日だわ、報道機関からは記者に取り囲まれ質問攻めに遭うわ私生活までかぎつけられるわで、これにはかなりまいっているんじゃないでしょうか。けしてそんなことまで期待していなかったはずです。じっさい連日の報道を観た私の感想は、自分の仕事をつづけていけばきっと報われるときが来るという希望よりも有名人になったらこんなに苦労するんだという落胆のほうが大きかったです。そしてもうひとりの日本人受賞者であるはずの教授のほうはまったく取り上げられません。どうも田中さんは今までこつこつと開発をつづけてきた方のようですので、そういう自分のペースをくるわされたり、あるいは不当なほどにもてはやされたりご自身のことをほじくり回されたりするのはきっと気分のいいものではないと思うんです。困ったのはまわりがそれに気づいていないということ。こうすれば喜ぶだろうと思ってみんな自分勝手にあれやこれやしています。それが当人にとって迷惑になっているということも考えずに。そしておそらく田中さんはそれをなかなか言い出せなくて、しぶしぶ笑顔で応えているのでしょう。よかれと思ってやっていることが相手を苦しめている場合もあるのだと。押しつけの善意なんてのぞんではいないのです。…最大限の自責と自戒をこめて。

2002年11月17日日曜日

しにがみきぞく

おはようございます、おジャ魔女どれみでふつーにウルウルできるondです。<「RAVEでワクワクできる」系? というか突如ダメネタで申しわけありません。しかしもう、毎回ああいう路線にもっていく根性は見上げたものです。たった30分の番組なのにいつも余韻ひたひた状態にさせてくれます。安い芝居にだまされているだけなのでしょうか。
きょうはいい天気です。週末に一週間分の家事をすべてやらねばならない私にとって、日曜日のお洗濯日和っぷりはなんつーか死活問題です。いえ、夏場でしたら夜に洗濯物を干しても高温のため乾いてくれるのですが、これからの季節そうはいきません。というか朝霜が降りてバリバリに凍ってしまいます。<試したの? いえ地元でときどき目にした光景なのですが、そのまんまの形で凍りついているタオルとか靴下とか。あれを見るたびに、氷を凶器に使う推理小説のトリックを連想してしまいます。やっちゃったあとは溶かして水に流して証拠隠滅ってあれです。さて脱線しましたが、というわけで早めに起床して洗濯をしました。朝もやがかかった周囲の山々も赤や茶色の割合が日に日に濃くなっています。透き通ったガラスのような空気を突き抜けて朝日が差しこんできます。…とかいう文章は自分でもわざとらしいと思うことがあるのですが(突然何)、なんか昔のシュミからめぐりめぐって今はこんなものしか書けません。

2002年11月16日土曜日

謎でもなんでもないけどな

帰りにすこし繁華街をぶらついてきました。週末の夜は人が多くてにぎやかです。ちかちかとまたたくイルミネーションに気の早いジングルが自然と足取りを速めます。私はただ行くあてもなく、浮かれ気分で鼻歌をまじらせることもなく、人の波を逆行するように押し入って歩いていました。おなかが鳴ってもなにも口に入れたい気がしなくて。こういう場所に身をおくことで気をまぎらわそうとしているだけなのかもしれません。目に映るすべてのものが明るくて、楽しくて、あたたかくて。そんなものを見て回ったってみじめな気分がいっそう重くなるだけだって、わかっているのに。
必死な姿。それは関心を誘うのではなく、ときに見るものの心をいためます。ちょっと大通りをはずれてさびれた商店街を歩きました。それぞれのお店から大きなかけ声が響きます。夕方と呼ぶべき時間帯ですが日が落ちるのが早い季節のためもうすっかりあたりは暗くなっていて、照明もメインストリートよりは少なく通行人もまばらです。そのひとりひとりを呼び止めるように、店員さんがめいめいの店先に出て売り込みをしています。きっと寒いのでしょう、両手を胸の前でもみあわせたり息を吹きかけたり。この国ではもう長いこと不景気がつづいています。だれもが苦労しているのだということが、この道ばたに立っていると伝わってきます。きょうのお客さんを獲得することに奔走して、明日尽きるとも知れぬ生活をかかえていて、でもそれは商店の前をよぎる人たちも同じ状況にあるわけで、やはりそれぞれが心を鬼にして財布のひもをかたくします。それでも笑顔をたやさずに声をかけつづけていました。
その光景に私は胸がしめつけられる思いがしました。涙ぐましさとはこのことを言うのだろうと感じました。生きるということ、ただそれだけのことなのに、それがいかに大変なことかと。不幸ではないのに、めぐまれていないわけでもないのに、それでもこんなに苦労していて、先行きが見えないというまっ暗な不安に毅然と立ち向かっている姿。明るいネオンや楽しいニュースの裏にはこんな窮状があって、さびしさと悔しさを背中合わせにしてけれどそれに寄りかかることなくきょうも笑っていて。つられて泣いてしまいそうな、笑顔でした。

