2002年10月31日木曜日

For フルーツバスケット

ondです。こんな荒れっぷり日記月間もおそらく最初で最後です。そしてラストテーマもずっと前に決めていました。<もはや日記ですらなし 自己紹介ページの誕生日は?という質問に私はその期日でなく「誕生日が自分にとってどのような日であるか」についての考えを答えました(2002/10/31現在)。親や周囲の人のことはもちろんですが、自分の人生のいろいろなことを振り返ったり考えたりする、いわば節目にあたる日と言えるかと思います。私はもともと記念日のたぐいにはあまり思い入れがありませんでした。たまたま日付が以前になにか起こった日と同じというだけで、それ以外はなんの変哲もない、ほかの日となんら変わらない一日にすぎない、という考えが強かったからです。そもそもカレンダーや日付は人間が考えてつけただけのもので、そんなことはおかまいなしに太陽や地球はたえずぐるぐる回っているわけです。これは人為的なものにあまり魅力を感じない私の性格のせいなのでしょうけれど、特定の日付にとくに関心をいだくということはしませんでした。それは自分の誕生日もしかりだったわけで。と余談はこれくらいにしても、子どものころから家族に祝ってもらうくらいの別段どうということもないふつうの日でした。まるいケーキの上のメッセージが書かれたチョコレートを食べて、うれしいことはうれしかったけれどとくに印象深いこともなかったといいますか。自分が歳を取っているという実感がなかったからかもしれません。その観念が一変したのは大学時代でした。保育園のお誕生会のようなものを除けば、はじめて家族以外の人に自分の生まれた日をそうやって祝ってもらうこととなったからです。これは不思議な感覚でした。他人の誕生日なんてふつう全然関係ないものですし知ろうとも思いませんし、いえすくなくともそれまでの私はそう考えていたもので、それが驚きだったというか、そのときようやく誕生日ってこんなにいいものなんだと感じてうれしくなりまして。あの日もらった子はもう里子に出してしまいましたが、それで思い出が失われることはなくて。それがきっかけで、自分の誕生日やその月に愛着がわくようになったり、友人の誕生日を気にするようになったりというふうに意識が変わっていったと思います。
そんなほのぼのハッピーバースデーは1年目だけのことでした。しだいに私は荒れていって暗いことも考えるようになったのですが、そのときに思いつくのが誕生日でして。人生の節目、区切り、という意味です。誕生日が近くなると自分の人生にいっぱい疑問が浮かんできます。なんでここにいるんだろう、今までなにをやってきたんだろう、って。そしてつらいことや悲しい気持ちもいっぱい思い出して。そうしたら自分が生きていることになんの意味があるんだろう、こんな無駄なことをしていたってなにも残らないのに、生きていたって痛くてくやしい思いばかりしかないのに。だったらいっそ年齢がかわるその日を境に、自分に線を引いてしまおうと、ここで終わりにしてしまおうと、考えていました。19歳のとき、勉強も人間関係も進路もなにもかもが真っ暗で、どこにも抜け出せない牢獄に閉じこめられたような気持ちになっていました。不安でこわくて、そして一刻も早く逃げ出したくてそればかり考えていました。20歳を待たずに。世間では成人といわれるその歳をむかえるのが本当にいやで、できることならその手前で、子どものままの自分の時間を永久に止めてしまいたいとさえ。けれどそのときは友人が一本のカセットテープをくれまして、それでなんとなく通過したように思います。もちこたえられたんだと思います。20歳のときはかなり投げやり人生でした。ちょうどネッツ中毒だったころだったとも思います。もはや授業ってなんですかというほどの放埒ぶりで、ゲーセンで踊るかオタクなイベントに参加するかくらいの用事でしかまともに外出した記憶がありません。先のことなんて考えたくなくて、それは考えても絶望的になるだけだから、ずっとそこから目をそむけようとしていたのだと思います。そのときは友人がCDをくれまして、荒いだ気持ちがふっとほぐれていくようで、21歳になったらもうちょっとしっかりやろうと心に決めたときでもありました。21歳のこの時期は徹底的に関係を避けていました。留年が決まっていたこともあっての劣等感もあったんだと思いますが、自分の過去をくやんで、苦しみから逃れるようになにもかもを遠ざけていました。とくにさんざん痛い目に遭ってきた人間関係というものを本当に忌々しく思っていて、だれとも関係をもたずに孤独の中で生きてそして終わりたいとまで考えていて、それであんなことを言ってしまったんだと思います。私の22歳の誕生日を祝いたいと誘ってくれた人がいたのに、私はそれを断ってしまいました。そのあと激しい後悔にさいなまれまして、あれほど自分のしたことをつらく思ったことはありません。それと同時にようやく私にとっての大切なものをすこしずつ見つけていったんだと思います。いつしか、誕生日は私にとって生きることの節目、自分の人生を振り返って見つめなおし、ときにはそこでなにかに気づく、そういう日になっていました。
そして24歳をむかえようとして、私はふたたびこの場所に立っています。岐路です。今回はこの息をつなぎとめられる要因があるのかまだわかりません。いえ、私はいつもかけがえのない人たちに囲まれていますし、今もこうしてこんなにつたなくて気味のわるい日記を読んでくれる人がいますし、それだけ恵まれていてちっともさげすむことなんかないのに、それなのに生きられないなんて口にしたらきっと失礼にあたります。なので、とくに最近会ったり話をしてくれたみなさんには私のこんな姿を、さもつらそうな胸の内を見せなければならないのはなんとも心苦しかったりしますが、まあこれは日記というよりただの文章ですし、ホームページのいちコンテンツにすぎません。それはそう思っていただいたほうがこちらも気が楽だという点もあるのですが、やはり心の中身をそっくり取り出したり文章に表すことなんてできませんし、すくなくとも今の私にはそれだけの技量もしようと思う意志もありません。なにかがあっても、あるいはなにもなくても、おそらくはそのまま通過していくのでしょう。おそらくはちっとも成長しなかった自分をかえりみてため息をついてみたりするのでしょう。やはり誕生日といえどただ日付が過去に自分が生まれた日と同じというだけのことでしかありませんから、その日を境にしてなにが変わるというものでもありません。人間が変われるのは、毎日のちょっとずつの積み重ねの結果のみなのですから。けれどやはり、私にこういうことをまた考えさせてくれるきっかけをくれた日であったということは今年も変わらなかったようです。今年は人生で2度目の、自分の干支の年でもあります。これからの人生は長いのか、あるいはもう短くなってきているのかそれはわかりません。でもわからないから生きていけるのであって、すくなくともせめてその期限を自分でせばめたり決めてしまうことはやはりできないなあと感じます。いつ終わってしまうかわからない、いつかは終わってしまう、けれどだからといって無意味だなんてことはけしてなくて、だって生きていればこんなに楽しくて、たくさんいいことやすてきなことがあって、そして胸がはちきれそうなくらい待ち遠しいのだから。人とのつながりも、ひとつのことをなしとげる達成感も、こうして今ここにいるから、今まで生きてきたからこそ得られるものなのですから。たくさんのものと出会って、影響を受けたり成長したりして、そうして今の自分があります。愛されて、笑顔があって、そうやってつないできた人生があります。今ここにあるしあわせをかみしめたい、そんな気持ちにさせてくれる日、というのを誕生日のもうひとつの定義にしてもいいかもしれません。
…がんばったね。私は今までがんばってこられたよね。だからもういいよね。なにもくやむことなんてないよ。もう無理してつづけなくたっていいんだよ。きっとむだになんてならないよ。だから今はそっと目をとじていよう。せめて自分では自分のことをたたえてあげよう。私は私のままでいよう。きっとだいじょうぶだから。かなしいことなんてないから。これからも生きていくんだから。この場所で。

2002年10月30日水曜日

datte.

やさしさについて。他人のためになるようなことを言ったりしたりするのは一般に道徳的な行為だと言われますが、いっぽうでよけいなおせっかいだったり身勝手だと解釈されることもあります。人に親切にするのは、その人のことが心配だからではなくてその人がもたついているさまを見ている自分がやきもきして心配になっているからだとか、他人によく見られたいという気持ちがはたらいているからだとか、人づきあいに波風を立てないように穏便にすまそうとしているだとか、そうしたいろいろな思惑にもとづくものだなどというようにわるく言われてしまうときもありますが、それはたしかに真理の一面をついているかもしれませんけれどやはりかたよった見かただと思います。他人に対してなにか行動するって理屈じゃないところがあると思うんです。道徳だとかあるいは利己的だとか、そんなふうに理由をつけて私たちはいちいちうごきますか。いえ、きっとそんなことはありません。人にやさしくすれば自分も気分がいいですし、みんな気持ちよく生活できますし、動機なんてものはその程度でじゅうぶんではないでしょうか。けして積極的にやる必要はないと思います。ふだんどおりのなにげない気持ちで、ちょっと思いついたときになにか気づかいができればじゅうぶんではないかと。そういう心はだれもが胸の奥にもっている素直な部分なんですから、それに対してへんに難癖をつけてねじ曲げてしまうのは本当にもったいないことです。ですから、ほんのささいなことでも、たとえうわべだけの態度だったとしても、受ける側にしたらやさしさはうれしいものです。気持ちの大きさや本心がどうであったかということは、人間関係という点でみればさほど重要なものではありません。なにかをしよう、声をかけようと思ったその気持ちが、いちばん大切なのですから。あわただしくてすさんだ世の中。人ごみのなかでだれかが困っていても、さびしそうにしていても、だれもが見ないふりをして通りすぎていきます。心をもたない無機的なものの流れのように。必死に他人を求めて出会えずにいる人も多いなかで、たとえ偶然でもなんとなくでも、足をとめて立ち止まってくれて。自分の時間をちょっとだけそれに割いてくれて。それは立派なやさしさの第一歩と言えるでしょう。だれにでも心の中にちゃんと思いやりはあります。大切なのはそのことに気づくこと、自分に自信をもつことなのかなと思います。他人のためでも自分のためでもなく、それは生まれつきもっているあたりまえの力なのですから。…これが私に言える精一杯です。

2002年10月29日火曜日

卯の花腐し

俗社会にうといondはときどき♂と♀がどちらがどちらかわからなくなります。これを書いている今もど忘れしています。しかしべつに知らなかったところで日常生活にまるでもって支障は出ないと思われますので頓着しません。といいますか男だ女だという話題からしてトラウマンな昨今ですがいかがお過ごしですか。なんでもかんでもがごっちゃになった今の世の中で男女のちがいとか男性らしさ女性らしさを議論すること自体ナンセンスなのかもしれませんが、私は自分では女っぽいところがあると思っています。また一方で、自分が男性であることにはあまり自信がありません。このふたつの感情が独立なのか相関があるのか自分でわかっていませんが、それをふまえて私はより中性的なものをめざしているようです。女性でも男性でもないべつのなにか、という意味でです。これはなにかコンプレックスみたいなものがあるのかもしれませんが、自信がないというより、自分の男性をきらっているところがあります。ひげや体毛が濃かったり、すぐいやらしいことを考えたり、女性をそういう目で見たり。こればかりは男とはそういうものだと認めることができません。かといって女になりたいかというとそういうわけでもありませんし(なれませんし)、それでどちらでもないもの、と考えるわけです。まあこれは、自分への劣等感やわずらわしさから逃亡したがっているだけで、いわば俗世を捨てて出家したいと思うのと似たような感覚なのかもしれません。もうひとつは社会的な要因でしょうか、私たちのあいだにはそれぞれの性別についてある程度のイメージが固まっています。男性または女性はそれぞれのイメージの枠組みの中で行動することを社会は期待しています。男だからこうしなければならない、女だからこうしなければならない、といったものです。そうした通念にはどうして?と首をかしげたくなるものもたくさんあります。性別というきまりごとにとらわれて自分らしさを発揮できない、そういうしがらみに悩んだり異を唱える人もふえているようです。私に自分らしさなどというものがあるかどうかわかりませんけれど、とりあえず女か男かいずれかいっぽうの世界にしかいられないというのは不便だと感じます。ですので、自分から性的な特徴をできるだけ取ってしまって、どちらの性別にも身を置かない中立な立場にありたいと願ったりします。本当はだれもが肉体的または社会的な性差にしばられることなく生活できるように世の中が変わっていくのがいちばんなのでしょうけれど。ただ、性差というものは生物学でいえばあってしかるべきもので、動物によってはオスとメスとで体の大きさや生態がまったく異なるというものも存在します。そして両者の役割分担はたいていはっきり決まっています。つまり人間にも男性や女性の特徴や相違点が多くあることは当然のことと言えるわけで、そのギャップを否認したり取っ払って差をなくそうと考えるのは生物たることを放棄したがっていることに等しいのかもしれません。

2002年10月28日月曜日

あの星をくれたらね

私の名前にかけて。ひと昔前の青春ドラマやアニメでは人を信じることの大切さがよくテーマに描かれることがあります。信じることが当事者におよぼす影響とはなんでしょう。他人を信頼することはその人への強要と依存という独善的な行為と表裏であると考えています。けっしてきれいなことばでもなければきれいな行動でもありません。いえ、むやみやたらと信用してそれで自分が傷ついたり損をしたりするのは当人の勝手ですのでその点はべつにどうということはないのですが、他人に負担を押しつけるという面では悪意のある行為だととられてもしかたありません。これは逆の立場を思い浮かべてみるとわかりやすいかもしれません。ほかの人から頼りにされたり役目をまかされるときどのような気持ちになるでしょうか。うれしいでしょうか。はげみになるでしょうか。期待に応えたいと思うでしょうか。たいていの場合はそうだと思います。しかしたとえば、それが高じてみんなが仕事を押しつけたり責任をまかせっきりにしたり、しだいに度をこえていって遠慮なしに図々しくものをたのんだりしまいにはその関係があたりまえだと思われるようになったり。そうなると頼りにされた側はつらくなってきます。信頼や期待がいつしかプレッシャーに変わります。これはたとえば、最近は企業や政治家の不祥事が相次いでいますが、それらは多くの消費者、顧客、または有権者や団体との信頼関係で成り立っているといってもよいでしょう。私たちの要望に見あうサービスや商品を提供したり政策を実施するかわりに支持を得るという関係です。それがあのように一度問題や疑惑が起こるといっきに信用が崩れ、痛手をみるのはニュースでくり返し報道されているとおりです。信頼が大きくなればなるほど小さな失敗や不正の許されない厳酷な状況におかれます。もちろんその重圧がサービスや政治の質を高めることにつながっているのも事実なのですけれど、私たちはこれら企業や政治家への信用と同時に、それらに多大な期待を押しつけてもいるのです。そしてこれは個人レベルでも言える話でして、職場や学校でそのような経験にあったり、またはだれかをそのような立場に追いこんでしまうということも間々あるでしょう。他人に寄りかかられると、その人の体重を支えていなければならなくなります。とくに気の弱い人ですと仕事をなんでも引き受けてしまいますので、いずれ堪えかねてつぶれてしまうなんてことにもなりかねません。信じることはとても迷惑であるという側面をもっています。
私も自分の学生時代を振り返ってみるとそうだったのかなと思います。責任のある役目についてみんなをまとめて、それがやりがいだったし楽しかったはずなのに、仕事のきつさや立場の重さを思い知らされるたびにいつからかそれがつらいものになっていって、そしてついに逃げ出してしまいました。仲間からの信用を捨てて。ただ断っておきますが、これはまわりのみんなが私に責任を押しつけてきたからではなく、私がそういう役目を負うには精神的に弱くて適さなかったというのが原因です。もちろん今はこのことを反省していますし後悔してもいます。なんてもったいないことをしたんだろうって。そこで先日からたびたび書いている話題と重なるわけですが、やはり人から信頼されるということはある程度は不可欠なのだと思います。もし自分がだれにも必要とされていなかったら、だれからも見てもらえなかったら、きっと生きることはすごくつらくなるんじゃないかと思います。私がそうなったら生きられる自信はありません。他人とのつながりを確立することで人間は社会の一部となりそこに存在しうるわけですので。そしてまた、信じられることと同程度に信じるほうもなければならないということ。だれも信じていないような人を信用することはやはりためらってしまうわけで、信頼を得るためには自分から信じることも必要だと言えます。頼りにすること、必要とすること、おたがいにそうやってすこしずつ寄りあっていって関係は深まっていくものです。でも忘れてはならないのは程度があるということ。依存しすぎてしまうと相手に負担をかけ苦しめてしまいます。かといってまったく信用しなければ相手も自分のほうを見てくれませんから、そのバランスをとるのが大切だと言えるかもしれませんが。…とこんなにえらそうなことを書くくせに、私はなにもわかっていませんでした。信頼されることのプレッシャーを、度の過ぎた甘えがどれほど重くのしかかるものであるかを人一倍よく知っていたのに。この身で知っていたのに。それと同じ苦しみを押しつけてしまったのかもしれません。否定への幇助、信じあえる喜びを、笑顔を、奪って。それでも私は愚かにも信じつづけようとしています。自分のことしか考えられない独善と知っていて。けっしてきれいごとではありません。きたなくて身勝手で、またつらい過ちをくり返すだけなのかもしれないのに。それでもです。信じることをやめてしまうのは、私にとって自己否定のようなものだから。

2002年10月27日日曜日

ひとりでときめいてる

ふしぎな目覚めでした。昨夜は遅い時間に床について朝はふつうに目覚めたのですが、非常に眠りが深かったというか、本当にぐっすり長いこと眠っていたような感覚に陥りまして。それはもう丸一日眠ってしまったかのような、今日を24時間完全に寝て過ごして翌日を迎えてしまったのではと思い違うほどの錯覚でして、目が覚めてそう感じてあわてて会社に向かう準備を始めようとしてしまったくらいです。そして朝のニュースを観ようとテレビをつけたところ日曜日の番組が流れていたのでそれで事なきを得たというくらいです。というのも、長い夢を見ていたからだと思います。それで、いつもは夢を見ることがあっても起きたときにその内容をあまり覚えていないのですが、きょうは断片的ではありますが記憶に残っていたので書こうと思います。というか実は夢を見たらそれを日記に書こうとは前々から決めていたことなのですが、それがやっときょう実行できるという運びとなりました。よりによってこんなときにね。それでいてその内容のソースというのが前日に観たガンダムSEEDだったというあたりいかにも私というかげんなりなのですが。まあつづけます。――私は戦国時代の下級武士でして、小さいころから剣の修業に明け暮れていて中略でなんか敵国の城に単身乗りこんでいきました。で向こうの武士が大勢出迎えて刀を交えることになるのですが、相手もそれはサムライスピリッツと申しましょうか、こちらが一人なのに全員で一斉にという戦法は取りませんでみなさん一対一で勝負を挑んできます。私は次々とそれらを破ってどんどん城の奥に進んでいきます。で武将クラスの相手と戦うあたりまで到達してまたさらに斬るか斬られるかのバトルが続くのですが、その最後のほうに出てきたのが子どものころともに修業をした旧友(でこの人はだれだか忘れてしまったのですが、やはり現実世界でも私の知り合いだったと思います)だったと。で彼もこちらに気づいて、でも今は敵どうしだから戦うしかないわけです。決闘開始の合図を前におたがいに鋭い刃を向けあって私たちは対峙しています。戦国ですから勝負というのは一方の息の根を止めてはじめて決着がつくことになります。どちらかは死なねばなりません。彼の実力が相当のものであることは古い仲である私もよく知っているので、行方をまったく予想できません。そうすると死への恐怖がふつふつとわいてくるわけです。ここで果てるかもしれない。いえしかし私も一国の武士ですから覚悟を決めていなければならないはずです。失うものなどなにもないという捨て身の覚悟を。でもそのときふとある人のことが思い出されて、もしここで死んだらもう二度と話せなくなると思って、それがとても悲しくてこわくて涙がぼろぼろあふれてきて、そこへ非情にも決闘開始の旗があがって、ほぼ同時に旧友が斬りつけてくるのですが私は泣いていたので視界がにぶっていて太刀筋を見切れなくて――。というあたりで目が覚めたと思います。いかにもファンタジー小説な展開で自分の趣味を再確認したのと、丸一日どころか二十余年の歳月が走馬燈でしたのでそりゃ睡眠時間を錯覚するのも無理はないわなとひとり納得した朝でした。最近生きるとか死ぬとかいささか不謹慎なことを考えているからそれが夢に現れたということなのでしょうか。それとも、夢の内容は深層的な心理が顕れてくるものだとよく耳にしますが、きっとそういうことなのではないかと。今の私をつなぎとめているものがなんであるかを、これによって自分でははっきり自覚できたと思っています。そう。これは禁断症状であり、また末期症状なのです。