2002年11月15日金曜日

Zweisuhr

今週はひまでした。いえけして会社からひまを出されたという意味ではありませんが(なに?)、なんかこう形而上的に。やることもあまりないし、あっても身が入らないし、ずいぶんと密度のうすい時間ばかりをすごしているような気がします。こうして家にいるとよけいそう感じます。単身だしテレビも観ないし電話もほとんどしないので静かです。職場でも猫をかぶって無口ですし、私はいつしゃべったり笑ったりしてるんだろうって自分のことなのに気になってしまうときがあります。だから惰性でホーム㌻をつづけてみたりして、なにかを探そうとしているのかもしれません。それもけして積極的なものではなくて。趣味もないわけではないし書きたいこともあるのに、遊びあきた子どものようにぽいぽいと投げ出してしまう。そんなそんな冷たい感情が自分の中にはあったのかもしれません。もちろん楽しいことを求めつづけてはいるつもりです。いいことやうれしい気分で満たされていなければ生きていけないことを知りました。それなのに、ううん、それだから。なにかを手に入れたがるいっぽうで、怖れたり慎重になったりしています。失うことや傷つくことに臆病になって。光があればかならず影が生まれ、光が強ければ強いほどはっきりと暗く色濃く現れてきます。影に飲みこまれるのがこわくて光を浴びられずにいるような気がして、でも本当はのどから手が出るほど欲していて。それ以上に、そういうものを享受することをこばむ気持ちが今ははたらいているのかもしれません。私はこの日々を楽しむことを許されているのでしょうか。しあわせを追い求める権利があるのでしょうか。空の温度とくすみ具合に比例するように日に日に殺伐としていく無味乾燥な毎日、そして心。大気の下で、私だけがこうしてなにも知らないかのように、自分の置かれた立場から目をそらして生きようとしているその悪態ぶりが許せなくなることがあります。笑顔を作ることさえ不謹慎であるかのような気がして。この気分はたとえ一時的なものでも、いずれ楽しい時間に身を置くことになろうとも、そのときの私はきっと心から笑うことはないのだと思います。世界は急激に熱を失っていきます。同調することなく、取り残されることなく、私は私を何度もきらってさげすんで、疲弊させていきます。

2002年11月14日木曜日

joy for the mission

朝の通勤時にきれいな紅葉が目に入ってきたので、いつもの道よりすこし遠まわりをして近所の大学の横を歩きました。あわい日差しを受けてまぶしい黄色をかがやかせるイチョウや赤くそまったカエデなど、うすく澄んだ空とのコントラストがあざやかでした。風が顔に冷たくて、なんだか身も心も引きしまる気がしました。朝は顔を洗うときなんかもそろそろお湯を使いたくなりますが、眠気をふきとばしてきりっと一日をスタートさせるにはやはり冷たい水がいちばんなのかなと感じています。
いっぽう帰りですが、きょうはなんとなく帰ってきました(?)。いえいつもはけっこう考えごとをしていることが多いので。たとえば日記のネタとか日記のネタとか。没頭しすぎて足下の段差や階段につまずいたり電柱にぶつかりそうになることもしばしばな私ですが、きょうはなんということもなく、ひたすらにぼけっとした状態での無言の帰宅でした。<死んだの? というわけできょうはネタがないんですが、かといってほかにすることもないので更新してたりします。ひまつぶし日記の作者ondです。