2002年10月26日土曜日

私は逃げる 私は子猫

おはようございます。
生きることのむずかしさ。かつて毎日歩いた通学路。未来へのほのかな希望を胸に課題に勤しんでいた日々。どんな困難もスランプも容易にジャンプできて。そして夜が明けるまで語りあったこと。そうして過ぎていった時間たちは、どこへ行ってしまうのでしょう。自分自身がはがれていく感覚。今の自分はもうあのときの自分とは質を異にするものになってしまいました。戻せません。毎日毎日、それはすでに過去と呼ぶに相応するものですが、なにがあんなに楽しかったのか、なにがそれほどに自分を奮い立たせていたのか、なぜがんばれていたのか、思い出せません。それは現在の私が過去という殻を脱ぎ捨てる行為なのか、それとも甘美な記憶から閉め出され遊離していく現象なのか、それすらも。心のいちばん大きな部分をえぐり取られて、そこからいのちの色が大量に吹き出していくように。きっと今まで経験したそれらと同じく、私はこのように陥れられていくのだと、殺害されていくのだと思いました。辛辣に、凄絶に、やさしい嘘で。実際に死ぬわけではありませんが、ただそれまで積み上げてきたものは修復されません。また一から新しい土台を組まなければなりません。その作業が面倒だと感じているわけではありませんが、でもなぜ、失わなければならないのか。もしそれが人生経験だとか成長ということばで表彰されるのであればそんなものを私は受け取りたくありません。きっと自分を見ることを放棄します。それでも日付は進んでいって、たとえそれが今の私の脳内と同様に空洞であっても、地面を踏みしめる感覚すら失われても。流れていきます。流されていきます。時間は待ってくれません。人ひとりの個人的な都合で止まったりはしてくれません。やがてスクロールする画面に押し潰されるか、奈落へ突き落とされるかのいずれかの結末が迎えるでしょう。生きることはそれを回避すること。次のランドマークへと飛び移って、迫り来る死期から逃げつづける行為。たとえば会社から仕事が与えられれば、それを完了させるまでは勤める理由ができますし、友人と会う約束をすればとりあえずその日までは自分は存在していなければなりませんから、それまで生命をつなぐことになるでしょう。そうやってちょっとずつちょっとずつ寿命を延ばす、そのくり返しで私たちはどうにか生きているのだと思います。これは生命体としてはかなり致命的な弱点かもしれませんが、人間はそうでなければならないと感じています。他人とのつながりの中で、ときには社会やしがらみに囲まれて、でもそうしなければ生きていけないのです。人はひとりでは生きられない、かつては安っぽいありふれたことばにしか思えませんでしたが今はその意味をかみしめています。生まれたときから私はひとりではなくて、人生のどの一瞬においてもひとりっきりになったことなどなくて。以前なにかのゲームに影響されて真の孤独をのぞんでいた私を今はつくづくバカだと思います。きっと私は恵まれすぎていました。しあわせで運がよくて、つねにすてきな人たちに囲まれて生きてきたから、人生のむずかしさをなにも知らずにここまで来てしまったのだと。悲しいことも理不尽なこともすくみ上がるような恐怖も人間関係においてはさほどなくて、曲の歌詞を聞いてもなんとなくいいなんてうなずける程度の世間知らずで、そんな温室育ちの私だからこんな歳になって苦しんでいるのでしょう。挫折や絶望を免れて、のうのうと生きることの甘い部分ばかりを見てきて、夢のような世界は所詮は夢の中のものでしかないことさえ、認識できなくて。蔑まれていることさえ狂言でしかなくて。すべてが思いどおりになるとまではいかなくても、努力すればほしいものが手に入る、そんな理路整然としたインタフェースを想起していた無知な私。そう。甘かったのです。私はなにを知ったのでしょう。知らなければならなかったのでしょう。人生はそういうものだと再定義することなのか。自分はしあわせになれない先天にあると悟ることなのか。つまらない夢をもって生きることを愚弄すべきなのか。どれも私にとってにわかには受け入れがたいものばかりですが。ですがやっとそれに気づいて自分の存在意義をいったんまっさらにして構築しはじめている段階にいます。今からでは取り繕えなくなってしまったものもありますし新規のカテゴライズなどもってのほかですがそれも今はわきまえたつもりになって。だれもがあたりまえに認めていることを、実践していることを、私はやっと知った、それだけのことです。そしてとりあえずまだ生きる意志が残っていますので。なんとか用事を作って、その日までは甘いお菓子と紅茶でしのいで、排泄物としての日記を書き留めて、そうやってちょっとずつ生きていくのだと思います。とりあえずのその日まで。あるいはまだ結論も出ていない状態では悔やんでも悔やみきれないという未練だけで長らえているだけなのかもしれませんが。

お願いだから 私のことを

生きることに器用だとか不器用だとかいった話をときどき聞きますが、思っていることがすぐ顔に出たりすることは不器用と言っていいものでしょうか。人間は頭脳や思考がとても発達していますから、考えることや心が身体の状態や変化になんらかの影響を与えることが往々にしてあると思います。楽しいことに熱中しているときは夜遅くになろうとも眠くなりませんし、反対に気が滅入っているときはなにをするにもなかなか気分が乗らなかったり、あるいは体調を崩したりなんてこともあるでしょう。そう考えると心というものは、あるいは心と体との間のつながりはなかなか面倒なもので、気分や集中力ひとつでふだんの能力を発揮できなかったり逆にふだん以上のことができたりするわけですから、自分の実力をよくもわるくも不安定にさせる要因だと言えます。私ですが自分ではメンタル的なものが表面に出やすいほうだと思っています。いえ個人的には表面的な状況よりも、毎日毎日こんなことばかりうじうじ考えていて思考回路がオーバーヒートして脳みそが煮えくり返ってしまわないか心配なのですが、人間の脳は発達していますから(?)おそらくそんなにやわではないでしょう。それはさておき、あまり大っぴらには言えませんが会社もすこし休みましたし、肌荒れはひどくなるいっぽうですし、あと反動と言うのでしょうか、気をまぎらわそうといろんなことに手をつけたりして、それでもちっとも気が晴れなくてよけいにブルーになったり。ちょっとずつわるい子になってきているような気もします。それと先日ひとり身体測定を思い立ったのはこの話に関連してのことだったのですが、体重がここ数か月で5㌔ほど落ちました。自分の顔はいちおう毎日鏡で見ているのでかえってあまり変化に気づきにくいのでしょうか、人にやせたねと言われてはじめて知ったくらいでして。たしかにスラックスのベルトがすこしゆるくなってきたとか、食が細くなったとかいう自覚症状はあったのですが、これだけあからさまに顔に出るのもつらいです。ほおがすごくやせこけてしまって、ほお骨が飛び出ています。きっとあからさまにやつれたように見えるんじゃないかと思います。そういうふうに誤解されるのもしんどいのですが、あながち誤解ではなかったりする点がよけいしんどかったり。というかやせるときは顔からやせて太るときはおなかから出てくるという罠。はい、不器用な体だと思います。
おやすみなさい。

2002年10月24日木曜日

結局おとがめなし

ふと気になったのですが、私はどういう状態なのでしょう。<聞かれても 今月の日記は自分でもあきれるほどの文章量でお送りしておりますが、仕事から帰るのもそれほど遅いでも早いでもなく、ほかにやることがあるわけでもないわけでもなく、いつのまにか手元に妙な買い物があったりなかったり、おいしいものも食べたり食べなかったりと、気分的にはどうであれまったくもってふつうの生活をしております。すずしくなってきて朝ふとんから出るのに時間がかかったり顔を洗う水が冷たく感じられたりというふうに変わってきたというのはありますがそれは季節のせいですし、そう考えるとなにも不具合はないのではないかという気がします。つまり、必要以上に落ちこんだり、傷ついたつもりになってみたりするのはふさわしくないんじゃないかと。いえもちろんわざとこんなふうに振る舞ったりなどしてはいないのですが。因果の中で生き、霹靂の中で生き、思わくはその中間、偶然と必然の中間で生きています。幸運なこと、不運なこと、しかるべきこと、不条理だと感じること、受け入れても受け入れなくても、心にとどまってもとどまらなくても時間はひとしく過ぎていきます。さだめられたルートがあるわけではありませんが、なにかの選択を迫られる岐路に立たされることもあるでしょう。それぞれの点にイベントがあって、なにかを知って、感情をもって、考えて、その繰り返しの中で、だけれどもすこしずつ進化していって生きています。ですから今は悲しむべきところではないのかもしれません。もうなにも見えなくて、でもその先にもっと重くて暗いものがあるかもしれないと考えると、私はうつむいていてはいけないような気がします。不健全なほどやけになって自分のことをないがしろにしてしまったり、深い深い心の闇にすべての思念を投じて気持ちを閉ざして自分を傷つけてしまったり、それは本人にとっても、それを見ているかもしれない他人にとっても悲しくてつらいこと、なのでしょうから。歩きつづけることに意味があるかどうかわかりませんが、歩くことをやめてしまったらきっとなんの意味も生まれない、それはまちがいないでしょう。あるいはこうなってしまったことの責任が私にあるのなら。だからきょうも紡ぎ出します。そう。たとえ嗄れていようとも。…ひとつわかったことがあります。この日記は量は多くても質はスカスカです。
さて岐路と書きましたが。人生の中でなにかをえらばなければならないときはきっとあると思います。私は昔からそういうことはあまり好みませんでした。ものごとを取捨選択したり、優先順位をつけたりといったことでしょうか。やりたいことはみんな分け隔てなくやりたいですし、それがひとつだけだったらとことん突っ走ればいいだけですし、どうしてもこうシリアルにといいますかシーケンシャルに複数の事案を処理するようには頭がはたらかないところがありまして。…優柔不断なところがあるくせにこれだと決めたら考えるより先に体が動くという困ったちゃんなタイプですが。やりたいことや大切なものがいくつかあったときに、それらの重要性をくらべたり順序づけできないことって多いと思うんです。たとえば仕事と私とどっちが大事なの!みたいな。それをむりやりに数値に置き換えてみたり物質的な扱いをして並べ替えてみたりするやりかたがきらいでした。いかにも効率重視のオトナの考えかただなあという感想ももっていました。ですから、まわりの意見に流されやすいという性格のせいだったかもしれませんが、私は今まで重大な選択というものをあまりしてこなかったように思います。これは意識的に避けてきたというより、今までの人生がそんな感じだったのかなあという印象があるものでして。たとえば自分の進路しかり。どの学校を受験するかということは選択できますが、そこに合格するかどうかは自分では決められません。合格通知が来てはじめて入学できる、というように、それは自分の主体性にもとづくものなのかどうかややグレーな部分があります。そういうものも含めての話です。だからえらべませんでした。1年前も2年前も。それぞれが自分にとってどのようなものかなんて考えたことがなかったから。そしてそれは、考えなくて正解だったのです。えらんではいけなかったのです。消極的な敬遠でなく、それが堅持への条件だったことを私は知りませんでした。選択をしないということは臆病かもしれませんが、同時に敵を作らないための、秩序を保つための自衛手段でもあったのです。えらぶこと。えらんだものへ与えるもの。えらばなかったものへ与えるもの。そしてうしなうもの。その結果がこれです。均衡を失った世界は急速に崩壊を迎えます。そして迷いもなく。それがこんなにも喧しいと言うのです。そして今も分かれ道に直面しています。私はなにを消さねばならないのでしょう。あるいは自分自身でしょうか。なにひとつ失いたくなどなくて、でもそれはコドモの考えかただと気づいて、そうしたら人生はこんなにも分岐点でいっぱいなのだということが見えてきて。それとも、自分になんかしらの選択権があるなどという思いこみが傲慢なのでしょうか。そうですね、きっと権利なんてありません。望むらくはもうなにもえらびたくありません。いいようにからかわれてこき使われて捨てられて、あるいは世の中の赴くままに流れていくのが私に見あった生きかたなのかもしれません。その感覚はつらい選択を放棄しようとする逃避本能のいたすところなのでしょうけれど。

2002年10月23日水曜日

レイ・ギナーレ

ondです。きょうは私のカラダのヒミツを教えちゃいます。いえたいした話ではありませんが、本日ひとり抜き打ち身体測定が実施されまして、おもむろにメジャーを持ち出して胸囲をはかってみました。結果はといいますと82㌢でして、元スポーツメンとは思えないひょろさです。というか肋骨浮きまくりです。しかし80の大台はなんとかキープしているのでほっとしています。はい、女性の場合はトップバストが80㌢あるかないかを大きさの目安にするという話を聞きますが、その数値は男性にとってもデッドラインでありまして(たぶん)、胸の豊かさといいますかたくましさの指標と言えるかもしれません。そして男女とも共通のボーダーラインを用いているということは、はしょって述べますとバストを女性と比較できるということになります。男女の体格差、とくに胸の形はけっこう異なっているので比較することに意味があるかどうかわかりませんけれども、でもここはやはり気分的に勝っておきたい気もしなくもありません。男性はとくに体格で女性に負けてしまうのは恥ずかしい思いをするものです。女性より背が低い、と言われると肩身がせまかったりするものです。それと同じノリで女性より胸が小さいというのはなんとなくくやしい気がします。私だけでしょうか。それとも胸囲くらいは女性に譲るのが紳士のたしなみというものなのでしょうか。もう自分で書いていてわけがわかりませんが、とりあえずもっと体をきたえなくちゃと思った春の夕暮れでした。
さてうって変わって、音楽を聴くときの歌詞について。私が曲をよく聴くようになったのが大学に入ってからでそもそも歴史が浅いのですが、これまで歌詞はあまり聞きこんでいないほうでした。というのもやはりオタク業界からこの世界に入った(?)というのが関係しているのでしょうか、ヴォーカルの声質ですとか、あと曲のノリやアレンジの派手さにばかり関心がいっていて、歌詞をよく聞くということはしていませんでした。今にして思えばなんとももったいない聴きかたをしていたものです。もちろんまったく聞こうとしなかったということはありませんが、どう言ったらいいんでしょう、あまり胸にしみる感じがしなくて。難しいことを言っているなあとか、意味はよくわからないけれど格好いいとか、そういう気持ちになるときもあるかもしれないねとか、歌詞のよしあしと言われてもそれくらいぼんやりした判断基準しかありませんでした。それが今はいろいろ感じとれるようになってきました。痛いくらいに、という話です。ひところはフレーズのひとつひとつが突き刺さってくるように思えてきて聴くのをさけていたときもありました。今はソフトなものからすこしずつ聴くようにしていますが、それでもきついのはまだ聴かないようにしています。あるいは反対に、悲しいときはとことんどんより沈んでみようという逆療法みたいなやりかたがあることも覚えました。あらためて考えてみるとなかなか不思議なものです。現実的なもの、ファンタジックなもの、楽天的なもの、悲観的なもの、そしてしあわせと悲しみ。方向性はさまざまでも、人がつむいだことばが曲にのせて流れてきて、それを聞いた人の心にはたらきかける、感銘を与えさせる、そんな力があります。どうして他人のことばを聞いているはずなのに、その歌詞の中に自分の心情を照らしあわせてしまうのでしょう。重ねてしまうのでしょう。なぜ無意識的に頭がそうはたらいてしまうのか奇妙でなりませんがそれはさておき。けれど歌詞の意味を感覚で受けとれるということは、心にしみてくるようになるということは、聞く人がそれだけあたらしい感情を知ったからだと思います。あたらしい経験をして、そのとき思ったことが胸にのこっているからなのでしょう。自分の質を高めて、より多くのことばに対応できるようにバージョンアップしてはじめて理解できる歌詞があるのだということでしょう。共感できるということは、その人(作詞した人)と同じ考えをもっている、同じ感情を知っているということなのですから。ですのでどのような歌詞を受け入れられるかには個人差があってしかるべきですし、その差異というものはそれぞれの人のそれまでの人生や経験してきたことのちがいに帰着されるものです。なんとなくの意識で感じるレベルではなく、心の奥底で触れあうような一体性、そのときはじめて見えてくるもの、うなずけるものがあって、だからこそ胸を痛めたり感傷的になれたりするのかもしれません。意味を知るということはこんなにも奥深いものなんですね。ですけれど、それがこれほどにも苦しいものならば知らないままでいたかったという気持ちもないではありません。

2002年10月22日火曜日

今年のクリスマスは笑顔で迎えよう

こころはきもちのいれもの。たのしいこと、うれしいきもち、たいせつなことば、あのひとのえがお。いっぱいいっぱいつまってる。それはさみしさのうらがえし。いつもきもちでいっぱいにしておかないとさみしくなる。あながあいたみたいで、しずかで、つまらなくて、きっとかなしい。そのくうどうからくずれおちちゃうみたいに。だからみたそうとする。きもちがなくなったら、そのぬけたあなをうめあわせようとする。べつのきもちで。ほかにたのしめることをさがしたり、いろんなものをみたりきいたり、ほかのはなしをしてみたり。べつのものがかわりにこころにはいってくる。たとえかけがえのないたいせつなものをなくしたとしても、たえずべつのきもちでみたされようとする。かわりにはならないとわかっていても。そうしないとさみしくていきていけないから。かつてこころのなかにあったもの。いっぱいいっぱいつまってたもの。てをはなれてどこにとんでいくのだろう。ここからにげようとして。こころからもからだからも、きおくからも、きえてしまいたくて。かたくなにとざしたまま。こえもかけられないくらいしんけいをとがらせていて。だからちかづけない。こうしてかけらをひろいあつめておもいうかべるばかり。いまはもうこころのなかにもどすばしょがないもの。つくろえないもの。もしさみしいというきもちがなかったら。こころのなかがすこしのあいだからっぽになってしまってもがまんできたのなら。それならばまたいれられるばしょをとっておけたのかもしれない。でもできない。さみしかったから。ひとりぼっちでかなしくてひしゃげてしまいそうだったから。きっとげんじつからはなれようとするきもちばかりがさきんじて、それにばかりしがみついている。やけになってじぶんをわすれようとしている。つまらないつめたいぶっしつでこころをむりやりにみたしてそれだけでつなぎとめたきになっている。それはつらいこと。ただおちていくだけのやりかた。おねがいだからそまつにしないで。そんなふうにだめになっていくために、えらんだのではないだろうから。きもちをなげだしたのではないのだから。こころをかきみだしたままなんてきっとかなしすぎて、どんなおおきなきもちでもいやしきれなくなってしまうから。だから。すさんだこころにといかける。はなれていくきもちによびかける。まどわされることのないじぶんをわすれないでと。

2002年10月21日月曜日

ゆくゆくはマエストロとして

チョコセラピー継続中です。今週も袋チョコレートを買ってきてちまちま食べております。症状(何)がひどいときには徳用大袋です。なんかこう、甘いものを食べていないと心が落ち着かないといいますか、浮き沈みがはげしい状態になってしまうのでそれをしずめる効果があるってみのさんが言ってたかどうかは知りませんが。いっときの平穏に心をゆだねる反面、こんなものでいやされている私ってなんなんだろうという気持ちもあったりなかったり。甘いものといえば先日は近所ですごく有名なケーキ屋さんのケーキを食べました。見た目がまず食べちゃうのがもったいないくらいきれいでして、味も格別といいますか、濃厚でまろやかな味わいでした。というかけしてダサメンがひとりで入れるようなお店ではないと痛切に感じました。仲間がいるって本当にすばらしいことです。人はひとりでは生きていけません。<極論 …こんなものでいやされている私ってなんなんだろう。
さて近ごろはやたらろうそくの炎に縁があるような気がします。ゆらゆらっとした弱々しい炎はついつい見入ってしまうふしぎな魅力があります。炎というと、一般的には赤くて熱くてものを燃やすものであって、たとえば火災の原因になったりするこわいものです。人間以外の動物はみな火をこわがります。いちど燃えてしまったら灰になってなくなってしまう、そういう終末的なイメージも持ち合わせています。そのことからも火葬というおこないが広く知られるのかもしれません。ですけれど、ろうそくの炎は弱いためにそのようなイメージや脅威はあまり感じられません。反対にやわらかさや温かみといった要素を強く持っています。今は冬でもエアコンを使いますが、昔はたき火や暖炉やいろりなど、火を囲んで体を温めていたものでした。そういう時代の感覚をどこかで受け継いでいるんでしょうね、やさしい炎のゆらめきにひかれるというのは。きっとそれは、心をも温めてくれる炎なのだと思います。それと、私はろうそくが燃えるにおいもすこし好きです。バースデーケーキのろうそくを吹き消したときのそれですとか。最近はろうそくがあまり生活に身近なものになっていなくなりつつありますが、ふと思い出したときに部屋を暗くしてそっと火をともしてみるのもよさげだな、と思いました。

2002年10月20日日曜日

朝ごはん☆しびれ雲

結論から言うと、私はしあわせなのだと思います。生きる手段、人として生きるそれを模索しつづけています。こんなにもわがままを言える環境が整っていて、その中でやりたいようにやっていて、それでまだなにが不満だというのでしょう。私が後ろめたく感じているのは生きるためのくさびを得ること自体ではなく、それがこのように目につく形になっているという点です。今というタイミングであるということです。逃げ場所を作ってそれを担保にして向き合っているという姿勢が不謹慎だったということです。知らなかったと言えばそれが許される理由になるのではありませんが、稚拙だったと言えばそれが逃げ口上になるのではありませんが、でも子どもだったんだと思います。それは私の意志でした。心のどこかで、おとなになることを避けていました。だから子どもみたいな人間関係しか求められなかったんだと思います。明確に区切りを引けるものではないと言いながらもやはり両者は絶対的に異なるものです。いつか先の私は、今の私を振り返って幼稚だったと思うことがあるのでしょうか。何年先も、ガキだガキだと言いつづけて、そうして年を食っていくのでしょうか。こういう人間がまたひとつ社会をだめにしていくのかもしれません。きっと私は変わらないのだと思います。肝心なところは、なにも。それも“先”があればの話でしょうけれど。…それとも私は、他人に迷惑をかけないことがおとなとしての生きかただなんて思っていやしないでしょうか。
翼をもがれたような気持ちに、なっていました。もう空はないのだと、あの雲も風も太陽も、こんなに気持ちよさそうなのに、今にも手が届きそうなのに、もうけっして自分はその中には入れない、大空に還ることはないのだと、それくらいに失望していました。その感情を自分で整理するための方策として私は罪とか罰という概念をとなえだしました。この苦しみは報いであり償いなのであると。けれどそのせいで自らの掘った泥沼から抜け出せなくなっています。きたない泥水に顔中つかってあっぷあっぷしているさまはさぞ見苦しいものだったでしょう。なんて考えるのも体裁ばかり気にしていることの現れなのでしょうか。ひとつのことにばかり執着して、同じ過ちをくり返すだけの。なにがいけなかったのか正直わからずにいます。けれど自分がどういうものであるかという認識だけは明瞭です。わきまえなければならなかったのです。腐らせているのは、腐っているのはほかでもない自分自身だったのですから。雨は降りつづけるでしょう。けれどぬれてしまっても冷たくても、それは悲しみの色ばかりではありません。雨が涙を隠してくれることもあるでしょう。ほてった頬と高ぶった感情をさましてくれるでしょう。もうすこし、この雨の中にいたくて。私がいたんでいるのは雨のことではありません。その涙の理由を知りません。きっと今の私は世界からいなくなることも躊躇しないような状態にあるかもしれません。けれど要領の悪い頭で考えてもそれはよい選択ではないという気がします。だから生きなければならないのだと。たとえ罰だとしても、たとえエゴだとしても、あるいは推測の域を出ていなくとも。理由はなんでもいいのです、つなぎとめるものがなにかしらあれば。生きなければのぞみはつながらないのですから、生きなければ朝は来ないのですから、生きなければ必要な材料を稼げないのですから。不幸なことなのでしょうか、生きることって。不幸であるということがデフォルトならばきっとそんなに悩まないのだと思います。悩むということは高望みをしているということです。しあわせを知っているということです。その人にとっての満足のかたちを。それが叶わないときに悩むのです。だから自分のことで苦しんだり胸を痛めることは、その向こうにあるよろこびを求める反作用であって、それがつまりしあわせだと言うのです。
ホームページは出席確認だと言われたことがあります。生存証明とも言えますが。更新していれば今日その人が生きていたという目印になります。私は今日も生きています。とりあえず、まだ、生きています。そう。だからここにいます。今はもうそれくらいしか返せるものがありませんから。