2002年11月12日火曜日

カイリックス・ウィズドロアー

こんばんは。ハリーポッターは読んでもいないし観てもいないので内容はよくわからないのですが、映画で髪の長い女の子がしている赤と黄色のしましまマフラーはちょっとかわいいなと思いました。これからの季節に暖色系のなごみポイントを振りまくアクセントといいますか(なにいってんの)、たとえば最近は寒い日がつづいていますがそんなときにちょっと天気がよくてあったかい日が来ますととても気分がよくなります。ちょっとしたことでうれしくなれる、それはまるでおなかが空いているときはなにを食べてもおいしいと言わんばかりの飢えた野生動物みたいなものなのかもしれません。そして私は餓死寸前。
さて、ときどきひびでも料理や自炊の話を書きますが、料理はできるほうではありません。まず調味料をきちんとそろえていないので、その時点で作れないものがたくさんあります。買えばいいじゃんとのご指摘がありそうですが、まずなにをそろえたらいいのかがわからない。だから作れない。というよくわかんない八方ふさがりな状態です。それから味やできばえにあまりこだわらない性格のせいもあると思います。もともと自分で作って自分で食べる用ですから、味がよくなくても気にしません(というか食べざるをえない)ので、そのへんの妥協が上達をさまたげているんじゃないかと。昔はゲテモノ食いで通ってましたし。きっとこれからも料理がうまくなることはないのだろうなと思っています。

2002年11月11日月曜日

吹き抜けを見上げたら

先日のことですが、腕時計が電池切れかなにかで止まっているのに気づきました。しかもいつから止まっていたのかわかりません。というのも使っていないものですから。手首が感じやすい弱い私は腕時計をはめることはあまりしません。とはいえ時計を持ち歩かないのはすくなくとも社会人としてどうかと思いますのでいちおうかばんに入れておいてあるのですが、これが実際のところあまり見ることがありません。外に出ればたいていの場所で時計は目につくところにあります。交差点や電光掲示板、駅のホーム、もちろんうちのオフィスにもありますし、パソコンを起動させれば正確な時刻が表示されていますし、最近だったら携帯電話を時計がわりに持ち歩く人も多いでしょう。もうひとつは、私があまり時間を気にしないということがあると思います。通勤電車はすこし待っていればすぐ来ますし、それ以外の用事で電車やバスを利用することもあまりありませんし、仕事を切り上げるのもいつも時計は見ていなくてきょう終わらせる仕事をすませるまでだったりキリのいいところまでだったり。と、年中時間に縛られているような印象を自分たちにもっている私たち現代人ですが、案外そうでない部分もあるのかなって気がしました。きゅうくつなタイムスケジュールを敷くよりも、余裕をもったマイペースな生活をすごせるといいなあと。

2002年11月10日日曜日

ユーロトラム2003

ondです。夕飯までがまんできませんでした。ところでビーズクッションってどうなんでしょう。最近なんだかはやっているようでよく行く近所のお店にも置いてあるのですが、さわってみたところどうにもふしぎな感じがしました。微細なマイクロビーズがつめられていてさわりごこちが抜群だという評判なのですけれど、なんかね、こう、へこっといいますか、なんとも味気ないというか面白味がないというか。(表現力不足) 人工的なんですよね。押してみてもはねっ返りがなかったり、形がもとにもどらずに力なくぐしゃっとつぶれる様子はなんだか質量の軽い砂が入っているような印象がありまして。これだったらふつうに綿がつまっているほうが温かみを感じられるような気がします。世の中にはさまざまな人工物があふれています。自然や、動物や、天然の素材がどんどん失われるいっぽうにあってそれを補うものとして。観葉植物も鳥のさえずりもみんなにせものになって、身のまわりはサプリメントやマイナスイオンやフリースであふれています。容易に入手できて効率のよい代替物、いかにも機能と利益を追求する現代ならではの台頭と言えるのはうなずけるその片手で、失われたままになっている部分。そのなにかを置き忘れたままで、そのことを見ないふりをして、偽りの満足に囲まれて生きています。外面ばかり見つくろっても塗り固めても、内側からその重みを支えるしっかりとした骨組みがなければ押しつぶれていくだけですから。崩れていくだけですから。心があたたかくなる瞬間をきっと忘れてはいけないでしょう。人のたましいをふるわせるのは、やはり地球上に生きる数多くの動植物のそれであり、そして同じ人の心であり、それらのみなのです。