2002年10月18日金曜日

extorted dissolution of ours

さて。あからさまに無理してとばしていることがばればれな最近のひびですが、このテンションについてこられる人がいらっしゃるのかどうかはなはだ疑問です。いちおうノーガード戦法のつもりなのですが。こういう文章ばかり書くのは私にとってもあまり本意ではないのですけれど、と自分でわかっていて書きつづけるあたりが確信犯的なのですが、実のところ、ことばが書いても書いてもなくならない状態なんです。湿気のようにわやわやとわいてきて、浮かんであふれて、それをこうして日々吐き出しているのに、全然消えません。苦しいです。自分で解決しなければならないということが。そして秋雨のように心を湿らせつづけます。好転する材料はあるのか、まだ性懲りもなく祈っているのか、それもわからなくなっています。就職活動をしていたころの不安な気持ちにすこし共通するものがあるように感じています。卒業したら自活しなければならず、そのためにどこかに就職先を決めなければならない、期間もかぎられていることもあって焦っているわけです。しかし経験のあるかたならおわかりでしょうが、企業ひとつの採用までへのスパンというのはたいへん長く、選考の結果が通知されるまでに時間がかかることになり、それを待っているときというのは本当につらいものです。そして、本命の企業に対して活動している間も、そこから内定をもらえなかったらという場合のためにほかの企業にもかけもちしてエントリーしなければなりません。どこかには入らねばならないのですから。これってなんだか浮気みたいです。その心中を知ってか知らずか企業側も面接でうちが第一志望ですか?とか、ほかにエントリーを申し込んだところはどこですか?なんて聞いてきます。まるで浮気をあばこうとしている恋人みたいです。そこで被面接者としては当然の回答なのでしょうけれど、何を言っているんだきみが本命に決まっているじゃないかと返すわけです。しどろもどろに。まさにお約束のやりとりです。まあ就職先を決めるということは今後の自分の人生を定めることに相当しますから、これくらい苦しい気持ちや葛藤があってしかるべきなのかもしれませんが。だから耐えることには慣れているはずなんですけれど。待っている、はずなんですけれど。
とりあえず当面の問題としまして、ホームページの運営という面においてこのままでいいのかという疑問があります。あまやどりを開設してから、閲覧していただいたかたがたにご感想をいただけてそれが今日までのはげみになっています。中には、見ていて落ち着くですとかほんわかした雰囲気がいいというふうに言ってくれる人もいらっしゃいまして、そのことばは本当にうれしかったです。というか私にしてみればちょっと意外だったのですけれど、やはりそういう感想をいただくことによって、自分でもその方向性を目指して作っていこうかなというふうに思ったことはたしかです。訪問者にしあわせな気持ちになってもらえるような。けれど、今やっていることはそれとは正反対のことです。自分の内面の問題を不特定少数の人に訴えようとしているだけです。現在はパソコンに向かってもきたないことばしか浮かんでこなくて、先述したようにしかたなくそれを起こしている状態です。公開したいこと、テキストもそうですがもっと専門的な話題ですとか、あと絵も練習したいのですが、時間がないのではなくて心情としてなかなかそれをするだけのレベルにもっていけないでいます。すごく昔、学生時代にサイトを運営していたころですが、あるかたに言われたことがあります。おんだくんのホームページはふつうに読んでも楽しめるけれど、おんだくんのことをよく知っている人が読んだらもっといろんなものが見えてくる、と。たしかに当時は思わせぶり日記ですとか、わかる人にしかわからないようなネタをまじえて書くということを好んでいた記憶がありますが、私が成長していない証拠でしょうかそのあたりは今も変わっていないように思います。本当の私、ウェブ上の字面からだけでは見えない私、それはどこにちりばめられているのでしょう。それを知られること。きっと意味などないのでしょう。これほどまでに難解なのですから。暗くて重くて、受け止めきれなくて、だから離れていくのです。本心を知ってしまったら、心の奥をのぞいてしまったら、そのときが崩れるときなのです。そうしてすべてが断絶していくのです。受け入れられることなどないと、それは不幸を招くだけだと、だから見せてはならないと、さんざん経験してきてわかっていてそれなのに。学習能力なさすぎです。のぞんではならないもの、だったのですから。そう。私はこんなにも難しい人間なんです。

2002年10月17日木曜日

老練老練老練

時間はなぜこれほどに不均質なのでしょう。1日24時間、それは固定されていて、その時間を生活に振り分けて私たちは1日を過ごしています。ではその時間の流れ、そのスピードは、その重みはつねに一定なのかというと、もちろんそうであるはずなのですけれど、感覚としてはそうは認識できない場合のほうがはるかに多いのではないでしょうか。楽しいことをしているときや人と話しているときは時間がすぐ経過してしまうように感じますし、めんどうな仕事をしているときは時間の進みかたが遅いのではないかと思ってしまったりします。スピード感覚もそうですけれど、ほかには時間のすききらいと言ったらいいのでしょうか、待ち遠しい時間とあまり来てほしくない時間というように、受け止めかたも時間帯によってかわってくることもあります。それは当然のことで、私たちは等間隔に区切った時間軸上でスケジュールを管理しているのではなく、用件や人との約束など、イベント単位で行動しているからです。そしてもちろん、やりたいこともあれば、あまり気が進まないけれどしかたなくと思ってやることもあるでしょう。試験前におもむろに部屋の掃除をはじめてみたり、やらなければならない仕事があるのに遊んでしまったり、今やりたいことをとりあえず実行するほうについ時間の使い道をさだめてしまうこともよくあります。そういった意識の差が時間の進みぐあいのちがいとして感ぜられているのだと思います。自分のほしい時間だけを寄せ集めて、使いたくない時間、やりたくない用事は徹底的に遠ざけて。それだけではいけないことは知っているのでしょうけれど。きっと。
さて、仕事、ここからは私の仕事の話ですが、慣れてくるとしだいにだれてきたり、あとは物足りなさを感じはじめたりしてきます。着実にステップを踏んでいるという意味ではいいことなのでしょうけれど、なんだか、このままでいいのだろうかと思う気持ちもどこかにあります。今は帰りもそんなに遅いというわけではなく、ですからこうして不愉快な駄文を吐きつづける余力があったりするのですが、正直言いますとそんな力はあまり残っていてほしいものではありません。会社に寝泊まりしなければならないくらいの多忙さというのもまだ経験したことがありませんで、むしろ泊まってみたいです。どうせ帰宅しても空虚と失望しか待ってはいないのですから。陰鬱なルーチンワークを無意味にくり返すだけなのですから。ときどき家族と電話するときも、仕事で根を詰めすぎないようになどと小言を受けたりしますが、そもそも体力を使う仕事ではないのですくなくとも肉体的には疲れるということはありませんし、くり返しになりますが背中が痛いのは私の寝相が悪いからですし、そんなに大変だという印象はまだありません。まあ、それはまだ私の経験が不足していてあまり大きな仕事をまかせてもらえないからというのが第一ですので、まずはそこからなのでしょうけれど。でも働きすぎて倒れたり、胃に穴が空いたりって本当にあるんでしょうかね。私はたばこもコーヒーもあまり飲まないのでそういうふうに体をこわす要因は少ないかもしれませんが。それに今はどこも仕事が少ないでしょうから、むしろ仕事をしたくてもない場合のほうが多いと思われますので、無理をしすぎるという状態そのものが出現しにくいと言っていいかもしれません。不景気はきらいです。もっと仕事をしてみたいです。どれだけ積み上げられたら精神的にパンクしてしまうのか、あるいは体にがたが来るのか、自分の限界をいちど知ってみたいという気持ちはあります。そこまでいかずとも、すくなくとも毎日毎日こんなつまらないことばかり考えてしまう余裕がなくなるくらいの忙しさを求めます。単調なくり返しの日常に追いやってしまって、そして流されていくのも、などと考えています。多忙に振り回されてほかのことがなにも手につかなくなって、そしてしだいに離れていって、それもまたひとつのありかたなのかもしれません。なにも追わず、知ることも知られることもなくひっそりと、おそらくは目標もなく。そういう人生、それだけの人生、それもそれで、なんて。これは前向きな意欲などではありません。目の前のかなしみを振り払おうとしているだけだということです。逃げているだけです。それとも私は、そうすべきではないのでしょうか。この現実から、希望と絶望が表裏一体になったような綱渡りの現状から、目をそむけてはならないのでしょうか。それが今の私に、私のしたことに対して科せられた責任だというのでしょうか。罰なのでしょうか。すべては未初期化のブランクデータとして。そう。その経歴として私は自己判断のもとで歪みつついるのです。

2002年10月16日水曜日

空は、ふたりのこと

思うことがあります。たとえばこの日記を書いているのが私ではなくて、私になりすました他人だったり、自動日記生成スクリプトだったとしたら楽ちんです。読む人にとっては私の顔が、私がこれを書いている現場が見えない以上、それを確認することができません。人の存在というものはそれくらいあいまいなものなのです。取るに足りない、あるいは簡単に取って代わられるような、それくらいちいさなものなのです。ある日べつのものに変わっていても、あるいはなくなっていても、それすら気づかれることなく時間はすぎていくかもしれません。なにごともなかったかのように、ひとりぶんの存在を置き去りにしたまま流れていくことでしょう。流されていくことでしょう。存在という記憶など、忘れられても消えてしまっても、ただそれだけのことでしかないのです。悲しむ必要すらないのです。ささいなことなのですから。そう。失うとはそういうことなのです。自分が自分であることを証明すること、そして自分というものを保つことは、それほどに困難なことです。やがては自我を失っていきます。
人はなにか困ったことがあるとすぐ他人のせいにしたがります。景気が悪いのも企業の不祥事が相次いで起こっているのも政治家のせいだ、国のせいだとよく言います。けれど政治家というのはそもそも有権者が選挙でえらんだ人たちであるわけですから、その人たちを選出した私たちにもともとの責任があると言えます。まあ長年かけて築き上げられた体質なんてものは正義感のある人がちょっとがんばったところで容易にくずせるわけはないのですけれど。自分のまったく関与していないところで起こったことで不利益をこうむるという場合はおそらく少数で、自分の努力が足りないことを棚に上げたり、自分の行動に責任をもたずに文句を言っているケースというのがよく見られるように感じます。みずからの行いを振り返ろうとせず、目の前の問題や自分のことを自分の力で解決しようとせず、なんでも人任せの他力本願な印象を受けます。いえ今さらいい子ちゃんトークを展開したいわけではありませんが、なんでもかんでも他人のせいにするのはやはり見苦しいかと思います。不利益の場合ももちろんそうですが、…利益の場合も。誰々のせいで、誰々のおかげで、という表現はプラスの意味でもマイナスの意味でも用います。そのことを言っているのです。結論を、または原因を他人という道標に集約させたがる行為、それは問題の過程ならびにその打開をその人に委ねようとしているだけのことです。盲目的に頼っているだけなのです。甘え、だったのです。だからこんなにも弱体化してしまったのです。
このまま堕ちていくのでしょうか。このまま朽ちていくのでしょうか。だれも望んでいないはずのことが、たとえば崩壊、絶滅、戦争、枯渇、そういうものが目の前で展開されている現状があります。あるいはこれは意図がはたらいたうえでのことなのでしょうか。世界の終わりを欲する圧力が。

2002年10月15日火曜日

wherever has gone

とても露骨でした。推論としては自明すぎるものでした。意思表示でした、殺意という名の。ことごとく触れないようにして、見えるものすべてを断ち切って、冷酷にじわじわとなぶって痛めつけて、そして最後に奈落の底へ突き落とそうとするその執行の瞬間を待って、さえいるのかもしれません。そのことばは明後日の方向を見ていました。かつての面影は、シェアはもうありません。クラス全員でひとりを無視するような陰湿。差異に戸惑う余地もなく。ささやかな「抵抗」など取るに足らないでしょう。それは不条理でしょうか。もう見てはいないのですから。そして、記憶から消えていくだけなのですから。いないのです。私はいないのです。そう。私だけが。知ってはならない世界だったのです。
さて、同じということはどのようなものなのでしょう。先日は私の会社の創立日でしたが、その「年齢」はちょうど私と同じだということです。同じくらいの長さの道のりを、いままで両者はあゆんできたことになります。そういう話を聞くとちょっとうれしくなります。ほかにも、出身地や誕生日が同じ有名人に親近感をもったりすることは多いと思います。日ごろの人づきあいにおいても、共通の趣味や関心事をもっている人とは話がはずみますし、性格や考え方が似ている人に親しみをいだいて接するということはよく見られるでしょう。共通点があること、同じものを知っていること、そうした同調に対して人の意識がはたらいているということでしょう。しかし人間関係では反対のパターンもあります。それは違いという認識です。まねのできないすごい特技をもっている人、自分にはない視点をもっている人にひかれるということもよくあります。それらのふたつの系統の要因がかみあって関係というものがリンクされているのですけれど、両者の人と人とを結びつける力としての意味あいは異なるような気がします。自然界にも4種類の力があるように。自分と周囲の人との関係について、どちらの力がどれくらいの割合で構成されているか洗い出してみるのも面白いかもしれません。考えてみたところでなにが解決されるわけでもないのですけれど。いずれにせよ、同調性も相違性も、他人に接近するための建前でしかないのかもしれません。すべては親密を願う意志が前段階にあって、その気持ちがはたらいた結果としてその人のいいところや自分と似かよっているところを無意識的にさがそうとするだけだ、とも考えられます。

2002年10月13日日曜日

コネ道楽

ondですが。今日もいたずらに日記を書きます。内容はもはや日記ではありませんがそれは今に始まったことではないのでそれでいいことにします。いたずらに。そう。なにもかもがいたずらなのです、今の私にとって。
いまはほとんど体を動かしていないのでひょろり一辺倒の私ですが、過去はいちおうスポーツメンでした。小さいときは運動全然だめで自転車に乗れたのもたしか小3くらいで通知表も体育1とかあって運動会もびりになるのがはずかったから大きらいというほどでというかそもそも体が弱くて熱出して寝こんだりとか車酔いとかしょっちゅうだったので運動できない以前の問題だったのかもしれませんがそれはともかくとしてこのまま運動オンチのガリ勉くん街道まっしぐらかと思われていた私はなにを血迷ったか高学年のとき運動クラブに入りました。弱い自分を変えたかったなんて崇高な目的などはなかったということはたしかです。陸上やら水泳やらノルディックやらやりまくりました。それでようやく身体能力も平均レベルくらいになったでしょうか。で中学にあがって、ほかにろくな選択肢がないという理由でバスケット部に入りました。部活動だと基礎的な体力づくりやトレーニングはしっかりやりますので、まあ参加していることでおのずと鍛えられたのだと思います。それでマラソン大会でなんか上位のほうになって、もしかして自分はけっこういけてるかも?と。(注:当時いけてるなんて表現ははやっていません) なんというか、とくに長距離走というか持久力には自信をもてるようになりました。体力測定でも踏み台昇降ではすぐに心拍数下がりましたし。余談ですがそのテストのときに脈をはかるじゃないですか、それではかる人が手首に指を押しあててきますよね、その瞬間うぎゃああ!!って、自分の弱点を認知した春でございました。さて戻しまして、そのままの勢いで高校でもバスケットをやりました。私はチーム内ではだんとつにへっぽこでしたが、そのへんは気迫と根性でカバーしましてがんばりました。背も高くないし100㍍走は14秒というスポーツメンとしては致命的な遅さですし、じっさい顧問の先生にもおまえは勉強のほうでがんばったらどうだと退部を勧告されたこともありました。今でいうリストラでしょうかね。そのころ折しもスラムダンクがはやっていてそれで刺激受けて入部してきた生徒が多かったですから。いえ私はちがいますが。そのとき私もここで逃げたら自分の負けだとか片意地張っちゃったんでしょうか、けっきょくやめないで3年間つづけました。そのことがとても自信になりましたし、体力も技術もそうですがほかにも数えきれないほどのことを学び成長し、友だちとの時間、チームワーク、そういうものの意義や楽しさも知りました。しかも勉強のほうも現役合格して、もうこれでもかってくらい充実しまくっていたと思います。ってそんなほのぼの青春メモリーを書きたかったんじゃなくて。
そんな私の愛の巣こと高校の部活でしたが、悩んでもいました。やっぱりやめたほうがいいんじゃないかと。まあ要は自分の技量が劣っているのを気にしていただけなんですけれど、自分がチームにいたら足手まといになるんじゃないかって。毎日の練習でも狭いコート1面の上で数十人の部員が走り回るんですから人数が多いのは練習効率がわるいわけですよ。私はへただから試合に出られないし(そのことがおもしろくなかったというわけではありませんが)レギュラーメンバーの練習相手にもならないし、かといってほかの部員のサポートをしたり雑用をこなしたりなんて機転もききませんし、じゃあ自分が居座っている意味ってあるのかなって。部をやめるのがこわくてできなかっただけかもしれません。私がここにいて、へたなのに練習して、それってチームにとってどうなんだろう、もしかしたらみんなに迷惑なんじゃないだろうかって。もちろんバスケットは好きだけれど、でもチームが強くなるために私はどうしなきゃいけないんだろうって。そうやって悩んでいる自分にさらに悩んだりして。こんな不まじめなことを考えながら練習に参加している自分はなにやってんだ、さっさと結論出さないでいつまでいじいじ考えてんだって。いっぺん仲のよかったチームメイトに相談したことがありました。さわやかなほどにあっさりと気にすんなって言ってくれたと記憶しています。顧問の先生も、私が忠告を聞き入れなかったからと言って嫌な顔をするでもなく指導してくれました。そしていつだったか言ってくれました。技術はなくても人一倍声を出したり努力しているじゃないか、それがほかのやつの刺激になっているしチームの士気も高まる、って。男だったら努力なんてものを人に見せて喜んだりしてはいけないのでしょうけれど、でもそういうふうに認められて、自分を見てくれている人がいるってわかって、自分にもできることがあるってわかって、無意味だなんてことは全然なくて。はずかしながら思わずうるるんしてしまいました。もうそれからは迷いもふっきれて厳しくも楽しい毎日というところでしょうか。
でも思うのは、私はこのころからこういう性格だったんだなということです。自分で言うのもあれですがなんつーかアホですね、はい。いえ昔にくらべたら「やめる」ことをいとわなくなってしまっているぶん、よけいたちがわるいのですけれど。せっかく言ってもらったのに。他人に認められなければ自分の存在を許せないにんげんは弱いでしょうか。ひとりで立ち直れないにんげんは弱いでしょうか。そして弱さは罪ですか。