2002年11月9日土曜日

夜逃げの鈴

きょうはういろうを食べました。いえ正しくはきのうの深夜だったと思いますが、あ、でも日付はまわりかけていたのでやっぱりきょうで合ってます。<どっちだよ というか気がついたらいつの間にか自宅の冷蔵庫の上に置いてありました。口にしたのはもしかしたらすごくひさしぶりかもしれません。ていねいに一切れずつに切って(でも大きさはバラバラで)いただきました。いくらでも飽きないシンプルな風味と、あと食感もほどよい弾力があってもちもちっというか、ぷにぷにっと? ですがこのういろう、どうやら名産地は名古屋だけではないそうで、全国のほかの場所でも特産品と銘打って出しているところがあります。そういえば前にひよこは実は東京名物じゃないという話も聞きましたし、土地ごとの名物や特産もその真相といいますかルーツをひもといてみるとなかなかおもしろいんじゃないかと思いました。
うちの近所でも道ばたに木の実がたくさん落ちていたり周囲の山々も色づきだしたりとそろそろ紅葉シーズンなのかなと思いきや今年はそれより先に冬本番がやって来そうでがっかりなondでしたが、よく考えてみたらそもそも紅葉を見に行く予定なんて立てていないので実害はないらしいです。というか家のベランダから山の景色を間近に見られるので、それだけでも季節の移ろいを目で楽しむにはじゅうぶんです。

2002年11月8日金曜日

引退は考えません

最近鼻のあたりがかゆくてたまりません。やはり都会の空気はよごれているのでしょうか、それとも季節はずれの花粉症でしょうか。しかしうっかり人前で鼻に手をやってしまうと、鼻をほじっているように思われるので注意が必要だと痛感しました。ちょっと目線がつめたかったです。
さて、そんな私も近ごろいろいろほかの人を観察しています。というのも、これから会社につとめて最初の冬をむかえるのですが、冬用のアイテムをまったくそろえておりません。ビジネス向きのスーツしかり、ベストしかり、マフラーや手袋しかり。それでどういうものを買ったらいいのか、ほかのサラリーマンのしている格好を参考にしてみようかなと。さすがにカジュアルなものにするわけにもいきませんし、あまり周囲と同調していない服装はすぐ目立ってしまって恥ずかしいものです。社会において個人は集団にとけこまねばならないのであって、そのへんは日本人のつまらないところだなあとつくづく思うのですが、でもだからといって自分だけ奇抜なことはやっぱりできない小心者のondです(自己紹介)。

2002年11月7日木曜日

卒業制作保護区

やっとかめ。サイト改装のためしばらくお休みをいただいていましたがなにか。まずはページの配色をがらりと大胆改革しました。HTMLにまったく手を加えることなく全ページのデザインを同時に変更できるスタイルシートを使っているのでらくちんでしたが。ほんとはもっとひんぱんにデザイン更新をするつもりでいたのですが、さいしょのピンク色がかなりきらいじゃなかったため今までほったらかしでした。ところでこの色…なんだかわかりますか。いちおう昇格を祈願してのチームカラーにあわせてみました。
「雨がくれる50のしあわせ」(タイトルうろ覚え)を読んだときはやられたー!と思いました。女性向けかつややハイセンスな内容だったため一部私にはほにゃほにゃなものもありましたが、雨の日だって考えようによってはこんなにハッピーなものなんだと。あまやどりもとりあえずコンセプトは雨ということなので、なんというか先をこされた気分です。<対抗意識? 同時にこういったしあわせ系文章にもひかれてみたりします。というか近ごろ書店に行ってもこういう系統の本しか探していない私はどうなんでしょうか。