2002年10月12日土曜日

タイムアウト/タイムオーバー

こんばんは。いくつになってもドキドキを忘れずにいたいものです。たとえば手のひらの上で豆腐を切るときですとか。<あんたいくつだ<主張食い違い 生きることって、思ったほどかんたんではないとも感じます。やはりなにかしら刺激がないとおもしろくありませんし、おもしろいおもしろくない以前に、本当にさみしくて悲しくて、このまま朝なんて来なければいいのになんて思ってしまうときもあったりなかったり以前に。自分がそこにいることを実感できるときってどんなときでしょう。目的もない、使命もない、死んだらなにも残らない、それでも生きています。なにもしなくても、たとえば仕事なんてしなくても生きていけてしまう、それほどにこの社会はうるおっています。みちみちています。努力すればある程度それに見あった報酬も得られるでしょう。こんなにわかりやすい合理的な世の中にあって、なぜ生きることを悩みたがるのか。言うなればぜいたくな悩みというやつでしょうか。それはひとが心をもっているからだと思います。思考があるから、なにかを考えようとします。たとえば宇宙の果て、たとえば人生の終わりのその先、たとえば穴埋めパズル。気持ちをもっているから、それが肉体や精神や行動や、いろんなところに作用してきます。楽しいことは時間を忘れて没頭したり、しんみりしたいときは静かな音楽をこのんでみたり、怒っているときは頭に血がのぼってことばづかいが荒くなったり。こういうふうにしたい、またはこれをしなければならないというスケジュールと、感情が引き起こす応答とが排他的に作動しなかったとき、それはジレンマとなり自己矛盾となります。自分はなんてことをしたんだとか、頭ではわかっていたのにどうしてやらなかったのかと考えてしまいます。生きることがあたりまえで、だけれどもなにかを考える、なにかを思う、そのときに断層が生じればそれが悩みとなるのでしょう。あたりまえだけれど生きるのですか。自分なりに意義を設定した上で生きるのですか。それともそれを模索するために生きるのですか。それはかんたんなことだと、あたりまえのことだとひとことでかたづけていいものではけしてないと思います。では、なにを考えるのでしょう。なにを思うのでしょう。生きていくうえで、やるべきことを果たすうえで、障壁となるかもしれないもの。邪魔な感覚。そう。邪魔だったのです。
さて、夜の話をしましょうか。お気に入りのぬいぐるみといっしょに寝ることがあるとたまに書いている私ですが、枕元に置いたり顔の上に乗せたりするくらいでして、布団に入れて抱いて眠るということはしません。そこまでしなくても、そばに置いておいてちょっとさわるくらいで安心感は得られるから、というのもあるのですが。寝るときにかぎらないのですけれども、ぬいぐるみは頭をなでたりにらめっこをして遊んだりはしますが、ずっと抱いているというのはあまりしている覚えがありません。これは自分の体のにおいがつくのをさけているからです。ひとつひとつを大切に扱いたいと思っているからでしょうか、あまり自分というものをしみつけたくないという気持ちがありまして。愛情表現のかたちは人それぞれでして。たとえばすきな本、大切にしている本というとどのように扱われているものをイメージするでしょう。指紋ひとつつけないように幾重にもカバーをかけてガラス扉のついた本棚に丁重に飾ってある状態でしょうか、それとも、何度も何度も読み通して端がぼろけるくらいになっていてしかも文中には所狭しと傍線が引かれていたりメモが書きこまれている状態でしょうか。手にしたときのオリジナルの状態を保持すること、すべてを取りこもうとして手を加えること、取っている行動は相容れないようではありますが、どちらもそれを大切に思うがゆえのものであることは相違ないと思われます。ただ、相手の立場、その本にとってはどちらがしあわせなのでしょうか。もちろん本は意志をもっていませんからそのようなものを考慮するのは愚かなことなのですが、これはなにも物品のみに言える話ではありませんで。大切にしたいもの、近づきたいものがあって、それにどのように接するか、そのときになにに配慮すべきか。自分でよかれと思ってやっていたことがその対象にはかえって不都合だったり迷惑だったり、またはそんなことを考えようともせず自分のやりたいことばかりを押しつけたり、往々にしてあることですから。どうだったのでしょう。私はそれができていたのでしょうか。ものを大切にしようと思える資格が、私にはあったのでしょうか。今さらですね、つくづく。

2002年10月11日金曜日

引っかけハンカチ

さて。<さて? 私は醜いでしょうか。それは厚かましいでしょうか。自分の中にいくつも矛盾をかかえていて、自分でも理解しきれない多くの疑問をかかえていて、それが人なのに。私はわかりきったようなことをくり返していただけなのでしょうか。醜いのはどちらでしょうか。小さいことで悩んでいるのでしょうか。それは小さいことなのでしょうか。もっとつらい思いをしている人がいるというのに。私が捨てようとしたものはいったいなんだったのでしょうか。たとえるなら、パチンコでなかなか出なくて台を移ったのにそのさっきまで自分がいた台にほかの人がすわってやりだしたとたん当たりまくったような気分でしょうか。自分で気にしていて劣等感をもっているものにかぎって他人はあんがい気にしていなかったりするものなのでしょうか。それは身勝手な解釈でしょうか。あるべきもの、もって生まれたもの、そこからのがれることなんてできやしないのでしょうか。仮想現実だったのでしょうか。現実逃避だったのでしょうか。ビットの配列に置き換えられたストリームを補間したところでなにをよみがえさせられるというのでしょうか。あのとき殺されました。私は自分をきらうことをおぼえました。気に入らない部分を切除して、きれいな自分をつくりたかったからです。それは正しかったのでしょうか。それともそこから歯車がくるいはじめたのでしょうか。変わりたいと思ってはいけなかったのでしょうか。ほかの多くのものを犠牲にして、その果てに得たものはなんだったのでしょうか。まだなにをさがそうというのでしょうか。口は災いの元、なんてありきたりですがよく言ったものです。つくろえばつくろうほどみじめになります。自分が理解されることなんてあるはずがないのに、それでもなにかを期待していたのでしょうか。ありていに言えば無様でしょうか。どうして話を複雑にしたがるのでしょうか。口うるさく取りざたするから敏感になってしまうというのに。過剰反応が問題をねつ造するというのに。どうして結論を急ぎたがるのでしょうか。どうしてひとつのことにこだわろうとするのでしょうか。それは弱さでしょうか。こわさに負けただけなのでしょうか。かといってにげることも失うことも受動的で、いつも責任を放棄して、そんな私をだれが相手にしてくれるというのでしょうか。知らなかっただけなのでしょうか。知られてはいけなかったのでしょうか。知ってはいけなかったのでしょうか。それとも知らなさすぎたのでしょうか。もっと泣いてしまえばよかったでしょうか。雨に打たれて熱でも出してしまえばよかったでしょうか。記憶を蒸し焼きにするほどの高熱に。もどれなくなることがわかっていたのに首をつっこもうとしただけなのでしょうか。それは滑稽でしょうか。ひとつの主張ですべての考えを塗り固めてしまう必要はあったのでしょうか。最後の糸が切れたら私はいなくなってしまうでしょうか。それさえも本望だなんて思っているのでしょうか。そして。けっきょくはたくさんある選択肢の中のひとつにすぎなかったということでしょうか。なにかべつのものをさがした結果なのでしょうか。そして捨てられる運命なのでしょうか。きっとくり返すだけなのでしょう。きっと同じことを言っているのでしょう。言うだけなら簡単です。あきらめたふりをするのは簡単です。それはけっして勇気などではありませんでした。そんなものは必要ではありませんでした。自分をさらすこと、それはただの露出狂です。恥さらしです。プライドのかけらもありませんでした。それが醜いと言っているのです。私は醜いでしょうか。

2002年10月10日木曜日

セピアビームはカラリスト

きれいでした。とにかく眠いのかつかれていたのかなんなのかわかりませんが、なかば意識がぼやけた状態でふらふらしていました。そんなときに、夕焼けが目に入ってきました。もう太陽は姿を消してしまっていたのですが、まだ低いところ…地平線に近いところでは茜色が残っていました。いっぽう上空のほうはすっかり濃い青色に変わりかけていたので、その2層のコントラストがなんだかきれいに見えました。ちょうど雲とかまわりの建物があまりなかったのでよく見えたからだと思います。比重のちがうふたつの液体をまぜることなく重ねあわせたときのような、あるいはガラス細工のグラデーションみたいに透き通った配色をしていました。こんな美しい風景を目に焼きつけて、それで私はなにをしようというのでしょう。楽しいできごと、経験、そして思い出。その一瞬一瞬に私がどんな顔をしていたのか、どれだけ時間を忘れて夢中になっていたのか、残念ながらまったく知らないのです。せっかくのひとときの中にあって、自分のことを、気持ちをまるで思い出せずに、記憶することなく、事実ばかりがどんどん積み上がっていってしまう、そしてきっと古いものから消えていってしまうでしょう、色あせてしまうでしょう。だから、ふと我に返ったときに道をあやまっていて、とりかえしのつかないことになっていて後悔に追いこまれる、という事態におちいることもあります。身のまわりのできごとと自分自身が、まるで同期していないかのような、べつの時間軸を歩かされているような錯覚をおぼえてしまいます。心ここにあらず、という状態でしょうか。
自分の気持ち、などというものはさして重要なものではないのかもしれません。すくなくとも他人の目から見られたとき、それはあらゆる評価において考慮の対象になりません。こんなに努力したのに、とアピールしたところで成績に加点されるようなことはありません。他人が求めているのは具体的な結果、行動、返答、または金品などであって、こちら側の意図がどうであるかを問われることはないでしょう。なにより確認する手段がありませんし。さらに、気持ちというものが不要でさえある場合があります。朝の通勤電車はすばらしいです。車内アナウンスのテープが巻き戻っておかしな声が流れようと、奇妙ないでたちの乗客が乗りこんでこようと、だれひとり笑わないどころか眉ひとつ動かしません。電車内という場所においては、自分の感情のはたらくままに笑ったり揶揄してはならないとみんなが考えているのです。思ったままのことを口にして場を乱してはならない、人間関係をこじれさせてはならない、それは社会の中で生きるうえでのルールなのです。社会は、企業は、あるいは他人は、個人に私情にもとづく突飛な言動を認めません。与えられた役割をこなせばそれでいいのです、それ以上のことは、信頼を傷つけてしまったり、秩序を失わせる原因となるだけです。ですから感情を持つことは、けっして人に認められてするようなことではありません。だれも見ていないのです、許さないのです、気づいてはくれないのです。自分の意志で、そして責任で、コントロールして信念を貫かねばなりません。他人に許してもらって居場所を与えてもらうのは子どものすることです。自分の内在世界は自分で守るしかないのです。それが人間社会の中で生きるということのひとつの意味でありまた義務なのかもしれません。私はサラリーマンです。急にそんな実感がわいてきました。
さて、偶然ってあるものですね、といきたいところですが。ほんとうに偶然なのでしょうか。ひとつの大きな流れがあって、ほかのことはみなその付随物という感じがします。もちろん運命などというものを肯定する気はありませんけれど、でもまったくの偶然というのもあまりないのではという気がします。一様乱数をくりかえし発生させても同じ整数が連続することはよく見られますし、とくにこの世界の中では乱数というものが存在するのかどうかもあやしいものです。そよ風や川のせせらぎはまったくのでたらめでもなく、規則正しい周期でおとずれるものでもありません。1/fゆらぎとも呼ばれるあいまいなリズムが自然界にはあふれています。そしてその中で生きている、私たちにも。そこになんらかの因果が明確にはたらいていたとは言えないけれど、きっと無作為にえらばれたわけでもない、そんな可能性の中で。重要なのは、偶然出会ったものを自分がどう受け止めるかなんだと思います。そこに意味を見出すか、それとも取るにたらないものとみなすかはその人の意志しだいということになります。偶然か運命かなんてのもけっきょくは当事者の思いこみのレベルの話なのですが、けれどその思念がその人の世界像を形成していることもまた事実です。世の中、どこにどんな偶然が待っているかわかりません。なにかに出会ったとき、それを大切にしたいと思える気持ちを持っていられたらいいですね。いつかそれが意味のあるものに成長しているように、そして、出会えてよかったと思えるように。

2002年10月8日火曜日

または準ずるもの

素朴な疑問ですが金融と経済財政ってかけもちしても大丈夫なものなんでしょうか。思いっきり時事ネタですすみません。チョコレートを食べると気持ちがほっとします。なんかこう、落ち着くというか、ぽわーっとなるというか。<そんなにもか 子どものころですがバレンタインデーに母から大量のチョコレートを買ってもらって、それをものの数日で食べつくしてしまうという年中行事があったというわが家なのですが、そのころから好物だったように思います。チョコレートはあの甘いにおいもお気に入りです。昨年、神戸の郊外に行ったときのことですが、お菓子メーカーの大きな工場の横を通りかかったときにとてもおいしそうなチョコレートのにおいがただよっていまして、思わずうっとりでした。もうあたり一面チョコアロマです。お菓子の国に迷いこんだみたいでした。<つーか何しに行ってんの 食べ物は生きていくために毎日とらなければなりませんけれど、その中ですこしでも楽しくおいしく、しあわせな気分を味わえたら安上がりいいですよね。
そんなちいさなしあわせ。たまごを食べたらふたごのたまごでした。ラッキーなこと、最近なにかありましたか。小学生のころ校庭に出ると、きまってきれいな色の石ころや四つ葉のクローバーをさがしたものです。いつもがんばってさがすんですけどなかなか見つからなくて。けれど、いざ見つけると、そのときはうれしい気持ちがわいてきますが、それはすぐにどこかへ消えていっちゃうような気がします。茶柱が立っているのを見つけても、それをいつまでも見ていたらお茶がさめてしまいますし。せっかくいいことがあったのに、そのときのよろこびをどうして持っていられないのでしょう。忘れてしまうのは悲しいことかもしれません。でも、それはきっとそれでいいのだと思います。次にまたさがそう、って思えるから。ひとつのしあわせを見つけてそれがいつまでも消えなかったら、ずっとそこで立ち止まったままで先に進みません。だから人間の頭には、忘れたり感情がうすれていったりする“機能”がついているのだと思います。いちどなくしても、またあこがれて、また見つけようとして、そのために努力する。すばらしいことだと思います。こんどはべつのものをさがしてもいいでしょうし、また同じものを見つけようとするのもいいかもしれません。あの日つんだ、四つ葉のクローバーのように。
さて、ことばの真意を突き止めることのむずかしさといいますか。それはワンフレーズだけ聴いて曲名を言い当てるイントロクイズのようなものでしょうか。直接的な言いかたはとげが出てしまったりしますし、かといってぼやかして言うと誤解されてしまったり、言う側にしても受け取る側にしてもむずかしいところがあります。伝えたいことがあるのにうまくことばにできなかったり、ことばだけでは伝えきれない部分があるという限界を感じてしまったり。いっぽう聞くほうも、相手のことばに「?」と思うようなところがあったとき、その真意を問いただしていいものか、あるいはその人の気持ちをうたがってしまったり、などなど、ちょっとした誤解からおもわくがすれちがってしまうこともあるでしょう。こういうのはおたがいの信頼というか、先入観によるところもあると思うのです。相手のことをうさんくさいと思っていたりうたがってかかっていれば、ことばは無意識的に悪意のあるものと受け取ってしまうでしょうし、反対に、その人のことを信頼していたり身近な存在だと感じていたりすれば、きっと好意的にといいますか、自分のいいほうに解釈するんじゃないでしょうか。おなじことばでも、話す人、聞く人、その両者の間柄によって意味合いが変わってくる、それがことばのむずかしいところでもありますし、同時に、おたがいの関係の深さを実感できる機会でもあると思います。私はどうでしょう。私のことばに誠意があるかどうか、それは自分では判断できないものですけれど、そのかわりに、ほかの人のことばはなるべく信じたいです。ほんのワンフレーズでも、ちょっとつぶやいたような、かけらのようなことばでも、きっとその中には気持ちがこめられています。それを大切に取り出すのが、受け取った人の役目ですから。…たとえ都合のいい解釈をしていることにしかならなくても。

2002年10月7日月曜日

迷子のソステヌートへ

先月の終わりのひびで旅に関する話を書いたのでそれに関連して。ある程度以上の距離の移動に利用した交通機関といえば電車がだんとつでしょうか。たまに自転車に乗ってどこまでもなんて愚行をはたらいたりもしますが。いえ若いころの話ですが。乗用車やバスは乗物酔いがはげしいため避ける傾向がありまして、移りかわる遠くの景色をゆったり眺められる電車の旅は私の体質にも合っている気がします。<でもたいてい寝ていますが 電車といえば時刻表がつきものですが、私は乗り継ぐ路線や時刻などは事前にきっちり調べておかないと気がすまないタイプです。出発前に入念に時刻表を読み、いつどの駅で乗り換えて、目的地には何時に着くか、というところまできっちりチェックします。こうすることで事前に分単位の綿密なスケジュールを作れ、当日になってもあわてることなく安全に行程をこなすことができます。もっとも、そうしておかないと不安で落ち着かないという私の性格がそうさせるのですけれど。あとこれでは、ちょっと時間に遅れたり寄り道したりなんてことが許されない状況を作ってしまうのでストリクトです。先日書いた、目的のはっきり決まっている旅行、というのはこのあたりのニュアンスも含んでいますということで。今はインターネットでも時刻表や路線図が簡単に調べられるので、手元に時刻表を用意する必要もなく手軽にダイヤを確認できます。そういう環境にあると私は、旅行の予定もないのに時刻表を読むということをときどきやってしまいます。朝出発してこの電車に乗って、ここで乗り換えて次は…なんて想像をふくらませて仮想旅行を楽しんでみたりします。自分を全国どこへでも連れていってくれるような、そんな物語の本みたいな魅力が時刻表にはあると思います。あの人の住む町まで今すぐ会いに行けそうな、そんな気持ちにもさせてくれます。…出不精なのが難点なのですけれど。
このごろの旅行といいますと、たしかにあんなところやそんなところにも行きましたがそれはおいといて、月1回ほど隣市の歯科医院に通っているのがそうなるでしょうか。私鉄ですぐのところですしあまり遠出とは言えないのですが、私は小旅行のような気分を味わって通っています。その町の名前がN市ということもあってなつかしさを感じさせるのでしょうか、いえ雰囲気はさほど似かよっているわけでもありませんが。みじかい時間の電車からの風景も好きですし、駅前はちょっとした商店街になっていて毎回寄り道します。本屋に入ったり、時間があるときは喫茶店でひまをつぶしたり。<通院前に物を口にするのはどうかと 診察時間もそんなに長くありませんのですこしぶらついてすぐ帰ります。たったそれだけのことなのですけれど、行くたびに気持ちがほころぶような感じがします。これから寒い季節に入っていって、心がうかれるようなぽかぽか陽気の日もすくなくなるかもしれません。悲しいことがあったり、さびしい気持ちがつづくことがあるかもしれません。けれど私にとってのその小旅行は、これからもあたたかいものであってほしいなと思っています。今はそんな悠長なことを言っていられない状態でもあるのですけれど。
遊び疲れた思い出の上に、そっと雪が積もります。春になって溶け出すころ、それはまだ残っているでしょうか。

2002年10月6日日曜日

勝手知ったる何とやら

おひさしぶりですondです。最近ほろりときた文章は「この9本の指で」です。検索する気力がある方は読んでみてください。「生きてるとね、総てに見放されたような、そんな気持ちになる時もあると思うの」…好きなマンガのその一節を、それを読んでから思い出していました。「王子よ~月の裏から~」も当然連想されましたが。わかりやすい不幸のかたち、見えにくい心のくるしみ。暗くて、つらくて、悲しくて、沈んで。その状態は同情を誘うことはできるかもしれませんが、そのままでは自分は何も変わりません。そう思いました。だったら私がこうしていることって何なんだろう、って。そうしたら自然と手が動きました。実を言うとこのところネッツ自体あまりやる気が起こらずに避けがちになっていたのですが、週末はかなり久しぶりだと思えるくらいたくさんサーフをしたり話したりしました。…大半がCGサイトだったりしましたがそれはさておき。やはり多くのものごと、ほかの人の生活や考え方に触れることは大切だと今さら知ったようなことをあらためて。一部の知り合いには私のオタク度はかなり高いと思われているようですが、私は自分など足下にもおよばないほどおわっている人をたくさん知っているので、自分はまだ大したことはないと思っています。他人を知ることで自分のポジション、自分のパラメータがどの程度のものなのかが見えてくるんだと思います。きっとそういうことなんだと思います。(注:さっきの例はちょっとちがう気もします) 自分のダメ人間レベル(?)を知るのも、自分のいいところを見つけたり自分を好きになれるのも、他人がいてこそなのだと思いました。今さらですね。…見つからないままのほうがよかったというケースもあるかもしれませんが。
もうひとつ読んだものがあります。自分の過去をすべてひもときました。私はあまやどりを開設する前、学生時代ですが、べつのサイトを運営していまして、そのときの日記やら文章のことです。いちおう現在の日記もそのころのものの流れをすこしくんでいたりしますので、明確に切り離されたものではないのでしょうけれど、それでもひさしく封印していたものです。…驚きました。すごいの一言。まるで私のそれではないようなたくさんの文章が、ことばがあふれていました。自分のどこにこれだけのエネルギーがあったのかと感心してしまうほどでした。数年ぶりに読み返した小説に転げ回ったりもしました。そして昔の私は、すべてを言い当てていました。今こうなっていることも、私が背負っている罪の意味や重さも、ずっとおそれていたこと、のぞんではいけなかったこと、行きつくべきところも、みんなです。予言したとおりになっていました。そこに自分のすべてがあり、今の私はそのまわりをうろちょろしていただけなのだと知りました。過去からのがれることばかり考えていて、それはべつの意味で自己を見失わせる行為だったのかもしれません。そういうことを考えてまた読んでみると、私は弱くなったかもしれないということが見えてきました。昔の私、勉強もさぼって遊びほうけて将来のこともわからず、漠然とした不安を打ちはらうかのように毎日ただ狂っていた日々。それでも、誰に何を言われても気にとめず、図々しく生きるふてぶてしさというか、しぶとさを持っていました。自分自身も人生もなかば投げやりで、だからこそ大胆にがむしゃらに生きていられたのだと思います。それにくらべて、大学も卒業して職に就いた現在では、やることなすことすべてが守りに入ってしまった感があって、失うことをおそれたり臆病になりすぎてもいます。そしてこんなに落ちこんで、ふてくされて、みにくいほど卑屈になって。今のほうがよっぽどダメ人間だとも言えます。笑われるでしょうか、あのころの私に。彼は私よりも自分のことをずっとよく知っていた気がします。自分のスタンスをわきまえていて、その範疇で行動していたように思います。私はどうでしょう。今回は過去の自分に諭されたような気持ちです。こんなこともあるんですね。
だから、もうちょっとがんばってみます。がんばるなんて人様に向けて言うべきものではないのでしょうけれど。でもがんばれませんなんて書くよりましだと思いますゆえ。<自嘲気味 もうちょっと。